第7話 分からないなら、先に言え
「便所の水を止めろ!」
レオンが叫ぶと、ガルナが水の噴き出している管を両手で押さえた。
「止まらないぞ!」
管の先を塞いでも、別の継ぎ目から水が漏れ始める。
「塞ぐな。管が割れる!」
レオンは井戸脇の小屋へ入った。
ポンプの歯車は回り続けている。ティナが青黒い石から手を離しても、動きは止まっていなかった。
「魔力の供給は切ったのか?」
「切りました。でも、中に残った魔力が流れ続けています」
「どうすれば止まる」
「分かりません」
ティナの声は震えていた。
レオンは装置へ触れ、《改装》を使う。
歯車、回転軸、井戸へ下りる吸水管。形は分かる。
だが、青黒い石の中を巡る魔力の止め方までは分からない。
知らない設備を、スキルだけで直すことはできなかった。
「バルガスを呼んでくれ!」
セレナが走り出す。
井戸へ桶を下ろしていたガルナが、縄を引き上げた。
「さっきより水が浅い。底まではなくなってない」
「ポンプが吸った水はどこへ行ってる?」
「便所の水槽だけではないと思います」
ティナが、中央棟へ続く管を見る。
「流れが途中で三つに分かれています」
「昨日、それを言ったか?」
「言っていません」
「どうしてだ」
ティナは答えなかった。
今は問い詰めている時間ではない。
レオンは小屋の床を調べた。
回転軸の横に、錆びた鉄の棒がある。装置の一部だが、何に使う物か分からない。
無理に動かせば、歯車が壊れる可能性がある。
バルガスが運搬椅子ごと小屋へ入ってきた。
「状況は」
「魔力を切っても、ポンプが止まらない」
バルガスは回転する歯車を見たあと、床の鉄棒を指した。
「その棒を手前へ引け。吸水口を閉じるためのものだ」
「引いても壊れないか?」
「壊れておらん限りはな」
レオンとガルナが鉄棒を握る。
錆びついて動かない。
ガルナが力を入れると、根元から嫌な音がした。
「止めろ。折れる」
レオンは棒の周囲へ触れた。
錆を落とす薬はない。新しい部品もない。
それでも、棒を固定している金具の位置は分かった。予備の火鉢から外した油が、道具箱に少し残っている。
金具へ油を入れ、ガルナに少しずつ力をかけてもらう。
「今だ。引け」
鉄棒が動いた。
井戸の下で、金属同士がぶつかる音がする。
ポンプの回転が遅くなり、やがて止まった。
便所へ流れていた水も止まる。
「井戸を確認してくれ」
ガルナが桶を下ろした。
長い間があってから、水へ落ちる音がした。
「水は残ってる」
底をついたわけではない。
だが、普段の半分近くまで水位が下がっていた。
◇
吸い上げられた水の行き先を、全員で調べた。
一つは便所の水槽。
一つは使われていない浴室。
もう一つは、中央棟の屋根裏にある大きな貯水槽だった。
便所へ流れたのは一部だけで、大半は空になっていた浴槽と貯水槽へたまっていた。
飲めなくなったわけではない。
貯水槽の水を桶へ移せば、井戸へ戻るまでの間も使える。
「全部なくなったわけじゃなかったな」
ガルナが言った。
「運ぶ仕事は増えた」
オーレンが答える。
屋根裏から八十六人分の水を下ろすには、人手が必要だった。
レオンは住民へ事情を説明し、飲み水を優先して運んでもらうことにした。
作業が始まったあと、ティナは井戸のそばに残った。
「すみませんでした」
顔を上げない。
「動かすなと言ったはずだ」
「動かせば役に立てると思いました」
「俺が聞いているのは、どうして分からないことを言わなかったのかだ」
ティナの指が、腰の工具を強く握った。
「補助だったからです」
「何の話だ?」
「魔力設備を扱っていたのは、私ではありません。私は、言われたとおりに流れを合わせるだけでした」
ポンプがどこへ水を送るか。
止める装置がどこにあるか。
異常が起きたとき、何をすればいいか。
ティナは教えられていなかった。
「でも、《調律》を使えるのは私だけです。分からないと言えば、ほかの者を呼ばれます」
「呼べる者がいたのか?」
「前はいました。もういません」
魔王軍が敗れたとき、設備を担当していた者の多くは死ぬか、城を離れた。
残ったティナは、知っているふりをして設備を動かしてきた。
「分からないなら、先に言え」
ティナが肩を震わせる。
「分からないと言った者は、必要ないと言われました」
「ここでは違う」
レオンはポンプ小屋を指した。
「分からないまま動かせば、八十六人の水がなくなる。分からないと言えば、バルガスを呼べる。管を調べる者も増やせる」
「追い出さないのですか」
「失敗したから追い出すつもりはない」
「命令を聞かなかったのに?」
「それは別の問題だ。勝手に動かしたことは、もうするな」
ティナは小さくうなずいた。
レオンは続ける。
「それと、俺も悪かった」
ティナが顔を上げた。
「俺は『今日は動かさない』と言った。お前が分かったか、返事を確認しなかった。何が危険なのかも説明していない」
「でも、私は聞こえていました」
「聞こえたことと、納得したことは違う。次からは、作業を始める前に確認する」
責任を半分にするつもりはない。
勝手に動かしたのはティナだ。
だが、所有者として設備を動かす手順を決めなかったのはレオンだった。
「今からポンプの構造を調べる。今度は一緒にやるぞ」
「はい」
◇
ポンプを再び動かす前に、三本の給水管へ印をつけた。
便所、浴室、屋根裏の貯水槽。
使わない浴室への弁は閉じる。貯水槽には、満水になったとき外から分かる表示をつける。
ティナが《調律》で魔力の流れを弱くそろえ、バルガスが歯車と吸水口を確認する。
レオンは、止水棒を一人でも動かせるよう、持ち手と支点を作り直した。
「始めてもいいか?」
ティナが尋ねた。
「三本の行き先は?」
「便所、浴室、屋根裏です。浴室の弁は閉じました」
「止まらなかったら?」
「魔力を切って、止水棒を引きます」
「よし。動かしてくれ」
ティナが青黒い石へ触れる。
「《調律》」
歯車がゆっくり回り始めた。
今度は、便所の水槽へ必要な量だけ水が入る。満水になると、管の途中に取り付けた弁が閉じた。
ポンプも止まった。
井戸の水位は、地下から少しずつ戻っている。
飲み水は確保できた。
五つの便所も使える。
「これで終わりか?」
ガルナが聞いた。
「排水先をもう一度見る」
レオンたちは城壁外の処理場へ向かった。
昨日つないだ石管から、水は流れている。
その先には、汚れた水をため、砂と石の層を通して外へ出す大きな槽があった。
バルガスが槽の縁を見て、顔をしかめる。
「出口が塞がっとる」
水面は、縁から手のひら一枚分ほど下まで上がっていた。
「あとどれくらい入る?」
「五つの便所を使えば、三日だ」
井戸は直った。
その水を流す先が、三日後にはあふれる。




