第177話 ヤマビル? 美味しいの?
予定通りレーシィの森で一夜を明かし、
2、3回、魔物と遭遇して倒しながら森を抜ける。
「マウデン、ありがとね。また来るよ」
「またきてねまたきてね」
マウデンと別れを告げて、ブカスの森まで戻ってきたんだ。
レーシィの森を抜けたことで、空気が少し変わる。
木々の密度は相変わらず高いが、どこか見慣れた気配に戻ってきた感じがする。
――順調だね。
そう思ったんだけど……。
「ねえ、ユリアス、背中になんか付いてるわよ?」
「……ん?」
僕からは見えない。
チョコレッタがどれどれと背中を見る。
「! こ、これ、ヒル!?
キャーッ」
ヤマビル? 嫌だ!
誰か取って――
……ん?
「ね、姉さん、姉さんの背中にも付いてるよ!」
「えっ! と、取りなさい!
早く取りなさい!」
誰も取る人はいない。
だってみんなの背中……だけじゃなくて、ズボンにも頭の上にも、たくさんいた!
人のを取る余裕なんかない!
ものすごい数だ。
「うわ、なんだこれ!?」
「ヒル……?よく見ると違うようです。ミミズ?」
シロクマくんは冷静だ。
ダイラムさんは姿が見えない。……あれ、いない?
まさか逃げた?
体長は10センチほど。
だが、その数が異様だ。ざっと見ても、数百はいる。
その辺の草木にも蠢いている。
「だ、だめです! と、飛び跳ねます!」
いつも冷静なトレントさんまで慌てている。
いつの間にか、脚や腕、装備の隙間に張り付いている。
「ちょっ、くっついた!吸ってる吸ってる!」
「やめろ気持ち悪い!」
叩き落としても、また別の個体が張り付く。
小さいが、数で押してくるタイプだ。
――これは、地味に面倒なやつだね。
「ユリアス様、大丈夫ですか!」
「大丈夫だけど、キリがないね、これ!」
その時だった。
ぴょん、とクロピョンが前に出る。
そして――
ばく。
ばく、ばく、ばく。
目にも止まらない速さで、次々とワームを飲み込んでいく。
「……え?」
一瞬で、状況が変わった。
さっきまで足元を埋めていた群れが、みるみる減っていく。
「ちょっ、クロピョン!?」
ぴょん、ぴょん、と跳ねながら、まるでおやつでも食べるように平らげていく。
そして――
数十秒後。
そこにはもう、一匹も残っていなかった。
「……終わった?」
「終わりましたね……」
クロピョンは満足そうに、もぐもぐと最後の一匹を飲み込む。
ぴょん。
……どうやら、美味しかったらしい。
そして――
「……あれ?」
クロピョンの様子が、少しおかしい。
さっきまで軽やかに跳ねていたはずなのに、動きが鈍い。
よく見ると――
「……まん丸だね」
腹が、ぱんぱんに膨れている。
「まん丸……です」
「食べ過ぎでしょ!?」
ぴょん、と跳ねようとして――
ぽふっ。
あまり跳ねられていない。
ぴょん……。
どこか不満そうな様子で、もたもたと地面を移動する。
「……完全に食い過ぎだね、これ」
「ですね……。クロピョン、私は主として恥ずかしい……」
さっきまでの脅威が嘘みたいに、場の空気が緩む。
クロピョンはその場にぺたりと座り込むと、満足そうに目を細めた。
――しばらく、動けなさそうだ。
――おかげで、脅威は去った。
僕らが、小ワームのこれまた小さい魔石を拾っていると――
「あーっ、戻ってきたんですねー!」
明るい声が、森の奥から響いてきた。
振り向くと、そこには――
「ファーファ!?」
駆け寄ってくる小さな影。
両手をぶんぶん振りながら、一直線にこちらへ向かってくる。
――ああ。
そうか。
もう、ブカス街区の手前なんだね。
「おかえりなさーい!」
「ただいま、ファーファ」
そのまま勢いよく飛びついてくるかと思いきや――
途中でぴたりと止まり、じっとこちらを見る。
「……無事でした?」
少しだけ、不安そうな顔。
「うん、大丈夫だよ」
そう答えた瞬間――
「よかったぁぁぁ!!」
一気に表情が崩れた。
そして次の瞬間には、くるりと方向転換して――
「チョコ姉さまーー!!」
背後にいたチョコレッタに、全力で飛びついた。
「大変だったんですよぉぉぉ!!」
「ちょ、ちょっと……どうしたのよ」
「もうほんとに大変で!
あれがこうなって、それであっちも大変で!」
「もう、ゆっくり話してよ。ね、落ち着いて」
チョコレッタにしがみついたまま、ぶんぶんと体を揺らしながらまくしたてる。
内容は――正直、よく分からない。
でも。
大変だった、ということだけは、すごく伝わってくる。
「それでそれで、もう大変でぇ……!」
「はいはい、分かったから……落ち着きなって」
そう言いながらも、その頭をぽんぽんと軽く叩く。
――少しだけ、ぎこちない手つきで。
――甘えてるね。
完全に。
さっきまでの森の緊張感が、すっとほどけていく。
「ほっほっ、賑やかな娘っ子じゃな」
ダイラムが、愉快そうに笑う。
いつの間にか戻ってきていた。
その様子に、思わずこちらも口元が緩む。
ブカス街区は、もうすぐそこだ。




