フライドチキン・パーティー
「……にしても聖女サマ、おせぇな。ちょっとコンビニで飯をくすねてくるだけだっつーのに。一人で大丈夫とか豪語しておいてやられちまってたら世話ねえぞ」
「あれほどの手練れでございます、恐らく大丈夫でしょう」
「そう思うならそれでもいいが。どんなプロでも死ぬときは一瞬だぜ?」
含みのある大鼠の言い方は引っかかるが、セナにはジャンヌの無事は丸わかりだ。
洗脳しているジャンヌとは視覚を共有しているし、そもそも洗脳対象が脱落したらわかるようになっている。
大量に操れない代わりに、質の良い個人を大事に使えるところが利点だ。
「……もうすぐ帰ってくるんじゃない?」
「お、口を利いてくれるとは大人じゃねえか」
「どっちが子供さ。別にしゃべらなくてもいいんだけど」
「そう言うなって。聖女サマが戻ってきたら作戦会議するんだろ?」
「チッ」
「舌打ちばっかりで可愛げねぇなー」
二人の言い合いで空気が満ちるかといったところで、チャイムの音が鳴った。
呼び鈴を四回、その後にノックを五回。取り決め通りだ。
「お、噂をすればか」
「では私が出迎えに参りましょう。お二人はテーブルを綺麗にしておいてください」
「いいぜ。ていうかほとんどセナの荷物じゃねえかよ」
「飲料や雑貨は全員の荷物」
「わーったわーった、とりあえず部屋の隅に持ってくぞ」
簡単に片づけられ、ソファや椅子が寄せられていく。
さしものサトリも手伝う最中、ビニール袋を両手にさげたジャンヌが紳士のエスコートで入室してきた。
「お待たせいたしました」
「遅かったじゃんか聖女サマ。トラブルにでも巻き込まれてたのか?」
「いえ、そうですね……そのあたりもお伝えしなければなりませんが、まず食事の話から」
置かれたビニール袋は無地で、コンビニエンスストアのロゴなどが入っていない。
メンバーが訝しげに見つめる中、袋から出てきたのは冷凍された業務用のフライドチキンの山だ。
「……聖女サマよ、俺は確かに肉が食いたいとは言ってたけど、そんなに量は食えないぜ?」
「申し訳ありませんが、これは全員の夕食になります」
「はぁ? ヴェンさんあたりは鮭弁が欲しいって言ってたじゃねえか」
「それが遅くなった原因でして……ともかく、温めてきますので飲み物の準備をお願いしますね」
そそくさとキッチンに引っ込んでいくジャンヌを見つめながら、大鼠はベートーヴェンの様子を見る。
「ヴェンさん、大丈夫か? 脂っこいぜこれ」
「いえ、大丈夫ですよ。量は食べられませんが、食事できるだけありがたいと思いましょう。それにゲームです、現実で食べられない物だって美味しく頂けるかもしれません」
「そういうならいいけどよ。かー、意味分からん。どうなってんだ」
「……説明するってジャンヌは言ってた。待てばいいんじゃない?」
「ま、そうだな。冷静沈着なセナの言うとおりだ」
「喧嘩売ってるよね?」
「誉め言葉だと受け取っておけって!」
程なくして大皿に茶塊が山となり、グラスにはワインや炭酸飲料、茶などが配られた。
ジューシーな香りが鼻孔を満たせば自然と唾液もあふれ出す。
「では、いただきましょう」
「ほい、いただきまーす!」
「頂きます」
「……いただきます」
手を合わせたり十字を切ったり、各々がバーチャル世界で今日の糧を神に感謝する、矛盾だらけの歪な晩餐会。
「──で、なにが……あっち! あちち!」
「まだ熱々ですからお気をつけて」
「うーあっつ! 舌火傷するかと思ったわ。まあゲームの中なんだが」
どうやら食べながら話すことは諦めたようで、チキンは取り皿に放置し咳払い。
「で、なにがあったんだ? 都市マップなんだ、コンビニくらい探せば見つかるだろ」
「ええ、ここを出て十分程度で見つけました」
「ならなんで調達に一時間もかかってんだ? チキンしかねーし……」
まだ一口頬張っただけだが、ジャンヌも食事の手を止めて大鼠へ向き直った。
「コンビニには食料がありませんでした」
「……は? 無かった?」
「はい、言葉の通りです。弁当類もパンもカップ麺もレトルトも冷凍食品も……飲料すら何一つ」
「はて、この近くに潜むプレイヤーが持ち出したのでしょうかな?」
ベートーヴェンも参戦し、白い髭を手で弄び始めた。
くるくると指に巻き付けるのはどうやら彼の癖らしい。
「確かにその可能性は否定できません。長期戦になると予想した者がいるなら、持ち出せるだけ持ち出そうとする心理も理解できます。ちょっと規模が桁違いですが」
「つっても、運が悪かっただけだろ。たまたま先客が持ち逃げしていたってだけじゃねえのか」
「私もそう考え、二件目のコンビニを探しました。五分ほどで発見し中を見たのですが……」
「まさかとは思うけどよ、そっちにも何もなかったのか?」
「なお悪い状況でしたね」
「なお悪いとはどういうことだ」
眉をしかめるジャンヌに、ナイフとフォークで器用にチキンをカットしていたサトリが反応した。
「そうですね。まず、床が水浸しでした。飲料の容器には全て穴をあけられ、中身が捨てられていたのです」
「はぁ!?」
「……なるほど。それは確かになお悪いと言えるかもしれないな」
「食物はすべてシンクにぶちまけられて、そこに飲料がそそぎ込まれていました。あれを食べるのは生理的にも難しいでしょう」
オレンジジュースと醤油とウィスキーに漬け込まれた『弁当だった何か』を、実際にセナはジャンヌの視界を通して確認している。
あれを掬い食べるのは餓死寸前だけでいい。
「てことはなにか? 食料をダメにされてんのか?」
「そういうことになります。コンビニだけでなく、スーパーやレストランも廻りましたが、この二店舗以外はお店自体が破壊されていました。ガス引火でもしたのか文字通りの木っ端微塵です。……やっと見つけた無事なレストランにあったのが、このチキンと僅かな飲料だけでした」
「はー、意味あるのかそれ。プレイヤーが貴重な時間を使ってやることとは思えねぇんだけど」
「意味は──」
「意味はあるだろうな」
ジャンヌの言葉にかぶせるようにして、サトリが答えた。
セナが睨みつけるものの、気にする様子はまるでない。
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