第二章-おはよう-【エピローグ】
「……うぅ?」
身体が重い。当然、疲れを感じない訳のない一夜だった。
せめて目蓋だけでもと目を開くと、見えた天井は金属質な天井。見覚えのない場所だ。
加えて、身体が小刻みに揺れている。いや、この場が揺れているのか。
「あぁ……」
声を出そうにも、まるで搾りかすのような声量しかでない。
「ソイルさん!」
その声と共に視界に映り込んできたのは、もはや見慣れた顔のアンドロイドだった。
「メ……ディ、ここは……僕は?」
メディの顔は、やはり心配した表情だった。
それもそうだ。あんな言葉と状況で無理矢理納得させて、お願いを聞いてもらったのだから。
「カイさんが運転するトレーラーの中です。今はパレーディアに向かってるところで────」
メディは首を横に振って言葉を続ける。
「そうじゃなくて……! どうしてあんな、心配させるようなこと! あそこまで館へ引きつけ続ける必要なんて!」
「確かにもっと、もっと、良いやり方があったのかもしれないし、逆にあれが確実な方法であったのかもしれない。だけど────」
「私、怒っていますから……! そんな火傷を負ってまで……絶対に他の方法だってあったはずなのにっ!」
アンドロイドが怒りを覚える。そんなことがあるのかと思ったが、あのやり方を取った時点で、メディが怒りを覚えるのはなんとなく予想できた。驚きではない。
「分かってるよ……。だけど、オディギアだって…………一人で永眠るなんて、きっと寂しいだろう?」
ふと、顔を右へ傾けると、包帯でぐるぐる巻きになった僕の右半身が見えた。
そういえば、館を出ようとしてからの記憶がない。
「それでソイルさんが死んでしまったら元も子もないんですよ!」
前までは口煩いと感じていたメディの説教も、今は生きた心地にも思える。
「僕は……どうなってたんだ。その、館を出ようと足を動かしてからの記憶が無くて……」
「炎の中で倒れてたんですよっ! 街が静まり返っても一向に戻ってこないから、それでカイさんが確認に行って!」
「そう……か」
覚悟を決め、生きて脱出するつもりだったのに、力尽きて倒れてしまうとは、なんとも情けない。
「それに、事前にもっと話してくれれば────」
「そこまでにしておけよ、メディ」
続け様に言葉を発していく、メディの言葉を遮った声へ顔を向ける。運転席のシートで全体も見えなかったが、その声は確かにカイさんだった。
「怪我人にお小言もどうかと思うぜ。俺はこれまでに、何人もソイルみてぇな怪我人を見てきたが……命があるだけめっけもんだろ」
「それは────」
カイさんの口振りは、僕の身体の状態がまるで死んでいてもおかしくはなかったかのような口振りだ。
「それに、そいつのおかげで窮地を脱せたのも事実だ。ちょっとは褒めてやらんとな」
カイさんの言葉は温かいものだった。それに安心して、ふと身体の力が抜ける。
「メディの応急処置も早かったな。現場を見られた訳じゃないが、終わったのを伝えられたときは時が飛んじまったのかと思ったぐらいだ」
「あっ、はい。どうも……」
応急処置の際に、メディはカイさんを立ち会わせなかったのか。
しかし当然か、メディカルストレージから治療道具を出すのを見られるのはよろしくない。
「まあだが、パレーディアに着きゃあ、今のような応急的な処置以上のものを施してやれるだろうさ。それまでの辛抱だぜ」
「はい、すみません。できるだけ早くお願いします」
一つ息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。
「メディ」
囁くような声でメディを呼ぶ。
その僕の声量に合わせるように、メディも静かな声で、僕の口元まで耳を近づけて声を発する。
「……はい」
「……………………ごめん」
せっかくカイさんが話題を逸らして、メディを切り替えてくれたというのに、僕は話題を再燃させてしまうのを承知で謝った。
でもこのまま、有耶無耶にしたままではいけない気がする。何よりも、オディギアにまつわる話なんだから、放っておいたままにもできない。
しっかりと、僕とメディの間で落としておくべき話だ。
「それは、何に向けた謝罪ですか?」
「勝手なことをしたことと……オディギアについて」
「オディギアさんについては……どうにかできる手立てがあったか、定かではなかったので。これは無責任な言葉になってしまうでしょうが、あれはきっと……そう、『仕方のない』ことだったと思います」
「そう、だよな。分かってるんだけどな、僕らに、どうにか救えた話しじゃないっていうのは」
方法があるにせよ、僕らはそれを知らないし、物資だって十分な量もない。
けれど、胸に残る悔しさが拭えないのは、きっとあの苔玉が最後まで見せたオディギアらしさのせいなのだろう。
「最後にさ、分かり合えた気が……したんだ」
「私も、そう感じはしました。カイさん曰く……感染す為の行動だと言っていましたが、そうも思えない気がして」
「感染す、って何だ?」
そういえば、カイさんがメディを連れて逃げるとき、
『グズグズしてっとテメェもそうなるぞ!』
そのようなことを言っていたか。
「さあ。状況が状況だったので、カイさんには聞けませんでした。けれど、今の状況に一先ずの整理がついたら、カイさんに聞いてみましょう。きっと、彼が無闇に私達へ教えないのも彼なりの気遣いなのだと思いますし」
オディギアが変容したあの生物は、僕ら人間へと何かを感染させる生物なのだろうか。
だが……。
「────そんな生き物でも、オディギアが僕らにくれた楽しさは本物だった」
「…………はい」
「でも、せめて言いたかったな」
「それは、なんと?」
目から零さないように、顔を真上へと向けて目を瞑る。
「おはよう────って」
◆ ◆ ◆
かくして、廃都市地帯での出来事は幕を降ろした。カイさんの運転するトレーラーに揺られながら、僕らは次の目的地、『繁栄都市パレーディア』へと向かう。
ほんの短い時間であったのに、この都市で過ごした時間は、まるで何か月も過ごしたかのような感覚だった。しかしそれは、僕らが外の世界という世界の洗礼を浴びたこと故の感覚だろう。
感じる身体の重さも、心の重さも、きっと今は拭えないものであるのだろうけど。前に進むためには、受け入れなければならない。
それが何より、『生きる』ということであり、僕らがエリュシオンを目指す上で、必要なことなのだから。




