ユリアス達が留守の間(6) 魔植物少女
私とクロムレイラは二人きりで話をする。
少女の話を纏めると……。
クロムレイラはカンデンコウ都市のマチルダナ街などを所領に持つデンネンカルロ子爵の長女。年の離れた三人の兄がいて、長男は嫡男とされており、次男三男は既に独立している。
四年程前に母親が病死し、後妻が入った。その後妻には同い年の連れ子(娘)がいるのだが、クロムレイラと折り合いが悪く、母子に虐げられた。子爵の前ではそういう素振りを見せないので、精神的に追い詰められた。
そんな彼女の拠り所となったのが、一冊の本だ。魔植物の本で、綺麗な図版に魅了され、実際に見てみたくなって家を飛び出し、アイーダ草原へ。
……と、言うことらしい。
幼い身で四年間もの拠り所のない生活は辛かっただろう。10歳と言うには小さく痩せた身体が物語っている。
こういう時は直ぐに動くのが、私の信条なのよ。
直ぐにステイラを呼び、お茶のお代わりを頼みながら、クロムレイラに気付かれぬように耳打ちする。
「デンネンカルロ子爵のことを調べて。三日以内に詳しくね」
ステイラは小さく頷いた。彼女に任せておけば大丈夫。
「貴女のお話は分かったわ(裏付けはとるけれどね)。そういう事なら家に帰っても大変でしょう。ここに住みなさいな」
「えっ。でも、私、それほど持ち合わせがございませんけれど」
滞在費のことを言っているのだろう。そんなものは必要ない。ユリアスもそういうに違いない。けれど、イードが大金を所持していると言っていた。
一応、どれほどか聞いてみる。
「持ち合わせているのが私の全財産です」
そう言って皮袋から硬貨を取り出す。
「ち、ちょっと、ちょっと、待って!」
なんと、金貨98枚が並べられた!
贅沢して過ごしても一生暮らしていける。それどころかお釣りがくるわ!
「あ、あの、これはどうやって手に入れたのかしら?」
「貯めていたお小遣いと、家を出る時に宝飾品を売ったのです」
良かった。正規に手にしたものなのね。
「私にはこれしかありません」
クロムレイラが項垂れている。
これだけ持っているのに?
なるほど。この少女には金銭感覚が欠如していた。
宿屋に前金として金貨1枚を預けたら、「これは困る。銀貨はないか?」と言われたらしい。それはそうね。お釣りが大変だもの。
ところが、この少女は金貨より銀貨の方が価値があると思ったらしい。とりあえず宿屋は金貨を預かってくれたのだが、それは好意で泊めてくれていると勘違いしていた。はあ、お貴族サマだわ……。
この少女が持ち歩いたら危険なので、私が預かることにした。
クロムレイラと話をしつつ、宿屋に使いを出して、引き上げさせた。宿屋にはそのまま金貨を支払った。宿屋の主人はこんなに受け取れないと言っていたが、その正直さがいいではないか。その心根の褒美として与えた。
私は少女のことを『クロム』と呼ぶことにし、ここ(ギルドの建物の私の居住部分)に住まわせることにした。もちろん、宿泊費などは要らない。
「ところで、家出のきっかけとなった本て、どんな本かしら?」
「それでしたら、これです」
表紙も擦れていて、読み込まれているのが分かる。しかし、驚いた!
「これって!?」
「どうか、されたのですか? この本がなにか?」
「え、ええ。付いてきて」
クロムを連れて書庫へ向かう。
自慢じゃないけれど、私の書庫は王宮図書館に負けないくらいの蔵書量がある。整理して書棚に収まっているのは、ごく一部だけれども、地下室に並びきれない書物が大量だ。近々に地下をめいいっぱい広げて図書館を造ろうと計画しているのよ。
書庫の中のある棚に連れて行く。
「あっ!」
直ぐにクロムが反応した。
「そうよ。その本と同じ本よ」
その本の書名は『アイーダ草原の魔植物図譜』。著者はパドレニア・アンフィ。
そう、アンフィの著書だったの!
きちんとした本は、一般の者には中々手に出来ないほど高価で貴重だ。その本も70部ほど販売しただけのはず。その本を買い与えたとは、父親もそれなりにクロムを愛しているのかもしれない。
私は書棚の上にある箱から、新品の同じ本を手渡す。
「それ、ボロボロじゃない。これをあげるわ。今までのは野外用に、これは部屋で読むようにね」
「あ、ありがとうございます!」
ついでにアンフィの他の著書も何冊か選んで与えた。
すると、今までで一番感情を表に出して、喜んでいる。こちらまで嬉しくなる。
「あ、あ、あ、あの、アンフィ様をご存知なのですか? ご、ご存知でございましたら、ご、ご紹介いただけないでしょうか」
「あはは。クロム、落ち着いて。
もちろん紹介するわよ」
私達の関係を説明してあげたら、幸運に感謝して涙していた。
私の方も驚いたことがある。
クロムは荷箱一抱えほどの魔植物の標本を作っていた。さらにそのスケッチが綺麗なの。アンフィの図の精密さや綺麗さは有名なのだけれど、それに引けを取らないくらいに描けている。
これはアンフィに引き合せるのが楽しみだわ。
こうして、クロムを私の家に同居させることにした。
三日後、ステイラから報告があった。
クロムの言っていたことは事実であったこと。子爵家は思ったより所領を持っていること。今の当主は凡庸で、嫡男も同様であること。ただ凡庸だけなら良いのだけれど、私欲のために贔屓とする者達とそれ以外の者達への扱いの差が激しいという。
「分かったわ」
直ぐにテノーラとイブに繋ぎを取り、動く。
その結果、デンネンカルロ子爵に所領の三分の一ほどをクロムに分与させた。実際に所領を統治する者達の任命はテノーラに丸投げしておいた。どうせ、暇なのだから。
クロムは子爵家と完全に縁が切れたことになる。
「というわけだけれど、クロムはどうする? 貴女の所領に屋敷を建てるのも良いだろうし」
「もし、よろしければ、このまま、ここに居ては駄目でしょうか」
「うふふ。もちろん、いいわよ。それではクロムの所領の後援はパドレオン男爵家がすることにしましょう」
いわゆる、後ろ盾ってやつね。
「ありがとうございます!」
ステイラの手配でデンネンカルロ子爵家の中でもクロムを支えて守ろうとしていた三人の者を呼び寄せて、引き続き使用人として雇った(もちろん、クロムの所領からの収入で)。
少し変わり者の新しい家族が増えた。




