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最低ランク《鎮静》の俺、その正体は催眠能力者 ――勇者のヒロインを静かに奪う  作者: 催眠スキ


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第九話 嫌いなはずなのに

 最近、相良がおかしい。


 そう思ってから。


 私はすぐに訂正した。


 違う。


 相良は前からおかしい。


 授業中に寝ようとする。


 能力訓練には興味がない。


 試験では点を取れるくせに、普段はまともにノートすら取らない。


 やればできる。


 なのに。


 やらない。


 だから。


 嫌いだった。


 少なくとも。


 そのはずだった。


 ◇


「おはよう、澪」


「おはよう、蓮」


 朝。


 教室へ入ると。


 先に来ていた蓮が声をかけてきた。


「昨日の訓練、大丈夫だった?」


「何が?」


「朱音と何本もやってただろ。疲れ残ってない?」


「大丈夫よ」


「ならよかった」


 蓮が笑う。


 いつも通り。


 昔から。


 蓮はこういう人だ。


 よく見ている。


 誰かが疲れていれば気づく。


 困っていれば手を貸す。


 それを。


 特別なことだと思っていない。


「蓮は?」


「俺?」


「昨日、朱音に付き合わされてたでしょう」


「ああ」


 苦笑する。


「俺も大丈夫」


「朱音の相手、毎回してたら身体もたないわよ」


「九条が逃げるから」


「逃げてない!」


「あはは」


 笑われた。


「蓮まで……」


「冗談だよ」


「分かってるけど」


 こういう会話も。


 昔から変わらない。


 蓮と話していると。


 安心する。


 気を張らなくていい。


 何を言っても。


 変に受け取られない。


 ――好き。


 そうなのだと思う。


 たぶん。


 ずっと前から。


 昨日。


 相良に言われた。


『九条が天城を好きでも、俺には関係ないし』


 思い出した瞬間。


 頬が熱くなった。


「澪?」


「何?」


「顔赤くない?」


「赤くない!」


「そう?」


「そうよ」


 危ない。


 よりによって本人の前で。


 全部。


 相良のせいだ。


「おはよー!」


 朱音が教室へ飛び込んでくる。


「朝から元気ね」


「おう!」


 その後ろから。


 相良が入ってきた。


「おはよう」


 小さく手を上げる。


「おはよう」


 普通に返した。


 そして。


 相良が私の隣へ座る。


 鞄を置く。


 教科書を出す。


 ――いや。


 出さない。


 机に突っ伏した。


「相良」


「ん」


「朝から寝ないで」


「まだ授業始まってない」


「もうすぐ始まるでしょう」


「始まったら起きる」


「自分で?」


「たぶん」


「起きないでしょう」


「じゃあ頼む」


「なんで私なのよ」


「隣だから」


「……もう」


 ため息が出る。


 本当に。


 こういうところが嫌い。


 適当で。


 人任せで。


 やる気がない。


 なのに。


「九条」


「何?」


「おはよう」


「さっき言ったでしょう」


「ちゃんと聞いてなかった」


「……おはよう」


「うん」


 また目を閉じた。


 腹が立つ。


 はずなのに。


 なぜか。


 少しだけ。


 笑いそうになった。


 ◇


 一限目。


 相良は起きていた。


 珍しい。


 もっとも。


 起きているだけで褒める気にはならない。


「相良」


「何?」


「ノート」


「取ってる」


「……本当ね」


「なんで驚くの」


「普段の行いでしょう」


「信用ないな」


「自分でなくしたのよ」


「厳しい」


 相良がペンを動かす。


 字は相変わらず汚い。


「そこ」


「ん?」


「違う」


「また?」


「また」


 私は自分のノートを指差す。


「ここ」


「ああ」


「ちゃんと見れば分かるでしょう」


「九条の見た方が早い」


「自分で考えなさい」


「はい」


 素直に書き直す。


 変な人。


 私が言えば。


 意外と聞く。


 それなら最初からやればいいのに。


 しばらくして。


 先生が黒板へ向く。


 その隙に。


 相良が小さくあくびをした。


「……」


 また眠るつもり?


 横を見る。


 相良と目が合った。


「何?」


「別に」


「監視?」


「違う」


「委員長怖いな」


「寝なければ見ないわよ」


「じゃあ起きとく」


「最初からそうしなさい」


 前を向く。


 少しして。


 気づく。


 私は。


 何回。


 相良の方を見ているんだろう。


 先生。


 黒板。


 ノート。


 相良。


 また黒板。


 おかしい。


 隣だから。


 視界に入るだけ。


 それだけだ。


 ◇


 二限目が終わった。


「澪」


 朱音が私の机へ来る。


「購買行こうぜ」


「今?」


「パン買いたい」


「昼休みにすれば?」


「限定の焼きそばパンなくなる!」


「知らないわよ」


「付き合って!」


「一人で行きなさい」


「冷たい!」


 騒ぎながら。


 朱音が今度は相良を見る。


「相良!」


 返事がない。


「……いない」


 隣を見る。


 空席。


「どこ行った?」


「知らないわよ」


 そう答えてから。


 私は机を見る。


 教科書は置いてある。


 鞄も。


 飲み物だけない。


 たぶん。


 自販機。


「飲み物じゃない?」


「なんで分かんの?」


「……たまたま」


「ふーん」


「何よ」


「いや?」


 朱音が妙な顔をする。


「じゃ、あたし一人で行ってくる!」


「最初からそうしなさい」


「澪の分も買ってこよっか?」


「いらない」


「了解!」


 走っていった。


「廊下は走らない!」


「はーい!」


 まったく。


 私はため息をつく。


 そして。


 隣を見る。


 空いている。


「……」


 静か。


 当然だ。


 相良がいないんだから。


 前までなら。


 それでよかった。


 むしろ。


 静かな方がよかったはず。


 私は教科書を開く。


 次の授業の準備をする。


 一分。


 二分。


「……遅くない?」


 声に出して。


 自分で止まった。


 何が?


 飲み物を買いに行っただけなら。


 少しくらい時間がかかる。


 そもそも。


 どこへ行ったかも知らない。


 私には関係ない。


 ページをめくる。


 文字を読む。


 頭に入らない。


「何してるんだろ……」


「俺?」


「っ!?」


 横から声。


 顔を上げる。


 相良。


 ペットボトルを持って立っていた。


「びっくりした……!」


「ごめん」


「いつ戻ったのよ」


「今」


「声かけて」


「かけた」


「そうじゃなくて!」


 胸に手を当てる。


 心臓が速い。


「何してるんだろって言った?」


「言ってない」


「聞こえたけど」


「気のせい」


「俺のこと?」


「違う!」


「じゃあ誰?」


「……朱音」


「火神?」


「そう」


「購買行ったけど」


「知ってる」


「じゃあ何してるか分かってるじゃん」


「うるさい!」


「理不尽」


 相良が座る。


 また。


 隣が埋まる。


「どこ行ってたの?」


 聞いてから。


 しまったと思った。


「自販機」


 やっぱり。


「それだけ?」


「途中で黒瀬先生に捕まった」


「何したの?」


「何もしてない」


「本当に?」


「信用ないな」


「普段の行い」


「九条それ好きだな」


「事実でしょう」


「進路調査また出せって」


「まだ出してなかったの!?」


「出した」


「じゃあなんで?」


「ほぼ空欄だったから」


「それを出したって言わないの!」


 思わず声が大きくなる。


 相良が少し笑う。


「元気だな」


「誰のせいよ」


「俺?」


「他に誰がいるの!」


 言って。


 止まる。


 他に誰が。


 いるとか。


 いないとか。


 そういう話じゃない。


「九条?」


「……何でもない」


 前を向く。


 隣から。


 ペットボトルを開ける音がした。


 なぜか。


 少しだけ。


 落ち着いた。


 ◇


 昼休み。


 私は蓮と朱音と一緒に食堂へ向かった。


 相良はいない。


「相良は?」


 蓮が聞く。


「購買じゃない?」


 朱音が答える。


「今日も?」


「たぶん」


 私も答える。


「澪、詳しいな」


「何が?」


「相良の昼飯」


「隣なんだから分かるでしょう」


「そう?」


「そうよ」


 朱音が笑っている。


「何よ」


「なんでもない」


 最近。


 朱音のこれが多い。


 気にしないことにする。


 席を確保する。


 蓮が正面。


 朱音が隣。


 いつものような配置。


「そういえば」


 蓮が言う。


「来週、第二訓練場で合同演習あるらしいな」


「聞いたわ」


「三年も参加するって」


「美月先輩も?」


「たぶん」


 天城美月先輩。


 蓮とは昔から家族ぐるみの付き合いがある。


 私も何度か話したことがある。


 優しくて。


 綺麗で。


 少し羨ましくなるくらい。


 人との距離を自然に縮められる人だ。


「蓮、また美月先輩に世話焼かれるんじゃね?」


 朱音が笑う。


「俺、そんな世話されてないだろ」


「されてるされてる」


「澪もそう思う?」


「……まあ」


「九条まで」


 蓮が困った顔をする。


 楽しい。


 こういう時間は好きだ。


 ずっと。


 そうだった。


 蓮がいて。


 朱音がいて。


 私がいる。


 自然な時間。


 なのに。


「……」


 私は。


 空いている椅子を見た。


 四人用のテーブル。


 一席。


 空いている。


 昨日は。


 そこに相良がいた。


「澪?」


「何?」


 朱音が私を見る。


「ぼーっとしてた」


「してないわよ」


「してたって」


「少し考え事してただけ」


「何?」


「別に」


 また。


 空席を見る。


 何を考えてるの。


 私は。


 別に。


 相良と一緒に食べたいわけじゃない。


 ただ。


 昨日も四人だったから。


 一人いないと。


 少し違って見えるだけ。


 それだけ。


 ◇


 午後。


 能力倫理。


 黒瀬先生が教壇に立っていた。


「能力の影響というものは、必ずしも使用中だけ続くとは限らない」


 教室が静かになる。


「身体強化なら疲労。炎熱系なら残留熱。感覚干渉なら知覚の違和感。能力によって形は違うが、作用後も影響が残る場合がある」


 私はノートを取る。


「特に厄介なのは、本人が影響を自覚できない場合だ」


 一瞬。


 黒瀬先生の視線が。


 教室をゆっくり横切った。


「だから能力者は、自分の感覚を過信するな。違和感があれば記録を残す。他人の指摘も聞く。これは基本だ」


 感覚を。


 過信しない。


 私はペンを止めた。


 最近。


 変わったこと。


 相良と話していても。


 前ほど腹が立たない。


 隣にいても。


 思っていたより平気だった。


 声を聞いていると。


 疲れているときは。


 少し落ち着く。


「……」


 まさか。


 私は横を見る。


 相良。


 真面目に黒板を見ている。


 珍しい。


「何?」


 視線に気づいた。


「……別に」


「また?」


「授業見てなさい」


「見てるけど」


「ならいい」


 前を向く。


 馬鹿馬鹿しい。


 相良の能力は【鎮静】。


 人の緊張を。


 ほんの少し和らげるだけ。


 測定だってEランク。


 そもそも。


 授業中に勝手に使うなんて。


 規則違反。


 相良が。


 そんな面倒なことをする理由がない。


 それに。


 最近の変化には。


 ちゃんと理由がある。


 隣の席になった。


 話す時間が増えた。


 プリンのことを黙っていてくれた。


 約束を守った。


 思っていたより。


 悪い人じゃなかった。


 それだけ。


 私は。


 相良を誤解していただけかもしれない。


 そう考えれば。


 全部説明できる。


「九条」


「何?」


 小声。


 相良がノートを指差す。


「先生、今どこのこと言ってる?」


「……聞いてなかったの?」


「ちょっと」


「まったく」


 私は自分のノートを少し寄せた。


「ここ」


「ありがとう」


「ちゃんと聞きなさいよ」


「努力する」


「今しなさい」


「火神みたいなこと言うな」


「誰のせいよ」


 また。


 いつもの会話。


 私は。


 少しだけ笑った。


 ほら。


 何も。


 おかしくない。


 ◇


 放課後。


「澪、帰る?」


 蓮が聞いた。


「今日は図書館に寄るわ」


「そっか」


「蓮は?」


「朱音に捕まった」


「訓練!」


 後ろから朱音。


「元気ね……」


「澪も来い!」


「今日は嫌」


「逃げた!」


「逃げてない!」


 昨日と同じ。


 蓮が笑う。


「じゃあ、また明日」


「ええ。また明日」


 二人が出ていく。


 教室が静かになる。


 私は鞄へ教科書を入れる。


 隣を見る。


 相良も。


 まだいた。


 机に突っ伏している。


「……相良」


「ん」


「帰らないの?」


「帰る」


「じゃあ起きなさいよ」


「あと五分」


「ここで寝ないで」


「五分だけ」


「寮で寝ればいいでしょう」


「そこまで歩くのが面倒」


「子供じゃないんだから」


 返事がない。


「相良?」


「……」


 本当に寝た?


「もう……」


 放っておけばいい。


 私は図書館へ行く。


 相良がここで寝ていても。


 私には関係ない。


 鞄を持つ。


 二歩。


 歩く。


 止まる。


「……相良」


「んー」


「風邪ひくわよ」


「教室で?」


「知らないけど」


「じゃあ大丈夫」


「何が大丈夫なのよ」


 また返事がなくなる。


「……」


 私は。


 ため息をついた。


 自分の席へ戻る。


 椅子に座る。


 図書館は。


 別に逃げない。


 少しくらい。


 いい。


 鞄から本を出す。


 昨日借りた小説。


 一ページ開く。


 隣では。


 相良が寝ている。


 静か。


 窓から。


 夕方の風が入る。


 ページをめくる。


 五分。


 それくらい経った頃。


「……ん」


 相良が顔を上げた。


「おはよう」


「おはようじゃない」


「九条、まだいたの?」


「あなたが五分って言ったからでしょう」


「待ってた?」


「違う」


「じゃあ何してたの?」


「本読んでた」


「図書館は?」


「これから」


「そっか」


 相良が伸びをする。


「じゃあ帰る」


「ええ」


 立ち上がる。


 また。


 二人で教室を出た。


 途中まで。


 同じ道。


「九条」


「何?」


「今日、静かだな」


「そう?」


「うん」


「普通よ」


「ならいいけど」


 歩く。


 私は横を見る。


 相良。


 寝癖みたいに髪が少し跳ねている。


「相良」


「ん?」


「髪」


「何?」


「跳ねてる」


「どこ」


「後ろ」


 手を伸ばしかけて。


 止める。


「……自分で直して」


「見えない」


「知らないわよ」


「九条やって」


「嫌」


「即答」


「当たり前でしょう」


 相良が適当に手で髪を押さえる。


「直った?」


「全然」


「難しいな」


「寮で鏡見なさい」


「そうする」


 また。


 歩く。


 図書館への分かれ道。


「じゃあ」


 私が言う。


「ああ。また明日」


「……ええ」


 相良が寮の方へ行く。


 私は図書館へ向かう。


 数歩。


 歩いて。


 振り返る。


 相良は。


 もうこちらを見ていない。


「……」


 何をしてるんだろう。


 私は。


 最近。


 相良を見すぎている。


 相良のことを。


 考えすぎている。


 前なら。


 もっと。


 どうでもよかった。


 嫌いだったから。


 関わりたくなかったから。


 でも。


 今は。


 嫌い。


 その言葉を。


 頭の中で繰り返してみる。


 相良透が。


 嫌い。


「……」


 違和感があった。


 嫌いなところなら。


 いくらでも言える。


 だらしない。


 やる気がない。


 適当。


 人をからかう。


 腹が立つ。


 でも。


 相良そのものが嫌いかと聞かれたら。


 少し。


 答えに困る。


 だって。


 約束は守る。


 秘密も漏らさない。


 意外と人のことを見ている。


 話していると。


 思ったより。


 楽しい。


 それに。


 疲れているときは。


 少しだけ。


 落ち着く。


「……何考えてるのよ、私」


 小さく呟く。


 違う。


 別に。


 好きになったわけじゃない。


 そんなわけない。


 蓮とは。


 全然違う。


 相良なんて。


 ただのクラスメイト。


 たまたま。


 隣の席になって。


 たまたま。


 話すようになっただけ。


 だから。


 嫌いじゃなくなったとしても。


 別に。


 おかしくない。


 人への印象なんて。


 話してみれば変わる。


 普通のこと。


 そう。


 普通。


 私は。


 そう結論づける。


 それなら。


 全部。


 説明がつく。


 相良透は。


 嫌い。


 だった。


 たぶん。


 今は。


 そこまででもない。


 ただ。


 それだけだ。

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