悪役令嬢のままで 4
課外授業での魔物討伐を機に、彼らもようやく自分達の実力の程度に気づいてくれたみたいです。
次の日から6人でダンジョンの低層などにも挑んでいるみたいで一安心。
彼らには私との戦闘後に魔族との戦いが控えているわけですからね。
別に彼らの事を好きにはなれませんが、死んでほしいとも思っていませんし、相手が魔族であればどちらに生き残ってほしいかなど議論の余地はありません。
ちなみに、あの時ゴブリンの群れに囲まれた私は問題なく危機を脱しました。
と言っても、サクっとゴブリンの首を4つ引っこ抜いて紐で括って掲げただけですけどね。
ゴブリンは知能が低いので、3つ以上の数を数えられません。
だから首を4つ繋げてやると、数え切れないほどほど仲間が殺られたと思って逃げ出すのです。
ちなみに、知能が低いのでちゃんと括ってやらないと効果はありません。
目の前に死体を4つ並べても死体1つがいくつか並んでいるとしか判断されないのです。
これを勘違いして覚えているビギナーが多いせいで、正確に知っているのは実は多くないかもしれませんけど。
とまぁ彼らが努力するようになったので何より、という事で、後は私の問題だけです。
どうやって顔に傷を作ったと思わせる事ができるか。
やはり血糊が必要ですね……しかもリアルなものが。
そこらの劇団が使っているようなものなら簡単に手に入りますが、あんなわざとらしい色では誤摩化せません。
今までの彼らならともかく、戦闘を繰り返している今の彼らでは偽の血糊など簡単に見抜かれてしまう事でしょう。
流石に人間の血はすぐに劣化してしまいますから、取っておくことも難しいし……
劣化が遅く、しかもリアルな血糊となると……
「……背に腹は代えられませんね。」
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ある山脈の奥地、気温や気圧など人間が生活していくには厳しすぎる環境に住まう古竜がいた。
彼がここまで辺鄙な所に住んでいるのは、ただただ面倒に巻き込まれたくないからだった。
<古竜視点>
人間が近くに住んでいると、我からは何もしていなくても自分の鱗や角を求めて戦いを挑んでくる。
しかも、1人をミンチにすれば次は5人に、10人を灰にすれば次は50人に増え、どれだけ殺しても諦める様子がない。
挙げ句の果てに、「父さんの仇!」とか「婚約者を返せ!」と叫びながら掛かってくる奴もいる始末。
……知らんがな。
こちらが憎悪でもって殺したならともかく、曲がりなりにも命を狙われてるんだ。
降り掛かる火の粉に無防備で炙られる趣味はない。
そんな訳で、できるだけ人間の寄り付かない場所に居を移して早数十年、ついに人間がここを訪れた。
「お、いたいた。いなかったらどうしようかと不安だったの。あなたが古龍さんね?」
「よくぞ来た、と言いたい所だが……そう言うお前は何者だ?」
ここまで我を狙って来た者だ、しかも女一人、名前くらいは覚えてやろうか。
「私はレイア、今日ここに来たのは古龍さんにお願いがあって。」
そう言いながら、油断したところを不意打ちしてお命頂戴とでも思っているのだろう。
「ほう……願いとはなんだ?」
「話が早いわね、あなたの血をほんのちょっぴり分けて欲しいの、具体的にはコップ一杯分くらい。」
「ふむ……血か。」
ドラゴンの血は人間達にとっては上級のポーション作成に使われると聞く。
古龍の血ともなれば不老の妙薬も作れるという事だ。
命ではなく血だけなら、とでも思ったのだろう。
「良いぞ、この指を傷付けて持って行くが良い……お前ができるのならな。」
「ほ、本当ですか!?ありがとうございます!」
女はいそいそと懐から短剣を取り出した。
馬鹿め、例えオリハルコン製の戦斧であろうがこの身に傷付ける事など敵わん。
最高の武器があっても、技量が素人ではどうにもならん。
こんなか弱い女一人がどれだけ力を込めても擦り傷一つ着けられずに終わる事だろう。
「うむ……好きにすると良い。」
「では、行きますよ……“パワーアップ・極”“ディフェンスアップ・極”“マジックパワーアップ・極”“スピードアップ・極”“ライフエッセンス”“マナエッセンス”“アクティベーション”“コンセントレイション・極”“シールド・極”“マジックシールド・極”“限界突破”“アブソープション”“魔法耐性・極”“運命操作”」
目の前で行われる補助魔法の乱舞に一瞬焦りが生まれたが、攻撃に関する魔法は少なかったと思い直した。
「準備完了です、ではやりますね。」
「うむ。」
女が自分のすぐ足元まで移動してきた。
なに、心配する事など何もない。古龍の鱗はオリハルコンの刃だろうと弾き返す。
5分ほど待ってやったら、おやつ代わりにこの女を食っておしまいだ……
ザクッ
指に走る微かな衝撃、音の出処を見ると自分の前足の指の辺りだ、丁度女がいるすぐ側。
指と言っても、人間とは比べものにならない大きさだ。太さなど女の腰くらいはあるのではないか?
そして指先は戦闘で使う事も多いので、特に硬度が高い。
その指先に……女の持っていた短剣が深々と突き刺さっていた。
衝撃で停止していた脳がゆっくりと状況を理解し始めた。
指先から込み上げる灼熱感、そして、ここ100年は感じる事の無かった……痛み、痛み、痛み。
「グォォォォォ!?」
「暴れたら危ないですよ!?」
女が何か言っているが知った事ではない、すぐに女を手近な腕で乱暴に弾き飛ばした。
同時に小さくプツンという音と感触が前足から伝わって来た。
今の音は……衝撃で女の首でももげたか?
しかし女に構う余裕などない、先程からずっと熱を持っているように感じる指先を確認しようとすると……
「無い?」
指先が、無かった。
傷口からとめどなく血が流れている。
あの時、焦って腕を振るった時にちぎれてしまったのかもしれない。
「あらら、だから忠告したのに。でも、とれちゃったなら指も貰っていって良いですか?」
先程弾き飛ばしたはずの女が、落ちた我の指を拾い上げながら提案してきた。
こいつ……我がどれだけ痛い思いをしているのかも知らずに!!
「死ね!」
問答無用でブレスをお見舞いしてやった。
古竜のブレスはミスリルですらドロドロに溶かしてしまう。
人間ごときでは骨すら残らないだろう。
未だに無くなった指先からドクンドクンと痛みと灼熱感が襲ってくる。
回復したいが、我は回復魔法が苦手だ。
傷がふさがるのをじっと耐えるしかない。
「あのー。」
あの女だ!どうやって生き残った!?
訳がわからない、もしかするとブレス無効、又は火属性無効の魔道具でも持っているのかもしれない。
「いえ、避けました。ブレスがくるだろうなと思っていたので……いえ、読心術じゃないです、全部態度に出てますよ。」
こ、こいつ!?
この崇高な頭脳の古竜の思考を盗み見するとは……怪しげな術の使い手に違いない。
ならば、これからは何も考えずにひたすら攻撃するのみだ!
……
我の一心不乱の猛攻にも関わらず、攻撃はかすりもしない。
「目線や予備動作で狙いは一目瞭然ですからね、とにかく一旦落ち着いて下さい、でないと……」
話し始めたのを隙と見て飛び掛かったものの、あっさり回避され、背後に回られた。
そして、首筋に感じる冷たい感触。
「頭と胴が永遠にお別れしてしまいますよ?」
ただ首筋に女の得物が触れているだけ、だというのに動くことが出来ない。
今、女は刃を我の首に添えただけだった。
だというのに、首を守っている鱗だけが切断されてしまっている。
このまま女が力を込めれば、本当に女の言う通りになってしまう事だろう。
「分かった……我の降参だ。命だけは助けてくれ。」
「よし。」