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人体は100%の水である



「貴方、どこかで訓練を受けているようですね」


「……お互い様ってやつだよな」



 上半身に数カ所の青あざを作った大鼠がニヤリと口角を持ち上げる。

 足下には奪い取った警棒が転がり、相手の女はもう武器を使えない。


 一方のブラックといえば、スーツの右袖が肩口から破け失われていた。

 柔術勝負に持ち込まれそうになったときの代償ではあるが、こればかりは必要経費だろう。

 一度捕まれば体格差でケリがついてしまう。


 二つ目の武器であるスタンガンを構えながら、ブラックが一歩前へ。

 合わせて大鼠が一歩引く。

 一撃で勝負が決まる戦いともあって、膠着状態に陥っていた。



「いいのか? 俺が抑えている間、おまえは能力を使えねぇ。こっちはこうしてにらみ合いしてりゃそれで有利になるんだぜ?」


「さあ、どうでしょう。こちらの伏兵が貴方のお仲間を全滅させているかもしれませんよ?」


「口では幾らでも言えるわな。千日手がお好みか?」


「いいえ、全く。こんな戦況、見てる方が退屈してしまいます」



 また一歩近づかれ、大鼠が一歩引く。

 崩落した瓦礫が邪魔でこれ以上は下がれない。

 いっそ瓦礫を蹴り飛ばして隙を作ってやろうか。



「ところで、階下がずいぶんと静かだよな」


「……」


「さっきまで、威勢の良い声が聞こえていたもんだが。下の見える範囲にゃ、変なボンベを背負った奴が数人程度。もう外に攻撃に出る気は無さそうだぜ?」


「それがなにか?」


「いやな、つまりこれって、不死の連中が特攻できなくなったんじゃないかって思うわけだ。そうすると、やっぱりお前が不利だぜ」


「そうでしょうか──ねっ!」


「むっ!?」



 ブラックのつま先が小石を蹴り上げる。

 顔面直撃コースのそれを巨腕で防いだ大鼠が、同時に迎撃体制へ。

 だが、屈み込んだブラックが繰り出したのは、スタンガンではなく──



「うげっ! ぺっぺっ!」



 屈んだ瞬間に握り込んだ、目潰しの礫だった。



「隙有り」


「クソが!」



 大鼠は咄嗟に体を捻り、スタンガンを一度は避ける。

 なんとか立て直そうと手すりを掴んで離脱を図るが、目が開かない状態で二度目は避けきれなかった。



「あがががぐぐぐぐあああぁぁあああ!」



 電流が全身を駆けめぐり、そのまま通路を転がる。

 痙攣する筋肉とうめき声は、ブラックに薄い笑みをもたらしていた。



「なかなか良い声で鳴きますね」


「う、ぐ、くそっ」


「しかも、一発で気を失わない。本当に頑丈なこと」



 何とか起きあがった大鼠が目をこすって視界を開く。

 おぞましいことに、女は笑っていた。



「……てめぇ」


「さて、そろそろ役得の一つも欲しいと思っていたところです。鬱陶しい無効化が外されるまで、遊ばせていただきましょうか」



 嗜虐嗜好を隠す気もなく女が迫る。

 大鼠はゆっくりと立ち上がり、二度目の迎撃に入ろうと構え。



「ちょいと、そのへんにして貰おうか」



 突如響いた凛とした声に、両者の動きは止まった。

 ちらと見上げると、モールの吹き抜けの柱に、何かが張り付いている。

 まるで人間をミキサーにかけてそのままスライムにしたような、おぞましい液状生命体。

 皮膚を薄く伸ばした弊害なのか、はたまた元々そういう能力なのか。

 その表面には血液も流れ、内臓もうごめいていた。



「……あれは、何?」



 血と内臓の赤が、見ている世界を狂わせる。

 それが一体何なのか、小黒には()()()()()()のだ。



「小町ッ!?」


「迎えにきたよ、色男」



 プレイヤーNO.82、小町。

 そのイデオは『液状化』。

 スライムのような液体に変化する能力、ではない。

 人間の体がそのまま液状になる能力だ。


 皮膚が、骨が、内蔵が、そのままの見た目で性質だけ液体になっている。

 固体でありながら液体の柔軟性を持ち、液体だから四散しても吸着すればもとに戻る。

 仮に腕部分がちぎれてもくっつくし、骨がバラバラになっても集めれば内部で修復可能。

 その性質を利用し、人間の筋力と液体の軽さ、壁への吸着性を利用し這い上がってきたのだ。


 どこにあるかもわからぬ目で見、口で語りながら、肉スライムが3カウント直前の男にその肉体を伸ばす。

 小町は大鼠を腕部分で包み込むと、女とは思えない力強さで吹き抜けへ引きずり下ろした。



「うおおおお!? バカ、俺を落とすつもりかよ!」


「自力でその辺に飛び移りな」


「冗談きつい、ぞぉ!」



 小町に加えられた力と持ち前の筋力で、なんとか階下、つまりは二階の通路へ転がり込むことに成功したが、間一髪だ。



「ああくそ、いてぇ!」


「スタンガンよりもかい?」


「見てたのかよ!」


「タイミングを見計らっていた、と言って欲しいねぇ」



 両名はそのまま、二階フロアの通路へと消えていく。

 ブラックは二人を見送るにとどめた。



「……正しくイメージができない。そんな相手、想像もしていませんでした」



 深追いしない、のではなくできない。

 人間の姿をちゃんと目視できなければイデオが使えないのだ。

 今回の能力設定の弊害が、足を止めている。


 ここで逃がすのは痛いが、追い返しただけでも最低限の戦略目標は達成されたわけで。

 無効化能力者が逃げたのだから、イデオを止められるといった邪魔も無くなったのだ。

 表の害虫への攻撃を再開するのもいいだろう。



「さて、どこから攻めましょうか」



 結局、ターゲットはまだ消せていない。

 努力目標ではあるが、達成できないのはキラーの沽券に関わる。

 ひとまず階下が苦戦しているのは間違いなさそうなので、あの白衣から──。



 ブラックこと小黒はずっと、下しか気にしていない。

 だからこそ、最後の瞬間まで何が起こったかを理解することは無かった。

 結果論だけ述べるなら、ここで大鼠を追わなかったことこそが全てを決定づけてしまったとも言える。


 最後の独り言からわずか十五秒後に、決着の一撃に襲われるなど、夢にも思っていなかったのだ。



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現在、第5章を執筆中。 投稿日は毎週4日で日曜、火曜、木曜、土曜になります。

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