餓死と籠城戦
「サトリさんには考えがあんのかい?」
「まあ少しは。セナが言っていたとおり、この空腹にも意味があるというのが大前提になるが。つまり、このゲームには餓死あるいは栄養失調が存在する。これを念頭に考えてもらおう」
チキンのカットが終わったサトリの皿は綺麗に肉と骨が分けられ、実際にかぶりつくよりも遙かに綺麗にそぎ取られている。
肉塊の一つをフォークで刺すと、全員が確認できるように持ち上げて見せた。
「人間が餓死するためには最長二ヶ月かかると言われている。これは水が飲めることが大前提だが、流石にこの都市部で飲料を全て無くすことは難しい。ここが現実ならば相手を直接餓死させるのは不可能に近いだろう」
逆に水が飲めなければ最長でも七日しか生きられず、早ければ二日目で死ぬ者も居るため、絶つならば水の方がいいのだが、それは今回の話の筋ではない。
「だが、これはゲームだ。現実ではないのだから、通常の人間の生存期間なぞ当てにならない」
「なんでだ? めっちゃリアルに作ってあるんだから、そこまで再現されててもおかしくねえだろ」
「いや、逆だ。リアルすぎるとゲームに影響を与えないんだ。たかだかゲーム内時間数日で決着するサバイバルバトルで、月単位の話をする者は居ない。痛みや五感などはリアル過ぎるほど臨場感があるが、勝敗に関わらない要素なら実装する意味は全く無いだろう?」
「……なるほど、一理ありますな」
このデスゲームがゲーム内における何日で決着するのかは不明だが、それなりのペースで脱落者が出ているはずだ。
悠長に二ヶ月もかかりはしないだろうし、現実の肉体や日常生活にも悪影響を及ぼしかねない。
「食料を破棄して回っているのは、もちろん空腹を戦略に組み込もうとしている勢力となる。自分たちだけが三日分くらいの食料を確保して、回収しきれない分をダメにしてしまえば、攻め込んでくる側は深く攻め込むほど食料を得られなくなるわけだ。つまり、犯人チームは北で籠城戦をしようとしている、そう考えれば筋は通るな」
「待て、待て待て待ってくれ。なんで犯人『チーム』なんだ? 単独犯の可能性はねぇのか?」
「絶対とは言わないが、ほぼないだろう。ジャンヌが最初に入ったコンビニの物資は全て無くなっていたわけだが、単独でそれらを持ち出そうと思ったら、徘徊するプレイヤーたちに対して大きな隙を晒すことになりかねない。危険がある仕事ほど、一気に終わらせるために人手は必要だ」
運送車のようなトラックを使えるならば話は別だが、今のところ車を動かしている光景には出会ったことがない。
車自体なら道路に路駐こそされているものの、そもそも鍵が存在しないのだから、専門的な知識か特殊なイデオを持たない者には使用不能なのだろう。
「まあ、一方でこの作戦には不安要素もないわけじゃない。犯人側にも食糧問題が生まれかねない」
「……それ故に食料を持ち出している、ということですかな?」
「そういう一面もあるかもしれないな。仮に本当に持久戦に入られた場合、攻める側だってその気になれば北部から離れて調達に向かえる。……まあ、そうすると各地に潜む他プレイヤーとの交戦が増え、籠城チームの戦力を削れないまま人数が減っていくわけだが」
「正しく籠城ってわけかよ~」
嫌気混じりの大鼠の声をBGMにして、サトリはようやくチキンを頬張る。
ゆっくり咀嚼し呑み込んで、炭酸水で喉を鳴らした。
「……そしてここからが問題だが、食糧問題というのは本来は籠城する側にこそ色濃い影響を与える。なにせ一度籠城を始めると、外へ食料調達には向かえないのだから」
「言われてみりゃそうじゃん。なら籠城自体が悪手ってことじゃないのか?」
「普通はそうだ。だが、もしも『餓死しない』という確約があるならどうだ?」
肉が残っていない白い骨をフォークで突っつきながら、サトリの声色が深まる。
ある種の確信めいた自信が言葉に混ざっていた。
「空腹により多少動きが悪くなったりはするかもしれない。けれども死ぬことはなく、逆に籠城戦に付き合ったり攻め込んできた相手にだけ一方的な不利を押しつけられる。体が消滅してもすぐに復活して行動でき、究極的には摂食する必要すらないのかもしれない。それが犯人チームの生態……いや、正体だ」
「……てことはまさか」
「そう。私はこの食料攻めを行っている犯人こそが、我々の目標である不死チームだと考えている」
狙いの獲物の登場に、大鼠が凶悪な笑みを浮かべ眉を持ち上げる。
ベートーヴェンは咳払い一つし、セナは自分の分のチキンを食べ終わるところだった。
「ついに不死の登場ってわけか」
「聞く限りでは筋が通っていますな」
状況証拠から組み上げたにしては良くできた話ではある。
だが、一方で穴がないわけではない。
(サトリが信用されるのは防ぎたいな)
ナプキンで口を拭ったセナは、意識をジャンヌへと集中させていく。
不死狩り結成から弄ばれ続けているという現状もふまえると、良い機会かもしれない。
(ケチをつけてみるか。ここらで第二ラウンドといこう)
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