第67話 好きなもの
私とケイ先輩は、午前の受付当番を終わって学園内を散策していた。
ちょうどお昼だったこともあり、昨日食べそびれてしまった軽音部の『玉ねぎまるごとスープ』や、通りすがりに美味しそうだったフェンシング部の串揚げを買ってお腹を満たした。
「そういえば、フェンシングで串揚げはまぁわかるんですけど、軽音部の玉ねぎってなんでなんですかねぇ?」
はふはふとアツアツのスープを食べながら、なんとはなしにつぶやく。
「ん?
それはほら、日本武道館なんじゃない?」
「武道館……ああ、なるほど!」
そういえばあそこの屋根の上には玉ねぎみたいなのが乗ってるんだっけか。
昔お父さんがそんな歌を歌ってたなぁ……。
「目指せ武道館! ってことなんですねー」
「むしろ、それを食べちゃうってことは、もっと上を目指してるのかもしれないわね」
「おお、すごい!!」
確かスミカ先輩の舞台の後が軽音部のライブだったはずだし、そのまま聞いてみようかな。
「こんにちわー……」
「あ! 星空さん!!
来てくれたのね!」
「うん、阿東さんの描いた漫画読みたくて!」
聖闘○星矢部……もとい、星座部を覗きに来たら、ちょうど阿東さんが受付番をしているタイミングだった。
「う……私のは、うん、下手っぴぃだから他の人のを見てって……?」
「ふふふ、そう言われても見ちゃうもん」
若干上目遣いで顔を赤くしている阿東さんはなかなかの美少女っぷりだったけれど、残念ながらケイ先輩以外にはときめか……うん、私何言ってるんだろう……。
「どうしたの、すばるん?
また百面相してるわよ?」
「な、なんでもないですっ!」
もう、昨日からなんか妙に意識しちゃってダメだ。
それもこれも全部スミカ先輩のせいだ!
後で文句言ってやろう。
「阿藤さん、これ、面白いよ!
ってか、本当に初めて描いたの!?
絵も上手だし、お話もわかりやすいし!!
将来は漫画家さんだね!!」
残念ながら、私は『聖闘○星矢』をあまり知らないんだけど、それでも登場人物同士の人間関係とか特徴とかがわかりやすくて、短いページの中でも話の起伏がしっかりしてるし、とっても面白かった。
まぁ、ちょっと男同士の友情を超えた何かを見てしまったような気恥ずかしさもなくはないけれど、でも絶対初めてとは思えないほどの出来だった。
「ほ、星空さん!
そんなに褒めても何も出ないよ!?」
「いやいやほんと。
すごいなー、こんな才能が眠っていたんだねぇ」
「ほんとに、阿東ちゃんの才能には嫉妬モノだよ」
「あ、部長さ……ん?」
そんな話をしていると、以前部活見学の際にお世話になった部長のアテナ先輩……と思しき人が現れた。
薄い紫のロングの髪型(ウィッグかな?)に白のひらひらした(胸元が結構開いてる!!)ロングドレス? ワンピース? に、なんか大きな杖みたいなのを持っている。
「はい、部長のアテナさんだよ。
確か春頃に見学をしに来てくれた子だよね?
ケイの後輩の」
「あ、そうです!
その節はありがとうございました」
「いえいえ」
「で、その格好はなんなんですか?」
「ああ、これ?
聖闘○星矢に出てくる『アテナ』のコスプレよ。
ほら、私の名前と同じだし」
いや、『同じ』と言われても私読んだことないです……。
「相変わらずね、アテナ」
「あら、ケイ。
いいでしょう?
好きなものは好き、誰になんと言われたって私はそこを曲げるつもりはないわよ?」
「あなたらしいわね」
「ありがと、褒め言葉として受け取っておくわ」
誰になんと言われても好きなものは好き、か。
……まぁ、誰もなんにも言ってこないどころか、なゆもスミカ先輩も応援してくれてるんだけど。
これって幸せなことなんだろうなぁ。
トラ先輩達も、『色々言われることがある』って言ってたし、今後そういうこともあるのだろうか。
チラっとケイ先輩を見る。
普段と違う、同級生とお話する姿はちょっと新鮮だ。
私を見て優しく笑う顔も、ちょっと意地悪な声も、こうして気のおけない友人と話すときの何気ない仕草も。
うん、やっぱり好きなんだな……言葉に出さなくても照れてしまうけど、それは間違いない、と自信を持って言える。
誰かが何かを言ってきたって、きっと変わることはない。
ああもう、ほんとスミカ先輩のせいで色んなことを考えちゃう。
なんて言って文句を言ってやろうか。
『急に変なこと言うから大変だったんですよ!』
とか
『というかなんでスミカ先輩が知ってるんですか!?』
とか?
いやいや、ここはやっぱり、
『ありがとうございました』
かな。
あーあ。
実際、スミカ先輩のおかげで改めて自分の気持ちを考えることができた、って言えなくもなくはないんだよね……ちょっと癪だけど。
しょうがない、何か美味しいものでも差し入れしてあげよう。
舞台、楽しみだなぁ。
「ケイ先輩、そろそろ体育館行かないと始まっちゃいますよ」
「あら、もうそんな時間?
じゃあねアテナ」
「ん、来てくれてありがとうね、ケイ」
「阿東さんもまたねー」
「星空さん、ほんとありがとねー!」
◇
体育館へ到着すると、ものすごい人の山だった。
朝イチに抽選券を配ったものの、あっという間になくなってしまったらしい。
それでも観覧希望者が多すぎて、後ろの方と2階に立ち見エリアを急遽作ったんだそうだ。
「立ち見エリア入口はこちらでーす。
先程の当選券を見えるようにしてお入りくださーい」
体育館の後ろの方の入口で、拡声器を使って先生が案内をしている。
「もう間もなく開演となりますので、観覧ご希望の方はお急ぎください。
開演後は、当選券をお持ちの方でも入ることができませんのでご注意ください」
「すごいですね……」
「聞いてはいたけど、実際に見るととんでもないわね」
ごった返す人の波をかき分けて、逆側の入り口にたどり着く。
私達が入るのは、関係者用入口だ。
スミカ先輩がわざわざ『生徒会用席』を用意してくれていたのだ。
私は生徒会役員じゃないんだけどね、私の分もちゃんとあるらしい。
「ケイ、すばるちゃん、こっちこっち」
中に入ると、トラ先輩が手招きをしていた。
隣にはなゆとステラ先輩も座っている。
3列めの真ん中くらいというとてもいい席だ。
「すみません、遅くなりました」
「間に合ったから大丈夫だよ」
「おねえ、危なかったね」
「うん、ちょっとゆっくりしすぎた」
ビーーーッ!
体育館内にブザーが鳴り響く。
「間もなく開演となります。
お席についてお待ち下さい」
自分が出るわけじゃないのに、なんだかドキドキして落ち着かない。
ふっと照明が落ちる。
ざわざわしていて館内が静寂に包まれ、舞台の幕が開く――。
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次回は舞台のお話!
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