第2章-17
『この野郎・・・』
ウェスタイロン・ド・ルーテラグホンは目の前にいるクロスを敵対視していた
『あの給仕に目を惹かれたのは迂闊だったが、まさかこいつも同じような態度とは』
クロスを馬車上から一目見た瞬間から
何か他の奴らとは違うような感覚を憶え
湖畔で休憩するときに声をかけてみた
自分たちの乗っている馬車が
あまりに豪勢過ぎると
見た人間達がそれだけで特別扱いをしてくる
それはこれから自分の力でのし上がっていきたい考えには邪魔をする
だから敢えて、選べる範囲で最低限の馬車にしてもらい
ダイザフまでの旅を選んだつもりだった
しかしウィールヒル家が乗っていた馬車は
馬車という体を成しているだけのものだった
あれは荷馬車だろうに
しかも別に大事なものを運ぶような馬車ですらない
自分の認識がまだ間違っていたことに気付かされ
少々戸惑っているところでクロスと目が合い
動揺を悟られてはいけないと余裕を見せたつもりだったが
少し鼻についたかもしれない
それはまあいい
こちらを見ていた自分と同じくらいの少年からは
自分のその場で取り繕った余裕とは違う、根本からの余裕みたいなものを何となく感じ取っていた
だから気になって声をかけてみた
そんなことをしたことは今まで一度もなかったが
当然のように聞けば答えが返ってくるものと思っていた
しかしそんなことはなかった
一筋縄ではいかないこの男に対してムキになってしまう自分がいたが
馬車に乗って落ち着くまでそれに気付かなかった
相手も若干の熱が入っていたとは思うが
やはり自分とは違う何か決定的な差を感じた
才能や環境に恵まれて育ってきた自分
もしかしたらそれを上回っているかもしれないおんぼろ馬車の少年
湖畔からダイザフまでの道中は
面白い人間に会えたかもしれないと心を躍らせていたんだが
ここに来てウィールヒル・A・クロスは敵となった
『俺の周囲に近付いてくる人間なんて腐るほどいる。女もそうだ、有名な商家だったりの娘さんを紹介してもらったことだって少なくない。しかし姿と声と動きだけでここまで惹き付けられたのは初めてだ。俺の目を留めたのは見事だと認めよう、しかし別にあの給仕にこれから入れ込むのか?と聞かれると、そう決まったわけでもない。だったが、この目の前の男の様子を見て考えが変わった。この男が射止めるのをただただボーっと呆けて見ているのは癪に障る』
クロスと言う男はこの俺も興味を持たせられた
顔立ちは整っていて10歳の癖に余裕を感じさせる
髪はどこまでも黒く、整えられている訳ではないが清潔感を感じさせる
瞳は赤みがかっていて、眼の奥に光を感じる
優しい印象を持つが、頼りたくなる佇まいをしている
女性に対しては見た目だけで優位性を取れるとは思わない方が良い
当然、負ける気は毛頭ないが
油断しないよう気を付けた方が良さそうだ
気付けばクロスと睨み合っていた
同じことを考えてそうだ
座る位置的に自分の方はクロス越しに厨房の方を窺える
考えていたことが一旦まとまったところでクロスからの意識を外そうと思った時
視線を感じた気がしてクロスの奥に目をやった
さっきの給仕が見える
こっちを見て、いただろうか?
分からん
微妙だった
見ていたとして単純に客を観察して何か仕事を探していただけかもしれない
ふぅ
『学業を疎かにしてはいけない。俺にはやらなければならないことが沢山あるんだ。だからと言って他の事に手を抜くつもりもない。目の前の男がもしかしたら厄介な相手になるかもしれないが、関係ない。俺は自分の欲しいものは自分の力で手に入れる。』
ウェスタイロン・ド・ルーテラグホンは強い精神を持つ男だった
しかしこれまで親元を完全に離れる機会が無かったので
家柄の力が及ばない環境にはまだ不慣れである
そこで初めての経験に大きく心が揺さぶられたこと
クロス達よりも長旅をしてきたことによる疲れ
それらが重なり、数日体調を崩してしまうのだった




