第16話 戦闘精度の向上
メアリさんとの話し合いを経て数日後。俺とウイカ、ドロシーさん、メアリさんの四人は、アザラクの出動要請を受けて獣魔と対峙していた。
歪んだ空が重苦しいスペルフィールド内部。目の前にいる怪鳥はヴェズルフェルニルというらしい。北欧の伝承に登場する鷹の怪物だと、敵の巨体を前にドロシーさんが臆することなく説明してくれた。
「ヴェズル……なんだって?」
「ヴェズルフェルニル! いや、別に覚えなくていい! あの鳥!」
やたらと難しい名前の敵を相手に睨みを利かせるドロシーさん。俺も相手をしっかりと見据える。
ヴェズルフェルニルが鳴き声を上げた。まるで超音波のように甲高い声を受けて、俺は思わず耳を塞ぐ。
「なんというか、また規模のデカい相手だな!」
思わず悪態をつく。怖気づきそうな自分の気持ちを奮い立たせるために言葉を吐き出した。
そんな俺の虚勢を見透かすように、ドロシーさんは俺の肩を叩く。
「気合入れていこう! 防御は忘れないよーに」
「はい!」
明るい雰囲気で話す彼女は、やはりしっかり者のリーダーだ。虚勢で演じているだけだと伝えられた後も、とてもそうは見えなかった。
この数日、特訓中にはドロシーさんとの会話を意識して過ごした。他愛もない話題を振ってみたりして何とかトークを繋いだが、歩み寄れたのかはよく分からない。前ほど棘のある感じは無くなったと思うが……。
それに、メアリさんが自分の寿命について打ち明けたりもしていないようだった。流石に話を聞いた後ならドロシーさんたちに動揺も見られただろうし。本人が隠しているなら俺から言うことでもないと思ったので、ドロシーさんにもウイカにもその話はしないでいる。
できればメアリさんが戦わなくていいように動きたいが、彼女が戦闘を譲る気はないだろう。俺はどうすることもできず此処までやってきている。
「イサト、大丈夫?」
複雑な顔をしているのがバレたのか、ウイカが訊いてきた。
「あ、ああ。問題ない」
「無理しないで」
優しさが染み入る。せめてもの元気を見せる為、大きく頷いた。
と、ヴェズルフェルニルが羽ばたき飛翔。突風に吹き飛ばされそうになりながら、上空に踊る相手を視線で追いかける。
「行くよ!」
ドロシーさんが叫んで、俺たちは動き出す。
飛翔魔法について、俺はまだ安定していない。習いはしたのだが、実戦で使えるかはまだ分からなかった。それ故に地面で構え、他の三人も含めて防御魔法でサポートすることになっている。
一方で、上空に駆け出した三人はそれぞれ別方向へ展開。連携も意識した立ち回りで、三人が交互に魔法を撃ち出していく。
協調性という面では今でも上手くいっているように見えなかったが、それでも各々が実力を持っている。技を相殺しないようにカバーし合いながら攻撃する動きは、それだけでも様になっていた。
「鋭き一閃で邪の者に裁きを下せ。――炎撃の斬爪!」
飛び込んだウイカが、形成した炎の爪でヴェズルフェルニルを切り裂く。が、これは失敗。羽ばたく敵の風は接近を許さず、風圧に流されたウイカは再び自身の箒を掴み取って上へと逃れた。
続いてドロシーさんの土魔法が飛び出す。
「岩片の包囲でひねり潰してあげる!」
彼女に操られた土くれが、鋭く尖った切っ先を向けて怪鳥の周囲に展開。それを指揮者のように操ると、そのまま振るった腕の動きに合わせて一斉掃射される。
ヴェズルフェルニルは先ほどと同じく風で吹き飛ばそうとするが、いくつかの破片が敵の翼を引き裂いていった。
「グガァアアアッ!?」
激しい声をあげて上空を暴れ回るヴェズルフェルニル。ただ苦しんでいるのかと思ったが、その羽ばたきからカマイタチのように風の刃が飛び出してきて、一同は旋回する。
攻撃の姿勢を止める気はなさそうだ。
「防御壁展開!」
上空を逃げる三人に追随するよう、俺は防御壁で敵の攻撃を弾いていく。
「ナイスー、イサトくん!」
空からドロシーさんの激励が飛んできた。親指を立ててグッドポーズを見せている。
俺も思わずニヤけてしまったが、それをメアリさんが冷たい声で制した。
「アホ面晒してる場合じゃない、来るよ」
「こら、メアちゃん! アホとか言うなー!」
ヴェズルフェルニルが鋭い嘴を向けてドロシーさんへ突撃してくる。鳥の姿なのは伊達ではなく、空中での機動性はかなりのものだった。素早い敵の動きに、ドロシーさん自身が思わず防御壁を展開して受け身をとる。
俺の魔法も重なって、敵のついばみは勢いを軟化。それでも後方へ弾きだされたドロシーさんに目を向ける。
「ドロシーさん!」
が、相手を気遣っている場合では無かった。ヴェズルフェルニルは、防御支援をしているこちらの存在に気づいて方向転換。突撃してくるつもりだ。
俺も雷の熱線を撃ち出して応戦の構えをとる。
「弾けとべ!」
雷光が瞬時に放たれ、ヴェズルフェルニルを捉えた。
……と思われたが、文字通り光の速さで撃ち込まれたそれを敵は回避。あまりにも素早い動きに面食らわされる。
「マジかよ!」
敵のついばみを防御壁で受け止める。地面が抉れるほどの衝突だったが、懸命に踏ん張って抑え込んだ。
重い攻撃。単独で耐えきるのは厳しいが、こちらは多勢だ。
俺が相手の視線を釘付けにしている間に、ヴェズルフェルニルの背中を水撃が貫いた。
「――水蛇噛砕!」
水流の蛇が怪鳥の背中を噛み砕く。痛みに悶えて動きが緩慢になった隙をついて、俺は急いで嘴の下から脱出。
敵の傷口に向けて、今度はウイカの火炎が叩き込まれた。
「我が炎を以て悪しき魔を穿て。――地獄の業火!」
水によって低下していた相手の肌を今度は灼熱が焼き焦がす。温度差から傷口が膿み、おそらくとんでもない痛みになっているだろう。
ヴェズルフェルニルはのたうち回るように暴れ、その振動で地面が揺れた。
ドロシーさんも飛行しながらこちらに戻ってくる。
「いいね、メアちゃんもウーちゃんも。連携取れてきてるじゃん」
「……別に」
「ドロシーこそ、冗談言ってないでさっさと片付けて!」
練度について褒めている場合ではないのは確かだ。ヴェズルフェルニルはまだ生きている。
濛々と延焼した煙に包まれながらも巨体を揺さぶり起こした相手は、俺たち全員を順々に見た。獲物を品定めしているような、嫌な動きだ。
「どいつもこいつも、獣魔ってのは致命傷受けた後までしつこいな!」
「魔力が生命力になっているからね。尽きない限り戦い続けるのは、私たちとおんなじだよ」
メアリさんが苦々しく吐き捨てる。同族嫌悪の色も混じった言葉だった。
とはいえ、相手は既に息も絶え絶えといった様子。起き上がった動きはかなり鈍り、先ほどまで素早く飛び回っていたものとはまるで異なる。
一方でこちらは、軽口こそ叩き合っているもののウイカとメアリさんの攻撃制度も噛み合ってきている。ドロシーさんたちから俺に向けた態度もかなり柔らかくなってきた。
変化。ヴェズルフェルニル程度の敵なら、俺たちは負けない。そう確信した。




