表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
GatePair: Link〜【いいね】で始まる異世界マッチング〜  作者: 愛崎 朱憂
第一章:エルフ編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/38

ep.31[Side T/異世界]Link: 人狼-05(後編)

 扉が閉まってから、家の中の音が更に減った。

 減った分だけ、自分の呼吸が大きく聴こえる。


 私は身体を起こさずに、枕元の『堕ちた林檎』を手に取った。

 指先が紙を撫でる。

 紙は乾いている。

 乾いているのに、今は冷たい。


 ページを開く。

 窓から漏れる月明かりと星々が神話を照らす。

 でも、文字は並んでいるだけで意味が頭に入って来ない。


 読めない訳じゃない。

 読めるのに、読んだ先が自分の中に落ちて来ない。


 暫く眺めて、私は本を閉じた。

 閉じた瞬間、涙がまた落ちそうになる。

 大和のベッドを汚さない様に指で拭った。


 毛布を引き寄せて、頭まで被る。

 暗いと落ち着く。

 落ち着くのに、眠れない。


 外の虫の声が続く。

 時間が進んでいる感じがしない。


 どれくらい経ったのか分からないまま、遠くで板が軋む音がした。

 家の中じゃない。

 外の足音だ。


 私は毛布の中で息を止めた。

 止めた息が苦しくなって、遅れて吐いた。


 扉が静かに開く。


 大和は中に入って来なかった。

 入口の所で立ったまま低い声で言う。


「……起きてるか」


 私は返事をしなかった。

 返事をすると声が震える気がした。


 大和は一拍だけ黙って、何かを床に置いた。


「水と……飯、持って来た。置いとく」


 置き方が乱暴じゃない。

 大和は小さく言う。


「さっきは、悪かった」


 言い切った後、言葉を足さない。

 扉が閉まる。


 私は毛布の中で目を閉じた。

 閉じた瞼の裏に浮かぶ。


 白い蛍光灯。

 黄色い背表紙。

 黒いチェルシーブーツの足音。

 美術展の栞を取った指。

 胸じゃない場所に落ちてきた視線。


──あの人の目。


 それが来るだけで胸が痛い。

 触れたい訳じゃない。

 触れたいけど届かない。


 私は毛布を外して、身体を起こした。

 袋から水を出して、ひと口飲む。


 冷たい。

 冷たさだけが現実を戻す。


 包み紙を開く。

 焼いた肉の匂いがした。


 食べられる。

 食べられるのに、口が動かない。


 私は小さく噛んで、飲み込んだ。

 飲み込んだ瞬間、胃の辺りが熱くなる。


 食べ終わっても、涙は止まらなかった。

 止まらないまま、顔だけは拭ける。

 私はベッドに戻り、横になって泣いた。


 外の明るさに目が醒める。

 大和の気配があった。


「……行くぞ」


 それだけ言う。

 それだけで、私が起きている前提で進める。


「うん……」


 私は靴を履いた。

 チェルシーブーツ。

 踵を一度だけ床に当てて音を確かめる。


 外に出ると空気が薄い。

 だけれど匂いは濃い。

 土と木と、火の匂い。


 大和は私の横を歩く。

 昨日より、ほんの半歩だけ遠い。


 村の道に出る。

 視線が点在しているのが分かる。


 見られている。

 品定め。

 敵かどうか。怖がるかどうか。泣くかどうか。


 私は顔を上げない。

 上げないまま歩く。


 広場に来る。

 銅像が立っていた。


 獣人の子供と人間の子供。

 手の間に、小さな林檎。


 差し出すでも、受け取るでもない。

 どちらでも出来る形だった。


 私は足を止めた。

 止めた瞬間、大和も止まる。


「……それ、気になるか?」


 私は頷くだけ頷いた。

 大和は像を見上げて、短く息を吐く。


「怒ってるか?」

「ううん」

「俺の事、怖いか?」

「ううん」

「俺の事……嫌いか?」

「ううん」

「もう、帰りたいか?」

「ううん」

「……未だ、居てくれるか?」

「うん」


 その返事の後、言葉が続かない。

 続かないのに胸の中は五月蝿い。


 背後から足音が近付いて来る。

 重い足音じゃない。

 静かなのに近付いて来る足音。


 振り返る前に分かった。

 村長だ。


「おはようございます」


 村長の声は低い。

 低いのに角が立っていない。


「おはようございます」


 村長は私を一瞬で測って、大和を見る。

 目が細い。

 笑っていないのに、怒ってもいない。


「昨夜は休めましたか?」


 私は答えなかった。

 答えないまま、頷くことも出来無かった。


 村長はそれ以上訊かない。

 訊かない代わりに視線を銅像へ移した。


「その像は村の約束です」

「約束?」

「えぇ。人間と共に在るという約束」


 村長は淡く笑う。


「そして、今は未だ……準備が足りませんな」


 準備、という言葉だけが綺麗に刺さる。

 村長は大和に顔を向ける。


「森の見回りに行きなさい。境目の音がまた乱れている」


 大和の眉が僅かに動く。

 嫌そうじゃない。

 迷っている顔だ。


「永遠名さんも興味があるなら──」


 村長は私を見る。


「見ておくと良い。知らないままより、知っている方が恐怖は薄くなる」


 言い方が柔らかい。

 柔らかいのに断れない形をしている。

 大和が短く言う。


「……危ねーぞ」


 私は大和を見た。

 目を見た瞬間、別の目が浮かび掛けて直ぐ消えた。


「大和が守ってくれるんでしょ?」

「あぁ」


 私は頷いた。

 頷いた自分が何を選んだのか分からないまま。


 村長はそれを見て、小さく頭を下げた。


「では、お気を付けて」


 大和が歩き出す。

 私は半歩遅れて付いて行く。


 広場を抜けると、村の匂いが少しずつ薄くなる。

 森の匂いが濃くなる。


 足音が土から枯葉へ変わった。

 変わっただけで、胸がざわつく。


「なぁ」


 大和が言う。

 言ったまま次の言葉を探している。


 私は何も言わない。

 言わないまま歩く。


 森の手前で大和が立ち止まった。

 木々の影が濃い。


「ここから先は……音が変になる」


 大和は森を見たまま言う。


──変になる。

 言葉が届かない。

 届いても、違う意味で刺さる。


 私はポケットの中のiPhoneを確かめた。

 画面は点けない。


 大和が振り返って、私の目を見る。


「怖いなら、戻る」


 私は答えなかった。

 答えないまま、一歩だけ前へ出た。


 足元の枯葉が鳴った。

 鳴ったはずなのに、鳴り方が遅れて届く。

 遅れた音は私の心臓の拍と噛み合わない。


 森の中は昼なのに薄暗い。

 木漏れ日はあるのに、光が届ききっていない感じがした。

 空気だけが軽い。


 大和が一歩先を歩く。

 昨日より半歩遠いまま──でも離れ過ぎない距離で私の前に影を置く。

 その影があるだけで怖さの形が少しだけ変わった。


「言っただろ。ここ、音が変になる」


 大和は振り返らずに言った。

 声の輪郭が木々の間で少し歪んで聴こえる。


「変になるって、どういう……」


 私が言いかけた瞬間、言葉が自分の口から落ちる前に、森が先に答えた。

 遠くで枝が折れる音がして、それが近い場所みたいに響いた。


 踏み込むほど、世界が会話を嫌がっている感じがする。

 耳に入ってくる音が意味じゃなくて質感だけになっていく。

 誰かの笑い声みたいなものが風の擦れる音みたいに混ざる。


 小さな水の音がした。

 川じゃない。

 流れというより呼吸みたいな水音。

 大和の足が止まる。


「……居る」


 その一言が森の中で妙に真っ直ぐだった。


 私は大和の横から、音のする方を見る。

 木の根が露出した窪みに、水が溜まっている。

 溜まっているだけのはずなのに、そこだけ冷たい明るさが揺れていた。


 水面に影が映る。

 私の影じゃない。

 大和の影でもない。

 小さ過ぎる影。


 次の瞬間、影が水面から立ち上がった。

 立ち上がったのに足音が無い。

 そこに居るのに、重さが無い。


 子供の輪郭だった。

 輪郭だけが子供で中身は水みたいに透けている。

 顔は見えるのに表情が掴めない。

 泣いていないのに、泣き声の直前みたいな気配だけがある。


 私は息を吸って、吐いた。

 吐いた息が白くならない。

 喉元が冷える。


「あれは何……?」


 声が小さくなった。

 小さくなるのは、怖いからじゃなくて、森に合わせてしまうからだ。


 大和が私の前に半歩だけ出た。

 半歩で視界の端の逃げ道が増える。

 私は動けなかった。


「子供の精霊だ」


 大和が言った。

 言い切った瞬間だけ、言葉が歪まずに届いた。


「若い、って意味じゃない」


 続ける声は少しだけ硬い。


「『子供』の精霊」

「子供の精霊?」

「生まれることが出来ずに、流れちまった。女を襲う」


 私は笑ってしまった。

 笑い方が乾いてるのが自分でも分かる。


「何で女を襲うのよ」

「女には『門』があるだろ?」


 大和の目が私の下腹部に落ちた。

 落ち方が一瞬で躊躇いが無い。

 私はやっと言葉の形を掴む。


「あぁ、そういうこと。じゃあ、あれは水子ね」

「ミズコ?」


 大和が眉を僅かに動かす。


「知ってるのか?」

「私の世界では、そう呼ぶ」


 言った瞬間、ふと気付いた。


──私は『呼び方』の話をしているのに、ここでは『存在の扱い』の話をしている。


「え、待って」


 私は水面の子供の輪郭をもう一度見る。


「『精霊』?……名前は?」

「名前?」


 大和が聞き返す。

 聞き返し方が、分かっていないというより『そんな発想が無い』顔だった。


「……火の精霊は?」

「サラマンダ」

「水の精霊」

「ウンディーネ」

「風」

「シルフ」

「光」

「ウィル=オ=ウィスプ」


 言いながら、私は自分の言葉の並びを確かめる。

 名前があるものは居場所がある。

 名前があるだけで世界に席が用意される。


「子供」


 私は訊いた。


「ねぇ、子供の精霊は?」


 大和は答えなかった。

 答えられないんじゃない。

 答える必要が無いものとして、そこに置いている顔だった。


「……何よ、それ」


 声が勝手に低くなる。

 私の子宮が怒る。


 怒りは声にならない。

 声にしたら、この森に捻じ曲げられる気がした。


 大和は一瞬だけ目を伏せて、次に水面へ視線を戻した。

 戻し方は雑じゃない。優しくもない。


「……この森じゃ、名前は要らねーんだ」


 大和の声は木々の隙間で少し削れて届く。


「要らないって誰が決めるの」


 水溜まりの上の輪郭が、ふっと揺れた。

 揺れは波じゃない。

 呼吸みたいな間隔だった。


「近付くな」


 大和が低く言う。

 私は一歩も動いていない。

 私に言ったのか、水子ミズコに言ったのか分からない。


 子供の輪郭が少しだけ首を傾げた。

 首を傾げる仕草だけが妙に人間だった。


「……水子」


 私はもう一度、そう呼んだ。

 呼んだ瞬間、輪郭が少しだけ濃くなった気がした。


「その呼び方、効くのか?」


 大和が眉を動かす。

 動かし方が苛立ちに寄っている。


「効くとかじゃない」


 私は息を吸って、吐く。

 吐いた息は戻らない。


「私の世界では、そういう存在をそう呼ぶ」


 水子がほんの一歩だけ水面から離れた。

 足音は無い。

 重さも無い。

 距離だけが詰まる。


 大和の腕が私の前に出た。

 触れない距離で遮る形だけは作る。


「女を襲うって言っただろ」

「分かってる」


 分かっている。

 それでも、目が逸れない。

 逸らしたら、水子を『居なかった』ことにしてしまいそうだったから。


 揺れる。

 揺れて、揺れたまま止まる。


 水子が私の腰の辺りを見る。

 見る、というより──視線が落ちる。

 大和の目と同じ落ち方で。


──門。

 さっき言われた言葉が今になって形になる。


 私は一歩だけ後ろへ下がりかけて、止めた。

 止めた瞬間、枯葉の音が遅れて鳴る。


「ちゃんと弔ったの?」


 私は大和を見ずに言った。


「……身体が無いのに、どう弔うんだよ。永遠名、近付くな」


 大和の声が少しだけ硬くなる。


「お腹の中に居たんでしょ?」


 私は水面を見たまま大和に言う。

 そして一歩、大和の前に出る。


「身体が出来てなくても、『一人』でしょ?」


 もう一歩、また一歩。


 森の空気が少しだけ冷たくなる。

 冷たさが広がるより先に、輪郭が私へ一歩、近付いた。


 大和が舌打ちを飲み込むみたいに息を吐く。

 その息の音だけが嫌に真っ直ぐだった。


「永遠名……」


 大和が私の名前を呼ぶ。

 呼び方が昨夜より少しだけ慎重だった。


 私は答えない。

 答えないまま水子に近付く。


 水子が私の下腹部に手を伸ばす。


 水子が初めてこちらを見る顔をした。

 表情は掴めない。

 それでも確かに見ている。


 水面が静かに波打つ。

 波じゃない。

 笑う準備みたいな揺れだった。


「永遠名っ!」


──次の瞬間。


 お腹の奥が熱い。

 水子の伸ばした腕が赤くなる。


 手の中に。


 あれは何?


「永遠名ぁ!!」


 熱い。

 膝に力が入らない。


 がくんと身体が落ちる。

 咄嗟に下を見る。

 地面を確かめる様に。


 気付いた。

 下腹部から血が溢れている。


 そして理解した。


──あれは私の子宮だ。


「永遠名!!【ブロック】しろ!!」


 何故?


「村まで間に合わない!」


 大和が叫んでいる。

 私はiPhoneを取り出し、言われるがまま、GatePair: Linkを開く。


「【ブロック】して、お前の世界で直ぐに治療しろ!」


 大和のプロフィールを開く。

 私は【ブロック】を押した。


[ブロックしますか?]

[この操作は取り消せません]

[リンクが遮断されます]


 私は、もう一度──違う。


 このまま二度と会えないなら、大和は私が生きているのか死んでいるのか分からないまま──ずっと生き続けることになる。


 私が大和の中で呪いに変わる。


 名前が無いまま忘れられる存在。

 名前がある私は『呪い』になり得る。


「永遠名!畜生っ!!」


 言わなきゃ。

 意識が飛びそう。


 力の入らない指が【ブロック】に触れる。


 でも、言わなきゃ。

 伝えなきゃ。

 絶対に言わなきゃ。


──命を振り絞れ、永遠名。


「私を忘れて!!」


 視界が一瞬、黒くなった。

 目を閉じた訳じゃない。


 直ぐに見慣れた丸善のバックヤードが飛び込む。

 ドアの向こうの店内は未だ明るい。


 山本さんが居なくて良かった。

 こんな姿、見せたらトラウマになってしまう。


 iPhoneで緊急ダイヤルに掛ける。

 直ぐに繋がる。

 電話口で何かを言っている。


 五月蝿い。


 テーブルの上に『摩天楼の怪人』が置いてある。

 私が買った。


 五月蝿い。


 今、彼の目が私を見てくれてるところなの。

 ほんとだよ。

 栞を抜いて、私の続きを読んでくれてるの。

 最期まで私を見てて。


 だから、もし、また会えたら。

 私の名前を呼──

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
これは、、、とても、、、重いです。 私は永遠名ちゃんが一番好きでした。 ショックです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ