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104:湖のある町

 魔導車を走らせ続け、王都を発ってから早四日。俺たちは『セレアーネ』という名の町に辿りついた。


 当初の予定通りこの町で羽を休めることとなり、早速町の教会に身を寄せた。

 魔導車を安全に預かってもらえて、タダで泊まらせてもらえる。希望すれば質素ながら食事だって出してもらえ、至れり尽くせりな対応だ。


 とはいえ初めて訪れる教会に対し、毎度のことながら疑心を抱くのが俺。一度根付いた不信感は、一朝一夕で晴らせやしない。

 ただそんな俺の内心を察したイリスが、すかさず太鼓判を押してくれた。


「王都から近いセレアーネの教会には、すでに調査が入っておりますよ。司教様からのお墨付きです。だから安心してください、キリクさん」


 警戒して神経を尖らせていたが、イリスの言葉によってようやく逆立てた毛を落ち着ける。

 案内された部屋に荷物を置き、まだ日が高い時間とあって町の観光に繰り出した。


 セレアーネの町の近くには目を見張るほど大きな湖があり、『セレー湖』と呼ばれちょっとした観光名所となっている。湖で獲れる魚を使った料理が、町の名物として有名らしい。


「……イリスが両手に持って、美味そうに頬張っている魚の串焼きがそうか」


「ふぁい! とってもおいひいれふよ!!」


 ったく、いつの間に……。

 すぐ近くに美味そうな匂いを漂わせる屋台があり、俺が町の景観に見惚れ、目を離した隙に買ったようだ。食欲をそそる匂いにつられ、我慢ができなかったのだろう。


「湖で獲れたお魚にたっぷり岩塩をふりかけて、炭火でじっくり焼いてあるんだって。飾りっけのない純朴な美味しさ、さすが名物と謳うだけあるかな」


 串焼きを握っていたのはイリスだけでなく、アリアとシュリもまた美味しそうに頬張っては舌鼓を打っていた。食べていないのは俺だけ。買うときに声をかけてくれないとは、ひどい奴らだな。


 慌てて俺も屋台で串焼きを注文するが、店主の親父さんから次が焼けるまで待てと、おあずけをくらってしまう。せっかく食欲が湧いたというのに、すぐにありつけないとは……。


「はい、キリ君。あーん、していいよ。あたしのをひと口あげるかな」


「お、いいのか? じゃ、遠慮なく……」


 唾を垂らす俺の心情を見抜いたアリアが、自分の持つ食べかけの串焼きを差し出した。持ち主によって、すで半分近く食べられた魚の串焼き。

 お言葉に甘え、まだ口のつけられていないところに齧りついた。


「……うん、美味い。皮がパリっとしているし、少し辛いと思うぐらいの塩加減がちょうどいい。変にあれこれと手を加えていないから、素直に魚の味を味わえるな。なぁ、アリア」


 俺の感じた味の感想を述べると、当の本人は戻ってきた串焼きを見つめ、なにやら口元をもにょもにょとさせていた。本当に遠慮なしに齧った俺のひと口が、大きすぎたのだろうか。


「おーい、アリア。アリアってば」


「はぇ!? えっと、……うん! だよね!」


 ようやく俺の声が耳に届いたか、顔をあげて返事をするアリア。目を合わせた彼女の顔は、頬がほんのりと赤く染まっていた。

 同意を求められ、内容を理解しないまま咄嗟に返事をした様子である。


「顔が赤いみたいだけど、熱でもあるんじゃないか?」


 移動は魔導車だったとはいえ、町に着いた安心感から疲れが出たのかもしれない。アリアの体調が心配になり、おでこ同士をくっつけて熱を確かめる。


 互いの顔が近くなり、頬を赤らめたアリアに不覚にも心臓が高鳴った。

 つい昔通りの距離感で接してしまったが、なにもかもが子供の頃と同じじゃないんだよな。隔たれた年月の経過を、あらためて再認識する。


「だだ、大丈夫! 大丈夫かな!」


「そ、そうか? ならいいけど……。強がって我慢せず、ちょっとでも体に不調を感じたらイリスを頼れよ?」


 アリアは自分は健康そのものだと言い張り、背を向けてしまった。ちらちらとこちらを振り返っては、俺の顔を見るたび愛おしそうに串焼きの残りを味わっている。


 少なくとも俺のひと口が大きかったことに対し、不満だったわけではなさそうなのでよしとしておこう。


 息を整えて乱れた動悸を落ち着けていると、今度はじっとりとした重たい視線を感じた。視線の主はイリスとシュリであった。

 アリアとの一連のやり取りを見ていたのか、イリスも彼女を真似て俺に串焼きを差し出す。


「はい、キリクさん。私の串も、ひと口食べていいですよ?」


「いや、もう骨しか残ってないだろ。どうぞって差し出されても、肝心の食べるところがないぞ」


 それはもう、見事なほど綺麗に食べられている。骨には頭と尾だけが残され、微塵も身が付着していない。まさに子供が絵に描いたような、魚の骨状態だ。


「あの、キリク様! わたしの食べさしでごめんなさいなのですが。よければどうぞなのです!」


 撃沈したイリスに続いて、今度はシュリが自らの串を差し出してきた。こちらは大食らいの聖女様と違い、ちゃんと可食できる身の部分が残されている。


「ありがとな、シュリ。でも俺の分が焼けたみたいだから、気にせず自分で食べな」


「あう……残念なのです……」


 耳と尾を垂らし、イリスだけでなくシュリまでしょんぼりとしてしまった。せっかくの好意を断ってしまい、なんだか申し訳なくなる。


 それほどまで、串焼きの美味しさを共有したかったのか。俺の分はちゃんと確保できたから、味について安心して感想を語り合えるぞと元気付けておく。


 焼きたてを味わうため、大口を開く。すると不意に横から無骨な手が現れ、俺が齧りつく寸前に串焼きを攫っていってしまった。


「美味そうなもん食ってるじゃねぇか。ひと口いただくぜ」


「ラヴァル!? お前、食ってから言うんじゃねぇよ! しかもひと口がでかいって!」


 とんでもなく大きなひと口で、魚の半身を骨ごと喰らうラヴァル。それもうひと口の域を超えているだろと、思わず突っ込みをいれてしまう。


「お前も男なら、けちけちすんな。それよかキリク、ちょっと顔貸せよ」


「半分も食われたら、誰だって文句言うっての……。ったく、教会を出てからふらっとどこかに消えたと思えば、顔を貸せだ? 俺をどこに連れて行く気だよ?」


「お前の腕を見込んで、ちと手伝ってほしい案件があるのよ。あ、聖女様方はお気になさらず、このまま町で遊んでいてください!」


 馴れ馴れしく肩に腕を回され、イリスたちを置いてきぼりにして半ば強引にラヴァルに連行される。ラヴァルとの親睦を深めるためにも、まぁいいかと大人しく従う。

 アッシュとはまた違った男同士のやり取りに、なんだか故郷の兄を思い出してしまった。




 ――ラヴァルによって連れて行かれた場所は、町の外。名所となっている、大きな湖であった。


「どこに向かうのかと思えば、セレー湖か。なら折角の名所なんだし、皆も一緒に連れてこればよかったのに。……ま、まさか、俺とふたりで見に来たかったとか言うんじゃないよな!?」


 セレー湖は町からさして離れておらず、危険は少ない。家族が子連れで遊びに訪れるほど。さらに綺麗な景色が拝めるとあって、恋人たちが憩うに最適な場所となっていた。


「おい、キリク。あまりふざけたことばっか言っていると、本気で殴るぞ?」


 さすがに冗談が過ぎたか、強い目つきで睨まれてしまった。調子に乗りすぎると本当に拳が飛んできかねないので、真面目にいくとする。


「悪い。それで、俺に手伝ってほしいことって?」


「セレー湖にはな、シャークロッグって魔物が生息してんだ。そいつが今年は例年より暖かいってんで、看過できないほど繁殖していやがるんだとさ」


「そのシャークロッグを狩るから、俺に手伝えと?」


 その通りとばかりに、親指を立てるラヴァル。

 どうやら俺たちと別行動をとっている間、町の冒険者ギルドに足を運んでいたらしい。そこで討伐依頼が出されているのを見て、小銭稼ぎにと受注したようだ。


「神職者のくせに、俗物な奴だな。神官はギルドに登録できないんじゃないのか?」


「表向きはな。でも裏じゃ、俺様以外にも冒険者登録して稼いでいる奴は沢山いるぜ」


 知らないところで、セントミル教も随分と腐敗が進んでいるんだな。だからエストニル教徒による教会乗っ取りなんて事件が起こるんだよ、まったく。


 規模の大きい組織となれば、ラヴァルのような考えの人種がひとりふたりはいて当然。所属している全員が教えに従い、理想通りに動くわけがないってことだな。


「キリク。お前はサメって知ってるか? 海の生き物なんだが」


「さめ? 知らん」


 生憎と俺は内陸の田舎育ち。海なんて生まれてこの方、一度も拝んだことがない。


 ラヴァルの説明によると、シャークロッグとは例のサメとカエルを足した姿の魔物らしい。

 淡水の水場近くに巣を作り、主に水中を活動領域としている。陸上でも行動可能な体で、食性は肉食。


 特筆すべき能力は、長く伸びる舌と鋭い鋸状の牙。ギルドではCランクの魔物に定義されており、とりわけ雌の個体が大きくて強いとされている。


 そのシャークロッグの数が増えすぎたため、町の名産であるセレー湖の魚が食い荒らされ、漁獲量が減少。また数が増えたために活動域が広がり、湖を訪れた住人や観光客に被害が出始めているとのこと。


「湖の対岸に、森が見えるだろ? あのあたりにやつらの巣があるって話だ。湖の北側がやつらの縄張りで、迂闊に近付かなければ危険はなかったらしい。だがやつらの縄張りが、どんどん南下してきているそうだ」


「つまりこれから俺たちふたりで、シャークロッグの巣に襲撃をかけるんだな?」


 巣を襲って一網打尽。指定された数を討伐し、都合のいい個体数まで間引くと。

 しかしラヴァルは俺の答えに対し、首を横に振る。


「逆だ。巣には手を出すなってお達しだ。やつらの巣があるおかげで、森に棲む魔物が湖にまで出張って来ないんだとよ」


 ああ、なるほど。シャークロッグの巣がほかの魔物に対し、防波堤として機能しているのか。下手に巣を襲って、場所を移されては困るわけだな。

 対岸という離れた位置が、人が共存するのにちょうどいい距離感なのだろう。


「付け加えて言うと、シャークロッグには死んだ同族を食う習性がある。討伐した死体は確保してほしいと、依頼主からの要望だ。肉はまずいそうだが、背中と尾のヒレだけは別格らしくてな。歯も工芸品に使うってんで、どちらも形を残して仕留めろって話よ」


 そう言うとラヴァルは、先んじて用意していたのであろう道具を俺に投げ渡した。受けとった物は、先端が鋭く尖った鉄の棒。棘には返しがついており、尻尾の部分にはロープが結ばれている。


「これって……?」


「銛。水の中で仕留めるわけにいかねぇから、そいつを体に突き刺して陸地まで引っ張る。キリク。お前なら泳いでいる相手だろうと、簡単にぶっ刺せるだろ? 水の中の相手には当てられない、とは言わないよな?」


「む。馬鹿にするなよ。空を縦横無尽に飛ぶ鳥ですら、容易く撃ち落とせる。水中だろうと変わらないね」


 まるで挑発するかのような言い草に、俺はついムキになり当然だと返す。するとラヴァルは大層嬉しそうに、にんまりと笑った。


「よーし、言ったな! じゃあ頑張ろうぜ、兄弟! もちろんちゃんと分け前はやるからよ、存分に腕を振るってくれな!」


 煽てられて断る機会を見失い、渋々ラヴァルの受けた依頼を手伝う羽目になってしまった。増えすぎたシャークロッグに町の人が困っているのは事実みたいなので、ここは人助けと割りきろう。

新作始めました!

現在26話まで投稿しておりますので、そちらも読んでいただけると嬉しいです!


3月9日より、各電子書店様より投擲士①巻の電子書籍版が配信されております!

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