番外編5 朝ごはんを作ろう
朝、珍しく目覚ましが鳴る前に目が覚めた。
眠い目をこすって時計を見ると……
「5じ……?」
窓から見える空はまだだいぶ暗い感じだ。
もう一眠りしようと何度かゴロゴロしてみたものの、なんだか眠気が帰ってこないので諦めて起きることにした。
「ん、んーーー!」
ベッドの上で体を起こして、ぐっと伸びをする。
11月に入って朝晩の冷え込みが厳しくなってきたからか、縮こまっていた体からバキバキっと音がする。
「おねぇ……?」
「あ、ごめんなゆ、起こしちゃった?」
できるだけ静かにしていたつもりだったんだけど、下の方からなゆの声が聞こえてきた。
「いま……なんじ?」
「まだ5時だよ~」
ふふ、ねぼけぼけな声のなゆは久しぶりだ。
「……なんかあったっけ?」
「ううん、なんもないよ~。
たまたま早く起きちゃっただけ」
「そっか……もうちょっとねる……」
「うん、おやすみ~」
「…………」
返事の代わりに寝息が返ってくる。
これは、後で聞いても覚えてないパターンかな?
さて、早く起きたものの何しよう。
朝ジョギングする習慣もないし、犬とか飼ってないから散歩に行くわけでもないし。
とりあえず、喉乾いてるからお茶でも飲みに降りよう。
トントントンッ
さすがにこの時間のリビングは誰もいない。
シーン、と静まり返っていて、ちょうど日が出始めたくらいの外から柔らかい光が差し込んできて。
小さい頃から住んでいるのに、知らない場所にいるみたいな不思議な感じ。
ガチャッ
「あら、すばる?
どうしたの? こんなに早く」
台所でお茶を飲んでいると、お母さんが起きてきた。
「なんか、目が覚めちゃって。
てか、お母さんこそどうしたの? こんな時間に」
「どうしたも何も。
あんたたちのお弁当と朝ごはん作らないと」
「え? だって、こんな時間から?」
「そうよ?
知らなかったの?」
「うん……」
確かに、よく考えればわかりそうなものだった。
中学と違って高校は家から1時間くらいかかる。
朝ごはんを食べて7時過ぎに家を出る時にはお弁当が用意されている、ってなれば……そうだよね。
このくらいの時間には始めないと終わるわけがない。
「ちょっと顔洗って着替えてくるし……あ、どうせ早起きしたならすばる、ちょっと手伝いなさい?
料理教わりたい、って言ってたでしょ?」
そういえば、合宿から帰ったあとにそんな話をしたなぁ。
結局、2学期始まって文化祭の準備やら選挙やら(忘れてしまいたいけど中間テストも)あったので、全然時間が取れなかったのだ。
「あ、うん。
じゃあ私も着替えてくる」
「あら、嫌がるかと思ったのにやけに素直ね」
「たまにはねー」
折角のチャンスだし。
それに、いつもお母さんが頑張ってくれてるんだなぁ、って思ったら、ね。
ありがとう、って言うのもなんだか照れくさいし。
「それじゃ、基本の卵焼きから行きましょうか。
「はーい」
家族4人分の朝ごはん+3人分のお弁当(お父さんもお弁当を持っていっているのだ)ってことで、2回分作るんだそうだ。
その1回め(朝ごはん用)を私が担当することに。
「卵くらい割れるわよね?」
「た、たぶん!」
「じゃあ、5個分をそこのボウルに割って。
お母さん、他の用意しちゃうから終わったら言って」
「はーい!」
カカッ
パカッ
ふぅ。
卵かけご飯するときとかは自分で割るから、大丈夫だとは思っていても『みんなの朝ごはん』って思うと妙なプレッシャーがある。
「お母さん、終わったよー」
「はいはい待ってねー」
ちらっと見ると、サラダとお味噌汁の準備が終わっている。
すごい手際がいい。
改めて、お母さんのすごさを知った気がする。
「ん? なに?
そんなに見て」
「ううん、お母さんってすごいんだなぁ、って」
「そうよ? やっと気づいたの?」
「えー自分で言っちゃうー?」
しかもドヤ顔で。
「だって、あんた達ちっとも褒めないじゃない。
自分で言わないと」
「あはは、ごめんなさーい」
「うん、きれいに割れてるわね。
殻も入ってないし上出来上出来」
大したことじゃないけど、褒められると嬉しい。
まぁ、呼ぶ前に小さな欠片はちゃんと取り除いた、ってのは内緒だ。
もっと頑張ろう。
「そしたら、お砂糖とお塩で味付け」
「どのくらい入れるの?」
「んーーーー……特に考えたことなかったわね。
だいたいこのくらいよ」
そう言って、お砂糖をスプーン一杯とちょっと、お塩をさらさらとひとつまみ入れる。
「どっちも入れ過ぎなければ変な味にはならないから大丈夫よ」
「少ないと?」
「味が薄くなるだけよ。
ケチャップでもかけて食べたらいいわ」
「なるほど……」
「料理はあとから引き算ができないから。
慣れるまでは少ないくらいでいいわよ」
「うん、がんばる」
「それにしても、どうしたの急に?」
続いて焼き方を教わっていると、お母さんが話を振ってきた。
「急に?」
卵焼き用のフライパンでクルクルッてやるのに悪戦苦闘していた所だったので、全然質問の意図がわからなかった。
あ、また崩れた!
「うぅ、崩れた……」
「恐る恐るやるからよ、もっと思い切ってやりなさい」
横から菜箸でちょちょいと修正をしてくれる……いつか私もこんなレベルに達せるんだろうか……。
「で、急に、って何が?」
「ああ、料理教えて、なんて今まで言ったことなかったじゃない。
お手伝いはしてくれてたけど。
好きな子でもできたの?」
「ちょ! は!?」
危うくフライパンを落とす所だった……。
「え? なに、本当にそうなの?
あらあら、どんな子なの? お父さんには黙っててあげるから、教えなさいよー?」
「ち、ち、違う!
そそ、そんなんじゃないって!」
「ふふふ、慌てちゃって。
ほんとあなたは嘘を付くのが苦手よね~」
顔を近づけて、うりうりと脇腹をつつくのはやめてくださいお母さん……。
「だから、本当に違うんだってば。
この間の合宿でみんなでお料理したんだけど、もうちょっと色々できたらなー、って思っただけ。
……憧れの先輩くらいはいるけど……うち女子校だし」
「ふぅん?……それもそうね」
うん、嘘は言ってない、よね。
まだ少し疑いの眼差しを向けられてはいるけど、一応は納得してくれたみたい。
「そういえばこの間の文化祭の表紙の子、かっこよかったわね」
「ああ、うん。
元々すごい人気だったけど、あれ以降すごいよ」
「でしょうねぇ。
私の学生時代にもああいう子いたわよ」
「そうなの?」
「すごかったわよ。
共学だったけど、下手な男子より人気で、いつも人だかりができてたわよ」
「へーー!」
すごいなぁ。
あ、でもスミカ先輩なら共学でも同じくらいになりそうだし……いつの時代でも同じなんだなぁ。
よっ、と。
話ながらも勢いをつけて卵を巻く。
「お、うまくいったわね」
「えへへ」
「じゃあこれをお弁当用にして、朝ごはん用のもう一個もやる?」
「やる!」
「ん、任せた。
他のを仕上げちゃうし、朝ごはん用だから失敗してもいいから、一人で頑張んなさい」
「はーい!」
「で、誰なの?」
「へ? 何が?」
なんとか二個目を作り終えて(若干歪んでるけど……)まな板で切っていたらお母さんがいきなり聞いてきた。
「すばるの憧れの君よ」
「……あ、まだその話続いてたんだ」
「だって、なゆたもだけど、そういう話今まで聞いたこと無かったから、お母さんとしては興味津々よ?」
「もー、いいでしょー!」
「ふふふ、照れちゃってかわいいわねぇ」
「なるほど、ケイちゃん、っていうのね」
……逃げ切れなくなってとうとう口に出してしまったけど、なんとしても隠し通すんだったなぁ……。
文化祭のパンフレットを見ながら、にやにやするお母さんを見て、後悔するのだった。
結局、このあとお父さんが降りてくるまでずーっといじられ続けたよ……。




