ユリアス達が留守の間(5) ヴォーグ討伐と拾った少女
エリナ視線
ユリアス達がアルセイデスの森へ出立して、3週間になる。
その間にユリアスの新しい屋敷が完成したり、ブカスの森の一部を所領化する計画を進めたりしている。
「エリナさん。書簡が来ていますよ」
ステイラが文を持って来た。
『早急』と表に書いてある。裏を返すと、見覚えのある封印とサイン。
「テノーラか」
差出人はグラノーラ・テノーラ。シムオール都市の長で公爵だ。
テノーラは旧知の仲だが、こういう書簡はろくな用件ではないだろう。かと言って無視は出来ない。仕方なく封を開けて読んだ。
「ふーん。ステイラ。ルドフランを呼んでくれる?」
アイーダ草原に『ヴォーグ』が出て、薬師ギルドの面子が怪我をしたらしい。そのワーグの討伐を依頼してきた。
ヴォーグの出現した場所はシムオールの西端より更に西のグラホップ市の東端辺りらしい。
草原の中でもコルメイスに近いところは、我々が見回って警備しているから、案外安全だ。それを考慮せずに向かったのだろう。
周囲の森に比べれば安全とはいえ、街外は危険だ。自己責任じゃない?
普通ならにべも無く断るのだけれど、Bランクのヴォーグだし、20頭くらい確認されているとか。
「どう? ルドフラン。明日にでも行ける?」
「はい。ヴォーグ相手ですと、こちらもそれなりの者で向かいます」
「そうね。マーベラが留守の間は貴方が軍務のトップだから、任せるわね」
次の日、ルドフランが討伐を終えて帰ってきた。
「それで、私も考えたのですが、これはユリアス様が関係されているのではないでしょうか」
やはり、そうよね。
きっと、結果的にユリアス達がアルセイデスの森から追い出したのだろう。
ユリアス達には適わないと、強い敵の少ないブカスの森方面へ逃げ、そしてアイーダ草原へという流れだと思う。
「たぶんね。なので、この依頼を受けたのよ。Bランクの魔物だった訳だけれど、問題はなかったの?」
「ええ。私達はユリアス様に従っている限り、【スキル】効果で能力値が上がっているので」
やはり、ユリアスの【統制】スキルは恐ろしいものだわ。通常より1.2~1.5倍も能力が上がるということは、ルドフランやラトレルはAランク並と考えていいでしょうね。
「お疲れ様」
後日、テノーラから出兵に対するお礼という名目の報奨金が届いた。
これで、一段落だけれど、イードに草原の見回りを強化するように伝えておいた。
・・・・・・・・・・
「エリナ。時間あるか?」
いきなり、イードがやって来た。
「貴方がここに来るなんて珍しいわね」
「まあな。あいつらは元気にしているか?」
あいつらとはイードと共に、シムオールから移ってきた元魔術師兵のことだ。
「ぼちぼちね。チョコレッタが鍛えているわよ」
「そうか。それは良かった。
それで今日来たのはな。変わった娘を拾った?」
「はん?」
意味が分からなかったが、話を聞く。
イードは伝言通りに草原の見回りを強化した。具体的には見回りの頻度を増やし、範囲を少し広げたそうだ。
その時に『ピンクラビット』に追われて逃げ回っている少女を助けたらしい。
先日のシムオールの薬師ギルドみたいなことなのかしら?
「それが違うんだ。趣味で魔植物を調べているんだと」
「へえ。変わった娘ね」
「ああ。まあ、アンフィ殿もそんな感じだし、そういう娘もいるのかなと。
それで親元へ送り届けようとしたんだが……」
身元を訊ねたら、カンデンコウ(都市)の貴族の娘ということが分かった。怪しいと思ったが、コルメイスの割と良い宿屋に滞在していて、大金を所持していた。どうやら、本物らしい。どうしたものかと私に聞きにきたということね。
「ふうん。カンデンコウというとカズネィラが居るわね」
「おっ。俺達の一つ下だったよな。伯爵の娘だったか?」
王都の学院で一つ下で、面倒を見ていた。リチャード伯爵の娘だ。
リチャード家にも色々と貸しもあるし、そんなに面倒なことにはならなそうだ。
「連れてきなさいよ。何とかするわ」
「そうか。なら、直ぐに連れてくるよ」
「それと貴方、シムオールで爵位貰ってたわよね」
「ああ、士爵だ。ここに来る時にそんなもの必要ないからな。名乗ってはいないぞ」
「ここでも名乗りなさいよ。遠慮することはないわ。そのうちにルド君とかにも賜爵されそうな気がするもの」
「そうなのか。実が伴っていないが、お前がそう言うなら、名乗ることにするよ。
とりあえず、拾った娘、連れてくる」
ほどなくして一人の少女を連れてきた。
オドオドしていて、一冊の本を抱えている。
「はじめまして。私はパドレオン・エリナよ。よろしくね」
私は声を掛けた。
すると、ハッと姿勢を伸ばし、荷物を置く。
「ご挨拶がおくれました。私、デンネンカルロ・クロムレイラと申します。お会いできて嬉しゅうございます」
とても綺麗で優雅な挨拶だ。
本物の貴族の娘に違いない。
「クロムレイラ様。少しお話いたしましょう」
私は応接室へ誘った。ギルドの応接室ではなく、プライベートスペースの応接室だ。
イードも同席すると思ったが、仕事があると退いていった。面倒事を押し付けて逃げたのは明白ね。
私は貴族としての体裁は必要ないと言い、そのように接することを告げる。
クロムレイラもその方が楽だと笑った。なんだ、いい笑顔するじゃない。
これからどうしたいのかを聞くと、言葉を選びながら、話はじめた。
【今話のキャスト説明】
○ソレステッド・ルドフラン…元アントラーのヒューマン。サリナの長男。パドレオン男爵領軍の副総指揮官。剣技に優れ、職種は剣客。
○エーモンド・イード…元シムオール都市軍総大将。ユリアスの力量を認識し、パドレオン領に移住。コルメイス防衛部隊長を務めている。
○グオリオラ・テノーラ…シムオール都市長。公爵。エリナの王都学院時代の同級生。ユリアスの力量を認め、表裏で支援している。
○ステイラ…エリナの従者。見た目30代半ばくらい。ギルドの受付業務などもしている。