第69話 スピカ(後編)
「もう明日。
夜が明けたら、戴冠式か……」
ベッドの上で、いつになく力の抜けた顔で、弱々しくつぶやくスピカ。
これまで見せてきた、明るく元気な姿はそこにはなく、物思いにふけっている感じだ。
コンコンッ
「スピカ? いる?」
「デネボラ……?
どうしたんだい? こんな夜に」
「……入るわよ?」
「ああ」
ガチャッ
「こんな夜更けに、レディが一人で男の部屋に来るなんて、何かあったらどうするんだい?」
「『何か』?
あなたが、私に?」
「はは、それもそうだ」
言葉が続かず、黙り込む。
沈黙をピアノだけの優しい音楽が埋める。
「ちょっと、外にでない?」
「外?」
「ええ、今日は天気がいいし、星がきれいよ」
「……そうだな、それもいいな」
部屋の窓からテラスへ。
満天の星空が舞台全体に映し出されている。
スピカはそのまま柵まで歩き、もたれかかる。
対照に、デネボラは手前にある椅子へ腰掛ける。
「なぁ、デネボラ?
僕の話を聞いてくれないかい?」
「なに?」
「……知っているかい?
明日、僕は王様になるんだってよ」
「ええ、当然知ってるわよ。
国民全てがあなたを祝うために明日を待っているわ」
「全て、か……
それは、デネボラ、君もかい?」
「当たり前じゃない」
「僕は……みんなのものになりたいわけじゃないんだけどな」
「……みんなの王子様が何を言っているのやら」
「そんなの、きっと最初からどこにもいなかったんだよ」
「スピカ……」
立ち上がり、スピカに近づくデネボラ。
スピカの肩に手を置き、くるっと半回転してそのとなりで柵にもたれかかる。
ガタッ
「え?」
「え!?」
柵にデネボラの体重がかかったと思われた瞬間、軽い音と共に柵が後ろへ倒れ込む。
当然、支えを失ったデネボラも一緒に――。
「デネボラっ!!!!」
「スピカ!!!」
会場内に悲鳴が巻き上がる。
間一髪。
スピカの手が間に合った!
そのまま勢いよく引き寄せ、テラスへ倒れ込む。
自然と抱き合う形になる二人。
肩で息をし、見つめ合う。
「ふ、ふふ、あははははは!」
「デネボラ!?」
「大丈夫、おかしくなったわけじゃないわよ」
倒れ込む姿のまま耳元へ顔を埋め、デネボラが続ける。
「何を弱気になっているかわからないけれど。
心配することなんてないわ。
だって、こうやってあなたは私を助けてくれたんだもの」
「そんなの、当たり前じゃないか。
だって、君は僕の――」
「だめよ、それ以上は」
スピカの言葉を遮り、デネボラが立ち上がる。
「あなたはいい王様になるわよ。
じゃあね、おやすみなさい」
バタンッ
「デネボラ……僕はいい王様になりたいわけじゃないんだ。
僕は……僕は……!」
テラスの床に座り込んだまま、力なく項垂れるスピカ。
「私はあなただけのものになれるけれど。
あなたは私だけのものにはなれないのよ」
そのスピカの耳に、出ていったデネボラが扉に寄りかかったままつぶやく言葉が届くことはなかったのだった。
◇
こんな苦しそうなスミカ先輩は初めて見た。
もちろん演技なのはわかるんだけど、真に迫るというかなんというか。
誰彼構わず愛を振りまいていた王子に灯る一つの真実の愛、みたいな?
切ないなぁ……。
スミカ先輩にも、そんな想いを寄せる人がいたりするんだろうか?
なーんて。
舞台はそのまま戴冠式でちょっとした問題が起こったものの、無事解決して終了。
さすがスミカ先輩のために書かれたお話だけあって、スミカ先輩の魅力をいかに引き出すか! って感じだったなぁ。
奇をてらったようなどんでん返しはなかったけれど、でも面白かったし、新しい一面を見れた気がする。
終わった後のカーテンコールで、やたらと黄色い歓声が飛んでいたしね……。
これはまた新しいファンが増えるな。
それにしても。
あのシーンで、デネボラを選ぶと思ったのになー。
敢えてデネボラ一人を選ぶ結末にしなかったのは、ファンを考慮してなのかな。
あなただけの私と、私だけのあなた、か。
これって、お互いに想い合っているのは間違いないんだよね。
なのに気持ちを伝えられない、って……。
私だったら――
「すばるん?
大丈夫?」
「え? 何がですか?」
「何が、って。
終わってから、なんかぼーっとしてるし。
……感動したのはわかるけど、涙くらい拭きなさい?」
そう言って、ケイ先輩がハンカチを目に当ててくれる。
……ケイ先輩の匂いだ……安心する匂い……。
「本当に大丈夫?」
「あ! はい!
思った以上にすごくて、引き込まれちゃいました」
「そうね、スミカにしてはすごかったわね。
悔しいけれど、少しうるっときちゃったわ」
ほんとだ、よく見ると目元が少し潤んでる。
私とケイ先輩の間には、スピカとデネボラのような気持ちを伝えられない事情はない。
だから、いつか伝えられる日が来るといいな、と思う。
結果がどうであっても。
ちゃんと伝えたい、と。
そう思った。
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