11 番長 <イラスト:ミラ22才>
あれから、私の精神状態は随分と改善された。
殺されない。ヤられない。
この二大柱の偉大さ。
拘束力はないし、キレやすいおヒトだから、何かあったら御破算になるだろうけれど
逆に言えば、何もなければ少し安心だ。
私が細心の注意を払っても、ヤツが変な夢をみたり、ふと過去の記憶を思いだしてイラついたら、アワヤということもあるだろうが、運がよければ説得のチャンスもあるかもしれない。
そんなわけで。
私は今日もエルスと一緒に書斎いた。
左腕にエルスのぬくもりを感じながらではあったが、のんびり読書なんかに興じることも許されている。
「おねえちゃま…」
「……何?」
「おねえちゃまはどこにも行かないよね?」
「もちろんよ」
「そう」
ふと思い出したように出てくるこの会話は、微妙に拷問だ。
なんでそんなことを聞くのか、とか、その根源的なことを考えると、私は現実に引き戻されてしまう。
今はいい。こうして従順に傍にいるだけで、エルスも特に騒ぎたてない。
だけど、貴族の娘としていつまでもそういうわけないはいかないはずなのだ。
おそらくはいつか、親が私を社交界に連れていく決断をするだろう。
その時、こいつはおとなしくしてくれているだろうか?
まさか、親を殺すとか、そんなことはないと信じたい。
いや、親が死ぬこと事態はいいんだ。
いや、さすがに『いい』は言い過ぎか。でも、よくはないけど、仕方がないことってあると思う。
ただ問題は、そういうことをすると、エルスは確実に、もっと病む、ということだ。
エルス……というか、ストーカーのアイツは、本当にすごく簡単に人を殺すのだけれど、本人どうやらノーダメージというわけではなかった気がするのだ。
なんというか、人を殺す度に病みレベルが上がっていた気がする。
実際、今の、まだ誰も殺してないであろう(ポッポが勝手に殺した分はノーカンとして)エルスは、末期のストーカーほどひどくはない気がする。
その気になれば可能であろうに、トイレについてくることはないし、一緒に寝ない夜もある。
だからエルスの病みレベルは、私にとっては、比喩なしに死活問題だ。
私が、死ぬか、活きるかに、直接関わってくる。
だから、なるべくなら、親には健在でいてほしい。
なのに、母は言うのだ。
「レオナ、明日から家庭教師の先生に来てもらうことになりましたよ」
!!!
「とてもよい先生だから、きっとレオナも気にいると思うわ」
ギュッと、手を強く握られる。
私だけに話があるというのに、取りついて離さず、手をつないだまま一緒に話を聞いたエルスだ。
何も考えていないような瞳で、無感動に母を見つめている。
「ああああああ、あの、お母様、私にはまだ早いと……」
「レオナ、勉強はとても大事なことですよ。早くて困ることはありません」
お母様は意外としっかりなさっていて、大事なことは滅多に曲げない。
それにすでに雇うことは決定しているようで、これを覆すのは難しそうだった。
「……おかあさま、僕もいっしょにべんきょ、したい」
エルスが動く。
「だめ?」
お母様、頷いて!
「そうねえ。エルスにはさすがに早い気がするけれど……」
「『早くて困ることはない』おかあさまがさっき、自分で言ったんだよ」
にっこり。賢しい子供が笑う。
お母様は苦笑した。
「仕方がないわね。先生には聞いてみてあげるから、先生がダメと言ったら諦めなさいね」
「はぁい」
これでターゲットは、先生に絞られた。
幸いなことにその先生は寛大で、エルスが一緒に勉強することも、了承してくれたらしい。
……そして数日後。
やってきた先生が、女性であることに私は大きく安堵した。
「はじめまして、リオナお嬢様、エルスお坊ちゃま。
私はミラと申します。
どうかよろしくおねがいいたします」
品のいい妙齢の女性。
赤みがかった、緩くウェーブした髪を後ろでひとつにまとめ、地味だが上質の生地で作られた臙脂色のドレスを身にまとっている。
全体的に好印象な彼女は、母が部屋から出て行ったのを確認してから、こう言った。
「もういいよね。改めて自己紹介するよ。
アタイは『番長』だ。ふたりとも久しぶり」
救世主が現れた!
【ミラ22才 イメージ】
正面顔は難しいね!