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最終話

「アンナ!遅かったじゃないの!」


 帰ってきて早々母に怒られた。

 いやなに、ちょっと予想外なことがあったもんで遅くなってしまったもんだから、結婚式が始まるギリギリに戻ってくることになってしまったのだ。怒られて当然である。


「この花を、お姉ちゃんに贈りたくて…」


 家に入る前に家の裏で可愛くラッピングしてきた花束を見て、姉は嬉しそうに笑った。


「ありがとう、アンナ」

「えへへ」

「そういえばマルコとは仲直りできたみたいね。お姉ちゃん嬉しいわ」

「ええ、まあ…」

「私はもうあなたたちの喧嘩を止めてあげられないのだから、あんまり喧嘩をしないようにね」

「はーい」

「ロベルがいつも仲裁に入ってくれるからって、ロベルに頼ってばかりじゃ駄目よ?」

「…気をつけます」

「いい子いい子」


 姉は昔のように私の頭を撫でる。もうこんな風に撫でてもらえることもなくなってしまうのかと思うと、胸にこみ上げてくるものがあった。


「…お姉ちゃん」

「なあに?」

「大好き」

「私もよ」


 姉に抱きつけば、姉は優しく抱きしめてくれた。

 この感触を、体温を覚えていたくてしばらくそうしていると、恋人の姉の声が聞こえてくる。


「感動のシーンを迎えているところ悪いのだけど、もう結婚式が始まるわよ」

「…ローラ、色々ありがと」

「え?ええ」


 多分ローラはなんのことかわからないと思うけど、恋の伝道師に一応礼を言っておく。


「ほら、男性陣はもう会場で待ちくたびれてるだろうし、私たちも会場に向かいましょう」

「はーい」


 姉を残し、家を出ると姉を迎えにきた父とすれ違った。

 これから結婚式だと言うのに父はもうすでに泣いていて、この調子で結婚式の間もつのだろうかと心配になる。妻を深く愛するこの人は、同じくらい子供たちも愛しているから。

 だからきっと、耐えられなかったんだろうなぁ。そしてこの人は私の結婚式のときも多分同じように泣くんだろうなぁ。

 そんなことを考えながら、結婚式会場である広場へと向かった。




 広場へと着くと男性陣はもう席についており、私は家族ということで姉と姉の夫となる人が愛を誓い合うこととなる場所のすぐ近くの席へと座る。会場をぐるりと見渡すとロベルやマルコの姿が見え、マルコがきちんと参加していることにほっと息をつく。それから街からきた神父の方を向いた。

 この神父の前には隣村の村長の息子がすでにいて、そわそわとした様子で姉が来るのを待っている。


 眼鏡をかけていて大人しそうなその人は、確かシモーネという名前だった。特にカッコいいとかそういう感じではないけど、すごく優しそうな人だ。姉は恥ずかしがってあまり出会った経緯とかを教えてはくれなかったけど、父の忘れ物を届けに街へ出掛けたときに知り合ったと言っていた。父、恋のキューピットだな。


 どうやらシモーネさんが姉に一目惚れしたらしく、アタックした結果姉はそれを受け入れたらしい。あんな大人しそうな人なのに積極的なのが意外すぎる。

 ちなみにこの情報は母から聞いた。母はいつの間にかシモーネさんの家族と仲良くなっていたらしく、沢山の情報を仕入れて満足そうにしていた。母凄い。


 ざわざわしていた会場が急に静かになったので見渡してみると、父に手を引かれて姉がこちらに歩いてくる姿が見えた。もう一方の手には私が渡した花束を持っている。姉と父はとうとう会場に到着し、村の女性陣が頑張って作った赤い絨毯の上を歩いている。

 父は途中で手を離し、姉は一人で歩き出した。シモーネさんは顔を真っ赤にして姉に見惚れている。ふふん、私の姉は綺麗でしょ。村一番の美人なのよ。


 神父様の前に立ち、新郎新婦が揃ったのを確認して神父様がなんか色々しゃべってる。長いんだよね、あれ。

 その間に父が家族席に座り、母にハンカチをもらって涙を拭いていた。結婚式が終わる頃には父は干からびてしまうのでは?と一抹の不安を抱えながら愛を誓う前の前口上を聞いた。


 姉がとても幸せそうな顔をしている。

 私はマルコのことを思い出し、そっとマルコの方を見ればマルコはとても穏やかな顔をしていた。そのことに安心していると、私に気付いたマルコが『前を向け』と言いたげな顔をして私を見たので私は大人しく前を向いた。


 前口上が終わり、いよいよ本日一番の見所である誓いのキスのお時間である。


「では、誓いのキスを」


 そう言った神父の言葉に従い、姉とその夫となった人はキスをした。

 キスをした後真っ赤になる二人がとても微笑ましい。姉を連れていってしまうのだから、絶対幸せにしないと許さないんだから。


 盛大な拍手が鳴り響き、村の人たちに祝われた姉はとても嬉しそうだった。


 誓いのキスが終わればあとは宴会みたいなもので、新郎新婦に祝いの言葉を述べようと村人たちが姉たちに群がっている。私は流石にこの中に自分が入る気にはなれず、少し時間を置いてからゆっくりお祝いしようと話し相手を探した。


「やっほー」

「お、アンナ」

「よお」


 ちょっと離れたとこにいた幼馴染に話しかけると、気軽な声が返ってくる。


「どうよお姉ちゃんの花嫁姿。綺麗でしょ」

「前からサーラは綺麗だったけど、今日は一段と綺麗だね」

「ああ」

「シモーネさんなんかずっと顔真っ赤にしてるよ」

「そりゃあんだけ綺麗なんだ、そうなるだろ」

「だねー」


 遠目に見える新たに誕生した夫婦を眺め、二人はのんびりした様子で話す。

 そこに私も加わり、無言で一緒に姉たちを眺めた。三人で一緒にいるのにこんなに静かなことは滅多にない。なんだか不思議な心地だった。


「…サーラ、すげぇ幸せそう」

「そうだね」


 マルコは何度も何度も「おめでとう、サーラ」と自分に言い聞かせるように呟いている。

 何か声をかけるべきかと思っているとロベルと目が合い、ゆっくりと首を振られたので私はマルコに声をかけるのをやめた。


 きっとマルコは今、自分の気持ちに整理をつけるために戦っているのだ。

 それは私なんかが手助けすべきではなく、彼自身が決着をつけなくちゃいけないこと。


 だからロベルは首を振ったのだろう。私とロベルはマルコの側で、ただ静かに姉たちを見つめた。


 結構な時間が経ち、姉の周りにいた人たちもだいぶいなくなった頃。

 マルコは意を決したように一歩踏み出し、「祝いに行くぞ」と振り向かずに私とロベルに言った。


「…了解しましたぞ、マルコ殿」

「お供しますぞ、マルコ殿」

「お前らそれやめろ」

「しょうがないなぁ。ねーロベル」

「だねー」

「お前ら…なんか最近似てきたな」

「恋人同士だから。ね、ロベル」

「え?う、うん…」

「…盛大な惚気を失恋して傷心気味な独り身の男の前でするのはやめろ」

「あら、ごめんあそばせ」

「アンナお前あとで絶対覚えてろよ」

「わーロベル助けて!マルコが怖い!」

「アンナさんや、それは自業自得じゃないですかね」

「ロベルは味方してくれると思ったのに!」

「あーっもうさっさと行くぞ!」

「はいはーい」


 早足で進みながら途中でピタリと止まり、小さな声で「ありがとう…」と呟いてマルコはスタスタと歩いて行く。それを私とロベルは笑いながら追いかけた。


 姉のところに行けば、姉はパァッと嬉しそうな顔をした。我が姉ながら可愛すぎる。


「やっと三人とも来てくれた。お姉さんなかなか皆が来てくれなかったから悲しかったよ」

「ごめん。だって人多すぎて近づけなかったし」

「ふふっ。確かにね。皆凄くいっぱい祝ってくれて嬉しいわ」

「村一番の美人が幸せそうな顔して嫁に行くんだ。皆祝うっつーの」

「マルコはまたそんな言い方して」

「あーお姉ちゃん。マルコのこれは照れてるだけだから。照れ隠しだから」

「おまっ!」

「あらあら、そうなの?」

「ち、ちげーし!」

「あらあら、うふふ」


 嬉しそうに笑う姉はとても綺麗で、皆で姉の笑顔に見惚れた。

 私は姉の夫であるシモーネさんの方を向き、深くお辞儀をする。


「シモーネさん。どうか姉のこと、よろしくお願いします」

「もちろんだよ」

「ちゃんと幸せにしてくださいよ。そうじゃなかったら私、シモーネさんのこと殴りに行きますから」


 さぞバイオレンスな妹だと思われただろうと顔を上げれば、真剣な顔をして私の言葉を聞いているシモーネさんに面食らう。


「…アンナちゃんは、サーラのことがとても好きなんだね」

「ええ、大好きですよ。…お姉ちゃんは結婚してもずっとこの村にいると、昔からそう思ってました。なのにシモーネさんはお姉ちゃんを、この村から連れて行っちゃう。シモーネさんは私から大切なお姉ちゃんを引き離すんです。だから姉のこと、幸せにしなかったら絶対に許しませんからね」

「うん、分かった。必ず幸せにするよ」


 私の言葉を真摯に受け止めて返してくれるこの人なら、必ず姉のことを幸せにしてくれる。

 そう安心することができた。


「お姉ちゃん。シモーネさん。結婚おめでとう!」

「おめでとう、サーラ。幸せになれよ」

「おめでとう。幸せになってね、サーラ」


 三人でそう伝えれば、姉は「ありがとう」と涙を一筋頬に伝わせながら今日一番の笑顔で言った。



 ◇◇◇



 あの後ブーケトスがあり、私が姉に渡したスイートピーの花束をゲットしたのはなんとマルコだった。虎視淡々とブーケを狙っていた村の独身女子たちも、最近恋人と別れた(マルコに恋人がいたことはもう知られており、恋人をフって酷い顔になっていたことも知られている)マルコならまぁ、と言った感じで見ている。毎回結婚式があるとブーケ争奪戦が起きるのだが今回はそれが回避されたようである。血で血を洗う争いが起きなくて何よりだ。


 ブーケを受け取ったマルコを冷やかしに行くと、マルコは「俺は付き合いたてホヤホヤの恋人たちとなんか一緒にいたくねぇ」と言ってさっさと村の男どものところに行ってしまい、私とロベルは冷やかす間もなくその場にとり残された。


「ロベルさんや。後は大人たちが酒を浴びるように飲んでどんちゃん騒ぎをするだけだし、ここは河原デートにでも行きませんかね」

「…いいよ」

「よし、そんじゃ行きますかね」


 ん、と手を差し出せば、恋人同士のように手を絡めてくる。

 いやー…こないだ自分で次は恋人繋ぎねとかそんなようなこと言ったけどさ、実際されるとこれはやばい。

 心臓がバクバクしてロベルにこの音が聞こえちゃうんじゃないかって思ってしまう。


「行きますか」

「…うん」


 村の人たちはどんちゃん騒ぎを始めたようで私たちには気付いた様子はなく、そっと村を抜け出して二人で河原まで歩いた。歩いている間に会話はない。だけどそれは別に気まずいわけでもなんでもなく、どこか心地の良い沈黙だった。


 いつもの河原に着くと、姉がよく座っていた木の根本に腰を下ろす。手を繋いだままなのが恥ずかしくて解こうとすれば、絡まる手がぎゅっと握られた。


「…ロベルさんや。そろそろ離してもいいんじゃないですかね」

「俺は繋いでいたい」

「さいですか…」


 この男、私のこと殺しにきてる!恥ずかしすぎて死ねるわ!

 私がロベルの言葉に悶えていると、ロベルは小さく呟いた。


「俺さ、未だにアンナと付き合えてること夢だと思ってる」

「は?」

「だってアンナが俺のこと好きになってくれたなんて、やっぱり夢みたいで何日経っても信じられないよ」

「なんでよ」

「…誰かさんと同じで、長い片想いを拗らせてたからかなぁ」

「それはなんか、すみません…」

「あはは。謝るようなことじゃないよ。俺が勝手にアンナのこと好きだっただけだし」

「…そういえばさ。ロベルはなんで私のこと好きになったの?」


 何時ごろ好きになったのかは聞いた気がするけど、なんで私を好きになったのかは聞いていなかった気がする。

 ロベルは春陽が眩しいくらいに反射する川の水面を目を細めて見ながら、考えるようにしてそれに答える。


「なんでだったかなぁ。ふとしたことがきっかけだった気がするけど、前すぎて覚えてないかも」

「ええ!?」

「でもずっと、俺はアンナが好きだった」


 水面を眺めていたはずのその人は、真剣な目をして私を射抜く。


「負けず嫌いなとことか、すぐマルコに突っかかるとことか、サーラを大好きなとことか…真っ直ぐ自分の気持ちを伝えてくるとことか。言い出したらきりがないほど、好きなとこはいっぱいある。それくらい、ずっとアンナのことが好きで、ずっと見てた」


 握られた手から伝わる熱が伝染して、私の身体も熱くなる。


「アンナに好きだって言われた日…俺嬉しすぎて帰ってから夜泣いたわ」

「泣くほど!?」

「それくらい、俺は自分の恋は諦めてたんだ。アンナが俺を選んでくれて…本当に嬉しい。ありがとう、アンナ」


 泣きそうな顔で嬉しそうに笑うこの人が、とっても愛おしい。


「……私もっと畑のこと覚えなきゃなぁ」

「え、何いきなり。今の会話のどこにその発言に繋がる要素が?」

「だって私、ロベルに嫁にもらってもらう予定ですし」


 そう言うと真っ赤になってしまったロベルの頬に、私は触れるだけのキスをした。

 そしたらますます赤くなるのだから、本当に可愛い恋人である。


「あ、アンナ!」

「なんだい、ロベルくん」

「こういうことは、その、もっとゆっくり時間をかけて…!」

「パワーアップして帰ってきたアンナさんは、恋に臆病になるのはやめて積極的になろうと誓ったのです」

「俺がもたないんだけど…」

「ロベルの忍耐力なら大丈夫だよ」

「アンナそればっかじゃん」


 不貞腐れたような顔をしているので頭を撫でれば、ロベルはそれを嬉しそうに笑って受け入れた。


 幼馴染に恋をした。

 最初に恋した幼馴染への恋は、実ることはなく散っていった。でもその後好きになったもう一人の幼馴染への恋は実り、私は今とてつもなく幸せだ。


 眩しいくらいに青い空の下。

 この空と同じくらいの青い春を迎えた私たちは、溢れんばかりの幸せを噛みしめていた。


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