第12話「いてまえドッグ」
いつもの本拠地.....大阪のドーム球場。熱気と独特の熱気に満ちたコンコースを歩きながら、健矢はふと足を止めた。
「シオン、ちょっと待ってくれ。今日はどうしても……たまに無性に食べたくなる『アイツ』の列に並ばなきゃならん」
「アイツ、ですか?」
シオンは網膜のインジケーターを薄青く点滅させ、健矢が視線を送る先――長蛇の列ができている球場内売店へとスキャンを向けた。
「マスター。当機のデータベースと視覚センサーによれば、あなたが並ぼうとしている店舗で販売されている主たる商品は、パンにソーセージを挟んだ汎用的な軽食……いわゆる『ホットドッグ』と定義されます。しかし、周囲の観客が手にしている個体の形状データに著しい異常値を検知しました」
シオンは手元の端末にホログラムの解析画面を浮かび上がらせた。
「通常、人間が片手で保持し、口腔の開口角度に合わせて摂取するホットドッグの標準規格は全長およそ15センチメートルから20センチメートルです。しかし、あの物体は……全長約30センチメートル。標準規格の1.5倍から2倍に達する巨大なパンの中に、2本の長いソーセージが並列配置されています。建造物で言えば強度の構造計算を疑うレベルの変形圧力です」
「くっくっく……驚いたかシオン。それこそが我が球団のホームが誇る名物スタジアムグルメ――【いてまえドッグ】だよ!」
健矢は胸を張り、列の最後尾へと並びながら誇らしげに語り始めた。
「いいか、『いてまえ』ってのは、かつて藤井寺やこのドームを本拠地にしてた方の合併する前の前史球団が誇った、豪快で破天荒な攻撃型野球の代名詞だ! 細かい作戦なんて知るか、打って打って打ちまくれという猛牛の魂! そのスピリッツをそのままパンとソーセージにぶち込んだのが、この『いてまえドッグ』なんだよ!」
「なるほど。歴史的背景は理解しました」
シオンは冷ややかなトーンのまま、購入を終えて嬉々として戻ってきた他の観客たちの行動ログを高速解析し始めた。
「ですがマスター。ファンの生態に関するデータ解析を進めるにつれ、さらに不可解な行動パターンが浮き彫りになりました。あの巨大なパンを購入した観客たちは、トッピングコーナーと呼ばれる区画へ移動した直後、まるで何かの儀式のように『ケチャップとマスタードを過剰なまでに波状塗布』しています」
「そう! あのトッピングはセルフサービスなんだよ! 自分の好きなだけケチャップとマスタードをかけていい。あの巨大なドッグの上に、綺麗なギザギザ模様を描くのがファンの腕の見せ所なんだ」
「いいえ、マスター。当機の画像解析によれば、あれは『綺麗なギザギザ』などという情緒的なものではありません。ケチャップの消費量が物理的な適量を超量過多しており、パンの表面が真っ赤な粘性液体で塗れ、もはや流血惨事の様相を呈しています。さらに、一部の観客は一口目をかぶりついた瞬間に、その過剰なケチャップをユニフォームの胸元や手に垂らし、小さな悲鳴を上げています」
「う……ッ! そ、それは『いてまえドッグあるある』だから! ケチャップをこぼして服を汚すまでがセットなんだよ!」
「完全に自傷行為です」
シオンは無機質に言い放った。
「巨大すぎるパン、過剰なトッピング、そして自らの衣服を汚しながら『これぞいてまえだ』と満足げに笑うファン……。AIの論理アルゴリズムでは『可食性物体の過剰摂取に伴う自損事故を楽しむ奇妙な生態』としか分類できません」
「ロマンがないなぁ、これだからAIってやつは.....」
健矢はついに自分の番が来ると、迷わず「いてまえドッグひとつ!」と注文し、ズッシリと重い紙トレーを受け取った。
トッピングコーナーへ移動した健矢は、シオンの冷ややかな視線を背中に浴びながら、慎重にケチャップの容器を握りしめた。
「見てろよシオン。俺は熟練のファンだ....!ケチャップの塗布量を完璧にコントロールし、一口目での衣類への被害をゼロに抑えて見せる……!!」
健矢は息を呑み、30センチのパンの上に綺麗な波状のラインを描いていく。
「よし……完璧だ! いざ、実食――ぐはっ!?」
一口目を豪快にかぶりついた瞬間、パンの隙間から溢れ出たマスタードの一滴が、健矢の着ていた応援Tシャツの胸元へと一直線に落進した。
「……マスター」
シオンが静かに端末のログを更新する。
「予言通り、胸元に黄色の色素付着を検知しました。洗浄用ウェットティッシュの消費が必要となります」
「……くそっ、イケると思ったんだがなぁ.......! だがなシオン、この口いっぱいに広がるソーセージのジューシーさとパンの香ばしさ……! この大雑把で豪快な味と挑戦こそが、ドームでの観戦をアツくしてくれるんだよ!」
健矢は胸元の汚れを拭いながらも、最高に幸せそうな顔で大きなドッグを頬張った。
シオンは呆れたようにインジケーターを明滅させながらも、どこか手際よくポケットから染み抜き用のペーパーを取り出し、健矢に手渡した。
「全く……豪快な猛牛の魂を味わう代償にしては、少々衣類へのダメージが大きいようですが。……美味しいですか、マスター」
「おう! 最高に『いてまえ』な味がするぜ!」
巨大なドッグを頬張りながら笑う主人の横で、シオンは「いてまえドッグ購入時の衣服汚損率:89.2%」という非合理的なデータを、密かにディープラーニングの思い出ファイルへと保存するのだった。




