受難
「迷った…。」
勇気は住宅街の中で自転車を降りて周りを見渡すとぼそっと呟いた。
姉に頼まれて電池を買いに行って、近くのコンビニではなくちょっと先にある家電店に行こうとして買って出てきた。
しかし少しだけそのあたりで何かを見ていこうとふらふらしていたら、帰り道がわからなくなり、住宅街に迷い込んでしまっていた。
勇気はとりあえず、電柱に書かれている住所をたよりに自転車をところどころ降りたりしながらすすんだ。
なぜか住宅街なのにあまり人が外を出歩いていなく、時々パトカーが走っていくのを見かけた。
勇気は日が落ち始めた空を眺めた。
「あぁ、もうこんな時間…。」
勇気は迷って多少の焦りを感じながらもその夕日に心を癒されていた。
その時、勇気の視界の端にあった建物が気になった。
そのあたりでは一番大きな建物だった。
夕日に照らされ大きな影を作っている。
勇気はその建物は見た記憶があると思い出した。
自分の家から見ると南側にあったが、その建物は夕日から考えて北西にあるのだろう。
その建物は自分の家から近いので、そこまで行けばわかると思った。
勇気は自転車に乗り急いで、その建物に向かった。
それは結構大きい建物でアパートかなにか集合住宅のようだ。
高層ビルというほどではないが、住宅街のせいか一際大きく見える。
勇気はその夕暮れの中、聳え立つその建物を見上げた。
勇気はその建物を少し見ているとその屋上らしきところに人影を確認した。その建物のヘリに立っているその姿はまるで銅像か何かのようだたが、その髪が風に揺れているのがわかった。
「ま…まさか自殺とかじゃ…。」
勇気はその人物が気になって、慌てて建物に入り階段を駆け上がった。
中はオートロックもないが一部屋がそれほど狭い家ではなさそうだ。
勇気は二階あたりでエレベータに気が付いてそれで一番上まで上った。
しかし、エレベータでは最上階までしかいけなくて、勇気は再び階段を捜した。
すると、その階の端に非常用の階段があり、そこから屋上にいけることがわかった。
勇気はその階段を駆け上った。
―ヒュー…ヒュォー…
風が頬をかすめていく。
階段を上りきるとその奥のほうの南側にその人物がいた。
こちら側からは夕日に照らされて赤く染められている横顔が見えた。
屋上のコンクリートで出来たヘリは一メートル以上はある高い壁だった。
どうやら勇気は非常階段を使ったが来た方向の反対側の端にはちゃんと階段があったらしい。
その屋上には庭園というか、植え込みがきれいにされていて、まるで空中庭園のようだった。
時期的にコスモスが咲いていて、それが風に揺れて美しい。
その幻想的な世界に見た人物はまさに夢のような少女だった。
「天使みたいだ。」
その白いワンピースの服にクリーム色のカーディガンを羽織っている。
服はまるで病院に入院している薄幸の美少女と言ったところか、パジャマっぽい。
「だ…駄目だ!自殺は!」
勇気は思い出したようにそう叫ぶとその少女に駆け寄り少女を引きずり下ろした。
―ドサ…
勇気の上に少女は落ちた。
「う…」
少女は勇気に覆いかぶさる形になってそのまま勇気の顔を見つめた。
「あ…ごめん…。」
少女は何の抵抗もないかのようにサッと立ち上がると寝そべったままの勇気に向かって小さく言った。
「ただ眺めていただけなんだけど…。」
その声は冷たく、冬の風のようだった。
少女は横目で勇気を見るとサッと身を翻してまた南の壁に近寄っていった。
「え…あ…ごめん。てっきり自殺するためにそこにたっていたのかと…。」
勇気は冷や汗をかきながら苦笑いした。
その様子を見た少女は真顔のまま壁に手を付いた状態で勇気を見ていた。
勇気には何を考えているのかよくわからなくて次の言葉に困った。
「あなた名前は?」
そう聞いてきたのはその少女の方だった。
「え…あ、僕は水野勇気って言うんだ。三日前に越してきて、一応北中学の2年だよ。まだ一回も行ってないけど。」
勇気は思わず話題が出来て自己紹介をさっとした。
「ゆうき?」
少女は少し怪訝な顔をした。
「え?…あぁ、勇気りんりん!の勇気…。…りんりんって古いか…。」
勇気は一瞬はしゃいだような様子を見せるとそれを言った事を恥じた。
「…そう…。」
少女はそう呟くと壁に背を預けた。
「き…君は?」
勇気はその少女の様子を見て少し心臓が高鳴るのを感じると同じように名前を尋ねた。
「…ユウキ…。」
少女は少し間を置いて言った。
「え?」
―バタバタバタ…
その時だった。
勇気が来た反対の方向から誰かが駆け上ってくる音がした。
どうやら一人らしいが、かなり派手な音を立てて来る。
「夕姫!!」
その人物はその一番上まで来ると少女を見つけて叫びながら近づいてくる。
「夕姫!やっと見つけた!!」
少女の近くまで来て腕を掴んだ。
その人物もその少女と同じ年ぐらいの女の子だった。
「夕姫!あれ、やったの夕姫じゃないよね?ねぇ!」
その子は必死で少女に叫んだ。
「え…」
勇気は突然の展開に驚いた。
「…何がどうなっているのか…夕姫は知っているの?」
黙ったままの少女の様子を見てその子は少し落ち着いて真剣な眼差しで少女を見つめた。
少女はその目を見て梨奈の手をもう一つの手で払うと少し反対側に歩いていき右手を壁について、その子を見つめた。
少女はニヤリと笑うと口を開いた。
「私がやったのよ。梨奈。公園のも学校のも…そして病院も…。」
その言葉はまるで強い風のようにその子をそこに跪かせた。
「フフフ…」
少女はその美しい顔を歪ませて妖しい笑みを浮かべていた。
夕日の中で彼女は絵になりそうなほど妖艶な雰囲気を漂わせていた。