ホットライン
「この先ですね」
三階のファッション街を音もなく進んできたジャンヌ班が、館内案内図を確認する。
予知で見えた場所と時間は、もうすぐだ。
「周辺のカメラは全部壊したよ」
「わかりました。では、音を消しながら前進。目標の姿を視認でき次第、大鼠さんが無力化し一斉に叩きます」
「俺としちゃ、タイマンの方が嬉しいんだけどなぁ」
「ジーニアスさんは後方警戒と、予知・消音両名の防衛を」
「わかったよ。遠距離攻撃もできるし、暇ならそっちも手伝う」
「ノウンさんは新たな予知が見え次第、どんな状況でも報告してください」
「了解しました」
暗殺の前提は気付かれないこと、そして迅速さだ。
多少時間をかけてでも、意思と行動は統一させておいたほうがいい。
『──しもし、もしもし?』
そんな慎重さが、突入前にこの通信を受け取る機会を与えたのだろう。
「幸っ、さん?」
思わず語気をあらげてしまったが、失言だ。
幸のことはサトリ以外、誰も知らないのだから。
「はて、ジャンヌ殿。どなたですかな?」
「……ああ、いえ。私の味方です。大樹に到着するより以前に助け合ったプレイヤーです」
「それは初耳ですな」
流石に怪しむまではいかなそうだが、ベートーヴェンはどこか腑に落ちない表情だ。
「ともあれ周囲の音を消しておいてください。通信はすぐに終わらせますので」
「かしこまりました、すぐに」
ベートーヴェンの能力は、割と応用が利く。
特定の音を消すだけでなく、周囲に音が漏れない防音室のような空間を作ることも可能だ。
その力の一端がモール内に静寂を作り、心おきなく応答することができた。
「こちらジャンヌです、幸さん」
『あ、セ……ジャンヌさん!』
体の中がヒヤリとするから、そういう言い間違いだけはやめてほしい。
セナとも知り合いとバレたら繋がりを疑われてしまう。
「現在、戦闘中です。用件を手早くお願いします」
『うぇ!? あ、はい! えっと……小町班と連絡取れました! 今、レインボーモールの側まで来てます! 救援です!』
救援。
その二文字に、周囲のメンバーの顔色が変わった。
元々、不死狩りは各地の偵察から始まったはずだ。
トランシーバーの範囲外になった時点で連絡は途絶する。
だからこそ、今回の襲撃も二班という少数で行っているのだ。
だというのに、正反対へ向かった小町班が引き返し、増援として近くまで来ているという事実。
その立役者は、間違いなくこの『幸』というプレイヤーなのだろう。
「救援、助かります。班員は全員でここへ?」
『えっと、小町班は全員居ます! あとは、私と、クックさんが一緒です』
「クックさんが……?」
さしものセナも首を傾げる。
今の言い方だと、クックは班長でありながら単独で合流しているように聞こえた。
だが、それは今追求すべきではない。
「指示を出します。これより小町班は教授班と合流。幸さんはそこで、教授班の野薔薇さん、小町班の天下一さんと三名で大樹方面へ引き返してください」
『……えっ? 引き返すの? なんで!?』
「もちろん理由はあります。こちらの形勢はあまり良いとは言えません。ですが、貴方が来てくれたおかげで貴方の能力を恣意的に利用することが出来ます」
『アタシの、能力を?』
「それは、ただ貴方を生き延びさせるだけの能力ではありません。きっと、貴方の意思である程度は引き出せるはず」
『……』
幸の能力は未だに謎が多い。
イデオを意のままに扱えるかも不明だ。
だが、もしもそれが叶うのなら、この状況を打破できる『一撃』をリスク無しで放つことが出来る。
「作戦は、こうです。貴方がすべき事は──」
まさか、こんな手を指示することになるとは思わなかった。
あまりにも不確定要素が多く、まだ力の全容がわかっていない天下一を頼る事にもなる。
とはいえ、敵は強力だ。
あの黒い女一人に全滅しかねない。
だからこそ、一つだけでも慮外の策を用意しておきたかった。
「──と、いった感じでお願いします」
『……凄いこと考えるねぇ』
「貴方がちゃんと来てくれたから立案できた策です。もしも全てが上手くいく場合には、再び連絡を。逆に、想定以上に時間がかかる場合や、上手く行かなかった場合はモールまで戻り、教授の指示に従ってください」
『うん、わかった! もう少しだけ待っててね!』
「共に生き抜きましょう」
『もっちろん! そっちも、やられちゃダメだよ!』
「……では、そろそろ時間なので」
『わかった。じゃあ、また後でね!』
通信が終了する。
これはあくまでサブプランの一つだ。
単純な増援だけでもありがたいことに変わりはないし、兵を預ければ教授なら上手くやるだろう。
「随分と仲が良いみてぇだな?」
「そうでしょうか?」
「そう見えたぞ。まあ、俺はやる気が湧いたけどな!」
ニカッと笑う大鼠に愛想笑いで返し、トランシーバーをしまう。
すぐに作戦開始をし、大鼠が黒女を抑えなければ、野薔薇への攻撃は止まってくれないだろう。
「──お聞きの通りです。今の作戦が決行できそうな場合に備え、いつでも脱出できるように退路だけは失わないよう立ち回りを心がけてください」
「「「「了解」」」」
「ノウンさん、近い未来で作戦が行われているかの予知も平行してください。わかったことがあればすぐに報告を」
「わかりました」
「では、行きますよ」
号令と共に大鼠が駆け出し、四人が後に続く。
敵が見えた予知地点は、目と鼻の先だ。
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現在、第5章を執筆中。 投稿日は毎週4日で日曜、火曜、木曜、土曜になります。




