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21:きよしこの夜





 とにもかくにもクリスマスイヴがやって来た。昨日はヘンな気分になってしまったが、朝はよく起きることができた。月奈は自分が柄にもなくうきうきしていることを感じていた。もしかしたら苺の気持ちが伝染しているのかもしれない。


 ここのところの冬の冷え込みはすこぶる強く、今日は雪が降るのではないかという予報だった。珍しく早起きして二度寝もしない月奈はスマートフォンの天気アプリを見てそれを確認する。降り出すのは夕方になってからということだった。それはそれで有難い話である。ホワイトクリスマスとなれば幻想的だし、お天気が崩れているのであれば暴れるルナティカンも少なくなるだろう。


 苺はまだ起きてこない。今日から冬休みということもあって惰眠を貪っているのだろう。子供というのもそれはそれでたいへんなのだ。そういう訳だから起こす気にもなれず、月奈はひとりで朝の時間を過ごした。いつものチーズトーストとコーヒー。のんきな朝を嗜みつつ今日の予定を再確認する。パーティーはもちろん夜である。あまり気は進まなかったが苺がどうしてもと望んだのでそこには耀司も参加する。そしてどうやら宇田もスケジュールが調整できたらしい。


「つきな〜、おはよ〜」


 そうこうしている内に苺が起きてきた。昨日の破廉恥な出来事を思い出して月奈はやや緊張したが、苺はちゃんとパジャマを着ている。まあ当たり前なのだが、どうしてこんなことで動揺しなければならないのか-、と月奈は自分の精神の未熟さを恥じた。


 午前中は特にやることもないので2人はオセロなどをして時間を潰した。外で遊ぶことも考えたのだが、この寒さの中で出る気にもならなかったのだ。しかし、苺はべらぼうにオセロが強かった。10戦したが月奈が勝てたのは最後の一回だけだった。それもお情けでくれたような一勝だった。


「あはは、月奈、弱ーい」

「苺が強すぎるのよ……」


 元来負けず嫌いな月奈はもちろん悔しかったが、ほくほくと嬉しそうな顔をする苺を見ると、まあこれはこれでいいかと思ってしまう。


 夕方前にはケーキとチキンを受け取りに行かなければならない。月奈は苺を家に置いて、今度は耀司を連れて街に出る。それは耀司からの申し出だった。元々はひとりで行くつもりだったのだが、向こうが進んで荷物持ちをしてくれるというのなら断る理由もない。


 しかし。


「あんたさあ、ホイホイ私に付いて来るけど、クリスマスを一緒に祝う彼女とかいない訳?」


 遠慮なしにそんな疑問、というよりは揶揄を言っても、耀司はまったく堪えなかった。はにかむような笑みを見せ、頭を掻いてみせる。


「残念ながらここ数年はそういう相手はいないね」

「嘘。あんた彼女いない歴イコール年齢でしょ」

「どうしてそう決めつけるの差」

「あんたみたいなナヨナヨした男がモテるはずないもの」


 遠慮なしに月奈は言うのだが、耀司は怒った素振りも見せない。そういうところなのよ、と月奈は思ったのだが、そこまで言うこともないだろうと思って口を噤んだ。月奈はそれが謙遜や余裕であるとは想像もできなかった。


「情けないとは思わない? 私にいいようにこき使われて」

「ぼくが情けないと思ったら、月奈はぼくの彼女になってくれるの?」


 月奈は肩を竦めた。


「馬鹿ね。そんなことある訳ないじゃない」

「ま、そうか」


 ナヨナヨしたところもそうだが、簡単に本心を明かさないところもモテない理由だと月奈は断ずる。彼はどうにもつかみがたいところがある。これでもっと渋い容貌なら、なにかミステリアスな雰囲気を持つ男として見るにやぶさかではないが、耀司のような優男がそうだと、単に自分のない男にしか見えないのだった。


 もしかしたらそんなところに母性本能をくすぐられる女もいるかもしれないが、端的に言って彼は月奈の趣味ではなかった。


「そういう月奈だって彼氏とかいないじゃないか」

「いいのよ私は。作れないんじゃなくと作らないだけだし」

「でもまだ処女なんだろう」


 月奈は耀司の言葉に眉をひそめた。


「セクハラ。せーくはーらー。訴えてやる!」

「否定はしないんだね」


 なにを言ってもへこたれない耀司はウォーターベッドのような反発力がある。結局付き合っていてもいいことはないため、そのあとはあんまり話もせずに用件を進めた。それでも耀司はなんだか楽しそうだった。


 ケーキとチキンを受け取り、さらには百貨店の地下食品売り場に向かってオードブルを購入する。売り切れていないのが幸いだった。さらにはシャンパン。それから苺用のノンアルコールシャンパン。


「こういうのって、準備している時が一番楽しいところがあるよね」

「それは否定しないけどね」


 そうやってパーティー用の食材、それからほかのグッズなどをしこたま買い込んで月奈の家に戻るのだった。



         ◇



「メリークリスマス!」


 いつもはだだっ広く感じる月奈宅のリビングだったが、4人でいるとさすがに賑やかである。みんなでクラッカーを鳴らし、それから食べたり飲んだりしていく。月奈はシャンパンをしこたま飲んでいい気持ちだった。こんな大騒ぎは生まれて初めてだった。孤児院でもクリスマスパーティーはやっていたはずだったがそれは記憶にはなく、研究所ではささやかにケーキを担当職員と囲むだけだった。


 今年だって、苺がいなければこんなパーティーをするという思い付きもなかったはずだ。苺が月奈にもたらしたものは多く、大きい。これまでの人生に不満はなかったはずだが、こういった人並みの幸せを自分も得られることに月奈は奇妙な感慨を覚えていた。


「ほら、苺いちご、もっとケーキ食べて」

「うん!」


 ケーキはほとんど3人に任せて、月奈はチキンをつまみにして酒を飲み続けていた。


「しかし、こんな席に俺がいていいのかな」

「いいのいいの。宇田さんもたまには羽目を外しなさいよー」


 いつのまにか月奈の酒は絡み酒になっていた。宇田は自制してシャンパンを飲んでいなかったのだが、それでも月奈の勢いに押されて飲まされていく。


「まあ……なんだ。こんなきみを見るのは初めてかもしれないな」

「実際初めてだもん」


 ひととおり食べ物とお酒をやっつけてから、4人はボードゲームに興じた。標的にされたのはもっぱら耀司だった。彼は負けが込むたびに苦笑を深めていった。


「なんていうか、ぼくってこういう星の元に生まれて来たんだなあ」

「それを鷹揚に受け入れるのが人生を楽しむコツだよ」

「そうそう」


 苺もはしゃいでいたが大人もはしゃいでいた。耀司はいつのまにかサンタコスチュームを着せられ、付け髭まで付けられている。


「うう、お酒もっと買っとけばよかった」


 シャンパンはすぐになくなってしまった。それで買い置きのビールを出そうとしたが、


「お酒はほどほどにしたほうがいいよー」


 と苺に窘められる始末である。月奈は頭を掻いた。これほど心地のいい酔いはまるで経験したことがなかったから、もっと深く酔いたかったのだ。しかし一応苺の保護者としての立場もある。


 酒については耀司も宇田もあまり強くなく、男2人はすっかり潰れてしまった。祭りの宵が訪れているのを感じ、月奈はふと切なくなった。ハレの日が終わればケに戻る。生きている限りは日常からは逃れられない。明日からは(すぐにお正月が来るが)闘争の日常が再開するのだ。そのことはいい。だが、月奈はこういったパーティーをしたことによって自分がどれだけ乾いた人生を送って来たのか痛感したのだった。


「つきなつきな」


 深夜に入って、月奈にも睡魔が訪れ始めた。元気なのは苺ばかりである。なんとも情けない大人たち。うとうとしかける月奈の頬を苺はつねり、(うつつ)に戻す。苺は健気にも眠ってしまった耀司や宇田に毛布を掛けてあげている。起こされたのは自分だけらしい。


「苺は眠くないの? こんな時間まで起きてるのは初めてでしょう」

「楽しいからだいじょぶだよ」


 苺はにっこりとして言った。愛らしさの塊は、酔いもあいまっていつもより更に大きく見える。今のところ少女は健やかに育っている。それがいつまでも続けばいい。


「月奈、プレゼントあるんでしょ?」


 そうだった。乱痴気騒ぎですっかり忘れていたが、それが本来のメインイベントだった。


 月奈はリボンでラッピングした細長い箱を取り出した。


 その中には赤色のカチューシャが入っていた。苺は目を輝かせ、それを早速身に着けた。


「えへへ。えへへ。うれしーなー。月奈、ありがとう!」


 喜んでもらえるかどうかは心配していたがどうやらそれは杞憂だったようだ。両手を頭に回してカチューシャを楽しそうに弄る苺に月奈は癒された。


「えへへ。今度はあたしが月奈にプレゼントあげるね」


 そういって苺が見せたのはふたつのぬいぐるみだった。ひとつは黒髪であり、もう一つは長い栗色の髪を生やしていた。くりくりとした黒目を顔に付け、口元には笑顔が灯っている。


「これ、あたしと月奈」


 それが苺のプレゼントだった。彼女は密かにそれを作り続けていたのだ。お世辞にも精巧な造りとは言い難いが、そこには確かに手作りの温かみが篭っていた。


 月奈はあわや涙が出そうなほどに追い込まれた。


「これは、あたしと月奈がずっと、ずーっと一緒にいるっていう約束だよ」

「……ありがとう。一生大事にするわ」


 月奈はそのぬいぐるみをしっかと抱き締めた。それを見て苺は言った。


「月奈、大好き」


 その言葉に月奈の心臓はばくんと跳ねた。それほど破壊力のある一言だった――苺にとってはなんでもない言葉だったのかもしれないが、それは確かに月奈の心を、恐らくは決定的に、致命的に揺さぶった。


 大好き。


 そうだ、私も――苺が大好きだ。


 だが、それを素直に伝えるには、大人の月奈にはまだ心の壁があったのである。

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