92話 秋祭り その5
秋祭りのお話、part5です。まだ…続きます。
いつも通り、未香子視点となります。
お祭りには出掛けましたが…、話があまり進んでいません…。
「じゃあ、そろそろ行こうか?」
お兄様がそう仰ったのを切っ掛けに、葉月が立ち上がり、何故か私の隣側にやって来て、片手を差し出してくる。…うん?…何でしょう…か?…私は、葉月の手を見てから、葉月の顔を見て、その次に隣の夕月を見ると、葉月と同様に、兄が夕月に片手を差し出して、夕月を手を取っては、エスコートするように立たせていた。
…あれ?…どういうことなの…ですの?
…えっ?!…私はどうしたらいいの?…兄は、夕月をそのままエスコートして、車まで行ってしまうようだった。…ええっ!…私、取り残されちゃった!…私は、兄と夕月が立ち去った方を、呆然と見つめていると、葉月がコホンと…咳ばらいをするのが、私の耳にも入って来た。
「今日の…未香子のエスコートは、僕がすることになっているんだよ。だから、いつもと違って、朔兄が夕月をエスコート、僕が君を…エスコートすることに…、なった…。」
「…えっ?…葉月が?…私の…エスコートを…しますの?」
「…うん。朔兄が、どうしても夕月のエスコートを譲ってくれって…。流石に、妹のエスコートばかりしていると、妹がお嫁さんに行く時に、兄として反対しそうだから、徐々に妹離れしたい…って、言われたんだよね…。」
「………はい?」
葉月が、私をエスコートするって、急に言われても…。それは、誰が…決めましたのですの?…お兄様が…何ですって?……はい?…妹離れしたいが為に、お兄様が夕月を、葉月が私を、…エスコートしますの?…それが…何故、妹離れになる…というのですか?……お兄様。イマイチ、仰っている意味が…分かり兼ねますわ…。
「やっぱり…夕月か朔兄じゃないと、嫌だった?……でもさ…朔兄は…あれで、言い出したら聞かないんだよね。だから…今日ぐらいは、我慢してくれるかな?」
「…別に、…い、嫌ではないのよ…。た、ただ…お兄様…のこと…は、怒ってますわよ…。…は、葉月は…嫌…では、ないの?」
「…あ、ああ…。未香子のことは…別に、少しも…嫌じゃないよ。」
私がいつまでも葉月の手を取らず、そのまま黙ってしまい、葉月には…私が、彼の手を取ることに抵抗があるのだと、思われてしまったようでして。今日だけ我慢してなんて言われれば、何だかお兄様に対して、物凄い怒りが湧き上がって来て…。
もう!全部、お兄様の所為ではないの!…悲し気な葉月に、私は思ったことを伝えようとしても、緊張して上手く話せない。よく分からないけれど、動悸が物凄く速くて、胸が苦しい感じがしまして。まるで、思いっきり走った後みたいに。
それでも、葉月には何とか伝わったようである。もしかしたら、葉月の方が嫌々なのでは、と思ったのですが…。私のことは…嫌ではない、と言ってくれて、胸が…キュッと締め付けられた気がする。私の身体には…何が起こっておりますの?
葉月が改めて手を差し出して、「朔兄達が待っている。そろそろ…行こうか?」と言まれまして、私は恐る恐るという感じで、自分の手を彼の手の上に載せてみる。
彼は、そっと私の手を引いて、私を立ち上がらせてくれた。その時に私が感じたことは、夕月と何ら違和感がないことであり…。そっと手を引く時の動作も、その後にエスコートする仕草も、歩く歩幅も、全てが。
まるで、夕月にエスコートされているような、そのような錯覚がしたのである。
ただ、異なる点は、手の大きさや手のぶ厚さなど、異性の違いを感じさせるものばかりであった、と思う。夕月よりも大きな手で、夕月よりもずっと硬めで、夕月よりも手の厚みがあって、あらゆる点で男性なのだと思わせるもので。
…ですが、その手はとても温かかくて。優しさに溢れた手であって。私を…物凄く大切に扱ってくれる夕月と、今の葉月には、全く同じものに感じられてしまって、私は…心からホッと、安心出来たのであった。
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兄の運転する車で、私達は秋祭りの会場に向かっていた。会場には駐車場がないので、歩いて行ける程の所にある、有料の駐車場に、兄は車を止める予約をしていたようである。手際が良いお兄様らしいですわ。駐車場から、4人で歩くことになり、再び…兄は、夕月をエスコートしようとして。チラッと私に視線を遣り、心配そうな様子を見せてくれた夕月。兄にサッと攫われるようにして、エスコートされて行った。透かさずに葉月が、私をすっとエスコートしてくれて、お兄様達に続いて、後ろから歩いて行くことになった。
何だか…不思議な気分である。夕月ではない筈なのに、それほど違和感がなくて、私は…すんなりと、受け入れてしまっている。葉月が夕月と似ている、と言うべきなのだろうか?…それとも、夕月が葉月と似ている、言うべきなのだろうか?
どちら…なの?
秋祭り会場に近づいて行くにつれ、段々と人が多くなって来る。これは、昼間以上の混雑ぶりよね?…前触れもなく、葉月が…ギュッと、先程よりも強めに手を繋いで来て、私はビクッとしてしまう。その瞬間…頭上から、「今、驚かせたよね?…ごめん。混雑して来たから、このままだと…手が離れてしまうかもしれない。…もしも…昔みたいに、迷子にでもなったら…と思うと……。」と、葉月がボソボソと話す声が聞こえて来た。
私は、彼の顔を確かめるようにして、上を向くと。夕月の時は、少し顔を上げただけで、目が合ったというのに、葉月の顔は…私よりも、遥かに上の方に顔があり、意識して顔を上げなければ、見られない位置にあった。…う~む。…首が痛くなりそう…。然も、ここでは…この通路では、大勢が歩いている為、上を向くのにも…一苦労である。
それでも何とか上を向けば、葉月と目が合い。葉月の表情は、そういう時の状態の夕月と全く同じ表情であった。悲しそうな、少ししょんぼりしたような顔つきで。私に悪い事をしたと、思っている様子なの…。そして…、私のことを心底心配していると、言いたげで。何よりも、私のことを1番大切にしてくれる。それは…夕月だけ、だと思っていたというのに、葉月も同じように思ってくれている…?
「…大丈夫ですわ。ちょっと…驚いただけ…。私も、夕月にもお兄様にも、ご心配を掛けたくありませんもの。迷子にも…なりたくないですもの…。」
「…うん。嫌だったら…いつでも言って。代わって…もらうから。」
「…ううん。本当に…大丈夫…。」
これ以上…葉月が心配しないように、大丈夫だと言わなくては。そのなのに、葉月が相手だと、変に意識してしまう為、…支え支えにでも何とか言葉にして、彼に伝えようとした。それでも彼は、私が嫌だと思えば、お兄様に頼んででも、夕月と代わってくれるつもりなのでしょう。それとも、兄と代わるつもりかもしれない。
兄のしたいことが、良く理解が出来ていませんけれども、兄の邪魔をしたい訳では…ないのです。
交代する必要は無い、という意味を込めて、もう一度大丈夫と伝えれば。
葉月は「…分かった。」と短く返答した後は、黙々とただ2人で歩いていた。
私も…何も話さずに、ただ只管と歩いて行て。夕月と2人であったならば、会話が特になくても、そう気になることはないのに…。相手が葉月だと思えば思うほど、この無言の時間が…途轍もなく、長く感じられてしまう。その上、この無言の時間が、今は…この上なく重い…。
何か話せればいいのに、私は何を話したらいいのか、よく分からない。多分…それは、葉月も同じなのでしょうね?…この前に出掛けた時、あの水族館では、割とスムーズに話せたのに…。あれから、葉月と2人っきりになると、何となく調子がおかしくなる。夕月と3人の時ならば、今まで通りなのに…。
私だけではなく、葉月も…何となく、調子がおかしいみたいなの…。
ふと気が付けば、人混みが多過ぎていて、少し前を歩いていた筈のお兄様達が、見えなくなっていた。どうしよう…。お兄様達と…逸れてしまったの?…段々と不安になって来て、私は…挙動不審気味な態度に、なっていたかも…。
また私の頭上から、葉月が「大丈夫だよ。」と声を掛けてくれる。
「朔兄達の姿は、僕には見えているからね。それに、もし逸れたとしても、幾つか落ち合う場所と時間は、朔兄と決めてある。それでもダメなら、スマホで連絡すればいい。電話は喧騒で聞こえないから、SNSだけど、ね。」
「…そうなのね?…良かったですわ。」
「まるで、この世の終わりみたいな顔を、していたよね?…くくくっ。そういうところは…未香子らしいよね?」
「もう!…葉月まで! 」
私の不安を、的確に判断した葉月。私が、お兄様達と離れて心配している、と気づいてくれて、背の高い葉月には見えている、と教えてくれた。事前に逸れた時の対策まで、お兄様と話し合われていたなどとは。そう言えば…、今までにも似たような事がありましたわ。去年まではお兄様がエスコートしてくださったので、私は安心してお任せしていたのですわ。私が心から安心すれば、すぐ横で頭上から…楽し気な笑い声が、聞こえてくる。
こういうところも…夕月と、似ていますのね…。私だけ…ですものね?
4人で出掛ければ大丈夫だと、軽く考えて何時も…完全に人任せにしていた私。
毎年、多大な迷惑を…お掛けしておりましたのね?…お兄様。ごめんなさい。
秋祭りのお話、part5となります。漸く夜のお祭り会場です。
人混みが多いので、2組でほぼ別行動になっています。2人っきりになるのが、水族館とでまだ2回目です…。初々しい…ですよね?




