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1‐8

「こっわ…。」

 

 本当に何度きても不気味な住宅地だ。

 午後六時半、現在私は刑事さん、デミアンさんとともにあの不気味なところ(ドレ工場跡)にきている。デミアンさんには来なくていいと伝えたが、一人でいる方が怖いとのことなので一緒にきてもらった。気絶されたら困るが、今回は刑事さんがいるのでたぶん余裕で運べると思う。刑事さんには現在私たちがわかっているだけの情報を全部伝えたが、信じてもらえているかどうかはわからない。占い師の話とかも一応したけどさ…。ねぇ?


「相変わらず不気味なところだね~。」

「…。」


 私の連れは二人ともあたりを見まわしているが、その相貌は対照的で刑事さんの余裕の笑みに対して、デミアンさんは真っ青になった顔で私の左手をギリギリともう嫌がらせなのではないかという力で握り潰している。


「…で?声なんか聞こえないけど?占い師もいないね?」

「いやー、そうですねぇ…。」


 私にも聞こえてないし、この様子だとデミアンさんにも聞こえてないっすね。占い師は会わなくて全然いいけど。


「…デミアンさんにはここがどんな風に見えてるんです?」


 私も現在、デミアンさんの影響を受けて多少幽霊が見えるようになってはいるが、デミアンさんと比べれば見えるといっても本当に微々たるものだろう。


「…ここは変なところなんだ。特にこの建物…。」


 そういってデミアンさんは目の前の赤レンガの古ぼけた二階だての建物を指さす。私から見れば、汚いこと以外は普通だけど…。


「たしかに、窓がほぼないね。」


 ほんとだ。窓がすごい高い位置に一個あるだけで他に窓が全く…って、たしかにそれは変なところだけどそういうことじゃない。私はデミアンさんの霊感的な意味で変なところを尋ねているのだ。 刑事さん(しろうと)はだまっとれ。


「それも変だが…ここには魂の欠片だけがある。」

「カケラ?」

「ああ。魂といっていいのかわからないが…思いのかけらのような…人の形もとれないようななにかだ。それにたぶん…昔からある感じじゃなくて…結構最近できたもののような感じだ。」

「ふむ…。」


 幽霊というのはその人間が死んだ場所に出現することが多い。病院や事故現場などといった場所に幽霊の目撃情報が多いのはそのためだ…とカラスがいっていた。まぁ、デミアンさんの同僚さんたちみたいに、そのあと誰かがそこで拾って憑けちゃったりしたらもちろん移動するんだけど。ちなみに人間が普通に死んでも幽霊にはならない。幽霊は人間が思い残したことがある場合にのみ生まれる存在なのだ。

 カケラというのは…もしかしたら人魂とかそういった類のものかもしれない。人魂はまさに魂の欠片で死んだ後の人間に関わりが深い場所に出現するらしい。人魂の目撃情報がお墓などに多いのは(ry

 つまりここは…


「ここには最近死んだ後の人間が運び込まれている可能性が…

「ぎぃやあああああああああああああああ!!!!!!」


 デミアンさんうるさいよ。


「ふーん。よくわからないけど、ここ変なにおいするもんね。」

「変なにおい…?」

「うん。死体が腐ったみたいなn

「ぎぃえええええええええええええ!!!!」


 デミアンさんうるさい。

 私は鼻炎もちなのもあってかさっぱりわからないが、どうやらここは腐臭がするらしい。


「入ってみよっか?」

「やめましょう。危険です。僕は入りませんよ!」


 うーん、どちらも映画とかで一番最初に死にそうなヤツのセリフ。前者はホラーで後者はミステリーで。さて、こんな状況で一番いい選択は…。


「ちゃんと準備して明日突入しましょう。」


 これが王道だろ!!絶対ホラーでもミステリーでも絶対に誰も言わないセリフ!!これが一番安全だ!!


「そうだね~。入ってみないとわからないもんね。よーし、いこう☆」


 え、なにがそうなの!?わけがわからない!!私たちなんも同意してないんですが?

 その後、必死のデミアンさんと私の抵抗を笑顔で黙殺した刑事さんは私を右脇に抱え、デミアンさんを左肩に米俵のように担ぎ上げると鍵のかかったドアをなんと蹴りだけで破壊しヅカヅカと建物にそのまま入っていった。

 

「おろしてくださいよ!!はやく帰りましょう!!」


 バタバタと暴れるも刑事の腕はびくりともしない。本当にどんな怪力なんだ!!二人で暴れたらとどうにかなるかもとは思ったものの、デミアンさんは先ほど絶叫したと思ったらピクリとも動かなくなったので恐らくすでに気絶している。


「うーん、臭いねぇ。」


 室内はだいぶ暗くて私にはなにも見えないが、刑事さんは鼻をくんくんと言わせつつなんの戸惑いもなく歩みを進める。よく物とかにぶつからないな…。というか刑事さんがあまりにも堂々としてるし、なんにも怖くなさそうだからなんだか落ち着きはじめちゃったよ。正直ここが刑事さんの家みたいに錯覚しはじめちゃったよ。


「へー、階段も梯子もないってことは建物の高さのわりに一階だてなんだぁ。変なの。」

「この高さで一階だてですか…。」


 上の方を見上げると、外から見えていたこの家唯一の窓であろうものが見えた。暗いところに慣れすぎたせいか、眩しすぎて正直窓かどうかは確信がもてないけど。たぶん形からしてそうだろう。

 つーかあの位置だから絶対に二階の窓だと思ったんだけど。二階がまさかないとは。やっぱりみんな天井が高い家に憧れるのかな。


「qr:w!!!!」


 …!!!?なにか聞こえた。なにかが間違いなく聞こえた。


「け、け、け、刑事さん!!今、なんか…!!?」

「うん、聞こえたねぇ。たぶんここらへ


 ガタンッ!!!


 刑事さんがどこかに歩みを進めようとした瞬間、どこかでなにかが落ちたような音がした。なんとなくだが、かなり近い気がする。


「お、お、お!!!」


 パニックになりかけた私が絶叫を発するのを、私の胴体を異常な力で締め付けることによって防いだ刑事さんは締め付けはそのままに、光がみえるところ…つまり私たちがはいってきたドアの方へと向かい始めた。


「な、なにが…?」


 声を潜めて尋ねると刑事さんは私の声よりもさらに小さな声で「誰かいた」とだけ答えた。だ、誰か!!?ど、動物とかと勘違いしてない!!?

 そのまま刑事さんは足音も立てずに素早く外まで移動した。途中私たちの移動しているところ以外から、足音だとか物音が聞こえたような気がするが気のせいだということにした。


「…走るよ!!」


 外に出た瞬間刑事さんは私を地面に降ろし、そのまま私の手を掴むと走りだした。


「!!!!?」


 お、遅い。果てしなく遅い。なにがって…


「ほ、本気だしてます…!!?」

「本気だよ!」


 刑事さんの足は走る動作をしながらも歩くよりも多少早いかな程度のスピードしかでていない。これはふざけているのか!?

 あ、そっか!デミアンさん背負ってるから重いのか!!


「デミアンさん!!!起きてください!!」


 私が刑事さんの肩の上にいるデミアンさんの足をバシバシと叩くと、デミアンさんはやたら生真面目な顔をして「僕はまた新たな真理を見つけてしまった…。」といいつつ目を覚まし、刑事さんの肩からおりた。そして不思議そうな顔をしつつも私たちと同じスピードで歩き走りをし始めた。

 そしてデミアンさん分の重みが消えたはずの刑事さんだが、走るスピードはほぼ変わらない。嘘だろ!!?


「今は一体どういう状態なんだ?」

「追われてるかもなんです!!」

「お、おわれっ!!?追われてるのにこのスピードか!?」


 本当にその通りだよ!!マジで追いつかれていないのが不思議なくらいだよ!!というかなんか急に寒く…。あ、もしかしてこれはそろそろ幽霊さんが来るフラグでは…


「あ、タクシー!!タクシー!!」


 たまたま通りかかったタクシーを発見し、それに飛び込むと私たちは相談所にそのまま帰宅した。

 このままつけられると危ないかなーとも思ったがあと少しで幽霊さんが来てしまう時間なので、正直それ以外方法がなかった。



  *  *  *  *



「僕たちのことをさっきまで追っていたのはその…幽霊なのか…?」


 相談所に帰り、周囲の安全を一応確認し窓を修復しなんとか安全っぽい状況になったあと、私たちは事務所の相談スペースでちょっと真面目な感じで話し合いをすることにした。私と刑事さんはの向き合ったソファに机越しに座り、デミアンさんは落ち着かない様子で私の隣のソファに座ったり立ち上がったりを繰り返している。


「幽霊かどうかはわからないけど、血の匂いがしたなぁ。全体的に黒っぽい恰好をしていたように見えたけど。」

「血の匂い…。」


 血の匂いっていうのはなんか不穏だけど、幽霊かどうかはわからないなぁ。

 …お、いつのまにか幽霊さんがドアの前にいる。今日も赤いなー。


「デミアンさん、幽霊さん来ましたよ。ファンサしてあげてください。」


 デミアンさんはちっと舌打ちをすると、幽霊さんに背を向けて座ることのできる刑事さんの隣のソファにどかっと腰をおろした。鬱陶しそうに前髪をかきあげる動作は大変色っぽいが、なにせ本日もジャージなので全く恰好がつかない。


「僕もその幽霊さんとやらがどんな姿してるのか見てみたいなぁ。どうやったら見えるようになるの?」


 そうだった。この人幽霊が全く見えない霊感0人間なんだった。


「霊感0の刑事さんに幽霊さんが見えることは一生ないんで安心してください。」


 …あれ?なんか矛盾というかなにか違和感を感じるぞ。


「あの家にいて、私たちを追ってきたのって黒っぽい恰好をした男の人なんですよね?」

「僕にはそういう風にみえたよ。」

「みえたんですよね?」

「うん。」

「それ幽霊じゃないこと確定じゃないですか!!!」


 思いっきり人間だよ!!霊感0人間が見えてるってことは思いっきし人間じゃん!!


「へー、そうなんだ。」


 そうだよ!ちゃんと考えてみればそうじゃん!


「ん、待て。あそこらへんには人がもういないと刑事さんはいっていなかったか?」

「うん、もうあそこらへんには誰も住んでいないはずだよ。」

「だったら室内に生きた人間がいるのはおかしくないか…?」


 たしかに。それは結構変なことかもしれない。


「あそこに入ろうとするなら、あのかなり高い位置にある窓か玄関を使うしかないだろう。だが、あの位置にある窓から入るのは通常であれば厳しいだろうし、玄関も僕たちが入ろうとしたときにはカギがしまっていた。だからといって、僕たちのあとに玄関から入ってきたわけではない…よな?」

「はい。さすがにあとから来たら気づきます。」

「だったら、その黒服男は元からそこにいた…と考えるのが妥当じゃないか?」


 うーむ。デミアンさん、なかなか鋭い。さすがエリート。

 黒い服の怪しげな男(私たちをストーキングしてくる)が、なぜか私たちが入るより前にあそこにいた。だけど、あそこらへんは誰も住んでいるはずはない。…たしかに違和感だ。


「…なんだか事件の匂いがするね~。」


 お、刑事のようすが…。というか血の匂いがする黒服の男って時点でだいぶ事件の匂いしてたと思うんだけど。

 刑事さんはしばらくう~んと考え込んだあと、もともとはカラスの書き物机だったものの下をのぞき込んだ。一体全体どうしたんだと思っている私をよそに机の下からジェラルミンケースのようななにかを取り出した。

 …えっ、なにあれ!?見覚えないんだけど!?つーか、ドラマ以外でジェラルミンケースなんて初めて見たよ!


「それなんですか!?」

「えへへ☆」


 勝手においてたのかコイツ…!!!

 ジェラルミンケースを相談スペースの机の上に勢いよく置いた刑事は、パカッとまるでパソコンのようにそれを開いた。そして開いたジェラルミンケースの中には電源がすでについたパソコンがあった。

 …やっぱ絶対こっちに私以外のあっち世界の人来てるよ!パソコンまであるのか!


「リンクくん、いる~?」


 いつも通りぽや~んとした優しい声で刑事は青い画面に声をかけつつ、手をひらひらとふっている。

 刑事めー、声だけはいいんだよなぁー。

 なんだか私が刑事の声で眠くなり始めて、デミアンさんが永遠と声をかけ続ける刑事さんの姿に恐怖を感じ始めたころやっと画面の向こう側は応答した。


[…な、な、なんでしょうか…。]


 パソコンの液晶の向こう側に現れた人物の姿を見た時、一瞬私は息が止まった。そして、思わず刑事さんを押しのけてパソコンを奪い取ってしまった。


「どうしたの?」


 刑事さんは不思議そうに私の顔を覗き込み、デミアンさんはなぜか私の左手を握っている。化け物でもいたのかとビビっているのかもしれない。だけど、それもこれも今は関係ない。この人は、この人は…


[えっ、えっ、えっ…!!?]


 …違った。私を見て怯えている中性的な見目の画面の向こう側の人間は、黒髪でも黒目でもなかった。深い紺色の瞳と髪が光の加減によってそう見えていただけだった。それによくよく見れば肩までに見えた髪もそれよりもっと長いし、前髪もあの人はこんなに長くなかった。

 …落ち着け、私。あの人はもうずっと前に死んでいる。黒髪と黒目をもつ人間はもうこの世に存在しない。

 

「…驚かせてすみません。私、佳也子と申しますよろしく。」

[あ、あ、あ、えっと、あ…

「えっと?」

[そ、その…

「ごめんね、リンダくんは人と話すのが苦手なんだ。」

「あ、なるほど。」


 よかった。初対面から嫌われたとかじゃないんだね。ちょっとはたからみたらヤバめの行動を初っ端からしちゃったから色々焦ったよ。


「あ、こちらは僕の相棒のリンボーくん。仲良くしてあげてね。ほら、リンチくんも。」


 さっきから呼びかける名前が何回も変わってるが大丈夫だろうか。しかもさっきからだいぶ酷い名前。


[う、あ…えっと、よろしく…お願いします…。り、リング・バーストです…。]


 あ、リングって名前だったのか。なるほどリンだけ合ってるパターン。


「僕はデミアン。よろしく頼む。」


 うんうん、自己紹介は大切だね。あの占い師みたいに勝手に名前知ってるとかホラーは本当によくない。…ん?今刑事さん相棒っていったか?刑事の相棒っていったら、あれだよね?あのS下さんとKほにゃららくんのアレみたいな。バディというか結構いつも一緒にいる感じの。この二人は一緒にいなくて大丈夫なの?というか私刑事でコミュ症って初めてみたけど、どうやってやってるのだろうか。


「お二人は相棒なのに結構別行動してて大丈夫なんですか?あと、会話苦手で刑事ってきつそうですね。」

[あっ…す、すみません…。]


 え、なんで謝って…アー!!!私はまた思ったことをポロリしてしまった!!これよく考えたら、絶対遠回しにリングさん批判してるって思われそうな内容じゃん!!こ、これは申し訳ない!!


「あー、えー、あー!!その、私も会話とか苦手で!!なかなか仕事なくて…ちゃんと仕事できてて羨ましいなって思っただけなんです!!本当に批判するつもりとかまったくなくて…。私、そういう刑事さんいてもいいと思います!!はい!!私は好きです!!その、えっと、あの…本当にすみません…。」

[いえ、あの…ごめんなさい…。]


 あー!!フォローいれたつもりがますますリングさんがへこんでいく!!どんどん首がへこんでいってまるで亀みたいだ!!


「こちらこそ本当にごめんなさい…!!」

[わ、えと、その、ごめんなさい…。」

「いや、私が

「そんなことはどうでもいいんだけどさ。」


 私たちの謝罪合戦にしびれを切らしたのか、ちょっと早口で刑事さんが私たちの間に割り込んできた。というか、どうでもいいとは失礼な。こっちは必死なのに。


「ねぇ、リスクくん。君、ドレ工場跡は知ってるよね?」

[は、はい…。]

「だったらさ、最近そこらへんでなんか気になることがないかを調べてほしいんだ。あ、あとそこの建物の中に赤レンガの窓が全然ない建物があると思うんだけど、そこがもともとなにに使われてたのかと、どんな構造になってるのかを調べて欲しいんだぁ。」

[え、あ、え、でも…。]

「できるよねぇ?」

[は、はい…。]

「じゃあ、明日までによろしく☆じゃあね☆」

 

 満面の笑みを零した刑事さんはそのままパソコンをバタンと閉じて一方的に会話を終了させた。さりげなくリングさんにかなりの量の仕事が押し付けられていた気がするが大丈夫だろうか。しかも明日まで。

 というか、刑事さんのさっきの「できるよねぇ?」の時の圧がすごすぎた。満面の笑みなのに怖いというのを初めて経験した気がする。この人にだけは上司になってほしくない。


「うーん、明日が楽しみ☆じゃあ、今日は僕ここに泊まるから。」

「は?」


 なにいってんだこの馬鹿は。私はデミアンくんだけで手一杯です。というか、ベッドはデミアンさんに貸してるし、現在私はソファの上で寝ててすでに結構体が痛いんだけど、もしかして私からソファまでも奪うつもりだったりする?私は床で寝るの?あ、もしかして刑事さんが床?


「シャワールーム借りるねー☆」

「はい?」


 いや、まだ泊まることも許可してないし、なにが「シャワールーム借りるね~☆」だよ。お泊り会気分か!いや勝手にお風呂入るな!…まぁ、情報欲しいから泊まることも風呂入ることも許さざるを得ないんですけどねっ!くそう!今夜は床か!!まぁ、明日までの辛抱だと…そう信じよう…。


「よかったじゃないか!」

「は?なにがですか?」


 お風呂の扉がバタンっと刑事さんのとんでもない腕力によって閉められたのを見届けてから、デミアンさんはなぜかサムズアップしながらキラキラした目を向けてきた。

 いや、なにがよかったのかわけがわからないんだけど。


「彼氏とお泊りデートなんてよかったとしか言いようがないだろう。刑事だから忙しいだろうし、久しぶりなんじゃないのか?」

「馬鹿なんですか。」


 とんでもない勘違いだ。もしかして、朝の騒動の勘違いがまだ続いているのか?アホすぎる…。こいつは正真正銘のアホ野郎だ…。


「あのですね…。」

「ああ。」

「あの人私の彼氏でもなんでもないですよ…。そもそも彼氏なんていませんし…。」

「照れなくてもいいのに。」


 デミアンさんは一体全体私のどこから照れてる要素を見出したのだろうか。六百字詰め原稿10枚にまとめてわかりやすく書いてほしい。やっぱり面倒なので三文字で。

 

「そもそも、彼氏がいたら仕事とは言えどこの誰ともわからないデミアンさんと何日間も二人きりで過ごしたりしませんよ…。」


 まぁ、普通は彼氏いなくても会ったばっかりの男なんざ家に泊まらせないないけどさ。…ゆ、幽霊さんいるし!!

 というか、彼氏いてそんなことしてたらもううん百年も前に別れを告げられてるか、彼氏にしばかれてるかするだろう。


「…たしかに。」


 わかってくれただろうか。どうかそのわけのわからない勘違いを修正して欲しい。そして私が刑事さんに逮捕されかけてるときに「キャッ!イチャイチャしてる!」みたいな反応をせずに、どうか私を守ってほしい。あれはガチ逮捕だから。


「…でも、だったら男ものがなぜこんなに家に?」

「…カラスのものですよ。」

「二十何年前に死んだんじゃないのか?」


 なんで知ってるんだこの男。

 私のそんな心を読み取ったのか、表情に思いっきりでてたのか知らないがデミアンさんは「大家に教えてもらったんだ。」と慌ててつけたした。

 …ん?大家?大家って…デイナのことか?そういえば最近会ってないな。ついこないだまでほぼ毎日家賃の請求にきてたはずなのに…。…あれ?私はほぼ常にデミアンさんと一緒にいるのに、デイナと会った記憶はない。はて、デミアンさんはいつデイナと会ったのだろう?


「私、デミアンさんがここに来てからデイナ…大家さんに会った記憶ないんですけど…。」

「君は寝てたからな。」


 なるほど。デミアンさんは早起きだもんね。


「勝手に入ってくるから何者かと思ったら大家だと聞いて驚いた。大家とはそこまでするものなのだな。」

「あー、はい…。」


 普通の大家さんはそんなことしませんけどね。デイナが異常なだけです。はい。


「…もしかして、家賃払ってくれたりしました?」

「ああ。」


 なんていい人なんだ!!好き!!頬ずりしてもいい!


「あれで依頼料はチャラだからな。」

「必要経費ですよ!!」


 そうだった!こいつはとんでもねぇ馬鹿野郎だった!!忘れちゃいけねぇ!!


「なんで僕が依頼を受けた人間の家賃まで必要経費として払わなきゃいけないんだ。」

「デミアンさんだって暮らしてるじゃないですか!」

「…まぁ、たしかに。」


 まぁ、あの家賃はデミアンさんが泊まり始める前の家賃だけどね!べつにわざわざいう必要もないからね!


「いいお風呂だった~!あ、シャワールーム開いたから次の人どうぞ~☆」


 刑事!たまにはいい働きするじゃないか刑事!!ちょうどこの会話終わらせたかったんだ!これで流されやすそうなデミアンさんはきっと家賃も必要経費としてくれるはず!!


「って、ん!!?」


 私の目はおかしいのだろうか…。デミアンさんの方を見ると、デミアンさんもこちらを見つめたあと無言で首をふってきた。どうやら幻覚ではないらしい。


「どうしたの?そんな不思議そうな顔して。」

「…ジャージ…。」

「ああ、これ?おいてあったから借りといたよ。」


 ああ…。刑事さんがジャージ戦隊のグリーンに…。しかもパツパツだよ…。いくらカラスのものだから男ものとはいえ、これは無理がある。そもそもデミアンさんがカラスのジャージを着られたのも奇跡的にカラスとデミアンさんの体型が近くて身長も近かったからだ。それを大男である刑事さんが着ようというのは無理がありすぎる。


「なにか変?」

 

 にじり寄ってくる刑事さんと適度な距離を保ちつつ、デミアンさんに視線でSOSを求めるがデミアンさんは必死で目をそらして私とも刑事さんとも目を合わせないようにしている。あいつ…。

 

「あー、うー、えーっと…なんというか、刑事さんには…そのジャージは…

「刑事さんだなんて他人行儀な呼び方やめてよぉ。一晩一緒に過ごす仲なんだからさ~。」


 その言葉を聞いた瞬間デミアンさんはすごい勢いでこちらを見てきた。なぜか知らないがやっぱりという顔をしている。絶対あいつまた勘違いしてるよ!


「呼び方もなにも私あなたの名前知らないので…。」


 そもそもお前も私の名前知らないだろ。毎回魚介類で呼びやがって。ギリでデミアンさんの名前知ってるかなレベルなこと知ってるからな。


「あれ、そうだっけ?」

「知りませんね。」


 刑事さんは「あれ~?」といったあと、バシッと私の手を力強くつかみ満面の笑みで「クロムだよ☆」といった。


「あ、はい。よろしくお願いしますクロムさん…。」


 よくよく考えて見ると、私がこっちに来てからかなりの日数顔を合わせてたにも関わらず、お互い名前を知らないという衝撃。


「あ、私は佳也子です。よろしく。」

「知ってたよ~!カサゴちゃん!」


 いや知ってないだろ。今自己紹介したのに瞬間で間違えてるよ。しかもまた魚介類。これなんかもう指摘させる気すら失せさせる高度なボケだったりする?


「で、そっちはデーモンくんでしょ。」

「いやデミアンです。」


 お前も蝋人形にしてやろうかー!!ってか?この人、人の名前覚えなすぎだろ。もしかして自分の名前すら間違ってましたみたいなサスペンスなオチないよね?大丈夫?


「えっと、寝るとこなんですけど…。」


 名前問題でずっと「デミグラスソースくんだよね?」「いやデミアンです。」「デンコくんだよね?」「いやデミアンです。」という不毛な争いを続けていた二人の間に入り、今夜の重大な問題を提示する。


「僕は当然ベッドだろう。」

「まぁ、家賃払ってくれるので許しましょう。」


 デミアンさんはね。まぁね。家賃だからね。


「じゃあ、僕もベッドだね。」

「目大丈夫ですか?ここにベッドは一つですよ?」

「じゃあ、逮捕していい?」

「だめですね。」


 やめろよその脅し!

 というかマジでどうしよう…。デミアンさんをベッドからどかすのは家賃をうちからどかすようなものだし、刑事さんをベッドから遠ざけようとすると私の逮捕が近まる。


「じゃあ、二人で一緒に寝てください。」

「はっ!?」


 デミアンさんの正気かこいつという視線が突き刺さるが私は知らない。二人で楽しくBLやってればいい。そうだ、あとで二人で寝てるところ写真とって誰かに売りつけよう。二人ともかなりいい顔してるからたぶんいい値段で売れる。顔的にはデミアンさんが攻めで刑事さ…えっとクロムさんが受けだな。よし。


「これ以外解決方法ないので。許してください。」

「…わかった。僕がソファで寝るよ。」

 

 おっ、意外にもデミアンさんが譲った。さっきまでは大歓迎だったけどなぁ…うーん、デミアンさんとクロムさんのBLショット売りつけ商売したいなぁ。


「遠慮なさらず。」

「してない!頼むから僕をソファで寝かせてくれ!」

「私ソファで寝ますけどいいんですか?一緒に寝るんです?」

「…家賃。」

「三か月分?」

「…わかった。払うから!」


 イェーイ!喜ばしい!今だったら床に寝るどころか、床にキスぐらいしてやっても構わない気分だ!床万歳!!


「じゃ、お風呂入ってくるんで!」


 最近はデミアンさんが光熱費とか水道代も払ってくれるから、シャワーもちゃんと家で浴びられるぜ!とホカホカの私は翌朝起きる悲劇のことなど知る由もなかった。





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