鍛錬(6) ワイルドキャッスル
鍛錬4日目、昨晩は数日ぶりによく眠れた。やはりサリナ達が来た安心感が大きい。
「「おはようございます、ユリアス様」」
「おはよう。サリナ、アンフィ」
朝食を食べて、早速森の中へ向かうことにした。付いてくるのはルドフランとラレトルの2人。
サリナもアンフィも付いてきたそうだったが、今度はすぐ近くにいる訳だし彼女らはそれなりに魔力を探知できる。僕の意志を汲み取ってくれた。
彼女達も弱い魔物を狩ってスキルアップを目指すそうだ。
「じゃあね」
ベース前で僕達は分かれた。もちろんベースには彼女達の息子達が留守番として守っている。
魔力探索のスキルを発動して森の西(右手)へ進む。さすがにこれ以上魔素の強い奥へ行くのは危険だろう。なので横に行ってみるのだ。
「ユリアス様。探索スキルが切れたらどうなさるので?」
「ラレトルも魔物の気配は察知できるんでしょう?」
「はい。ある程度はですが。しかし、ルドフランほどではないようです」
「それで十分じゃない? スキルの猶予時間も知りたいから、良い機会でしょ」
魔物は自分達と違う魔力、気配をある程度は察知できないと森の中では暮らしていけない。アントラー族も元は森に棲む種族なのだから、その能力を持ち合わせている。
僕らは魔物植物の採集を続けながら進む。
「ん!?」
探索スキルに進む先に魔力を察知した。大きな魔力、そして小さな魔力がいくつか囲むようにしている。
「感じる?」
2人に聞いてみる。
「はい。強い魔力を感じます」
とはラトレルだ。
「複数の魔力ですね。大きいのと小さいやつです」
ラトレルより具体的に判るのはルドフランのようだ。
大きな魔力はおそらくCランクの魔物のような気がする。現在Cランクのサリナと同じくらいに感じられるから。
そこに留まって様子をみる。集中するして探ると小さな魔力は動きながら大きな魔力に接触している。
「ひょっとして大きな魔力は襲われているんじゃないかな?」
小さな魔力が接触する度に大きな魔力がほんの少し縮まっている。
魔物同士の闘い?気になる!
「ちょっと行ってみよう」
「「危険です!」」
即座に否定されたけど、気になって仕方がない。遠目に見るだけだからと行くことにする。2人は警戒モード発動中だ。
やがて実景が見える所まできた。
少し開けたところの中心に白い獣の魔物がいて、それをオークが手に棒切れを持って襲っていた。
「あ、あれってワイルドキャッスル!?」
真ん中の魔物は山猫の魔物『ワイルドキャッスル』だ。冒険者や素材集めの者達に恐れられている。
一方のオークは弱い。ランクとしてはE。下顎から上に伸びた牙とぺちゃんこな鼻、薄緑の肌が特徴な背の低い亜人だ。一頭一頭は弱いけれど、奴らは集団で狩りをする。
ワイルドキャッスルならオークなど直ぐに蹴散らせてしまいそうなのに……。
「ユリアス様。山猫は捕らわれているようです」
ルドフランの指し示す方を見ると、綺麗な赤い花が咲いている。
「『ムービンローズ』です。山猫の後脚と腰にも巻きついています」
なるほど、言われてみるとその通りだ。意識がオークとワイルドキャッスルの闘いに向いていて分からなかった。
ワイルドキャッスルの毛並みは白く輝いていて美しい。何となく気高さを感じる。
今、その美しい毛並みは所々血に塗れていて、『ギャルルルッ』という唸りも悔しげだ。
僕はいつの間にかワイルドキャッスルを応援していた。
『ンギャーッ』
ワイルドキャッスルは叫んでどさっと倒れた。ごぽっと喀血したところをみるとムービンローズが締め上げたのだろう。倒れたところをオークが一斉に襲う。
「助けるよ!」
僕は飛び出していた。剣を抜きオークを斬る。ルドフランもラトレルも続いた。
「ラトレル!バラを!」
ラトレルはワイルドキャッスルに伸びていたバラの触手状の蔦を斬る。
「ユリアス様。再生してます!」
横目で見ると斬った触手がゆっくりと再生して伸びてきて再び迫ってきている。それだけではなく、何本もの触手がだ。
こちらも合わせて10頭程は倒したはずだが、数が増えていてそれを倒すのに手一杯。あと十数頭はいる。
「ラトレル!斬りまくって!」
言うまでもなく、ラトレルは伸びる度に斬っているようだ。しかし、伸びてくる本数が増えて追いつかない。
「ラトレル!私達に任せなさい!」
不意に声がした。
サリナとアンフィだった。
「フンッ!」
「テリャッ!」
強力な助っ人は触手を斬る!斬る!斬る!
サリナはヒュッと飛び上がり、触手の元であるバラの本体の上まで飛んで花を一閃した。
「こちらのバラ退治は終わりましたよ」
サリナが言った時にはこちらも全てのオークを倒していた。
「ふうー、ありがとう」
「まったく、無茶をするのですから」
「お母様の言う通りですわ」
僕は苦笑いするしかない。
足元にワイルドキャッスルが横たわっている。息も弱く瀕死の状態だ。
「どうなさるの?」
「助けるさ」
サリナは『だろうね』という感じで肩を竦め、はアンフィは呆れた顔をしている。
ワイルドキャッスルの脚には先を尖らせた太い枝が刺さっている。オークにやられたのだろう。まずはそれを抜いてやる。
血がどくどくと流れている。
「ルドフラン。ヒールを」
ヒールをかけてもらうが、血量は減ったが止血にまでいたらない。
「傷口が見えると良いのですが」
と言うが、ワイルドキャッスルは毛に覆われている。掻き分けるがよく見えない。せめて人型ならよく分かるのに……。
あっそうだ!
僕はポケットから魔石を取り出して口を開かせて放りこむ。
『シューッ』という音とともに淡い光に包まれたワイルドキャッスルの体は、一瞬強く光った。
ワイルドキャッスルは人型となっていた。顔面、首からおへその下あたりまでの毛は消えている。背中と二の腕、太ももは毛があるが獣の時よりかは短い。尻尾も残っている。
「「なっ!?」」
「説明はあと!」
僕はルドフランにヒールを続けてかけてもらう。足の傷口は深く裂けていて、中々治癒していかない。サリナもアンフィも手をかざして治癒をかけてくれる。彼女達に『治癒・回復』スキルという独立したスキルはないが、『女王の支配』のスキル内に複数のスキルが含まれていて、その1つだという。
それでも血が止まり、僅かに裂傷の長さが縮まったくらいだ。
「あっ。ダンゴムシポーション出して」
ルドフランから受け取ってかけてみた。
すると、みるみるうちに傷口は塞がっていった。
これで外傷はよい。あとは内部だ。触手に締められて喀血したのだから、内蔵もやられている可能性が大きい。
「ポーションを飲ませて」
アンフィが人型のワイルドキャッスルの半身を起こすとポーションを飲ませた。ふんわりとお腹が光っている。効いているようだ。
念の為にクズ魔石を僕の魔力に染めて飲ませてからお腹に魔力を流し続けた。
浅かった息も通常に近くなってきたし、何とか助けられたようだ。目は覚まさないけれど。眠っているワイルドキャッスルをベースまで運んだ。
「先程のはなんですの?」
魔石を与えたことやその後で魔力を流したことを問われる。
「ああ。思いつきなんだけどさ。まず、サリナ達が僕の魔力を与えると人型に姿が固定されるとか言っていたから試したんだ。したら、やはり人型になった。人型の方が毛が少なくなって治癒しやすいと思ったんだ。
次にね。僕は回復スキルを持ってるよね。治癒スキルと違って自分自身へのスキルでしょ。ということは自分の魔力に反応しているんだと思うんだ」
皆はふむふむと頷いて先を促す。
「魔石をお腹に入れて、外部から回復スキルを発動しながら魔力を流してあげると、魔石のある周りに良い効果があるかもしれないって思ったんだよ。実際に効いたかは分かんないけど」
『そんなこと思いつかない』とか『これは発見なのでは』とか色々なことを言われた。要は助けられれば良かったのだから結果オーライだ。
気がついたらワイルドキャッスルは座ってこちらをじっと見ていた。