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18:夜魔たち





 月奈はお世辞にも勤勉な性格とは言えないが、それでも仕事の時は仕事の気持ちになるし、それをサボることはない。


 夜のパトロールは彼女の重要な仕事である。苺を寝付かせたのを確認したあと、月奈は気持ちを鋭くさせていく。黒革の革ジャンとショートパンツに着替え、戦闘的な気分が膨らんでくる。そして日本刀をベルトに差すと、殺戮天使、周防月奈が出来上がる。


 苺が来てからというもの、どうにも調子の狂うことが多かったが、この格好になると気分が安定してくる。心が冷たくなる。敵に慈悲はない――もっともあくまでパトロールであるため、本当に戦闘になるかはまだ分からない。


 月奈は血に飢えていた。そういった時、彼女は自分が戦闘狂であることを思い出す。ルナティカン退治は仕事であると同時に、過去からの復讐であると同時に、単純に愉悦である。


「救えないわね。少なくとも天国には行けそうにないな、私は」


 血の味を美味と捉え始めたのはいつからだろうと月奈は思った。最初はそうではなかったはずだ。だが殺していく内にそれに慣れてしまい、いつのまにか愉しみすら感じるようになった。ひとというものは適応するものである。


 月奈は視力も発達していて、遠目でも街中を観察することができる。彼女はビル群を跳躍しながら街の監視を続けていた。異常は今のところ見当たらなかった。それはそれでいいことだ。戦闘が好きだと言っても、平和に倦んでいるということではない。街が平和ならそれで万々歳である。少し物足りないという気持ちは否定できないが、そこまで外道にはなれないのも彼女なのだった。


 月奈はスマートフォンで時刻を確認した。丁度零時。このパトロールは午前2時まで続けるつもりだった。彼女の足があれば市内をほとんど回ることができる。


 もちろん、パトロールを続けているのは彼女1人ではなく、警察もである。いつでも連携できるように用意されていた。その連絡がないということは、今日は本当に平穏なのかもしれない。


 次第に回るのも退屈になってきた。最初の頃は街の夜景を眺めながら飛ぶことが快感だったが、それもまた慣れてしまった。あまりよくない傾向ではあった。仕事にマンネリを感じるのはどうにもよろしくない。


「いや、ホーントになにもないわね」

「クリスマスに向けて雌伏しているのかもしれないね」


 突如として後ろから浴びせられた機会音声に月奈ははっとした。振り向くと、そこにはあの男――無貌の仮面がいた。


 月奈は舌打ちした。


「私の後ろを取るなんて中々やるじゃない」

「いや、それはきみが気を抜いていたからじゃない」


 変声機の後ろで仮面がくつくつと笑う。この飄々さがまた気に食わない。


「なんであんたがここにいるのよ」

「それはきみと同じ理由だとおもうけどね」

「正義の味方ごっこを飽きもせず続けているわけね」

「別に正義の味方という訳じゃない。ただ、ぼくたちの目的には、まず社会に受け入れてもらう必要がある」


 無貌の仮面は朗々と言った。つまりは同じことではないかと月奈は思った。いずれにせよ、彼といつまでも付き合っている気はない。月奈は放っておくように跳躍したが、その後を仮面は付いてきた。月奈は速度を上げたが彼は余裕を持って後に来る。段々苛立ってきて月奈は跳びながら叫んだ。


「ちょっと、いちいち付いてこないでよ!」


 だが無謀の仮面は全然へこたれなかった。


「きみの行く道とぼくの行く道がただ同じなだけさ。目的が一緒なのだから、自然とそうなるだろう?」

「ならないわよ! いい加減にしないとストーカー被害で訴えるわよ!」

「実力行使はしないという訳か。ありがたいね」


 ということを言われ、月奈はふと足を止めた。どうしてそれに気付かなかったのだろう。気に入らない奴は徹底的にぶっ潰すだけ――その原則を忘れていたのは不思議というほかはない。


 月奈は口角を上げて無貌の仮面に向き直った。


「そうね。その手があったわね」

「おやおや、これは藪蛇だったかな」


 表情のない仮面にはいつも調子を狂わされる。この時もそうだった。いくら月奈が凄んで見せても反応がないからどうにも気が削がれるのだ。まさかそのために仮面を被っている訳でもないだろうが……


 月奈は腰を落として刀を抜いた。無貌の仮面も身構える。


「私は本気よ」


 そう言い放った瞬間、月奈のスマホに着信があった。ただでさえ腹立たしいところに邪魔までされて月奈の不機嫌は最高潮に達した。だがその発信元が宇田だったため、無視もできなかった。渋々月奈は電話に出た。


「久々の大物だ。戸塚区の繁華街で『餓狼兄弟』が暴れている。警察では手に負えない相手だ。応援を頼む」


 その話を聴いて、月奈は呆れるほどさっぱりとその不機嫌さをさっぱり忘れてしまった。強敵と戦える――混じりけなしの決戦で。


「分かった。すぐに行くわ」

「ぼくも行こうか。悪いけどきみの意見は尊重しない。ぼくにも自由というものがあるからね」

「勝手にすればいいわ。私の雄姿をその場で見ていなさい」


 そして月奈は駆けだした。それから一言付け加えるのも忘れなかった。


「命拾いしたわね、無貌の仮面」


 無貌の仮面はまたくつくつと笑った。純粋に可笑しいのか、苦笑しているのかはその機械音声を通してではまったく分からなかった。



        ◇



 餓狼兄弟とはその名の通り、2人組で暴れているルナティカンである。指名手配もされている。それだけ有名ということであり、強いということでもある。兄弟とはいうものの血のつながりはないらしい。


「だそうだよ。きみで勝てるかな、月奈くん」

「ふん。奴らが生き残ってこれたのはたまたま私と相対してなかったからよ」


 兄弟の特徴は物品の強奪よりも、むしろその暴力に酔っているふしがあるということだった。つまり血に飢えているルナティカンということだ。力はひとを狂わせるという典型例であると言えた。


 現場に着くと、大柄の筋肉質の男と、ひょろっとした小男が死屍累々の上に立っていた。大柄の方は冬だというのにタンクトップとハーフパンツという出で立ちで、小男はなにか尖ったものを持ちながらけたけたと笑っている。


 死骸の中には武装した警官も含まれていた。


「あんたらの運命もここでおしまいよ。この私が来たからには」


 月奈は自信を持ってそう言い放った。餓狼兄弟の2人はこちらに気付くと、まったく物怖じせず不敵な笑みを浮かべた。


「へっ……周防月奈か、いつか会えるだろうと思っていたぜぇ」

「兄貴兄貴、後ろにいるのは無貌の仮面すっよ。2人相手じゃちょっと分が悪いんじゃないっすか」


 そのやり取りを見るに、大男の方が兄貴分であり、小男が弟分らしい。


「心配ご無用。ぼくは月奈くんの戦いを見物に来ただけだよ」


 そういって無貌の仮面はひらりと跳び、適当な電柱の上に飛び乗った。月奈はにやりと笑った。これで心置きなく戦える。


「さあ、やり合おうじゃねえか!」


 といって、大男がその巨体からは想像もできないスピードで猛突進し、月奈にラリアットをかました。不意を突かれた月奈はそれをまともに受け、吹っ飛ばされた、だが彼女はそのままの勢いを利用して一回転し、着地した。なるほど、木っ端ルナティカンとは違うらしい――月奈の心に炎が宿った。


「へへっ、周防月奈も名前だけなんじゃねえのか?」

「それは今から教えてやるわ」


 月奈は抜刀した。そして一気に大男に詰め寄る。男はそのカウンターを狙っていたのか、丸太の如き腕を振るい、拳を叩きこもうとした。だが同じ轍は踏まない。月奈は優雅に見えるほどにそれをすらりとよけ、刀の切っ先を首筋に狙う。


「兄貴ッ!」


 そこに割り込んだのが弟だった。彼は凶器を月奈のふくらはぎに刺す。勢いを失った月奈の斬撃は肌をかすめただけで外れてしまった。だがそのままではいられない。月奈は小男の鳩尾に蹴りを喰らわせ、吹き飛ばした。


 その一撃で小男は気絶したのか、がっくりと項垂れ、倒れた。こっちの料理はあとでもいいだろうと月奈は判断した。そして改めて大男に向かう。


 月奈はおそるべき速さで斬撃を繰り出し続けた。しかし大男のほうも柔軟であり、腕で斬撃を受けながらも決して急所には突かせない。つまり彼はルナティカンの長所を知悉しているということだ。


「なかなかやるわね……」


 だが、そのやり取りで月奈は相手の力量を見破った。大丈夫、こちらの方が速い。一旦距離を取って腰を落とした。相手も最初の一撃ほどには向かってこない。警戒しているのだろう。


「へっ……久々に熱い血が滾るぜ」

「あら奇遇ね。私も漲ってきたところよ」


 しばしの緊張ののち、仕掛けたのは月奈だった。一気に突撃する。


「馬鹿の一つ覚えかよぉ!」


 しかしそうではなかった。月奈は接近しようとしたその直前――まさに相手の虚をつく僅かな隙を狙い、飛び跳ねた。そしてくるりと一回転。次の瞬間には大男の背後を取り――飛んだままで刀を一閃、その首を刎ねてしまった。月奈はその刎ねた首を空中でつかみ、そして着地した。切断された首から鮮血を噴き出し、大男の身体はそのまま崩れ落ちた。


 月奈は一息ついた。まあこんなものだろう。結局のところ私に勝てる奴などいない――だがそれが隙になった。彼女にしては、ほとんどありえないことだった。


 気絶していたと思っていた小男が急に飛び上がり、尖らせた鉄パイプを構え、投げつけようとした。彼は死んだふりをしていたのだ。


「油断してんじゃねえぞ――」


 だが、その凶器が手を離れることはなかった、月奈が気付いた時には、すでに無貌の仮面が放った投げナイフが小男の脳天に突き刺さっていたのだ。


「て、てめぇッ……見物するだけって言ったじゃねえか!」

「手を出さないとは言っていないよ」


 その言葉を断末魔として小男は斃れた。戦闘は呆気ない幕切れになり、そして無貌の仮面はひらりと電柱から飛び降り、ナイフを回収してから月奈に歩み寄った。


「慢心してたんじゃないかい?」

「ふん、なによ。あんなの簡単に躱せたわ。いらない手助けよ」

「まあ、なんにしてもこれで貸し借りなしだ」


 これまでの月奈ならその言葉に憤怒していただろう――だが彼女は自分でも吃驚するほどの自制を見せた。


「……ここは素直にありがとうって言っておくわ」

「おや」


 そんな言葉が出てくることも意外だった。月奈の精神は確かに変容しつつあった。そしてその理由も彼女にはなんとなく分かっていた。


 さあ、帰ろう――苺の待っている家へ。

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