第1話 目覚め
『昨夜、市内中心部で発生した能力者による暴行事件について――』
朝っぱらから、また能力犯罪のニュースだった。
テレビには、無惨に破壊された店舗が映っている。
砕け散ったガラス。大きくへこんだシャッター。路上には規制線が張られ、その向こうを警察官たちが行き交っていた。
俺――御影朔は朝食を口に運びながら、それをぼんやりと眺めていた。
『警察は能力を使用した人物による犯行とみて、特異能力社会調整機構《ARC》と連携して、男の行方を追っています』
「…………」
またか。
最近、本当に多い。
画面が切り替わる。
誰かがスマートフォンで撮影したものだろう。画質は荒く、映像は激しく揺れている。
映っていたのは、一人の男。
男が笑いながら拳を振り抜く。
――バァンッ!
その瞬間、拳の前方から円状の歪みが一気に広がった。
次の瞬間。
数メートル離れていた人間が、真正面から叩きつけられたように吹き飛ぶ。
悲鳴。
逃げ惑う人々。
その中心で、男だけが笑っていた。
『犯人は現在も逃走しており――』
「……また能力犯罪かよ」
思わず口から漏れた。
しかも、ニュースはそれだけでは終わらなかった。
『続いて、昨夜発生した別の能力事件について――』
「…………」
「最近こんなんばっかだな……」
テーブルの端に置いていたリモコンを手に取り、電源を切る。
プツン、と画面が暗くなった。
別に能力者が嫌いなわけじゃない。
ただ――テレビをつければ能力犯罪。ネットを見ても能力犯罪。
能力を手に入れたからといって、好き勝手に暴れる連中。
そんなニュースには、いい加減うんざりしていた。
「くだらねぇ」
俺は鞄を手に取り、部屋を出た。
◇
街は、いつもと変わらなかった。
通勤や通学に向かう人々が行き交い、道路を車が走っていく。
俺もその中に混じって歩いていた。
今朝見ていたニュースのことなんて、もう頭にはない。
能力者が起こした事件。
そんなものはニュースの向こう側の出来事だ。
俺には関係ない。
――そのはずだった。
「…………?」
前方が、妙に騒がしい。
何人もの人間が、こちらへ向かって走ってくる。
「逃げろ!!」
「能力者だ!!」
「……は?」
次の瞬間――
ドゴォォォン!!
「!?」
少し先にある店の壁が吹き飛んだ。
砕けた破片が道路へ降り注ぎ、辺りから悲鳴が上がる。
逃げ惑う人々。
そして、立ち込める煙の中から一人の男が姿を現した。
「…………」
その顔を見た瞬間、俺は固まった。
見覚えがある。
というより――ついさっき見たばかりだ。
「……マジかよ」
今朝、ニュースに映っていた男だった。
「ハハハハ!」
男は楽しそうに笑いながら周囲を見渡す。
そして、道路脇の看板へ向けて軽く拳を振るった。
――バンッ!
拳の先から、円状の歪みが広がる。
目に見えるほどに空間を震わせながら、衝撃波が看板へと走った。
ドゴォン!!
看板が根元から吹き飛ぶ。
「誰も俺に近づけねぇ!」
「…………」
朝から能力犯罪のニュースを見て。
外へ出たら、その犯人本人。
「勘弁してくれよ……」
もちろん、戦おうなんて考えはなかった。
俺はただの一般人だ。
能力者を相手にして、どうにかできるはずがない。
周囲の人間と同じように、その場を離れようとした――その時。
「お母さん!!」
「……?」
声の方を見る。
小さな子供が道路脇で座り込んでいた。
逃げる途中で転んだらしい。
少し離れた場所で母親が叫んでいる。
「早くこっちに来て!!」
「うぅ……!」
子供は立ち上がれない。
まずい。
そう思ったときには、男も子供に気づいていた。
「邪魔だ」
男が拳を振り上げる。
「……!」
考えるより先に、身体が動いた。
子供へ向かって走る。
「伏せろ!!」
その身体を庇った直後――
――バンッ!!
背後で、空間が震えた。
「ぐっ……!!」
衝撃波が背中を直撃する。
巨大な何かで殴りつけられたような衝撃に、身体が浮いた。
そのまま地面へ叩きつけられ、何度も転がる。
「いっ……てぇ……」
「お兄ちゃん……!」
「いいから行け!」
母親が駆け寄り、子供を抱えるようにして走り去っていく。
よかった。
そう思ったのも束の間だった。
「何だお前」
男が俺を見ている。
痛む身体を無理やり起こした。
「……ただの一般人だよ」
「一般人?」
男が笑う。
「だったら大人しく逃げとけよ」
「俺だってそうしたかったよ」
「だったら消えろ」
男の拳が動いた。
――バンッ!!
円状の歪みが、真っ直ぐ俺へ広がってくる。
「ぐあっ!」
避ける間もなく衝撃波をまともに受け、身体が吹き飛んだ。
地面に肩から叩きつけられる。
「分かったか?」
男が拳を見せつける。
「俺の能力は《衝撃》!」
「…………」
「触れる必要すらねぇ!」
拳が動く。
――来る。
――バンッ!!
「がっ……!」
まただ。
今度は背中から壁へ叩きつけられた。
肺から空気が押し出される。
苦しい。
でも――。
殴られてはいない。
男の拳は、俺に触れてすらいない。
「拳を振るだけで――」
男が、もう一度拳を振り上げる。
今度は目を逸らさなかった。
拳が振られる。
その直後――拳の先から、円状の歪みが生まれる。
――バンッ!!
「ぐっ……!」
歪みが俺へ届いた瞬間、衝撃が身体を突き抜けた。
また地面を転がる。
「テメェなんか吹っ飛ばせる!」
「…………」
痛ぇ。
身体中が悲鳴を上げている。
何なんだよ、こいつ。
能力があるってだけで――
なんでこんなに好き勝手できる。
「どうした!」
男が、また拳を振り上げる。
「…………」
――来る。
何度も食らった。
直接殴られているわけじゃない。
拳を振る。
その動作に合わせて衝撃が生まれる。
拳を起点に、円状の歪みとなって広がり――離れた相手へ届く。
――衝撃そのものを、飛ばしてるのか。
男が笑った。
「俺の能力がどんだけ強ぇか分かったか!」
「…………」
俺は、ゆっくりと立ち上がった。
「……ああ」
「あ?」
「もう、お前の能力がどんだけ強ぇかは十分分かったよ」
口元の血を手の甲で拭う。
「何回も喰らったからな」
「だったら――」
男が拳を大きく振りかぶる。
「これで終わりだ!!」
拳が振り抜かれる。
――バァンッ!!
空間が大きく歪んだ。
これまでとは比べものにならないほど巨大な衝撃波が、円状に広がりながら真っ直ぐ俺へ迫ってくる。
「……!」
避けられない。
身体も、もうまともに動かない。
なのに――
その瞬間、頭に浮かんだのは能力のことでも、自分が助かる方法でもなかった。
ただ、無性に腹が立った。
能力が強い。
誰も自分には近づけない。
何度も、何度も。
そんなに自慢の能力なら――
自分で喰らえばいいのに。
そう思った。
ただ、それだけだった。
気づけば――
俺は迫る衝撃波へ、両手を伸ばしていた。
能力を使おうとしたわけじゃない。
何かをしようと考えたわけでもない。
ただ、無意識に。
その瞬間――
何かが。
反転した。
ドゴォォォォォン!!!
「ぐああああっ!?」
「!?」
衝撃波が――逆方向へ走った。
広がっていた円状の歪みが、まるで映像を巻き戻したかのように向きを変え、男へと襲いかかる。
直撃。
男の身体が激しく吹き飛び、地面を転がっていく。
「な……」
「…………」
俺は呆然と、自分の両手を見た。
「なんだ……今の……」
分からない。
今、何をした?
「ふざけんな……!」
男がよろめきながら立ち上がる。
「もう一発――」
拳を振り上げる。
「…………」
さっきとは違う。
一度だけ――起きた。
迫ってきた衝撃波が、逆方向へ返っていく。
あの現象が。
「喰らえぇぇ!!」
男の拳が振り抜かれる。
――バンッ!!
円状の歪みが生まれ、再び俺へ迫る。
さっきの現象――
もう一度、起こせるか……?
「…………」
試してみるか。
今度は逃げなかった。
右手を前へ出す。
さっき起きた感覚を思い出す。
――逆だ。
こっちへ来るなら。
向こうへ。
「……返れ!!」
ドゴォォォォォン!!!
「ぐあああああ!!」
衝撃波が再び反転する。
男の身体を直撃し、そのまま大きく吹き飛ばした。
地面へ激しく叩きつけられ――
今度こそ、動かなくなる。
「…………」
静寂が訪れた。
さっきまでの騒ぎが嘘だったように、遠くから聞こえてくるサイレンだけが街に響いている。
朝までの俺は、能力犯罪のニュースを眺めながら、
――またかよ。
そう、うんざりしていただけの。
ただの一般人だった。
なのに。
「…………」
倒れた男を見る。
そして、もう一度自分の右手へ視線を落とした。
「俺も……?」
握って、開く。
「能力者……なのか?」
1話--END




