第28話 決着
ARC臨時指揮所。
「…………」
結人が通信機器を見つめていた。
モニターに並んでいた三つのオンライン表示。
その全てが――消えている。
「……全中継端末、ロスト」
「そんな……」
澪が呟く。
律は何も言わない。
ただ。
朔のウェアラブルカメラから送られてくる映像を睨んでいた。
◇
B2F・最深部。
研究室。
「…………」
俺の通信機からは。
何も聞こえない。
東雲がゆっくりと俺を見る。
「これでもう――」
「お前は一人だ」
「…………」
東雲の視線が、倒れている和臣へ向く。
そして。
再び俺を見る。
「残念だったな」
右手を上げる。
手のひらが赤く光った。
「これで終わりだ」
「…………」
俺はその手を見る。
赤い光。
さっき見た。
床を大きく抉った――あの能力。
「……その能力は」
俺は東雲へ手を向けた。
「もう見た」
「…………?」
東雲の目が僅かに細くなる。
「《爆破》」
赤い光が弾ける。
その瞬間。
「反転!!」
東雲の表情が変わる。
直後。
メキッ。
「…………?」
メキメキメキメキメキメキ――!!
「ぐっ!?」
東雲の右腕が。
異常な勢いで細く縮み始めた。
「なっ……!?」
右腕。
肩。
さらに右の脇腹。
爆発するはずだった力が。
逆方向へ収束していく。
グシャッ!!
「グギャァァァァァァァァアァァ!!」
東雲の絶叫が研究室に響いた。
「ぐっ……あぁ……!」
右腕から肩にかけて。
骨よりも細いほどに圧縮され。
右半身が大きく歪んでいる。
「な……」
荒い呼吸。
「ハァ……ハァ……」
東雲が自分の身体を見る。
何が起きたのか分からない。
そんな顔だった。
「なんだ……これは……?」
「《反転》」
俺は答えた。
「それが俺の能力だ」
「…………」
「お前は俺を爆破しようとした」
東雲の歪んだ右半身を見る。
「爆破の反対は――爆縮」
「お前が俺を吹き飛ばそうとした力を反転させた」
「その結果――」
「逆にお前の身体が、ものすごい勢いで縮んだってわけさ」
「…………」
俺は東雲を真っ直ぐ見る。
「一度見た能力は――」
「俺には通用しない」
「…………」
静寂。
だが。
「ク……」
「……?」
「クク……」
東雲の口元が歪む。
「クククククククククク……!」
「何がおかしい」
「面白い……」
東雲が笑う。
「実に面白い」
「…………」
「その能力――」
俺を見る。
「欲しくなった」
「……!」
「一度見た能力は通用しないと言ったな」
東雲がゆっくりと立ち上がる。
「ならば――」
左手を見る。
未だ《固定》によって、固く握られたままの拳。
「一度しか見られない能力だったら――」
俺を見る。
「どうかな」
「…………!?」
◇
ARC臨時指揮所。
「ハッ!!」
律の身体が跳ねた。
「律?」
澪が振り向く。
「どうしたの?」
「…………」
律の顔から。
血の気が引いていた。
額から大量の汗が流れる。
「このままだと……」
「え?」
律の唇が震える。
「朔が――」
一瞬。
言葉に詰まる。
「死ぬ」
「えっ!?」
「朔くんが!?」
みつきが立ち上がる。
「どういうこと!?」
結人も律を見る。
美琴だけは何も言わず。
律の様子を見ていた。
「…………」
律は再び未来を視る。
(何か……)
(何かあるはずだ……)
違う未来。
(探せ)
別の未来。
別の行動。
別の選択。
(最良の未来を……!)
何十。
何百。
何千。
可能性を変える。
朔が右へ避ける。
――死ぬ。
左へ避ける。
――死ぬ。
後ろへ下がる。
――死ぬ。
前へ出る。
――死ぬ。
何度視ても。
どんな行動を選んでも。
最後に待っている結果は――。
同じ。
「クッ……!」
ズキンッ!!
激しい頭痛。
律が頭を押さえる。
「律!」
美琴が声を掛ける。
「大丈夫!?」
「…………」
聞こえない。
律は必死に考え続ける。
(どうすれば……)
もう一度。
未来を視る。
「…………!」
律の目が見開かれた。
「いや……待て」
「……?」
「俺は今――」
「奴の能力を視た」
なら。
朔へ伝えればいい。
能力の正体を。
性質を。
朔が《反転》するために必要な――。
理解を。
だが。
「…………」
律がモニターを見る。
三つの表示。
全て消えている。
通信網は。
もうない。
「クソッ……!」
その時。
「おい、律」
「…………」
「本当に大丈夫か?」
結人の声。
律が振り返る。
「…………!」
結人。
その姿を見て。
律の目が見開かれた。
「いるじゃねぇか……」
「あ?」
「いるじゃねぇか!」
律が結人の肩を掴む。
「お前が!!」
「は!?」
「結人!」
律が叫ぶ。
「お前の《通信》で、今すぐ朔に繋げられるか!?」
「…………」
結人が一瞬固まる。
「無理だ」
「…………!」
「ここからじゃ距離がありすぎる」
「中継端末も全部潰された」
「今の俺じゃ――」
「いいからやれ!!」
「!?」
「お前にしかできねぇんだよ!!」
「…………」
結人が律を見る。
「お前――」
律が叫ぶ。
「地味な能力だとか」
「ハズレ能力だとか」
「このまま自分の能力をバカにされたままでいいのか!?」
「…………!」
結人の表情が変わる。
沈黙。
そして。
「……分かったよ」
通信機器へ向き直る。
「やりゃあいいんだろ!!」
両手を伸ばす。
「《通信》!!」
ピキイィィィン――。
「繋がれ……!」
能力を限界まで広げる。
だが。
遠い。
届かない。
「繋がれ……!!」
「頼む!」
律が叫ぶ。
「お前がやらなきゃ、朔は死んじまうんだぞ!!」
「うるせぇ!!」
結人が怒鳴り返す。
「今やってる!!」
「集中できねぇだろ!!」
さらに。
能力を広げる。
(俺の能力は――)
今まで。
何度も使ってきた。
無線が届かない場所で。
仲間同士を繋ぐ。
(通信機代わりか?)
ただ。
電波を飛ばすだけ。
それだけの能力なのか?
その時。
頭に浮かんだ。
いつか。
久我宗一から教えられた言葉。
――能力そのものに強弱があるわけではない。
――能力者が自身の能力をどこまで理解し、どのように解釈するか。
――それによって同じ能力でも、その可能性は大きく変化する。
――自分が何を起こしているのかを考えろ。
――理解が変われば、使い方が変わる。
――使い方が変われば――可能性も変わる。
「…………!」
結人が顔を上げた。
(違う)
通信。
繋ぐ。
(俺の能力は――)
「単なる電波じゃねぇ……!」
律が結人を見る。
「繋げられるはずだ……」
距離じゃない。
中継端末でもない。
俺が。
繋ぐんだ。
「人と――」
その先にいる。
たった一人へ。
「人をっ!!」
「繋がれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
ピキイィィィィィィィィィィィン――!!
その瞬間。
結人の《通信》が――。
限界を超えた。
◇
最深部・研究室。
――ピキィィィィィン
「……!?」
頭の奥で。
何かが繋がった。
『朔!!』
「…………!」
声が聞こえる。
『朔! 聞こえるか!?』
「結人……!?」
◇
ARC臨時指揮所。
「…………!」
結人の目が見開かれる。
「繋がった……」
震える声。
「繋がったぞ!!」
結人が振り返る。
「律!!」
「…………!」
「できるじゃねぇか! 結人! 見直した!」
律が結人の肩に手を置いた。
そして。
目を閉じる。
『朔』
◇
「律……」
『いいか、よく聞け』
律の声が。
直接、俺へ届く。
『奴が次に使う能力を視た』
「…………」
『一度しか言わない』
『能力の名前は――』
◇
律の言葉を、最後まで聞く。
「…………」
なるほど。
『朔』
「……ああ」
『……未来を変えてこい』
「…………」
俺は。
ニッと笑った。
「了解」
◇
東雲が左腕を上げた。
未だ開かない左拳。
それを。
俺へ向ける。
「とっておきを見せてやる」
「…………」
「そして、その後で――」
東雲が笑う。
「お前の能力」
「俺が有効に使ってやろう」
「…………」
「死ね」
東雲が告げる。
「《死の授与》」
その瞬間。
黒い球体が現れた。
「…………」
小さな。
真っ黒な球。
それが。
ゆっくりと俺へ向かってくる。
スゥゥゥ――。
「…………」
俺は横へ跳んだ。
黒球が横を通り過ぎる。
「…………」
東雲は何も言わない。
俺は着地する。
その瞬間。
ギュン――!!
「!」
通り過ぎたはずの黒球が。
空中で軌道を変えた。
そして。
再び俺へ向かってくる。
◇
「うっ……」
床に倒れていた和臣の指が動いた。
「うう……」
ゆっくりと。
目を開ける。
「…………」
霞む視界。
まだ頭がぼんやりしている。
その向こうで。
朔が。
黒い何かから逃げていた。
「朔……」
身体を起こそうとする。
「ぐっ……!」
左肩に激痛。
身体が思うように動かない。
「クソッ……」
◇
俺はもう一度かわす。
ギュン――!!
黒球が。
また軌道を変える。
「無駄だ」
東雲の声。
「それは――」
黒球が迫る。
「“死”がお前に届くまで」
「どこまでも追い続ける」
俺はかわす。
「…………」
また。
追ってくる。
逃げられない。
どこへ行っても。
必ず追ってくる。
そして。
食らえば――。
死ぬ。
でも。
俺はもう、知っている。
「……?」
俺は足を止めた。
東雲の眉が僅かに動く。
「朔っ!?」
和臣の声。
俺は迫ってくる黒球を見る。
(なるほど……)
ようやく分かった。
(俺一人じゃ到底対処できる能力じゃないってわけか)
脳裏に。
一人ずつ。
浮かんでくる。
崩れ落ちる瓦礫を止め。
俺を先へ行かせてくれた――久我先生。
深手を負いながら最後まで一緒に戦ってくれた――和臣。
傷ついた俺たちを。
何度も治してくれた――透花。
ここまで進むための道を作ってくれた――鈴音。
その隣で。
瓦礫を支えてくれた――紬。
敵の位置を把握し。
俺たちの目になってくれた――澪。
命懸けで敵地へ潜り。
通信網を作ってくれた――みつき。
そして。
途切れたはずの通信を。
もう一度繋いでくれた――結人。
その先から。
未来を伝えてくれた――律。
一人じゃない。
最初から。
ずっと。
(ありがとう……みんな!!)
◇
ARC臨時指揮所。
「…………!」
美琴の表情が変わった。
《感応》。
その力が。
朔の強い感情を拾う。
――ありがとう……みんな!!
「…………」
美琴の目に。
うっすらと涙が浮かんだ。
◇
黒球が迫る。
もう。
逃げない。
「…………」
俺は真っ直ぐ前を向いた。
そして。
笑った。
「分かってるぜ!!」
東雲の目が見開かれる。
「お前の能力!!」
「…………!」
◇
「へっ……」
和臣が。
壁にもたれたまま、小さく笑った。
「分かってたんかよ……」
◇
黒球が。
目前まで迫る。
◇
ARC臨時指揮所。
朔のウェアラブルカメラの映像を。
五人が見ている。
「いっけぇぇぇぇぇぇぇ!!」
結人が叫ぶ。
「頑張ってぇぇぇぇ!!」
澪が叫ぶ。
「やっちゃえぇぇぇぇ!!」
みつきも叫ぶ。
「変えろぉぉぉぉぉぉ!!」
律が叫ぶ。
美琴は何も言わず。
ただ。
朔の感情を感じていた。
「…………」
そして、小さく。
一言だけ。
「……行け。朔」
◇
「朔ぅぅぅぅぅ!!」
和臣が叫ぶ。
「ぶちかませぇぇぇぇぇ!!」
「おおおおおおおおおお!!」
俺は右手を前へ突き出した。
黒球が。
触れる寸前。
大きく叫ぶ。
「反転っっ!!!!!」
《死の授与》。
その性質が。
反転する。
《死の収受》。
ピタッ。
「…………!」
黒球が。
俺の目の前で止まった。
東雲の目が見開かれる。
「な……」
次の瞬間。
黒球が。
ゆっくりと向きを変えた。
「なに……?」
そして。
東雲へ向かって動き出す。
「な……」
東雲の顔が。
初めて恐怖に歪んだ。
「なにぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!?」
逃げようとする。
だが。
もう。
その身体に。
逃げるだけの力は残っていない。
「やめろ……」
黒球が近づく。
「来るな……」
さらに。
「来るな……!」
目の前まで。
「来るなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
黒球が。
東雲の胸へ触れた。
そして――。
そのまま。
身体の中へ入り込む。
スゥ――。
「…………」
ドクンッ。
東雲の身体が大きく跳ねた。
「あ……………………」
その目から。
力が消える。
ドサッ。
東雲雅人が。
その場に倒れた。
「…………」
静かになった。
何も。
起こらない。
「…………」
俺は。
その場にへたり込んだ。
「はぁ……」
身体中から力が抜ける。
「はぁ……はぁ……」
倒れた東雲を見る。
そして。
天井を見上げた。
「終わった……」
◇
〜エピローグ〜
――帰還後。
ARC本部。
「いやぁ〜」
結人が椅子へふんぞり返っていた。
「まさか俺が世界を救っちゃうとはなぁ」
「調子乗んな!! 大袈裟に言いやがって!」
「痛っ!」
和臣がツッコミを入れようとして。
「いってぇぇぇ!!」
左肩を押さえた。
「こら!!」
透花が怒鳴る。
「動かないの!」
「だってこいつがよぉ!」
「治療中でしょうが!」
透花の手から淡い光が広がる。
「いやいや」
結人が笑う。
「でも俺が繋がなかったらヤバかっただろ?」
「朔があいつに勝てなかったら、いずれあいつに世の中めちゃくちゃにされてたかもしれねぇじゃんよ」
「だからってお前一人で救ったみてぇに言うな!」
「事実だろ?」
「うぜぇ!!」
「和臣!」
「はい!!」
透花の一喝。
和臣が大人しくなる。
その様子を。
律が少し離れたところから見ていた。
「ん?」
結人が気づく。
「なんだよ」
「…………」
律は結人を見る。
「お前がいなければ――」
「……?」
「俺たちは負けていた」
「…………」
結人の顔から笑いが消える。
律が静かに言う。
「それだけは、俺が一番よく知っている」
「…………」
結人が。
珍しく言葉を失った。
「おい」
「やめろ」
和臣が口を挟む。
「あ?」
「こいつマジで調子乗るぞ」
「うっさいわ!!」
「ほら見ろ!!」
「和臣! 動かない!!」
「はい!!」
「…………」
俺は。
そんなやり取りを見ながら。
何も言わず――。
ただ。
少し笑った。
◇
少し離れた場所。
美琴さんと久我先生が。
みんなを見ていた。
「随分と賑やかになったわね」
美琴さんが笑う。
「ああ」
「…………」
美琴さんが久我先生を見る。
「……作ってよかった?」
「…………」
久我先生は答えない。
ただ。
賑やかな仲間たちを見る。
「…………」
ほんの僅かに。
表情が緩んだ。
「……ああ」
◇
そして――。
律が少し離れたところから、仲間たちを眺めていた。
「…………」
俺は律を見る。
「そういや」
「……?」
「お前、言ってたよな」
「何をだ?」
「俺といれば、視えない未来が視られるかもしれないって」
「…………」
律が俺を見る。
「どうだった?」
「…………」
律は答えない。
代わりに。
ARCのみんなを見る。
騒いでいる和臣と結人。
それを怒鳴りつける透花。
笑っているみつき。
その隣にいる澪。
鈴音と紬。
美琴さん。
久我先生。
そして。
俺。
「…………」
律は。
少しだけ笑った。
「……ああ」
「視えなかったよ」
「こんな未来は」
――END
書き終わりましたぁぁぁ!
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
『特異能力社会調整機構《ARC》』は、これにて完結となります。
「最強の能力で無双する」のではなく、相手を理解し、自分の能力を理解し、仲間と力を合わせて勝つ。
そんなちょっと昔ながらの異能力バトルを書いてみたいと思い、この物語を書き始めました。
朔たちの物語を、最後まで書き切ることができて本当に嬉しく思います。
ここまで読んでくださった方が一人でもいたこと。
それだけで、書いてよかったと思えます。
全28話。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
もし、よろしければ感想なんかもいただけたら、作者がめちゃくちゃ喜びます。笑




