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20:振り回される月奈





 クリスマスを前にして街は不気味なほど静かだった。


 認めざるを得ないのは月命党の躍動がルナティカンたちの暴行を抑えていることだった。だから心置きなく月奈も苺を連れて街に出ることができる。日付は12月23日。ちょうど苺の小学校は二学期の終業式であり、昼前から月奈は少女を迎えに行ったのである。


「今日はてんのーたんじょーびじゃなかったっけ」

「もうそれは3年前に変わったのよ」


 ともあれ、今日から冬休みであり、心置きなく家で月奈は苺と過ごすことができる。これから正月まで大した事件も起きなければいいな、と心の底から願っていた。


 今日の目的はケーキとチキンの予約である。


 月奈と苺は手を繋ぎながら街を進んでいるが、少女はなんだか上機嫌にスキップ気味であり、月奈はそれに引っ張られるような形になっていた。


「苺はどうしてそんなにうきうきなの?」

「だって今日から冬休みだもんっ。いっぱい遊べるもんっ」

「宿題もちゃんとやらなきゃダメよ」

「ぶー。分かってるよぉ……」


 月奈は苺の明るさが虚勢ではないでないことを切に願った。まだ彼女の心の傷は残っているのだ折るし、それはきっと一生残るものでもあろう。自分ができることは寄り添い続けることしかない。しかしそれはずっと続くものなのか? 苺もいずれは大人になる。そうすれば彼女自身の人生が始まる。そうなれば――


 月奈はいたたまれないほど切ない気持ちになった。少女が少女のままであればどれほどいいことだろう。だがそれは虚しい願いである。


 月奈と苺にとっては自由な時間だが、平日の昼間はまだ仕事をしているひとたちが大半であり、市街地にいても人通りは少ない。ここ数日急激に冷え込んで生きたのも原因だろう。月奈も苺も分厚いコートを羽織っている。


「苺は早く大人になりたい?」

「んー、わかんない」


 そんなことを言っている内に小さなコンビニの前を通り、その場所で苺はぱたとスキップ歩きを止めてその場所にストップした。


「月奈、あんまん食べたい」

「ええ、これからお昼に行くのよ」

「食べたいのー、食べたいのー」


 子供の駄々は止まることを知らない。ここで本当の親なら叱りつけるのだろうが、月奈はどうしても甘くなってしまう。結局昼食前にコンビニに駆け込み、苺の望むあんまんと、月奈はブラック無糖の缶コーヒーを買った。よくないな、と思った。それでも苺に甘えられると心が蕩けてしまうのである。私の使命は彼女をちゃんと教育することなのだが……


 ふたたび街中を歩きながら目的地に向かう。苺はスキップも止め、今度は小さく足を進めながらあんまんをはむはむしている。とても幸せそうな顔で、じっくりと味を楽しむような食べ方だった。いっぽう月奈はとっくにコーヒーを飲み干し、手頃な自販機側にある缶捨て場を探していた。


「苺、おしいい」

「おいひぃ〜」

「でも、お昼が入らなくなっても知らないよ」

「だいじょぶだよ、あたし、育ち盛りだもん」


 まあ、食欲がないよりはあるほうがいいのかもしれない。月奈はそう思うことにした。


 そして、目的のラーメン屋で苺は自身の言葉を実証した。彼女はとんこつラーメンからチャーハンまで頼み、それをあっさりと平らげてしまった。この小さい身体にどれだけ食べ物が入るのか、胃にブラックホールでもあるのかと疑うほどの健啖ぶりだった。確かに成長期の子供というのは恐るべきものなのだった。月奈自身は一杯で満足だった。


 それから百貨店でケーキと、それからケンタッキーフライドチキンで予約を済ませる。あとは苺へのプレゼントだが、それは秘密にしておくつもりだった。


「月奈はなにをくれるのかなー」

「それは当日のお楽しみ」

「あたしも月奈のプレゼント、用意してるよ」

「楽しみね」


 私にこんなノンビリした幸せがあっていいのだろうか――月奈は思った。私の人生は闘争でまみれているはずではなかったのか。苺を匿ったのは一時の気の迷いに過ぎないと最初は思っていたのだが、彼女はいつの間にか私の心の中心に居座っている。それが子供の生存戦略ゆえというのは乾いた考えだろう。苺はいつだって自然体だ。私はただ振り回されているだけ。そして今や今度はどうやって弄んでくれるのかと楽しみにさえしている自分がいる。


 おかしなことだ。


 月奈はふふっと笑った。


「あ、月奈、笑った」

「それがなにかおかしいことなの」

「うーん……よく言えないけど、そんな月奈の笑い顔は初めて見た気がするよ」


 そんなものなのかな、と月奈は首を捻った。自分としては特に変わったところはないと思ったのだが。もしかしたら苺はその子供特有の敏感さ――あるいは明敏さ――で、私の小さな変化を感じているのかもしれない。


 それはそれでよいことである、と月奈は思った。



       ◇



 タワマンに帰ってからはしばらくテレビゲームで遊び(実際には苺が夢中になっているところを月奈がうしろで見ているだけだったのだが)、夕食を取り、それから先に月奈がお風呂に入ってからテレビを点けつつくつろいでいた。


 今は苺がお風呂に入っている。しばらくは彼女もひとりでお風呂に入ることを怖がっていたが、ようやくそれができるようにまでなった。とてもいいことである。いつまでも親と赤ん坊のように一緒にお風呂に入り続ける訳にもいかない。それに、苺自身ひとりで入れない自分を恥ずかしがっていたようだったので、彼女の心は少しずつよい方向に向かっているという証左と言える。


 たいようテレビでは夜のニュース番組をやっていた。ニュースを賑わせているのは相変わらず月命党の活躍だった。街頭インタビューが行われ、彼らの印象を人々に訊いている。彼らを救世主と語るひともいれば、目的が分からないので不気味だと言うひともいる。


『あの仮面がねぇ……やましいことがなければ顔を隠す必要はないでしょう』


 いい加減飽きてきたので月奈はファッション雑誌を読みつつながら見をしていた。充足した退屈、というものがあればそれはこの時だったのかもしれない。今日は結構歩いたため、少しふくらはぎにだるいところがある。しばらくは仕事をする気にもならない。その間あの月命党が治安維持に勤しむというのなら願ったりかなったりである。


「クリスマスねぇ……」


 こんな穏やかな気持ちで年末を迎えることができたのは初めてかもしれない。それもすべて苺を拾った時から始まっている。なんとも奇妙なことだと思っていた。今までの月奈は自分が一番だった。それが変わった。今は苺のために生きているような実感がある。それは保護者としての責任ゆえなのか? それとも……


 寒いのが嫌いな月奈は冬にはがんがんに暖房を利かせている。エアコンに加えてヒーターも全開にさせ、さらに床には電気カーペットを敷いている。電力危機などお構いなしである。その上家自体が断熱効果が高いため、冬の寒さは完全にシャットダウンされている。月奈は現代文明の恩恵を存分に享受していた。


 そうこうしている内に苺がお風呂から上がってきた。


 そして月奈はぎょっとした。


「ちょちょちょ、ちょっと、苺!」


 苺は髪をタオルで乾かしながら――純白のパンツ一丁という格好だったのである。ほかほかに桜色に染まっている肌がこれ見よがしに露出していた。


「どうしたのー」

「な、なんでそんな格好なのよ!」


 苺はなにも気にした風もなく、そのままの格好で月奈の隣に座った。シャンプーの香りが芳しい――などと言っている場合ではない。月奈は慌てふためいて目を逸らしたり、その小さな胸に目が行ったりと半狂乱状態だった。


「どうして月奈がそんなに慌てるの?」

「だ、だって……」

「女の子同志なんだから恥ずかしがることもないでしょ?」

「それはそうなんだけど」


 一緒にお風呂に何回も入っているのだからその裸は見慣れているはずなのだが、こうして部屋で見るとまったくちがう感覚を覚える、それに、全裸ではなくパンツ一丁という姿はむしろ背徳感を倍加させていた。


「と、とにかく、はやく服を着なさい! 風邪ひいちゃうわよ!」

「えー、こんだけあったかかったらだいじょぶだよ」

「暖房を利かせてても今は冬なんだから!」


 月奈は焦燥して苺のパジャマを持ってきた。苺は不承不承という風にそれを着たが、それからは満面の笑みを浮かべた。よほど慌てふためく月奈が面白かったらしい。


「ヘンな月奈」

「と、とにかく……女の子はそんなに簡単に肌を晒しちゃダメ! 相手が女でも同じ!」


 苺は月奈のことをぽかんと見ていたが、やがて納得したように頷いた。


「さあさあ、もう寝ますよ!」


 この動揺は眠って鎮めるしかない。と思って月奈は彼女にしてはひどく早い時間にベッドに入ったのだが、瞼を閉じてもその裏には苺の眩しい裸が残り続ける。結局落ち着くのに2時間は掛かった。子供の、まして同性の裸に動揺するなんてどうかしている。


 ひょっとして私はロリコンなのかしら――


「まさか」


 月奈はその危うい思いを振り払いながら無理矢理眠りについた。

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