四
本格的に姫君の婚礼話が郷守たちに周知されたのは、それから半年ほど経ってからだ。
伝統儀礼として、婚礼前に姫君が村々を巡るしきたりがある。これは一種の顔見せのようなもので、常日頃郷屋敷で大切に守られている姫君を、郷の民が目にすることのできる数少ない機会である。姫君は普段、郷の象徴としての神秘性を守るため、そして何よりその命を守るために滅多に外には出られない。姫が郷の民の目に触れるのは、特別な催しや儀式の時、例えば若君のお披露目式や婚礼前の郷巡りくらいである。
それだけに、警備には相当な力の入れようだ。ユキたち郷守も例外ではなく、姫君の警護に当たることになっている。常春の平和なこの地で物騒なことは滅多に起こらないが、ユキの村のように賊が出ることもある。“郷の花” に万が一があってはならぬと、郷守・刀守たちは相当息巻いている。以前その姿を覗き、もとい垣間見た郷守連中は特に。
一番人気は姫御輿付近の警護で、姫に近い配置を誰もが狙っている。普段はおしゃべりに花を咲かせている男共も、いつになく真剣な顔つきで鍛錬に取り組んでいる。
「おう、精が出るな。」
「はっ。この通り、日々励んでおります。」
鍛錬場に顔を出した上役の目に留まり、良い配置に抜擢されないか……あわよくばお役目中に姫の姿を見られないものだろうか……という邪な思惑など丸わかりだということに、残念ながら当人たちは気が付いていない。
どんなに真面目な顔つきで返答しようが、体つきを見れば日ごろから鍛えているかどうかくらい察しがつく。普段から真面目に取り組んでいる者は、手にたこがあったり、生傷が絶えなかったり、身体が一回り大きくなっていたりしている。一方で此度の郷巡りをきっかけに鍛錬に向き合いだした者は、体力がなく途中でバテるか、無理をして身体が悲鳴を上げるか、なんとも情けない体たらくだ。
ユキはというと、時々口が忙しくなるものの、基本的にはいつも真面目に鍛錬している。村を焼かれ天涯孤独となった自分に役割を与えてくれた月守一族の恩に報いるため、心の底から仕えたいと思っている。その想いを汲んでか、まわりの心強い兄貴分たちが熱血指導してくれているのだ。
「脇を締めろ、そんなんじゃ刀守は遠いぞ。身体が小せえんだから、力まかせに剣を振るってるだけじゃあ、この平七様にゃあかなわんぞ」
汗だくで打ち込むユキの様子を見て、由ノ進も口をはさむ。
「そうだな、いっそのこと小ささを利用して、下段の構えから一気に間合いをつめていくのが有効かもしれんぞ。体格差には速さで対抗だ、ユキ」
「小せえなりの戦い方か。由さんは上背があるのに、なんで小せえ人間の戦術がわかるんでさ」
「小さい相手と対峙する時に、その者の戦い方をわかっているのといないのとでは結果に大きな差が出るからな。己を知り、相手を知ることで剣は磨かれていくものだ。聞いているか、ユキ」
さっきから、小さい小さいと失礼な物言いだ。しかし言っていることは至極真っ当なため、口でも剣でも対抗する力のない若輩者は、おとなしく助言に従うのみである。
「ほれ、もっと打ち込んでこい。おめえだって、姫様の近くに就きてえだろ」
その言葉を耳にしたとたん、ぶわっと顔が赤くなり、ユキの動きが一瞬止まった。その隙を見逃さずに平七が竹刀を振りかぶったものだから、ユキの脳天に衝撃が走った。
「……ッ!!!」
「っお前、急に止まるんじゃねえやい。思いっきり打ち込んじまっただろうが!」
ユキの動揺に心当たりのある由ノ進は、頭を押さえうずくまる姿を、なんとも言えない顔で見ていた。