世界と出会うもの 1
白い天上とシーツ、窓の外は薄暗く青い空は見えない。
まるで靄がかかったように梨奈の意識はぼんやりと虚空を眺めている。
どこからか消毒液のような匂いがする。
どうやらここは病院のようだ。
梨奈は顔だけを動かして周りを眺めていたがあまりに静かなので落ち着かなくなった。
身体を起こして布団から身体をだす。
ベッドから足を投げ出して床を確認して立ち上がる。
何の抵抗もなく立ち上がることができた。
自分がどうしてここにいるのか思い出せない。
何処か怪我をしているのだろうか。
梨奈は自分の身体を眺めてみた。
服はいかにも病人の着る服だ。
その部屋に溶け込む白い診察衣のようなものだ。
何か右腕に少し違和感を感じた。
左手で上腕に触れてみる。
ほんのりと痛みを感じる。
それはきっと感じたことのある傷みだと何かを思い出そうとした。
梨奈の意識は突然活性化し、それが鮮やかに蘇ってきた。
真っ赤な視界。
夕姫の姿。
微笑。
血がにじみ出る裂けた右腕。
その光景がフラッシュバックのように浮かんだ。
梨奈は寒くもないのに震えがとまらなくて、両腕を抱えた。
―ガラ…。
その時、誰かが病室のドアを開いたのを聞いた。
ゆっくりとそちらを見ると見慣れた顔がそこにあった。
その顔を見て梨奈の振るえは一気に解けていった。
「お母さん…」
それは梨奈の母、風見奈々だった。
「大丈夫?」
奈々はそう言うとドアを閉めて、ベッドの横に行き、棚の上に持っていた紙袋やらを置いた。
「う…うん。」
奈々は冷静な様子で紙袋から梨奈の服を取り出した。
「昨日突然学校から電話があってびっくりしたわよ。」
そう言いながら梨奈に服を渡してまたごそごそと紙袋を漁った。
「昨日…そっか…もう一晩経って…。」
梨奈は服を受け取るとそれを見た。
どうやらパジャマとかではなくただの普段着のようだ。
ロンTにジーンズのパンツで、いつも梨奈が好んで来ている服だ。
ちょっとラフすぎる気もするが。
「何があったか知らないけど、夕姫ちゃんと関係のある事件って聞いた。その傷、すぐに治るって…。」
奈々は苦笑いをして床に梨奈の靴を置いた。
梨奈はしばらく話をしている母を見ていた。
「なんか皮膚の筋にそって傷があるから治りやすいとかなんとか…よくわからないんだけど、よかった。さ!着替えて帰るわよ!」
奈々は元気よく梨奈の左肩をぽんぽんとたたいた。
「うん…。」
奈々の性格は梨奈に遺伝しているのか似ている。
しかし、梨奈の顔は洋風な感じで可愛らしい様であるのに対し、奈々はどちらかというと日本的で美人タイプだった。
奈々はまだ36歳で若い。
元々若作りのせいか梨奈の姉ぐらいに見えてもおかしくない。
二人は梨奈の着替えがすむと医者が来たあたりで挨拶をして部屋を後にした。
梨奈の傷は確かに右腕のそれしかなかったが、医者が心の傷がどうのこうのと言ってまたその病院に来るように言われた。
いわゆるPTSDというやつだろうが、梨奈の意識は平静を失うものではなかったことを医者は安心したように笑顔を見せていた。
たぶん、医者はどういう状況で倒れていたのか知っているのだろう。
奈々が手続きとかをしている間に、夕姫が同じように入院していると聞いて病室にいってみた。
そこに夕姫がいたらしい気配はあったのだが、本人はいなかった。
入院しているのは精神科らしい。
プライバシーがどうのこうので詳しく教えてはくれなかったが、診察を受けていると聞いた。
梨奈はしかたなく奈々と一緒に家路に着いた。
奈々の話から学校は一時休講になったらしい。
梨奈にはその理由がよくわかった。
学校内で人が謎の死を遂げて、ある教室が血染めになれば学校側としては当然の処置だった。
しかも警察が学校に出入りしていたんでは授業にならない。
梨奈は居間でテレビを見ていると家のチャイムがなり、奈々が出た。
警察だったらしいが、奈々は昨日の今日で梨奈が混乱しているからまた今度にしろと強気でドアを閉めた。
別に梨奈は混乱している様子はほとんどなかった。
確かに理解しがたい自体ではあるが、梨奈は自分の見たものを冷静に判断しようとずっとテレビを見ながら考え込んでいた。