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最低ランク《鎮静》の俺、その正体は催眠能力者 ――勇者のヒロインを静かに奪う  作者: 催眠スキ


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第十六話 昔は嫌いだった

 昔は相良のことが嫌いだった。


 それは覚えている。


 なのに。


 嫌っていたときの。


 あの気持ちだけが。


 うまく。


 思い出せなかった。


 ◇


 朝。


 教室へ入る。


「おはよう」


 いつもの返事。


 自分の席へ向かう。


 隣には。


 相良がいた。


 珍しく。


 机へ伏せていない。


 手元には。


 一冊の本。


「……相良」


「ん?」


 顔を上げる。


「おはよう」


「おはよう」


「読んでるの?」


「見れば分かるだろ」


「あなたの場合、開いたまま寝ている可能性があるでしょう」


「起きてる」


「それも見れば分かるわよ」


 鞄を置く。


 相良の手元を見る。


 昨日。


 図書館で。


 私が選んだ本。


 栞は。


 半分より。


 少し先に挟まっていた。


「そこまで読んだの?」


「昨日の夜に」


「寝なかったのね」


「途中で少し」


「寝たんじゃない!」


「起きてから続き読んだ」


「本に跡をつけてないでしょうね」


「たぶん」


「確認させなさい」


 本を受け取る。


 表紙。


 背表紙。


 開いていた辺り。


 変な折り目はない。


「大丈夫そうね」


「信用ないな」


「図書館の本なんだから、丁寧に扱いなさいよ」


「扱ってる」


 本を返す。


 相良が。


 栞を挟んで閉じる。


「どう?」


「何が?」


「読んだ感想」


「まだ途中」


「途中まででいいわよ」


 相良が。


 少し考える。


「最初の話の男」


「ええ」


「たぶん、最後にもう一回出てくる」


「どうして?」


「三つ目の話に、同じ傷の人がいたから」


「……よく気づいたわね」


「違う?」


「まだ言わない」


「当たってる顔」


「してないわよ」


「してる」


「最後まで読みなさい」


「はい」


 相良が。


 本を鞄へしまう。


 その顔は。


 少しだけ。


 楽しそうだった。


 ちゃんと。


 読んでいる。


 私が好きだと言った本を。


「澪」


 近くから。


 朱音の声。


「何?」


「相良、もう読んでんの?」


 朱音が。


 相良の机へ近づく。


「途中」


「寝なかった?」


「九条にも聞かれた」


「やっぱ寝ると思うよな」


「寝たけど起きた」


「寝てんじゃねえか!」


 朱音が笑う。


 私も。


 少し笑った。


 ◇


 二限目の前。


 黒瀬先生から、席替えのあとに書いたクラス生活の観察票が返された。


 班分けや座席調整の参考にするため。


 担任に頼まれた学級委員が、席の近い生徒について短い所見を書いたものだ。


「九条」


「何?」


「これ、九条が書いた?」


 相良が。


 一枚の紙を見せる。


「そうだけど」


「厳しい」


「どこが?」


 紙を見る。


 席替えをした直後に。


 私が書いたものだった。


 授業中の居眠りが多い。


 提出物が遅い。


 能力訓練への取り組みに消極的。


「……事実でしょう」


「最後の一行」


「学園生活に対する姿勢の改善が必要」


「俺、そんなにひどかった?」


「ひどかったわよ」


「九条」


「何?」


「今なら、同じこと書く?」


「え?」


「もう一回頼まれたら」


 紙を見る。


 書いてあることは。


 間違っていない。


 今も。


 授業中に寝ることはある。


 提出物も。


 早い方ではない。


 でも。


「……分からない」


「分からない?」


「急に聞かれても困るわよ」


「九条が書いたのに」


「書いたのは前でしょう」


「今は違う?」


「だから、考えてるの」


「そっか」


 相良が。


 観察票を机へしまう。


 それ以上は。


 何も言わなかった。


 私も。


 教科書を開く。


 でも。


 文字が。


 頭に入ってこない。


 今なら。


 同じことを書くのか。


 答えは。


 すぐに出なかった。


 ◇


 昼休み。


 食堂へ向かう廊下。


「相良、来ないのか?」


 蓮が。


 教室の方を見る。


「本の続き読むって」


 朱音が言う。


「珍しいな」


「昨日、九条が選んだ本か」


「ええ」


 蓮が。


 私を見る。


「面白そうに読んでた?」


「ええ。思ったよりは」


「よかったな」


「どうして蓮が喜ぶのよ」


「九条が選んだんだろ?」


「そうだけど」


「ちゃんと読んでくれた方が嬉しいだろ」


「……まあね」


 三人で。


 階段を下りる。


 朱音が。


 私の隣へ並ぶ。


「でも、変わったよな」


「何が?」


「澪と相良」


「またその話?」


「だって前は、相良が寝てるだけで怒ってたじゃん」


「今も怒ってるわよ」


「そうだけど」


 朱音が。


 少し考える。


「前はもっと、本気で嫌そうだった」


「……」


「朱音」


 蓮が。


 困ったように笑う。


「そういう言い方するなよ」


「悪い意味じゃねえって」


「分かってるけど」


「仲良くなったなら、いいことだろ?」


「俺もそう思うけどさ」


 朱音が。


 こちらを見る。


「仲良くなったっていうほどじゃないわよ」


「ふうん」


「何よ、その顔」


「別に」


「相良みたいな返事しないで」


 朱音が。


 少し笑う。


 でも。


 朱音の言葉が。


 少しだけ。


 残っていた。


 前はもっと。


 本気で嫌そうだった。


 なら。


 今は。


 ◇


 放課後。


 教室には。


 まだ何人か残っている。


 私は。


 委員会へ出す書類を。


 机の上でまとめていた。


 隣では。


 相良が。


 本を読んでいる。


 朝より。


 また少し。


 先へ進んでいた。


「……」


 昔なら。


 どう思っただろう。


 相良が。


 私の隣で。


 黙って本を読んでいる。


 珍しいと思って。


 それで。


 終わっただろうか。


 分からない。


 あの頃の自分が。


 少し遠い。


 授業中に寝る。


 だらしない。


 それは。


 今も変わらない。


 でも。


 私が選んだ本を。


 一晩で半分以上読んだ。


 図書館の本も。


 丁寧に扱っている。


 能力訓練に消極的。


 そう思っていた。


 でも。


 演習では。


 誰よりも周りを見ていた。


 私が中央にいた方がいいと。


 理由まで考えていた。


 人の話を聞かない。


 そう思っていた。


 でも。


 私が小説を好きだということも。


 図書館へ行く約束も。


 覚えていた。


 一つずつ。


 嫌いだった理由を。


 思い出す。


 そのたびに。


 今の相良の姿が。


 重なる。


 昔の理由を。


 消すわけではない。


 全部。


 本当だったはずだ。


 ただ。


 それだけではないと。


 今は知っている。


 だから。


 あの頃と。


 同じ見方は。


 もうできない。


「九条」


「え?」


 相良が。


 本から顔を上げていた。


「何?」


「見てた?」


「見てないわよ」


「さっきからずっと」


「考え事をしてただけ」


「俺を見ながら?」


「たまたま視界にいただけよ」


「隣だから?」


「そうよ」


「大変だな」


「何が?」


「隣にいるだけで観察される」


「観察してない!」


 相良が。


 小さく笑う。


 その笑い方も。


 前なら。


 腹が立ったはずだった。


 人の話を。


 まともに聞いていないようで。


 馬鹿にされている気がして。


 嫌だった。


 今は。


 少しも。


 腹が立たない。


「相良」


「ん?」


「朝の観察票」


「ああ」


「今なら、同じことは書かないと思う」


 相良が。


 本から顔を上げる。


「どうして?」


「前より」


 一度。


 言葉を止める。


「前より、あなたのことを知っているから」


「俺のこと?」


「少しだけよ」


「少し」


「何よ」


「厳しいなと思って」


「まだ知らないことの方が多いでしょう」


「でも、同じことは書かない?」


「書かないわ」


「居眠りが多い」


「それは書く」


「提出物が遅い」


「それも書く」


「ほとんど同じじゃない?」


「最後まで聞きなさいよ!」


 相良が。


 小さく笑う。


「何て書く?」


「自分で考えなさい」


「九条の観察票なのに」


「もう頼まれてないでしょう」


「じゃあ分からないままか」


「そうね」


 相良が。


 本へ視線を戻す。


 私も。


 書類へ目を戻した。


 今の相良を。


 一行で書くなら。


 何と書くのか。


 それは。


 まだ。


 相良には教えたくなかった。


 ◇


 書類をまとめ終える。


 教室には。


 もう。


 私と相良しかいなかった。


「終わった?」


「ええ」


「じゃあ帰る?」


「本は?」


「あと少し」


「歩きながら読まないでよ」


「読まない」


 相良が。


 栞を挟む。


 本を。


 大事そうに。


 鞄へしまった。


 昔。


 相良を嫌っていた。


 その記憶は。


 ちゃんと残っている。


 怒ったことも。


 呆れたことも。


 覚えている。


 でも。


 そのときの気持ちだけが。


 薄い。


 自分で書いたはずの。


 昔の所見みたいに。


 文字は読めるのに。


 書いたときの重さを。


 思い出せない。


「九条?」


「何でもない」


「帰らないの?」


「帰るわよ」


 鞄を持つ。


 相良と。


 二人で。


 教室を出る。


 嫌いだった理由は。


 まだ。


 いくつも言える。


 なのに。


 相良を嫌っていた自分の方が。


 今は。


 うまく分からなかった。

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