表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最低ランク《鎮静》の俺、その正体は催眠能力者 ――勇者のヒロインを静かに奪う  作者: 催眠スキ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/21

第十話 一センチ

 九条は。


 もう俺を嫌っていない。


 本人がそう結論づけた。


 たぶん。


 今はそこまででもない。


 昨日。


 別れ際の顔を見れば。


 それくらいは分かる。


 なら。


 次に退かすものは。


 距離だ。


 ◇


「相良」


「何?」


「近い」


「そう?」


「そう」


 一限目が始まる前。


 俺は九条のノートを覗いていた。


「ここ」


「どこ?」


「だから、ここよ」


 九条がペン先で示す。


「昨日の課題。式一つ抜けてる」


「ああ」


「提出前に気づいてよかったわね」


「九条のおかげ」


「自分でも確認しなさい」


「はい」


 書き足す。


 そのまま。


 俺はもう一度ノートを覗く。


「相良」


「ん?」


「だから近い」


「見えないんだけど」


「自分のノートがあるでしょう」


「九条の方が綺麗」


「理由になってない」


 そう言いながら。


 九条は自分のノートを引っ込めなかった。


 肩と肩。


 触れてはいない。


 でも。


 少し動けば。


 当たりそうな距離。


「……」


「何?」


「いや」


「変なの」


 九条が前を向く。


 俺も戻る。


 以前なら。


 近づいた時点で。


 一歩。


 いや。


 もっと離れていただろう。


 今は。


 近いと口では言う。


 でも。


 身体は。


 逃げない。


 ◇


 二限目。


 能力理論。


「では、この場合の出力損失は?」


 先生が教室を見渡す。


 何人かが目を逸らす。


「相良」


 俺だった。


「はい」


「答えろ」


「三十二パーセント」


「理由は?」


「媒介を二つ経由してるから」


「もう少し真面目に説明しろ」


「伝達効率が一段目で八割、二段目で八割。残るのが六十四パーセントなので、損失三十六パーセント」


 先生が止まる。


「……三十二じゃないな」


「あ」


 教室から笑いが起きた。


 隣から。


「もう……」


 小さな声。


「惜しかった」


「計算くらいしなさいよ」


「考え方は合ってた」


「答えが違うでしょう」


「四パーセントだけ」


「四パーセントを軽く見ないの」


 九条が呆れる。


 前の席から火神が振り返った。


「相良って、たまに頭いいのか馬鹿なのか分かんねえよな」


「火神には言われたくない」


「何だと」


「前向きなさい」


 九条が言う。


「はいはい」


 火神が前を向く。


 俺は小声で言った。


「委員長大変だな」


「半分あなたのせいよ」


「半分も?」


「最近増えた」


「何が」


「注意する回数」


「火神に?」


「あなたによ」


「前からじゃない?」


「……前より」


 九条が言いかけて。


 少し止まった。


「何?」


「別に」


 前を向く。


 耳が。


 少しだけ赤い。


 何か考えたらしい。


 俺は聞かない。


 ◇


 昼休み。


「相良、飯」


 火神が来た。


「今日は購買」


「知ってる」


「なら何」


「一緒に食おうぜ」


「どこで」


「ここ」


 火神が勝手に前の席を借りる。


 天城も来た。


「俺もいい?」


「俺に聞く?」


「相良の机だろ」


「どうぞ」


「九条は?」


 火神が聞く。


「ここにいるでしょう」


 九条は隣で弁当を開いていた。


「じゃ四人な」


「席足りないぞ」


「蓮、そこの持ってきて」


「はいはい」


 近くの空いている椅子を天城が運ぶ。


 いつの間にか。


 俺の席の周りに四人。


 少し前なら。


 こうなること自体。


 なかった気がする。


「相良、またパン?」


 九条が見る。


「今日は三つ」


「増えた」


「褒めて」


「偉いわね」


「素直」


「子供扱いしてるだけよ」


「ひどい」


「自分で言わせたんでしょう」


 火神が笑う。


「澪、完全に相良の世話係じゃん」


「違う!」


「でも最近ずっと隣だし」


「席が隣なんだから当たり前でしょう」


「飯まで見てるし」


「見える位置にあるから!」


「ノートも見せてるし」


「それは相良がまともに取らないから!」


「お母さん」


「相良!」


「俺?」


「便乗しないで!」


 天城が笑う。


「九条、楽しそうだな」


「蓮まで!」


「悪い悪い」


 九条が頬を膨らませる。


 でも。


 怒ってはいない。


 天城も。


 火神も。


 それを普通に見ている。


 俺と九条が。


 こうして話していることを。


 もう。


 特別だと思わなくなり始めている。


 それでいい。


 周囲の認識も。


 少しずつ。


 変わればいい。


「そういえば」


 火神が言う。


「今日の放課後、何してんの?」


「訓練」


 天城。


「読書」


 九条。


「寮」


 俺。


「相良だけ何もしてねえ!」


「帰るって大事だぞ」


「暇なら訓練来いよ」


「嫌」


「即答すんな!」


「疲れる」


「鍛えろ!」


「何のために」


「人生!」


「広いな」


 火神が何か言い返そうとする。


 その横で。


 九条が小さく笑った。


 目が合う。


「何?」


「別に」


「最近それ多くない?」


「相良に言われたくないわ」


「確かに」


 また笑う。


 一瞬。


 天城が九条を見る。


 ほんの一瞬。


 それから。


 何事もなかったように。


 火神との話へ戻った。


 ◇


 放課後。


「相良」


 帰ろうとしたところで。


 九条に呼ばれた。


「何?」


「これ」


 紙を渡される。


 学級活動の確認表。


「俺?」


「あなたのところだけ未記入」


「何これ」


「来月の校外実習の希望班」


「知らない」


「昨日配ったでしょう」


「貰ったっけ」


「あなたね……」


 九条が額を押さえる。


「今書いて」


「明日じゃ駄目?」


「今日締切」


「じゃ明日でも変わらなくない?」


「変わるわよ!」


 教室には。


 もう数人しか残っていない。


 九条は自分の仕事を片づけている。


 副委員長の男子は。


 さっき先生に提出物を持っていって。


 まだ戻っていない。


「何書けばいい?」


「第一希望から第三希望まで」


「どこが楽?」


「そういう基準で選ばないで」


「大事だろ」


「実習よ?」


「だから」


「もう……」


 九条が俺の横に立つ。


 用紙を指差す。


「第一班は救護支援。第二班は市街地警戒。第三班は災害対応。第四班は――」


「九条は?」


「何が?」


「どこ希望?」


「第二班」


「じゃ第二班」


「ちゃんと考えなさい」


「知ってる人いた方が楽」


「それが理由?」


「駄目?」


「駄目ではないけど……」


 九条が少し黙る。


「じゃあ第二班」


 書く。


「第二希望は?」


「九条は?」


「私を基準にしないで」


「じゃ適当」


「適当にもしないで!」


 難しい。


「九条決めて」


「なんで私があなたの希望を決めるのよ」


「詳しいから」


「……第一班」


「じゃそれ」


「本当にいいの?」


「うん」


「第三希望は?」


「九条」


「もう!」


 結局。


 九条に説明されながら。


 全部埋めた。


「これでいい?」


「名前」


「あ」


「日付」


「あ」


「確認欄」


「多くない?」


「普通よ!」


 書く。


「はい」


「最初からちゃんとしていれば三分で終わるのに」


「九条と話せたからいいじゃん」


「なっ」


 九条が止まった。


「何?」


「……そういうこと」


「どういうこと」


「急に言わないで」


「何を?」


「もういい!」


 紙を取られる。


 少しだけ。


 顔が赤い。


 分かりやすい。


 俺は立ち上がる。


「じゃ帰る」


「待って」


「まだあるの?」


「これ」


 今度は。


 薄い冊子。


「校外実習の説明書。読んでおいて」


「九条読んだ?」


「読んだわよ」


「じゃ聞けばよくない?」


「自分で読みなさい!」


「はい」


 受け取る。


 そのとき。


 九条の指と。


 俺の指が。


 触れた。


「……」


「……」


 一瞬。


 九条の手が止まる。


 でも。


 すぐには離れなかった。


 ほんの。


 一秒にも満たない。


 それから。


 九条が指を引く。


「……ちゃんと読んでよね」


「ああ」


 声が。


 少しだけ硬い。


 俺は冊子を鞄へ入れる。


 教室を見る。


 最後に残っていた二人も。


 もう出ていった。


 副委員長も。


 まだ戻らない。


 今。


 教室には。


 俺と九条だけ。


「九条」


「何?」


「さっき」


「何」


「手」


「……たまたまでしょう」


「うん」


「何よ」


「別に」


「なら言わないで」


 九条は書類を揃える。


 少し。


 動きが速い。


 意識している。


 距離を。


 俺を。


 悪くない。


「九条」


「だから何?」


「俺が近いの」


 手が止まる。


「嫌?」


「……は?」


「朝も近いって言ってただろ」


「それはノートを見るのに近すぎたから」


「今も?」


「今?」


 一歩。


 近づく。


 九条との距離。


 たぶん。


 三十センチもない。


「相良」


「何?」


「……近い」


「うん」


「分かってるなら離れて」


 言葉とは違って。


 九条は動かない。


 俺も。


 それ以上は近づかない。


「嫌なら離れれば?」


「……」


 九条の眉が。


 少しだけ動く。


「何よ、それ」


「九条なら離れるだろ」


「離れるわよ」


「うん」


「……」


 離れない。


 俺を見る。


 視線が。


 少し揺れる。


「相良」


「ん?」


「からかってる?」


「少し」


「最低」


「ごめん」


 九条が息を吐く。


 でも。


 まだ。


 その場にいる。


 今なら。


 入る。


 前は。


 嫌悪を薄くした。


 次に。


 俺の声と安心を結びつけた。


 そして九条自身が。


 俺を嫌いではないと。


 もう認めている。


 なら。


 今回も。


 あるものに沿わせるだけ。


「九条」


「何?」


 声を。


 少し落とす。


「そんなに意識しなくていいだろ」


「……何を」


「距離」


 九条が。


 俺を見る。


「俺が近くにいても」


 一呼吸。


「別に嫌じゃないだろ」


「……」


 言葉を沈める。


 強くは押さない。


 九条自身が。


 昨日出した答えへ。


 重ねるだけ。


 嫌いじゃない。


 怖くない。


 約束を守る。


 話していると楽しい。


 疲れたときは落ち着く。


 なら。


 近くにいても。


 それだけで。


 嫌がる必要はない。


「……そういう問題じゃないわよ」


 九条が言う。


 拒絶。


 ではない。


「じゃあ何の問題?」


「普通は、そこまで近づかないでしょう」


「これくらい?」


「近い」


「嫌?」


「……」


 また。


 答えない。


 九条の肩から。


 少しだけ力が抜ける。


「別に」


 小さな声。


「嫌っていうわけじゃ……」


 そこまで言って。


 九条自身が固まった。


「……」


「そっか」


「待って」


「何?」


「今のなし」


「何が?」


「聞いたでしょう」


「嫌じゃないって?」


「言ってない!」


「言いかけてた」


「言ってない!」


「はいはい」


「その返事やめて!」


 九条が一歩下がった。


 ようやく。


 距離が開く。


 顔が赤い。


「もう帰って!」


「委員長が追い出していいの?」


「いい!」


「じゃあ帰る」


「早く!」


「また明日」


「……また明日!」


 怒鳴られた。


 でも。


 嫌われた感じはしない。


 俺は教室を出る。


 ◇


 廊下を歩く。


 さっきの距離を思い出す。


 三十センチ。


 いや。


 もっと近かったかもしれない。


 数字自体に。


 意味はない。


 大事なのは。


 九条が。


 自分から離れなかったこと。


 俺が近くにいても。


 すぐには逃げない。


 触れた指も。


 瞬間的には引かなかった。


 それは。


 俺が命令した結果じゃない。


 暗示を入れる前から。


 そうだった。


 だから。


 そこへ。


 少しだけ重ねた。


 俺が近くにいても。


 別に嫌じゃない。


 たった。


 それだけ。


 明日。


 九条は。


 今日より少し。


 俺との距離を意識しなくなる。


 その次は。


 もう少し。


 またその次も。


 一センチ。


 それくらいでいい。


 一気に近づけば。


 不自然になる。


 でも。


 一センチずつなら。


 本人は。


 いつから近くなったのか。


 きっと分からない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ