ep.29[Side Y/異世界]Link: エルフ-09
十三日目。
「ユウキ」
寝ていたところを起こされる。
部屋の明るさに、未だ日が登ってないことが分かる。
「私、行かなきゃいけなくなった」
頭が起きていない。
僕は目を擦る。
「どこに?」
シルヴィは応えない。
「ユウキ。起きたら、リュミエル様のところに行ってて」
「僕一人で?」
「そう。ユウキ一人で」
「シルヴィは後で来る?」
シルヴィが真っ直ぐ僕を見る。
「……必ず行くよ」
「分かった」
シルヴィのマントが翻る。
ドアを開けて、こちらに振り返る。
「もう少し寝てな」
僕は手を振り、応える。
ドアが閉まった。
次に起きた時、未だ太陽は登ったばかりだった。
それでも、良く寝たと感じたのは昨日の戦闘のせいカモ知れない。
テーブルの上にパンが置かれている。
僕はそれを口に咥え、僕らの家を出た。
リュミエルの元に向かっていると、村が今までで一番静かなことに気付いた。
──嫌な予感がする。
これは便りではなく、知らせの方カモ知れない。
リュミエルの執務室に通される。
扉の厚みが違う。
閉まった瞬間、村の静けさが一段だけ濃くなる。
そこには何時ぞやの面々が揃っていた。
揃っているのに、誰も揃っていない顔をしている。
視線は合わない。
合わないまま、僕だけは測られる。
また会議があるのだろうか?
椅子の数だけ、息の置き場所がある。
あるのに、誰もそこに息を置かない。
僕は、あの年嵩のエルフに問う。
「何が始まるんです?」
「戦争だ」
僕は二つの意味で吹き出す。
笑いが喉で止まった。
「第何次?」
「?」
エルフにはギャグが通じないらしい。
通じないというより、通じさせない顔をしている。
僕は言い直す。
「いや……誰と戦争?」
「ヒュドラだ。お前も知っているだろう?」
『知っているだろう』が確定の響きだった。
知らないと言えば、知らないことが罪になる響き。
僕は気になっていたことを訊く。
「あなたはシルヴィのお父さん?」
すると、物凄く嫌そうな顔をした。
嫌そうなのに隠さない。
その隠さないのがデリカシの無さだ。
「あぁ、『シルヴェーヌ』は私の娘だ」
そうか、この年嵩のエルフは僕が『シルヴィ』と呼ぶことが気に入らないんだと気付く。
いや、違うな……。
──僕がシルヴィの家に住んでいるのが気に入らないのだろう。
随分、シルヴィは愛されてるなと思った。
嫌われていると分かっていても、礼節は欠けない。
「シルヴェーヌのお父さんですか。お世話になってます」
「お前を世話などしてない。それに、お前に『お義父さん』と呼ばれる筋合いは無い」
いや、きっとそれ漢字が違う──そう思ったが、反論しなかった。
部屋の奥、机の上に紙束が揃っている。
整っているのに、誰も触っていない。
触った瞬間に『決まる』ことを、皆が知っている顔だった。
扉の向こうで足音がした。
近付く速度が一定で迷いが無い。
音が止まる。
取っ手が動く。
リュミエルが部屋に入って来る。
ざわめきがぴたりと止む。
止み方が綺麗過ぎて、逆に怖い。
僕は空いている席に座った。
「対応策をお伝えします」
リュミエルの声は迷いが無い。
「外からやってきた獲物を洞窟に監禁。ヒュドラを誘き寄せます。その後、魔法部隊により洞窟を崩落させます」
周りのエルフは全員、同じ角度で首を縦に折る。
口々に、「初めからそうすれば良かった」「もっと早く決断していただきたかった」「これで森も安心だ」と言い合っている。
僕は強烈な違和感を覚えた。
「待って待って待って。その『獲物』って何?……いや、『誰』の方?」
リュミエルは何も言わない。
年嵩のエルフが言う。
「お前の様に、森の外からリンクしてやって来た女だ」
──女の子。
「いやいやいや、意味分からないから!何でその子が──『囮』になる必要があるのさ?」
「ヒュドラに遭遇した時に、『獲物』と認定されたのです」
リュミエルが答えた。
年嵩のエルフが続ける。
「その女のせいで、森が危機に陥っている。その女が責任を取るべきだ」
「その子は自分からヒュドラに会いに行ったの?」
リュミエルは一拍置き。
「いえ。リンクした場所がヒュドラの前でした」
僕はその場面がイメージ出来ない。
思った疑問をそのまま口にした。
「ちょっと待って、その時、誰か居たの?」
「いえ、誰も居ません」
訳が分からない。
「リンクした先の世界で、誰も待ってなかったの?」
リュミエルは黙る。
誰かが息を吸って、吐けないまま止まった。
──その沈黙が頭に来てしまった。
「おい、ちょっと待てよ。黙ってないで答えろよ」
リュミエルは口を開く。
「誰も居ません」
僕は立ち上がる。
「リンクして異世界に来た女の子が、誰も居ない森に取り残されて、ヒュドラに襲われた挙げ句に『囮』として洞窟に監禁するって言ってるのか!」
全員、何も言わない。
沈黙が答えだった。
年嵩のエルフが口を開く。
「それが森を──」
「森が何だって言うんだ!その子とリンクしたのはどいつだ!そいつと話させろ」
年嵩のエルフが答える。
「もう話しているだろ」
そう言って、リュミエルを指す。
「リュミエルが……」
「私です」
「何で……何で!その子を待ってて──」
その時、執務室のドアが開いた。
シルヴィだった。
頭に昇った血がすぅーっと引いて行くのが分かる。
大きく息を吐いた。
「僕がその子の代わりになる」
「それは出来ません」
「何で?」
僕の隣にシルヴィが来て、応える。
「ユウキ……あなたは『獲物』じゃない」
「さっきから、『獲物』ってどう言う意味?」
冷静になると分かる。
それは『獲物』と言う単語なだけで、人としての存在を無視した言葉として使われていない──少なくとも、リュミエルは。
「ヒュドラは『獲物』と決めたら、殺すまで追って来るの」
シルヴィが答える。
「その女の子はどうやって逃げたの?」
「私達の部隊が助けた」
「……じゃあ、シルヴィ達が『獲物』である可能性もあるんじゃない?」
「ううん。私達は『障害』」
「ヒュドラに聞いたの?」
「違う。『そういうモノ』なの」
「ヒュドラ本人に聞いてもないのに、何故──」
「ヒュドラが最初に見たのが、その女性だったからですよ」
リュミエルが淡々と答える。
「確かなの?」
「確かです」
執務室が静寂に包まれる。
静寂は時々、決断を急かす表情をする。
「僕が──僕がヒュドラを倒すよ」
年嵩のエルフが吹き出す。
「お前如きが、ヒュドラを倒す!?」
「ユウキ、無理だよ」
シルヴィも止める。
僕はリュミエルを見る。
リュミエルは何も言わずに、首を振る。
「リュミエルの策では、女の子はどうなるの?」
リュミエルは答えない。
「それがリュミエルの決断なの?」
「はい。これが私の決断です」
皆は安堵の表情を浮かべる。
「……だったら、僕が倒すよ」
「ユウキ!!」
「シルヴィ、ごめん。ダメなんだ。放っておけないんだ」
リュミエルがシルヴィに問う。
「シルヴェーヌ、ユウキが信じられませんか?」
「信じるも、信じないも……これは『強さ』の話です!」
「ユウキは倒すと言っています」
「それはヒュドラの恐ろしさを知らないだけ──」
「シルヴィ、僕は大丈夫」
「ユウキ!」
リュミエルが割って入る。
「ユウキ、それがあなたの決断ですか?」
「うん。そう」
「皆はその決断に納得していると思いますか?」
人を小馬鹿にした様なエルフ達の顔が並ぶ。
「何かを決断する時に大事なのはさ……決めた内容じゃないよ。それが正しかったか、間違ってたか何て今この場では分からない」
僕はリュミエルを見る。
「だから、決めるだけ決めて……後は『やっぱりあの決断は間違ってなかった』って、胸を張れる様に努力するだけだよ」
リュミエルがふっと息を吐く。
「だから、リュミエル。僕がヒュドラを倒すよ」
「分かりました。ですが、我々の対応策を止める訳にはいきません。予定通り進めます。エルフの森を守ることが私の責任です」
「分かった」
執務室を出た瞬間、廊下の空気が軽く感じた。
軽いだけで、楽にはならない。
背中に扉の気配が残っていて、振り返ってしまいそうになる。
扉の向こうは静かだった。
静かなまま、あの同意の角度が残っている気がした。
誰も追って来ない。追って来ないのに、視線だけは付いて来る。
次の瞬間、腕を掴まれた。
指先が強い。強いのに震えていない。
シルヴィだった。
執務室を出た僕の腕をシルヴィが掴む。
シルヴィの顔が近い。
怒っているのがよく分かる。
絵に描いた様な怒髪天だ。
「ユウキ」
「ごめん」
シルヴィは僕を睨んだまま。
睨む目が揺れていないのが怖い。
揺れていない目は、決めている目だ。
「行かないでって言ったら、どうする?」
「……」
「『私が』行かないでって言ったら、どうする?」
「……それでも、行く」
返事をした瞬間、廊下の音が一段だけ遠くなる。
遠くなるのに、シルヴィの温度だけは近いままだった。
掴まれた腕のところから熱が伝わって来る。
シルヴィは大きく溜め息を吐いて、天井を仰ぐ。
蛍光灯が切れそうなのカモ知れない。
「……家に寄って。準備しないと」
「ありがとう」
歩き出す。
歩幅が合わない。
合わないのに並んでいる。
村の廊下を抜けると、外の光が硬い。
硬い光は感情を隠せない。
ヴェール=パッサージュ・リーニュで透かされたのカモ知れない。
擦れ違うエルフの視線が点で刺さる。
刺さる場所が同じじゃない。
──胸に落ちて来ない。
家が見える。
見えた瞬間だけ、肩の力が抜けそうになって、直ぐに戻る。
抜けたらもう張れないのが分かっていた。
家の前に着くと、シルヴィは「待ってて」と言って一人で中に入って行った。
扉が閉まる音が短い。
短い音の方が心に残る。
外で待つ間、風の匂いだけが動く。
森の匂いが近い。
近いのに、今日は家の匂いが勝たない。
扉の向こうで何かが擦れる音がした。
出て来た時、手には鞘に納まった剣を持っていた。
──見慣れない剣だった。
シルヴィはそれを僕に差し出す。
差し出し方が迷っていない。
でも、目だけが一瞬、逸れた。
受け取ると、ずしりと重い。
重さが掌から腕へ登って来る。
「これ、重過ぎる。いつもの棒で行くよ」
「それはダメ。技術では超えられない力の差がある」
「でも、こんなに重くちゃ振れな──」
「振れないと死ぬ」
言葉が刃物みたいに落ちた。
落ちた言葉は水みたいに返らない。
拾おうとすると遅れる。
遅れたら死ぬ。
そう言われているみたいだった。
シルヴィの目は本気だ。
「振れないと死ぬの……」
シルヴィは一度、視線を落とし、また僕を見る。
落とした視線が戻るまでの一拍が怖さを確定させる。
「だから、戦いの中で振れる様になって」
「分かった」
シルヴィは細く息を吐く。
吐いた息が白くならないのが逆に現実だった。
「剣に名前を付けて」
「名前?」
「そう、それで一人前の戦士として認められる」
「そっか……」
僕は剣を抜き出し、刃を見て、考える。
刃は光っているのに冷たい。
シルヴィが先に応える。
「スターバースト・ストリーム?」
「ダッサ」
僕は笑い、剣を鞘に戻しながら応える。
「シルヴェーヌ」
「はい」
ふっと息を吐く。
吐いた息で少しだけ余計なものが抜けた気がした。
「違う。シルヴィは僕の中では、ずっとシルヴィだよ。この剣の名前は──『シルヴェーヌ』」
「……それ、狡い」
心無しか、シルヴィの頬が赤い。
目は逸らさない。
「シルヴィ『特効』?」
「ううん。私『銀弾』」
「銀弾?」
「そう。唯一無二の解答──それが、銀の弾丸」
銀の弾丸。
その言い方が、さっきの会議の言葉よりずっと強かった。
「あ!剣の油」
不意に思い出す。
家に入り、ヘッドボードから剣の油の瓶を持って来る。
瓶は小さいのに、重さの意味だけが大きい。
「これ、どーわって塗るのん?」
シルヴィに瓶を渡す。
「これ……アルジャンさんの」
「誰ジャン?」
「アルジャン、雑貨が置いてあるお店」
「手入れは嘘を吐かない。先に手入れだけ覚えろ」
僕は誰ジャンの真似をする。
「そう、その人。へぇ……ユウキはやっぱりセンス──というより、剣を持つために生まれたのかも」
「?」
「この油は銀が含まれてる。これを剣に塗ると、魔物に『特効』だよ」
「そんな凄いんだ」
「大事に使いなよ、それ凄く高いんだよ」
「分かった。塗り方教えて」
剣の手入れを終えて、僕は言う。
「シルヴィにこの油塗ったら、変な男が寄り付かなくなる?」
「馬鹿」
シルヴィが上目遣いで囁く。
──勝ったと思った。
次の瞬間、くいっと顎を上げ僕を見下す。
「それじゃ、ユウキも近付けなくなる」
一撃必殺で撃沈した。
笑いが出そうになって、出ない。
出したらもう戦いの場に行けなくなる気がした。
「じゃあ、ヒュドラ倒して来るよ」
「ううん、違う」
「?」
「『倒しに行くぞ』だよ」
「それって、どういう──」
シルヴィが僕の手を取る。
指先が温い。
温いのに、逃げ道は作らない掴み方だった。
「行くよ、ユウキ」




