千葉雅哉の幼馴染脱却計画
「俺、深山さんと付き合うことになった。」
いつものように馬鹿話をしていた最中、ミツがそう切り出した。俺以外のやつらは「何の冗談?」「おいおいつまんねぇぞー」なんて呑気に言っている。しかし俺は、持っていたペットボトルを勢いよく落とした。
「あはっ、マサもしかしてまじで信じちゃってん…」
「昨日、桃が深山さんに彼氏ができたって凹んでた。それが、ミツなの?」
そう言った俺に、けたけたと笑っていたやつらも黙り込む。満島薫―――通称ミツは頬なんか染めて、「おう。」と返事をする。美少女顔で照れるなんて、お前もう女子だぞ。口をついて出そうになる言葉を何とか飲み込む。まじか。
「は、はぁああああああ!!!???」
「深山さんってあの…うちのクラスの深山さんだよなっ!?」
「先週、杉山先輩も無理だったんだろ!?その前は隣のクラスの門倉だっけかっ?そいつらがダメで……なんでミツ!?」
ぎゃあぎゃあ騒ぐやつらを尻目に、ミツはご機嫌。そりゃそうだ。あんな美人な彼女ができりゃな。
「ミツ、お前彼女いたことあんの?」
「ない。」
「やべーよお前!初カノがあのレベルじゃ別れた後きついぞ!あれに慣れちゃ皆ブスに見えんぞ!」
「可愛い顔してとんでもないとこ落としにいったな!恐ろしいわ!」
「可愛いは余計だっつの。ていうか別れないし。」
なるほど。だから朝から桃の視線がきついわけか。初めは俺か?と思っても、理由もなければ不思議と目は合わない。ミツだったのかよ。桃は今も深山さんの前に立ちはだかり、まるで門番のようだ。
便所に行くというミツに俺も立ち上がる。後ろでは相変わらず野郎がうるさい。確かに驚きはしたが、それよりも素直にすごいと思う。長い間行動に移せないでいた情けない俺からしたら、ミツは潔く、男らしく、かっこよかった。
「おめでと。」
「なんだよ。…まぁ、ありがと。」
「桃キレてんな。」
「な!深山さんに変なこと吹き込まないといいけど。」
桃は深山さんに少し依存しているところがある。高校に入学する前まで、桃に同性の友達はいなかったから、かけがえのない存在なのだろう。桃はよく言う、同性に嫌われるタイプの女らしい。
俺は異性ということもあり、小・中と女子から桃へ向けられていた反感を食い止めきれない部分があったし、より酷くなってしまう恐れから、ろくに守ることもできなかった。
深山さんはわかりにくい人ではあるが、桃を大切にしてくれているのだと思う。俺とは違って、上手く立ちまわって一部の女子から桃を守っているようだ。
「俺、ミツは桃とくっつくのかと思ってた。」
「はぁ?」
クラスに恵まれたこともあり、桃は今のクラスメイトの皆と仲がいい。特にミツとは最近よく一緒にいる所を見かけていたから、もしかしてと疑っていた。容姿が可愛らしい同士雰囲気も似て見えて、悔しいがある意味お似合いに思えていた。しかし蓋を開けてみればどうだ。ミツは桃の隣にいた深山さんとくっついてしまった。
「雅哉までそんなこと言うなよ。…深山さんにも勘違いされてたし。」
「普通はそう思うだろ。ホント不意打ち過ぎてビビるわ。」
「ははっ。俺が一番びっくりしてる!」
(幸せそうな顔しちゃってさ…)
自分の気持ちに正直に、諦めなかった人が浮かべられる笑顔なのだろう。羨ましいと、心の底から思った。
「昨日、俺も桃に告白したんだけどさ。」
ミツたちがそんなことになっているとは知らなかったため、自分自身でも流してしまいそうになった。が、昨日は俺にとっても特別な日だ。長年の想いを桃に打ち明けたのだ。
ふぅ、と溜息をついて隣を見れば、目を丸くして絶句するミツの姿。きめ細かい肌は、その辺の女より状態良く保たれている。
「え…えぇえええっ!!!お、おまっ…唐沢のこと好きだったの!?」
「あー…気づいてなかった?」
「ぜ、全然!だって…えっ!あいつ!?」
この親友は以前から鈍感なのではないかとうすうすは感じていたが、予感的中だ。クラスで桃を好きだと言いだすやつがいないのは、俺が牽制しているから。容姿がいい女子の話で、深山さんと共に桃の名前が挙げられるだけでも機嫌が悪くなる。仲間内では周知の事実であったはずなのに。
「ごめん!なんか…唐沢頼ったりして。」
「いや、そういうことだったら別に。……つーか、桃は俺の彼女でもなんでもないし。」
「あー…じゃあ、振られた?」
「……流された。」
付き合うか、振られるか。そのどちらかかと思っていた。普通はそうだ。むしろ俺は後者の確率のほうが高いと。
桃はモテるし、彼氏がほしいと言えば名乗り出るやつなんかいくらでもいる。今までは交際を申し込まれる側だった桃にその気がなかったから良かったものの、自ら探そうという姿勢になってしまっては俺も黙っているわけにはいかない。勢いだけで告白したことは否定できない部分もある。しかし後悔はしていない。
唐沢桃に、常識が通用しないことなんてわかっていたはず。告白をして、「お腹が空いた。」と返されるとは思わなかった。そのまま2人でケーキ屋へ行き、気がつけば別の話に切り替わっていた。相変わらず、桃はプロレスか深山さんのことばかりで。
「何て言うか、ご愁傷様?」
「お前な。自分が幸せだからって…」
「あ、深山さんに聞いてみる?」
俺の時も唐沢借りちゃったしさ、なんて言って笑うミツ。だから桃は俺の彼女じゃねぇっつの。お前はそうなんだよな。くそ、羨ましい。
「…え、千葉くんが桃に?」
「あれ。何も聞いてない?」
こんなにも近くで深山さんを見るのは初めてだ。何て言うか、綺麗過ぎて神々しい。そして今さらだが、本当だったんだなと思う。昨日の今日だが、自然と会話を始める2人に驚いた。話している所なんて滅多に見たことなかったのに。
「ごめん雅哉。なんか深山さん聞いてなかったみたい…。ばらしちゃった。」
「いいよ別に。」
深山さんとは親しくないけど、言いふらすような人ではないことくらいわかる。それにまぁ、ミツの彼女なわけだし?
「桃から昨日、千葉くんとケーキを食べて本屋に行ったことは聞いたんだけど…」
「告白のことは?」
「あの…と、特に…」
桃は深山さんのことが好きだ。大好きだ。聞かれなくてもきっと何だって報告する。それが告白の話を聞いていないのだとするなら、意として隠しているわけじゃない。答えは簡単。俺の告白を「忘れているから」だ。
どこか不憫そうに俺を見る深山さんの視線が痛い。地味に傷つく。
「ごめんなさい。桃と普段そういう話しなくて…」
「いや、大丈夫。」
「じゃあ深山さん、唐沢にそれとなく話を聞くのは?」
「…できれば、桃から話してほしいと思うの。聞きだすとかじゃなくて。」
女子の友情は怪しい、とよく男子の話題になるが、この2人の絆はそうとう強いらしい。さっきミツも桃に頼ったと言ってはいたが、特に桃も協力してはいないのだろう。お互いがお互いの意思を最優先している。素晴らしい友情だとは思うが、今としては厄介なことこの上ない。
「ご、ごめんね。満島くん、千葉くん。力になれなくて…」
「ええっ!そんな気にしないで。」
「ていうかお前ら、付き合ってんのに苗字呼びなんだ。」
これはやはり自分自身で何とかするしかないか。そう思いながら、何となく気になったことを聞いてみた。すると2人は真っ赤になり、互いをちらちらと見た後うつむいてしまった。……何だこいつら。そうだ。こいつら今すっげー楽しいんだった。
「つ、椿って呼んでいい?」
「あ、わ、私も薫くんって呼ぶ…!」
(くだらん。)
くるりと背を向け、一目をはばからずイチャつくバカップルを放置した。覚えてろミツ。もしこれから先、深山さんと喧嘩しても俺は相談になんか乗ってやらないからな。
「あー、まっさん!」
教室に戻るのも癪で、遠回りになる中庭をのんびり歩いた。その時、今日ずっと頭を占めていたやつの声が聞こえ、飛び上がりそうになる。振り返ればいつもと変わらず、というよりどこか怒った表情で桃が駆け寄ってきた。
「ねぇっ、椿ちゃん知らない?」
「……深山さんなら今、ミツとイチャついてる。」
「なにーーーっ!!あのミッツーめ!あたしの椿ちゃんを~!!」
俺はどうして桃が好きになったんだっけ。ふにゃふにゃといつも笑っていたからか。顔が可愛いからか。
どうして、なんて。理由なんか忘れた。
「桃さ、」
「うん~?」
「最近、楽しそうだな。」
高校に上がる前まで、桃はよく笑っていたけれど、泣いてもいた。多くの女子から嫌がらせを受けていたようだったから。きっかけは多分、人気のある男子が桃に告白したからだ。
こいつはわかりやすいから、元気がない日はすぐにわかった。だけど、決して俺に泣きついたりしない。涙を流したとしても、絶対に理由を言ったりしなかった。男の俺に女同士のいざこざを解決できるわけないし、余計に悪化すると思ったのかもしれない。それか桃のことだ。迷惑をかけるとでも考えたか。
何もできなくても、頼ってほしかった。俺を必要としてほしかった。付き合いは長くても、桃の中の俺の存在は明らかに小さい。高校に入学して出会った深山さんと過ごした半年にあっさり負けてしまうくらい、俺との9年という歳月は弱い。
「楽しいよ~。まっさんもでしょ~?」
「まぁな。」
「あ、昨日からミッツーに椿ちゃん盗られてむかつくけどねぇ~。まっさんからも何とか言ってよ~。ミッツー自重しろって~」
「…うん。」
もし、明日桃の世界から俺が消えても、何にも変わらないのかもしれない。
9年経っても、俺の存在価値は変わらない。いつもいつも、俺は桃が笑ったり泣いたりしている姿をただ見つめるだけで、何もできない。
「まっさん?」
(…桃にとったら、あの告白だって何でもない。興味がなくて振った他の男のものと、大差のないものなんだ。)
「…まっさん。」
辛いとか、嬉しいとか。全部、俺に言ってくれたら良かったのに。――――違う。俺じゃ、頼りないからだ。俺には、言わなかっただけ。だって深山さんには頼っている。今まで傍に誰もいてくれなかったから、今こんなにも深山さんに依存してる。
俺は、深山さんの代わりにはなれない。
「ねぇ、まっさん。」
「ん…?」
力なく返事をすると、桃はにっこりと笑う。ああ、好きだなぁ。俺は桃の、この笑顔が好きなんだ。
「さっき、最近楽しそうだなって言ったでしょ~?」
「うん。」
「あたしはねぇ、昔から楽しいよ~。」
その言葉に目を見張る。俺から見た桃は、泣いている時間のほうが長く感じた。特に中学の時は、教室で桃の笑顔を見たことはない。なるべく登下校は時間を合わせて、放課後はよく家に誘って、料理上手な母さんの夕飯を一緒に食べた。学校での長い苦しみに比べたら、ほんの些細な時間でしかなかっただろうが。
ただ、俺が傍にいてやれる時間は、桃を笑顔にしてやりたくて。
「まっさんがいてくれたもん。」
眩しい。そう思った。
「ずっと心配してくれてたの、知ってたよ。辛い時、いつも家に呼んでくれたよね。それでまっさんママに、あたしの好物たくさん作ってもらってさ。一回、まっさんが家に電話してるとこ見たんだ。今日桃連れて行くからこれとこれ作っておいてって。あの時、嬉しくて泣いちゃった。」
えへへ、と桃は笑う。
俺にはそれしかできなかった。情けなくて、無力な自分が悔しくて。桃が好きなのに、大好きなのに、ずっと笑顔のままでいさせてやれない自分が嫌だった。
それでも俺は、お前の支えになれていたのか。俺がいて良かったと、お前は思ってくれるのか。
「…桃。」
「うん〜?」
「俺、やっぱりお前のこと好きだわ。」
この時の桃の顔は、初めて見た顔だった。9年間一度も、見たことのない。 驚いて、呆気に取られて。
おい、お前。一応言っておくけど、告白2回目なんだけど。今思い出したなんて、許さないからな。
やっぱりダメだ。俺は唐沢桃が好きだ。袖にされたって、告白を流されたって、9年全く進展がなくたって、好きなもんは好きだ。
「覚えとけよ。」
とりあえず、今はこの距離で。でも諦めない。告白は宣誓だ。
幼馴染からの脱却、絶対成功させてやる。




