第16話 魔法少女が死ぬ前に
魔法を使うのには必要なものが二つある。
一つは素質。獣魔の細胞は女性の方が適応しやすく、その上で発動した魔力をきちんと操ることができる実力を持っていること。訓練である程度まで鍛えることもできるが、結局は元々持つ才能に裏打ちされているという。
もう一つは――寿命。
「寿命……?」
「そうだ。若さ、と言い換えてもいい」
獣魔たちは元素を魔力へ変換できるように体が作られている。元からか、そうした生物へと進化していったのかは未だ分かっていない。
だが、彼らの細胞を借りているだけの人間は、そのままでは魔力を変換できない。
力を生み出すには相応の対価が必要だった。
そうジェラルドは言った。
俺は話の流れに嫌な予感がして、彼の言葉を遮る。
「対価って……それが寿命だって言うのか?」
「ご名答」
「ふ、ふざけんなよ!」
あっけらかんとした態度で答えるジェラルドに、俺は苛立った。
「じゃあ、ウイカは! 魔法を使うたびに命を削ってるのか!?」
首肯するジェラルド。それが当たり前だとでも言うような飄々とした表情だった。
俺は頭が真っ白になる。
獣魔と戦っている時だけじゃない。学校でのちょっとした魔法に至るまで、すべて。ウイカの小さな体が命を懸けてやっていたこと?
冗談か何かではないのか。そんな大事なら、彼女だって軽率に魔法を使ったりしないはずだ。ウイカはバレーボールの練習や、調理実習でつい魔法を使ってしまうような子なのに。
なのに、使えば寿命を削る? そんなわけないだろう。
「そんなことって」
あり得ない、と言いたかった。
だが、戦闘中のウイカの言葉が頭の中にフラッシュバックする。
――戦えなくなったら、生きている意味なんて、ない。
それはつまり、彼女の生きる意味は戦うことにあるということ。寿命を使って獣魔を倒すことだけが生きる意味で、魔力を使い果たすまで働く選択肢しか持っていない。
それが当たり前のことだと育てられたのだろう。この施設で。
何かジェラルドに反論したかったが、上手く言葉が出てこない。俺はまだ真実を呑み込めずにいた。
「君も此処にきた際に見ただろう。魔法少女は子どもが多い。彼女らの方が長く使えるからだ」
「つ、使える……」
そんな風に、命を消耗品みたいに言うな。
言いたいことが山ほどあるのに上手く口から発することができない。
ジェラルドという男は彼女らを道具としか見ていない。きっとこの組織は全員がそうで、ウイカたち自身もそれに納得しているからこそ、命を顧みることなく戦っている。
俺がおかしいのか? こんなことが当たり前にあっていいのか?
「ウイカに同情するのは勝手だ。しかし、我々はあの子を救った側だということも理解してもらいたい」
「救った……?」
今度は何を言い出すつもりなんだ。既に俺の理解できるキャパシティは限界に近い。
「ウイカは、戦争孤児だった。物心つくよりも前に両親が死に、彼女自身も既に危篤状態にあった」
「ウイカが、死にかけていた?」
「彼女だけではない。ここにいる戦闘員たちは、皆そうした過去を持っている」
両親の話は今まで聞かないようにしていた。人にはそれぞれの事情があるから、なるべく踏み込まないようにと。
しかし、戦争で身寄りを亡くしていたとは。
「我々はそうした、戸籍上既に死んだはずの命に、延命措置として獣魔の力を与えている」
幼くして命の危機に晒されていた人たちに、手術する代わりに魔法を授ける。
将来のある若い命を助けた、素晴らしい慈善事業なのかもしれない。
でもその対価が、一生を捧げてその身を危険に晒すことなんて。寿命を削って、外の世界での生活をすべて捨てて。
「それを、救ったって言うのか……?」
「彼女ら自身が在り方に納得している。何も問題はない」
「それはお前らが此処で、そう思うように洗脳しているからだろう!?」
一般常識も与えずに、獣魔と戦うことだけを教育してきた。だからウイカは学校での過ごし方もロクに知らず、魔法を使うことが正しさだと疑わずにこれまでやってきたんだろう。
それを、自身が納得しているだって?
ふざけるな!
「俺はお前らのことを理解できない! ウイカだって、これから日常を知っていけばこんなこと――」
「そこで、だ」
ジェラルドは俺の言葉をぴしゃりと遮った。
「君の魔法が、彼女らを助けることになる」
「な、なんだよいきなり」
俺の魔法?
そういえば、俺も何故か魔法が使えた。獣魔の細胞を埋め込む手術なんて、勿論受けていない。
人間が魔力を使うには、寿命が必要だと言っていた。
ウイカのことを聞いて頭に血が上っていたので自分の実情を考える余裕がなかったが、言われてみれば俺はどうなっている?
俺も寿命を削っているのか?
「我々は、戦闘員の寿命を数値化して管理している。テレビゲームの体力ゲージのようなものだと思ってくれればいい」
寿命を数値化している。そんなものまであるのか。
彼女らの命をゲームに喩えられて、それもどこか不快だった。
「そして、これは一般人にも使用できる。荒城くんの寿命も計測していたのだが……これが興味深い」
「どういうことだ」
「君は、寿命を一切消費していない」
「……何?」
俺の寿命は無事だという。喜ぶべきか否か。
寿命が見えると言われてもピンとこないし、口頭で伝えられても実感が湧かない。第一、この男の発言が信用できるのかも分からない。
この事実を伝えられて、それから何を言い出すつもりなのか想像もつかなかった。
「荒城くん。分かるか? 君は魔法を使うのにデメリットがない」
ジェラルドの視線が、俺を強く貫いてくる。
「君が代わりに戦えば、ウイカ・ドリン・ヴァリアンテの寿命は削られない」
「!」
ウイカを救うことができる? 俺が?
寿命を消費していないという話が本当ならば、俺だけが無制限に魔法を使って獣魔を倒すことができるということ。
でもそれは、獣魔に対する恐怖に打ち勝たなければいけない。今日は偶然にも魔法を使うことができたが、俺はこの力を初めて使った。あの時は我武者羅だったから、使い方なんて覚えていない。
最初に獣魔と遭遇した時、自分はここで死ぬんじゃないかと怯えたのに。
魔法少女たちの代わりにアレと日々戦うことなんてできるのか。
「君は、ウイカが獣魔の亡骸を吸収するところを見ただろう。あれは使用した魔力を回収しているのだ。全快できるわけではないが、敵から回収することで傷も癒えて、寿命も少しは取り戻せる」
ジェラルドは言う。
たしかに、獣魔が消える際に発生した光の粒子を吸い込むところを俺は見た。それでウイカの傷が治っていくのも確認している。
つまり。
「じゃあ俺が戦って、獣魔の力をウイカに渡せば、あいつは寿命を回復できるのか?」
「元々決まっていた寿命を越えることはないが、君がそうするのならば最大値まで彼女を回復させることができるだろう」
これは、脅しだ。
俺はウイカを救うことができる。逆に言えば、俺が戦わなければウイカはその身を削り続けることになる。
目の前の男は、ウイカを餌にして俺を戦いに強制参加させようとしているんだ。
ただの一般人でしかない俺に、ウイカを、他の魔法少女を、そして世界を救う重責を背負えという脅し。
考える時間は多くない。日が経てば経つほどに彼女らの寿命は消耗していく。
――魔法少女が死ぬ前に。
俺に戦えと言うのか? 頭を抱えるしかない。
「そんなの……」
「すぐに決めろとは言わない。だが、我々も君の未知なる魔法には興味がある。あの子たちを救うために、手を貸してくれることを期待している」
「っ……!」
この場で答えることはできなかった。
俺は静かに彼のもとを離れ、階段を下りて部屋の扉をくぐる。
どうすべきか分からない。
俺自身は寿命を消費しない。そうは言っても、獣魔と戦って傷つけられれば痛みはある。血も流れる。
死ぬことも、ある。
それでも、俺がやらなければウイカを救えないなら、結論は一つしかないのかもしれない。
だが、どうしても今すぐに決心はつかなかった。
せめて、ウイカの顔を見てから答えを出したい。
部屋を出た俺は、施設の中でウイカを捜した。




