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GatePair: Link 〜【ブロック】すれば帰れる。──けれど、それは恋の切断だった〜  作者: 愛崎 朱憂
第一章:エルフ編

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ep.30[Side T/異世界]Link: 人狼-02(前編)

 ここは、獣人だけが住む村──灯京(トウキョウ)

 名前を聞いた時、『東京』を思い出す。

 私が住む杜ノ宮駅から東京駅までは蒼環線で二十分。

 異世界まで、二十分程度ということかと思う。


「私、マッチングアプリ初めてなんだけど、この後どうするの?」


 言うと、大和は頭を掻いた。


「正直、俺も分かんねーんだ」

「分かんないの?」

「だって俺さ、説明とか読まねーし」

「最悪だよ」


 口にした瞬間、自分でも可笑しくて、笑いが漏れた。

 大和は悪びれずに肩を竦めて、でも私の顔色を伺うみたいに一度だけ目を細めた。


「怒ったか?」

「怒ってない。ただ、頼りないだけ」

「それは認める」


 認めるんだ、と思った。

 言い訳じゃなくて、そのまま差し出してくる感じが変に安心させる。


「じゃあさ……取り敢えず、ここが危険かどうかだけ教えて」

「危険だよ。森は特に」

「危険の種類は?」

「食われる。消える。戻れない。あと、音が変になる場所がある」

「音が変になる、って何?」

「言葉が届かねーっていうか……いや、届いてるけど、違う意味で刺さる」


 変な言い方。

 でも大和は巫山戯て言っている様に見えなかった。


「それ、村の外だけ?」

「外が基本。村の中は……守ってる」

「誰が?」

「村長が。……俺の親父」


 大和は言い終わってから、ほんの一拍だけ黙った。

 言い方に少しだけ棘が混ざったように聴こえたのは、気のせいじゃない気がした。


「じゃあ、その村長の家に行けば良い?」

「行けば良いっつーか、行くしかねー」

「いきなりご両親に会わせるの?もう私が欲しいの?」

「ちがっ、そんなんじゃねーよ」


 揶揄い甲斐のある狼だと思った。


「お前、初めてなんだろ?なら説明役が必要だ」


 説明役。

 そう言ってくれるのはありがたいのに、『必要』の語感が私をほんの少しだけ緊張させる。

 ここでの私はゲストなのか、異物なのか……それとも、何なんだろう?


 村の中を少し歩くと、視線が点在しているのが分かる。

 人の姿をした獣人が多い。

 耳や尻尾を隠している者もいれば、隠していない者もいる。

 同じ『人の形』なのに、街の雑踏よりも静かで、足音が小さく感じた。


「大和。私のこと、村の人に言った?」

「言ってない」

「何で?」

「言うと面倒くせー。あとな……見られる」

「見られる?」

「品定め。敵かどうか。使えるかどうか。怖がるかどうか。泣くかどうか」


 最後の一つが、急に生々しい。

 泣くかどうかなんて、評価の項目に入れてほしくない。


「私、泣かなそうに見える?」

「見える」

「最悪」

「褒めてる」

「褒め方のセンスが終わってる」


 大和は、分かっていないのか分かっていてやっているのか、曖昧に笑った。


 村の道は土が固く踏み固められていて左右に小さな家が並ぶ。

 窓は少なく、扉は低い。

 灯りは少ないのに、不思議と暗くはない。

 空気が軽いのか湿度が無いのか、匂いが薄い。


 広場に出る。

 真ん中に銅像が立っていた。


「あれ、何?」


 私が指差すと大和は一度だけ目を細める。


「あぁ、あれは俺達の夢だ」


 獣人の子供と人間の子供が手を繋いで歩いている像だった。

 手の形は違うのに、繋いだ部分だけがやけに丁寧に造られている。

 二人の手の間に小さな林檎が浮くみたいに刻まれていた。

 差し出すでも受け取るでもない。

 どちらでも出来る形だった。


「……どんな夢なの?」

「人間と仲良く共存する」

「……じゃあ、今は?」


 大和は大きく溜め息を吐いた。


「全然」

「まぁ、大和は顔が怖いから」

「……まぁな」


 大和から笑顔が消える。

 冗談のつもりだったのに、傷付けてしまった。


「ごめん。冗談のつもりだった」

「良いよ、良いよ。分かってっから」

「ほんとに怖くないよ」

「……」


 大和は私の目をじっと見た。

 何か言い返すでもなく、言い返さないまま見ていた。


「永遠名」

「はい」


 その時、大和のお腹が鳴った。


「──最悪だよ」


 私が言うと、今度は大和が可笑しそうに口の端を上げた。


「お前、普段何して過ごしてんだ?」

「私は本を読んだり、バイトしたり」

「バイト?バイトって何だ?」

「仕事のこと。私、本屋さんだから」

「本か……」


 大和は困ったように顎を擦る。

 困り方がさっきまでの雑さと違って見えた。


「俺は本とか読まねーから。親父の家なら、古いのがある。多分」

「多分って」

「知らねーもんは知らねー」


 言い切るところが狡い。

 でも、今の私にはそれで充分だった。

 知らないなら、ある場所へ行く。

 その短さが救いみたいに感じた。



 村の中心に近付くほど家が大きくなる。

 獣の骨を飾ったような門があって、その向こうに一際背の高い建物があった。


「ここ。親父の家」

「……大きい」


 大和は目を丸くする。

 異世界でも流行っているんだろうか?


「もう一回言ってくんねーか?」

「馬鹿じゃないの」


 吐き捨てる。


「デカいのが村長だ」


 大和は腰に手を当て、胸を張る。


「もう嫌だ、この狼」

「事実」


 大和は門の前で息を整えるみたいに一度だけ顎を上げた。

 それから、扉を叩く手付きが少しだけ硬い。


「親父。……俺だ」


 中から、足音がした。

 重い足音じゃない。

 静かなのに、間違いなく近付いて来る足音。

 扉が開く。


 現れた村長は──蛇だった。

 背筋が伸びている。

 目が細い。

 笑っていないのに、怒っているようにも見えない。

 そして、視線が私を一瞬で測る。


 ──獣人。

 だけど、大和とは違う。

 耳が見えない。

 尻尾も見えない。

 代わりに、首元の鱗が僅かに光っていた。

 蛇みたいに冷たい光り方。


「……外から来た子ですか?」


 村長の声は低かった。

 大和が何か言い返そうとした、その前に──


「どうぞ。靴は脱いでください」


 品がある。

 私は小さく頷いて、チェルシーブーツを脱いだ。

 靴を揃えて、素足で上がった。


「お父さん?」


 私は囁く。

 大和が頷く。


「あなたの名前は?」


 村長が私を見る。


「私は永遠名」


 村長はその名を一度だけ口の中で転がすように黙った。

 それから視線を大和へ戻す。


「……お前が連れて来たのですか?」

「そうだよ」

「勝手なことをしますね」

「勝手じゃねー。リンクだ」


 大和の声が少しだけ尖った。

 村長は何も言い返さない。

 ただ、私をもう一度見る。

 ちょろちょろと小さな舌が動く。


 目には温度が無い。

 無いのに、逃げ道だけは塞ぐ目だと思った。


「……それで?」


 村長が言った。


「何の用ですか?」


 大和が口を開こうとしたけれど、私は先に言った。


「本が読みたいです。この世界の本」


 村長の目がほんの少しだけ細くなる。

 笑っていないのに、笑う準備だけが見えた気がした。


「本、ですか」


 短く言って、村長は踵を返す。


「こちらへ」


 廊下を進む。

 木の匂いが濃くて、古い紙の匂いが混じっている。

 扉を開けた瞬間、紙の匂いが強くなった。


 本棚。

 背表紙。

 並ぶ文字。


「全部読んでも?」

「えぇ、お好きなだけ」


 最初に目に入ったのは、魔導書だった。

 私は呼吸を止めるみたいにして、それに手を伸ばした。


「村の本は全てここにあります」


 椅子に腰掛け、太腿に本を置く。

 

 パララララ……。


 火、水、土、風。

 光と闇。

 体系は知っている形をしている。

 けれど、どのページにも必ず同じ文が繰り返されていた。


 生まれつきの魔力。

 適性。

 出来る者と出来ない者。


 魔力は体内を循環する量。

 枯渇すれば意識を失う。

 容量は出生時に決定し、増えない。

 訓練で変わるのは精度だけ。


 血統は魔力質に影響する。

 炎系は炎系を、氷系は氷系を生みやすい。

 突然変異は稀。

 適性が無ければ魔法は起動しない。


 最後まで辿り着く。

 本を棚へ戻す。


 次。


 次に手に取ったのは魔物図鑑。

 厚くて、硬い。

 パラララ……。


 ドラゴン。

 翼開長十五メートル以上。

 鱗は鋼鉄を凌ぐ硬度。

 高濃度魔力反応。

 古代種は言語理解個体あり。


 挿絵は空を塗り潰すみたいに黒い翼を広げていた。

 口の奥が炎じゃなく光って見えた。

 息を吸うだけで火が出る顔をしている。


 解体時、心臓部より魔石を採取可能。

 炎。氷。雷。

 属性は個体差。

 遭遇時、退避距離の確保を最優先。


 リヴァイアサン。

 深海棲。

 体長百メートル級。

 魔法反射鱗。

 遭遇時、即時撤退推奨。


 挿絵の海は黒く、黒いのに泡だけが白かった。

 背中の鱗が夜の街灯みたいに鈍く光っている。

 それを魚と呼ぶのは少し失礼だと思った。


「何してんだ?」


 背後で、大和が言った。


「読んでる」


 ヴァンパイア。

 夜間活動。

 精神干渉。

 再生能力。


 アークデーモン。

 高位魔族。

 契約魔法。


 キマイラ。

 複合型。

 複数系統魔力保持。


「は?」

「ちょっと黙ってて」


 絵と解説。

 弱点。

 生息地。

 遭遇した時の対処。

 危険だと分かる。

 大和の言っていたことが字になっている。


 けれど。


 ──全然面白くない。


 私は図鑑を戻して、次の本へ手を伸ばす。


 武器の手入れ。

 パラララ……。


 次。


 薬の調合。

 パラララ……。


 次。


 格闘技。

 罠。

 地図。

 採取。

 生き延びるための情報だけが几帳面に揃っている。

 私の手が止まる。


「ねぇ」

「どうしました?」

「物語は無いの?」

「物語?」

「うん、誰かが考えた作り話。恋愛とか、ミステリとか、冒険譚とか」


 村長は少し考える仕草をした。

 考えているのか、考える振りなのかは分からない。


「そう言ったモノはありませんな。作り話なら──神話でどうでしょう」

「そっか……じゃあ、神話で良いよ。読ませて」

「なぁ、本当に読んだのか?パラパラと眺めてただけじゃねーか」


 大和が問う。


「あれは速読。物語の世界に長く浸りたいから、普段はあまりやらないんだけど……」

「あれで読めるのか!?」

「うん。文字を追うんじゃなくて、目に流し込むイメージ」

「お前、すげーな」

「『お前』、じゃないでしょう?」

「あ、すまん。永遠名」

「良いよ。言葉は癖になるから、中々直せないのは理解してる。だから、意識して直して、大和」

「分かったよ、永遠名」


 村長は本棚の隅から本を抜き出した。

 大和は腕を組んで離れ、小さい声で「永遠名、永遠名……」と繰り返している。


 背表紙に、短い題だけがある。


 『堕ちた林檎』。


 表紙を開く。

 汚れてはいない。

 ──いや、『読まれていない』。


 今度は急がない。

 文字を追う速度が自然に落ちた。

 十ページほど、目を滑らせて。

 そこで本を閉じる。


 私は村長を見る。


「これって……事実?」


 村長はゆっくり笑った。

 笑い方が蛇みたいに静かだった。


「まさか。我々は生まれた時からこの身体付きです」


 村長は柔らかく微笑む。


「そっか」

「人間とは共存を望んでいますが、中々どうして上手く理解してもらえないのです」


 ──共存。

 広場の銅像。

 さっき『大和達の夢』だと言った、あの像。


 私は神話の背表紙を指で撫でた。


「コレ、借りて良い?」

「差し上げますよ」

「良いの?」

「えぇ、ただの『物語』ですから」


 私は本を抱えて、立ち上がった。


「ご飯食べたい」

「……急にだな」


 大和が言ったけれど否定はしなかった。

 否定しないまま先に歩き出した。

 村長は私を一度だけ見て、何も言わずに扉を閉める。


 家を出ると匂いが変わった。

 湯気の匂い。

 肉の匂い。

 焼いた何かの匂い。



 大和の家は、案の定煉瓦造りだった。

 手際良く料理をする。

 最近流行りの料理の出来る男子だ。

 木の皿に料理が並ぶ。

 大和は座るなり皿へ手を伸ばした。


「ほら、食え」


 言い方が雑なのに差し出し方がちゃんとしている。

 私は一口食べて、温かさに息を吐いた。


 食べながら、抱えた本の重さを確かめる。


「この本、持って帰れるかな?」

「多分、持って帰れるぞ」

「じゃあ、帰ったらゆっくり読む」


 言った瞬間、大和の顔から笑みが消えた。


「そっか……やっぱ帰るんだよな」


 しまったと思った。

 『帰る』のは、イコール【ブロック】だ。

 帰ることを前提にしてしまう時点で、『別れ』が含まれている。


「うん」

「もう、帰るのか?」


 今日は金曜日だ。

 土日はバイトを休みにしていた。


「……う〜ん」


 もう少し、ここに居ても良いカモ知れない。


「折角来たんだ。一泊くらいしていけよ」

「じゃあさ──」


 私は人差し指を立てた。


「大和の耳はどうしてそんなに大きいの?」

「え?」


 唐突な質問に大和は狼狽える。

 私は大和を見詰める。


「と、永遠名の声を良く聞くためだよ」

「大和の目はどうしてそんなに大きいの?」

「おまっ、永遠名のことを良く見るためだよ」


 大和も私を見詰める。

 見詰め方がさっきまでと違う。

 巫山戯てるのに、逃げない。


「大和の口はどうしてそんなに大きいの?」


 お互いに見詰め合う。


「こうやって、沢山ご飯を食べるためだよ」


 大和はテーブルの料理を次から次に口へ運ぶ。

 私はその様子を見て、今日は帰らないことに決めた。


「……村、夜になると静かだね」


 食べ終えると、大和は手早く片付けた。

 食器が当たる音が小さい。

 大きい身体のクセに音だけは控えめだった。


「獣は夜が得意だからな」

「じゃあ、昼の私は不利?」

「不利。だから俺が付いてる」

「それって、守るってこと?」

「……守る。つーか、守るしかねー」


 言い切る直前に一拍だけ遅れる。

 その遅れが、嘘じゃない感じを残す。


「風呂、先入れ」

「ここ、お風呂あるんだ」

「当たり前だろ」

「当たり前の密度が違う」

「分かんねーこと言うな」


 大和は笑って、私の方を見た。

 その目があの人の目とは違う。

 大和は見ているのに──どこかで測っている。


 私は神話の本を抱え直し、立ち上がった。

 床が少しだけ冷たい。

 その冷たさが帰れない現実を確かめるみたいに足の裏へ残る。


 浴室は石で出来ていた。

 水の匂いが濃い。

 髪を濡らし、身体を洗う。

 いつもより丁寧に洗うのは、安心したいからだと自分で分かる。


 部屋に戻ると、大和がタオルと薄い服を置いていた。

 服の匂いは乾いていて、獣の匂いは混じっていない。

 その代わり、壁の近くに窓があって、外の気配が薄く入って来る。


「それ、着ろ。寒いだろ」

「ありがとう」

「礼は良い。……飯、足りたか?」

「足りた。寧ろ、食べ過ぎた」

「それなら良い」


 大和は椅子に座らず、壁に凭れた。

 座らないのは落ち着かないからなのか、距離を測っているからなのか分からない。

 私は気付かない振りをしながらベッドの端に腰を下ろし、神話の本を枕元へ置いた。


 『堕ちた林檎』。

 背表紙の文字を指先でなぞる。


「今日、帰らないって言ったよな」

「言った」

「……じゃあ、俺も、ちゃんとしないといけねーよな」

「ちゃんと?」

「怖がらせねーって意味だ」


 大和は言ってから、視線を逸らした。

 逸らしたのに、逃げてはいない。

 その曖昧さが今の私には少しだけ助かった。


「ねぇ」

「ん?」

「村の夢、本当に叶うと思う?」

「……分かんねー」

「分かんないの、好きだね」

「知らねーもんは知らねー」

「それ、狡い」

「狡くねー」


 私が笑うと、大和も笑った。

 でも、その笑いは短い。

 短いまま、空気が変わる。


 大和が近付いた。

 近付く速度は急じゃない。

 急じゃないのに、逃げ道だけが先に消える。


「……永遠名」

「何?」

「触って良いか?」

「は?何言って──」


 言い切る前に、距離が潰れた。

 ベッドの軋む音が先に来て、私の身体が遅れて沈む。

 肩が押さえ込まれる。

 痛くはない。

 けれど、逃げ道が消える速さが怖い。


「ちょ、待っ──」


 声が細くなる。

 細いまま、言葉が続かない。

 大和の体温が近過ぎて、息が上手く入らなくなる。


 目が勝手に別のモノを探した。

 この世界じゃない光。


 白い蛍光灯。

 黄色い背表紙。

 HIMAWARIの香り。

 黒いチェルシーブーツの足音。

 美術展の栞を取った指。

 胸じゃない場所に落ちてきた視線。

 あの人の目。


 胸の奥には、もう私の初版を手に取った誰かが居た。

 私の心の途中に美術展の栞が刺さったまま──。

 未だ、最後まで読んでもらってない。


 想い出した瞬間、身体の力が抜けた。

 抵抗の形が作れない。

 作れないまま、胸から熱い温度が昇って来て、目尻を撫で、耳を擽る。


 ──涙。


 大和の動きが止まる。

 止まったのに、重さだけが残る。


「……泣いてんのか?」


 私は答えなかった。

 答える言葉が無いんじゃない。

 答えたら、今の自分が壊れる気がした。


 涙だけが落ちる。

 落ちる度にあの人の目が胸を刺す。

 胸を刺されるのに、嫌じゃない。


 大和がゆっくり離れた。

 離れ方が乱暴じゃない。

 乱暴じゃないけど、遅い分だけ重い。


「……すまねー」


 大和はそれだけ言って立ち上がる。


「俺、外で寝る」


 扉の前で一度だけ止まる。

 何か言いかける気配がして、何も言わずに出ていく。


 扉が閉まる音が小さい。

 小さいのに、やけに響く。


 私はベッドの上で身体を横にした。

 涙が止まらない。

 声は出ない。


 枕元の『堕ちた林檎』は、鹿爪らしい顔でそっぽを向いている。

 読まれていないのに、ここにある。

 ここにあるだけで、充分みたいに。


 私は毛布を引き寄せて、身体を丸めた。

 外の虫の声が続いている。

 続いているのに、世界が急に遠い。

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