第21話 戦いに懸けるもの
嫌われている理由と言われても、見当もつかない。ドロシーさんとはこの施設で初めて会ったし、メアリさんを含めた他の魔法少女にしても同様だ。
唯一ウイカなら、関わりがあった分だけ可能性を考慮することもできるが……。
俺が黙っていると、ドロシーさんは端的に言った。
「それはね。君が、魔法を使えるからだよ」
「魔法を?」
魔法を使えることが嫌われている理由? 意味が分からなかった。
「ジェラルド司令は、この魔法でみんなを救えって言ってましたよ」
「そんなこと言ったのー? サイアクだね」
最悪とまで断言されてしまった。
しかしどういう意味だろう。ウイカもジェラルドからの指示は断ってくれと言っていたし、そこに嫌われるだけの理由があるということなのか。
「あのねー。あたしたちは、体を改造されてんの。獣魔なんて化け物の細胞をもらって、寿命を削って戦ってる」
「それは、聞きましたけど」
「じゃ、君のデメリットは何?」
デメリット。
俺は魔法によって寿命を消耗しないらしい。無尽蔵……なのかは分からないが、魔法を自由に発動できる。デメリットはない、とジェラルドは言っていた。
改造や実験も受けていない。だからこそ謎の存在であり、部隊も興味を持っているようだった。
「君は、ここのみんなが苦労して得たものを全部持ってんの。ムカツくに決まってんじゃん」
「……なるほど」
それは、そのとおりかもしれない。
彼女らが命懸けで戦っているところに、素性も分からない男が突然現れた。魔法を際限なく使えるので君たちの救世主になるかもしれない、なんて虫の良すぎる話だろう。
理解はできるが、そう言っても俺に非は無い。この能力について俺自身が知りたいぐらいだし、嫌われても困る。
「そう言われても」
「それだけじゃないよ。あたしたちは戦いこそが生きる意味だって話」
ウイカの時のように、そんな悲しいこと言うな、とは流石にもう思わない。
魔法少女たちはそこに信念があって、それを否定しても意味がないことは重々承知した。
「んじゃー、外の世界にある常識で喩えてみよっか」
「え?」
急になんだろう。追及する前にドロシーさんは饒舌に語り始める。
「そだなー。たとえばあたしたちはみんな、陸上部の選手なの」
「はあ」
「毎日トレーニングして、一所懸命走り込んで。時には転んで怪我したり、足を挫いて引退する子もいる」
魔法少女のことを言っているのは分かった。引退というのが死の表現だと思うと、ゾッとするものがあるが。
「でさ。頑張って練習してるところに君がやってきたワケ。これまで練習を一切してない、走りのフォームもロクに知らない。でも無茶苦茶足が速くて、最初から部のエースになれる」
そうなるのか? 魔力の制限は無いらしいが、俺は自分の魔力が強いのか知らない。
とはいえ、話だけ聞くと嫌われる理由は明白だった。
「そんなの、やってらんないっしょ。あたしたちは自分が一番になれるよう努力してたのに」
「たしかに、そう……ですね」
魔法少女たちの境遇を鑑みれば、この喩え話ですら軽く表現されているぐらいだ。
彼女らは自分が活躍することで存在意義を果たしている。陸上部の選手生命じゃなく、文字通り命を懸けているんだ。
それがポッと出の新人にお株を奪われようとしているんだから、自分たちの今後はどうなるんだろうと考えるのも無理はない。
「ウーちゃんも言ってたかもしんないけどさ。あたしらはこの生き方に誇りを持ってる。戦うのが怖いとか考えている場合じゃない。それが、救ってやってほしい? ふざけんなって話よ」
「よく分かりました……」
萎縮するしかなかった。
そこまで話して、ドロシーさんは再び紅茶を口に運ぶ。話に夢中になっていたので、カップの中身は既にぬるくなりつつあった。
ふっと息を吐いて、俺の方をじっと見つめるドロシーさん。
「ま、あたしはまだ君の気持ちも考えられるつもりだけど。他の子たちは違う。みんなは、怖いんだよ」
「怖い? 俺が、ですか」
「そだよー。だって君がもし部隊で活躍したらさ、魔力は無限だし、一人でやれちゃうワケじゃん」
流石にそこまでの一騎当千は難しいと思うが、寿命の消費がない魔力というのはそれだけ規格外に見えているんだろうか。
「全部代わりにやってくれるなら、あたしたちはどうなるの? 用済み? 部隊での生き方しか知らないあたしたちが明日から必要なくなったら、お終いよ」
「お、おしまいって」
「あー、いや。部隊があたしたちを始末するとか、そういうことじゃないと思う。たぶんね。口封じとかあるのかもしんないけど」
そんな恐ろしい可能性まで秘めているのか、この部隊は。
もしもそんなことになるなら、俺は尚更ジェラルドの提案を受けるべきじゃない。彼女らを守ると言いながら、彼女らの明日を奪うことになるかもしれないなんて。
「始末より怖いのは、戦いはもういいから明日から外の世界で暮らしてね、ってなること。みんなが他の生き方を知らないのは、ウーちゃんを見れば分かるでしょ」
ウイカはぎこちなかったが、それでも俺やみんながサポートしてなんとかやれている。
だが、あの状況は稀だ。世間に魔法のことを知っている人はいないのだから、使ってはいけないと教えてくれる人もいない。ただ外の世界に放り出されて、明日からコミュニティに属することも難しい。
そうなると魔法少女たちは生きる術を持たない。犯罪に手を染めるかもしれないし、飢えて死ぬこともある。
それは、想像したくなかった。
「どう? 色々腑に落ちた?」
「……はい。ウイカが俺を拒否した理由も、より分かった気がします」
彼女もまた、自分の存在意義が揺らぐことを怖がったのかもしれない。
学校での任務をこなしているとはいえ、日常生活を自由にできるほど外のことを知っているわけではない。部隊から必要とされなければ、どうしていいか分からないだろう。
その上で、半端に踏み入ろうとする俺にふざけるなと憤っていたのかも。
……やっぱり、俺はこの件から手を引くべきなのかもしれない。あの子のためだと思いながら、あの子の生活を脅かそうとしていたなんて思いもしなかった。
「で、ここからは個人としてのお節介ね」
考え込む俺に、ドロシーさんは悪戯っぽく笑った。
「ウーちゃんを助けたいなら、ジェラルドの言ったとおり戦うことを選んだらいいよ」
「え!? だって、今の話と全然違うんじゃ」
「そ。魔法少女としてのあたしは、君のこと嫌いだし、活躍されたらヤダなーって思ってる」
そんな無茶苦茶な。言ってることがバラバラじゃないか。
「でも、外の世界を知っているあたしは思うワケ。君のウーちゃんへの想いは、大事にすべきだって」
「ウイカへの想い……って。あいつは俺に関わらないでって言ってたし」
そう。ウイカ自身から拒否された以上、これ以上選択肢なんてない。
しかし、そんなことは関係ないとドロシーさんは体を前に乗り出した。テーブルを挟んで、彼女の顔が急接近する。紅茶の甘い香りが漂った。
「でも、好きなんでしょ? ウーちゃんのこと」
「……は?」
なんでそうなる!?
突然突拍子もないことを言われて俺は動揺した。
そんな俺を見て、ドロシーさんはケラケラと笑っている。
「だーって。別に戦う使命なんて背負ってないのに、こんなところまでついてきて、どうすべきか悩んでんだよー? 本人に拒否された今も、ずっと」
そう言われると、返す言葉もないのだが。
でも、それは彼女を心配しているからであって、どう思ってるとかそういう話じゃない。
「いいじゃん、そういうの。お姉さん好きだぞー?」
「や、やめてください! 茶化すだけなら、もういいですか」
俺がドロシーさんから視線を逸らして立ち上がる。カップに残った紅茶を丸ごと飲み干した。
ドロシーさんもそれに合わせて席を立つ。
「悩みたまえ、少年」
「……なんか」
最初に面と向かって、俺のことを嫌いだと言われた時は、とんでもない人かと思ったけれど。
思ったより良い人だったな。ドロシーさん。
「ありがとうございました」
「おうおう。それじゃ、またねー」
俺が玄関へ向かうと、彼女が手を振って見送ってくれた。
悩む、か。ウイカ自身が拒否したのに、俺はまだ隣に立つ選択肢を頭の片隅に入れていていいのだろうか。
今日は色んなことがありすぎた。全て忘れてちょっと休みたいな。




