第7話 夏休み本番
「はぁー……」
河川のすぐ傍に広げたタープテントの下で、俺は深く溜め息をついた。溜め息は幸せが逃げるなんて言ったりするが、俺の幸せは一体どこにあるというのか。
隣で幸平が苦笑する。
「何さ、これから楽しもうって時に」
「いやすまん。ちょっと別件で考え事だ」
魔法少女たちの関係性はすこぶる悪い。
俺の特訓に合わせて、三人も連携を作り上げるように技の練習を始めていたが、ウイカとメアリさんは今も事あるごとに衝突し、とてもじゃないが協力できるようには見えない。
話を聞いているうちに、メアリさんの言い分も少しずつ分かってきた。
彼女もまた、スザンナという人物の死について思うところがあるらしい。だから、これ以上仲間が犠牲にならないためにも手を抜くつもりはない。常に全力であることが正しい戦い方で、だからこそ半端な態度のウイカに苛立っている。
だが、ウイカも引かない。自分たちの寿命を無駄にせず、長く戦えるようにするのが魔法使いの役目であり、アザラクに貢献できる正しい立ち回りだ。メアリさんの全力は過剰で無意味だという主張を続けている。
日を追うごとに、ドロシーさんも仲裁するのを面倒くさがるようになっていた。二人がヒートアップすると、一人離れて休憩、あとは放置。
……前途多難である。
「幸平は、柔道部で意見がぶつかったりとかしないか?」
「僕? あんまりそういうのは無いかな」
「まあ、幸平は揉め事とかなさそうだよな……」
一応聞いてみたものの、大らかな幸平が人間関係で揉めることは早々無いだろう。あるとすれば、相手の一方的なやっかみぐらいか。
聞く相手を間違えた。
「僕に限った話じゃないよ。うちの柔道部は、そんなにやる気がある方じゃないってだけ」
「そうなのか?」
毎日練習に励んでいてとても偉いと思っていたが、案外緩い気持ちでやっているらしい。
幸平はわざとらしく肩を竦めて見せる。
「僕も素人だし、体格から合いそうな部活をなんとなく選んだだけだからね。別に県で一番になってやろうとか、意気込んでいるわけじゃない」
「幸平は力も強いし、上を目指せると思うけどな」
「イサトが素直な奴だと思うけど、正面から褒めてくるとなんだか気持ち悪いね」
「うるせー」
言いながら、俺たちは互いに笑う。
しかしそうか。自分の手が届く範囲で堅実にやっていれば、実力は自然と見えてくる。決して埋められない差を感じることも。
上を目指そう、限界を越えようと考えているからこそ、そこに衝突も生まれてくるんだろう。
ウイカとメアリさんも、半端な気持ちでやりたくないというだけなんだろうな。
とか考えてみたところで、俺は考えを中断した。みんなで遊ぶのだから、魔法少女関係の話は一旦無し。
……もしも獣魔が出現して呼び出されたらその限りではないのだが。頼むから何も起きないでくれ。
「あーもう、悩むのは止めだ! 楽しむぞ!」
「お、急にやる気になったね」
今日は予定どおり、幸平の親戚別荘宅に遊びに来ている。家主は来ておらず、完全に俺たち四人の貸し切りだ。
電車とバスに揺られて此処までやってくると、荷物を置いてさっそく川へ向かうことに。
水着に着替えて先に河川敷までやってきた俺と幸平は、ワンタッチ式のテントを組み立て、椅子やテーブルもせっせと用意して準備万端だ。
着替え中の女子組はまだ別荘から出てくる気配がない。そんなに時間かかるのか? 俺は疑問に思いながら建物へ視線を向ける。
「なんだい? 真凛やウイカさんの水着が待ちきれないって顔をしてるよ」
「してねー! ……ことも無いけど」
見てみたい気持ちはあるが、待ちきれないとは少々言い過ぎだ。
幸平はビーチボールを口で膨らませながら、俺の反応にニコニコしている。
「まあ、なんだ。最近心労が絶えないので、息抜きに誘ってもらえたのは本当に感謝してる」
「心労か。どうせウイカさんのことだろう?」
「……大体そうだ」
相変わらず察しの良いヤツ。いや、此処まで分かりやすいと予想もされやすいか。
幸平には、前みたいに上手くボカして相談してもいいかもしれない。ウイカと友達が喧嘩していて、双方主張の筋は通っているのに譲れない場合はどうしたらいいか、みたいな。
そんなことを考えていると、ようやく女子二人が姿を見せた。
「お待たせー! ほら、ウイカちゃん!」
「う、うん」
連れ立って現れた二人の姿に、俺は思わず息を呑む。
「おお……!」
「いいね二人とも。とっても可愛いよ」
真凛は大胆なビキニ姿だった。グレーの生地にピンクのリボン柄が散りばめられており、布面積の少ないそれはかなり色っぽく見える。
陸上部で焼けた小麦色の肌と、対照的なほどに真っ白な肌のコントラストが眩しい。引き締まった体は抜群のスタイルで、特にトップスの、零れ落ちそうな圧倒的胸部に自然と視線が吸い寄せられ、とてつもない破壊力になっていた。
そんな彼女の後ろに隠れながらやってきたウイカも、ビキニ型の水着だ。けれど、フリルがあしらわれた可愛らしい印象で、真凛とは対照的に少し子どもっぽい。いわゆるビスチェというやつか。黒を基調とした花柄の派手なデザインになっている。
怪我の目立つ部分をフリルで隠しつつも、彼女の中ではかなり珍しくヘソを出しており、普段と印象が違って見える。そういえばスペルフィールドには日焼けというものがないんだろうか、真凛と比較すると可笑しなほどに真っ白な肌をしていた。
これは……かなりヤバい。
「どう?」
ウイカがおずおずとこちらに訊いてくる。
無表情なのは変わらないが、反応から恥ずかしがっているのがすぐに分かった。
「めっちゃ似合ってる」
「……そう」
少し口角が上がるウイカ。なんだその反応は、照れているのか?
隣で真凛が口元を歪ませた。
「ふーん? ウイカちゃんだけ褒めるんだ?」
「真凛もすげー似合ってる。というか柄も含めてなんかその、エロく、」
「馬鹿! そういうことは言わんでいい!」
思いきり頭を叩かれた。なんでだ、素直な感想を伝えたのに。
俺の横で苦笑しながら、幸平が言う。
「ウイカさんも、思ったより怪我が目立たなくてよかった。今日は本当に貸し切り状態だから、気にせず楽しんでよ」
「うん。遊ぶ」
たしかに露出した腹部や足に怪我の痕が残っているものの、それほど酷くは見えない。大きく派手めなフリルに目を奪われるからだろうか。
視線誘導まで考えて真凛が水着をチョイスしたのだとすれば、かなり見る目がある。
「よーしウイカちゃん、泳ごう! 教えてあげるから!」
「うん」
ウイカと真凛は、言うや否や川へ飛び込んでいった。即座に「冷たーい!」と悲鳴があがる。
水泳の授業を受けていないウイカは、手にした浮き輪を使ってプカプカ浮かんでいる。泳ぎ方とかアザラクでは教えないんだろうか。……ないだろうな。
「さあイサト。僕らも行こうか」
「だな。久々に遊び尽くしてやる!」
俺たちは互いに顔を見合わせ、二人のいる方向へと飛び出していった。




