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103:獅子の神官

 地平線を疾走する鉄馬車に揺られながら、雲ひとつなく晴れ渡る快晴の空を仰ぐ。


 魔導車を操縦しているのはラヴァル。横をちらりと見ると、鼻歌交じりに片手で操縦輪を握っていやがる。

 魔導車はそれなりの速度を出しているにもかかわらず、乗り心地は悪くない。正直に白状すると、ダリルさんの操縦より快適だと感じる。


「……意外だな」


「あ? なにがだ?」


「いや、気にしないでくれ。独り言だ」


 チンピラと称しても遜色ない風貌に反して、ラヴァルは随分と紳士的な操縦を心がけている。後ろに敬愛する聖女様を乗せているからなのだろうが、それにしたって見た目にそぐわない。


 納得したくないというか、認めたくないというか。

 ラヴァルのことはまだよく知らないが、第一印象が悪かっただけにそう思ってしまう。


「はぁ……。なぁ、キリクよ。俺様からひとつ、お前に文句を言ってもいいか?」


「いいけど、改善できるかは内容次第だな」


 まぁ、聞かずともおおよその予想はつく。出発前にちょっとばかし揉めたのだが、きっとその件についてだろう。


「魔導車っつー浪漫溢れる格好いい乗り物にはな、同じく格好いい男が似合う。俺様みたいな男がな。で、隣には美女が座るってのがお約束なわけよ」


「……俺に女装しろと?」


「っざけんな!! 想像しただけで吐き気がするわ!!」


 自分で発言しといてなんだが、同感だ。金を積まれたってお断りである。百歩譲って、女顔のアッシュなら存外似合いそうだけども。


 俺に女装が似合うかはさておき、女装した男を隣に座らせて喜ぶ変態は滅多といない。少なくともラヴァルに関しては、言動からして真っ当な性癖をしている。


「ったく、そうじゃなくてよ。もうわかってんだろ? 俺様の隣は本来、聖女様が座るべき席なんだよ。キリク、お前が腰掛けていい場所じゃねぇってことよ」


「そうは言ってもな、自然とこうなったんだから諦めろよ」


 魔導車に一番最後に乗り込んだのは俺。操縦を担当するラヴァルの隣が空けられていたため、座ったに過ぎない。

 後ろの席を陣取った、アリアを筆頭とする女性陣からは隣においでよと誘われたが、窮屈そうなため遠慮したのである。


 イリスはそうだろうなとわかっていたが、誰もラヴァルの隣に座ろうとしなくてご愁傷様だ。付き合いが浅いから仕方ないとはいえ、距離を置きたくなる気持ちはわかるけどな。


「いいか、キリク。次はその席を聖女様に譲れよ? 折角の見晴らしがいい特等席なんだからな」


「はいはい。本人がここに座りたいって言い出したら、ちゃんと譲るさ」


「頼むぜ、兄弟。聖女様に隣に座ってもらうのを、こいつを練習で走らせているときから楽しみにしてたんだからよ」


 果たしてイリスからの申し出が、この旅の終わりまでにあるかは怪しいけどな。

 とはいえラヴァルの言ったように、流れる外の景色を眺めるには最高の席だ。一度は座ってみて欲しいという意味では、俺から提案してみていいかもしれないな。


 男同士の会話に間が空き、ラヴァルは皮の水筒に口をつける。するとちょうどその瞬間に、車輪が小石でも踏んづけたのか、車体ががたんと揺れた。


 ラヴァルの唇から水筒の飲み口が離れ、零れた中身が彼の着崩された神官服に付着する。幸い、零れたのは少量だけ。けれど問題はそこじゃない。

 白の神官服が、濡れた箇所だけ濃い紫色に染まっていた。


「……おい、ラヴァル。まさかとは思うが、ワインを飲みながら魔導車を操縦していないか?」


「ああ、そうだが?」


 なにか問題でも? と問いたげに不思議そうな顔をするラヴァル。こいつが舵を握っていなければ、一発ぶん殴っているのに。


「こいつは西方の産地で作られた五年ものでな、値段が手頃な割に美味いのよ。キリクもどうだ?」


「お、いいのか? ならお言葉に甘えて……って、そうじゃなくて。酒を飲んだ状態で魔導車を動かしてて、大丈夫なのかよ?」


 馬車を操る御者が、酒に酔って歩行者に突っ込む。そういった笑えない話を時折耳にする。

 今走っている場所が真っ直ぐ続く平地だからといって、油断はならない。酔いで鈍った判断力ほど、信用に値しないものはないからな。


「なにいい子ちゃんぶってんだよ。お前も男なら、細かいことは気にするんじゃねぇ。それにこの程度の弱い酒で、俺様は酔っ払ったりしねぇんだよ」


 自信満々に吐き捨て、またも酒の入った水筒に口をつけるラヴァル。顔は赤くないし平然としているうえ、紳士的な魔導車の扱いはずっと安定している。

 本人の言葉を鵜呑みにするのはどうかと思うが、様子を観察するに心配するほどではないか。


「あの、ラヴァルさん。お酒を飲みながらはさすがにどうかと、私は思いますよ?」


「イリスちゃんを後ろに乗せているんだから、お酒は自重したほうがいいかな」


「車内がお酒臭くなるです」


 俺たちの会話を聞いていた後ろの女性陣からは、非難の嵐。さすがのラヴァルもばつが悪くなったのか、わざとらしく咳払いをし、水筒に栓をして手元から遠ざけた。

 ほかはともかく、イリスからの注意とあっては聞かざるをえないのだろう。


「ところで、アリア。よくイリスの旅に同行する許可が下りたな? 仮にも勇者なんだから、使命があって忙しいんじゃないのか?」


「まぁねー。国の偉い人たちは、反対したみたいかな。でも師匠が説得してくれたの。……ひとりぼっちになったあたしには、心と体を休める時間が必要だって」


 仲間を失い、聖剣までも奪われた今のアリアに、これまでと同じように役目を果たせというのは酷な話。

 普段なら甘えるなと活を入れてきそうなオル爺も、さすがに今回ばかりは肩を持ってくれたのか。現状のアリアは、勇者と呼べるのかすら怪しい身だからな。


「あたしが今回同行したのは、リハビリを兼ねてになるかな。キリ君たちに助けられてから随分と時間が経つけれど、まだまだ本調子じゃないんだ」


 ふぅ、と憂鬱な溜め息を吐いたアリア。勇者業を休む代わりとして、鈍った体を鍛えなおし、勘を戻せとオル爺に命じられているのだろう。


 アリアは懐から一枚のメモ書きを取り出すと、俺に向けて差し出す。手渡された紙を受け取り、内容に目を走らせた。


「そこに書かれているの全部、師匠に命じられた私の日課になるかな……」


 走りこみ、腕立て、腹筋などなど……主に体を鍛える運動が、小さなメモ用紙にびっしりと羅列されていた。筋骨隆々の男がこなすならともかく、細身の少女には些か酷じゃなかろうか。


「これを毎日やるのか? 考えただけで吐き気がしてくるな……」


「だよね? でもこれでもまだ、あたしが師匠のもとで修行していた頃よりはましなんだよ?」


 勇者となる前の修行時代は、もっと過酷だったって……?

 勇者の肩書きに恥じぬ強さを得るためとはいえ、筆舌に尽くし難い。よくまあ、ついた筋肉があの華奢な体に収まったものだ。


 アリアの修行時代の愚痴や苦労話に花が咲き、どの話も盛っているとしか思えない内容。

 ナイフと剣だけを持たされて、人食い魔物熊が闊歩する森の奥深くに置き去りとか、よく生きて帰れたな。


 話を聞けば聞くほど、オル爺のもとに残してきたアッシュが心配になる。今頃、どこかで魔物の餌になっていやしないだろうか。

 死ぬ前にどうか、無事に逃げ延びてくれと切に願う。


「これだけ毎日の課題があるのに、移動中は座っているだけしか出来ないのはもどかしいな」


「そうでもないかな。むしろ移動中だからこそ、できる鍛錬もあるんだよ? 現に、今もやっている最中かな」


 ……どこが? 俺には、アリアがただ座っているだけにしか見えないが。アリアの両隣に座るイリスとシュリも、わからないのか不思議そうな顔をしている。


「……あ!? アリア様のお尻が、座席から少しだけ浮いているです!?」


 よほど気になったのか、じろじろと食い入るようにアリアを観察していたシュリが気付く。イリスがシュリの答えを確かめるため、同じく腰掛けるアリアの尻元に注目した。


「うわ、本当ですね!? ずっとこの状態でいたのですか、アリアさん?」


「ちょくちょく休憩してるから、ずっとじゃないかなー」


 つまりアリアは魔導車に揺られている間、空気椅子で足腰を鍛えていたのか。座っているかのような非常に安定した姿勢を保っており、まったく気付けなかった。

 ちょくちょく不自然な呼吸をしているなと思っていたが、ひっそりと鍛錬を行っていたとは恐れ入る。


 移動中で暇を持て余していたため、魔導車を操縦しているラヴァルを除く面々で、アリアを真似て車中での空気椅子を試してみる。


 いざ実際にやってみると、想像以上にきつい。断続的に発生する車体の揺れが、容赦なく姿勢を崩しにかかってくる。これを誰にも悟らせず、平然と行っていたアリアは凄いな……。


 真っ先に落ちたのはイリス。魔導車が小石を踏んだ際の揺れに耐え切れず、尻をついて早々に脱落してしまった。

 シュリもかなり粘っていたが、間もなしてく力尽き脱落。遅れて俺も限界になり、諦めて腰を落とした。


 この日は適当な場所で魔導車を停め、野宿。晩になって下半身を筋肉痛が襲い、イリスのお世話になってしまった。

3月9日より、各電子書店様より投擲士①巻の電子書籍版が配信されております!

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