苦心惨憺
そうですね、まずは私が一聖クラウディア学園生になるまでの話です。
家から徒歩5分。そんな理由で決めた平々凡々な公立の草壁高校に、私は入学手続きを済ませました。その帰り道は少し肌寒い風を思い切り吸い込んで、新しい生活に胸を踊らせていたものです。
その翌日、幼馴染に出会って草壁に合格した話をしました。彼は聖クラウディアだそうで、少し落ち込んだ顔をしていました。金にモノを言わせた裏口入学だろうと、本人がそう言っていました。ふむふむ、気づいてしまうと悲しくなるでしょうが、そりゃ親の愛ってもんです。
その後が全く不可解な事。語弊を恐れずに言えば私は彼に嵌められたのです。おっちょこちょいで馬鹿をやらかした私も悪いと言えば悪いのですが。
入学手続き後の、ある日。きっかけは幼馴染の一言。
「うちに最新の宇宙工学雑誌があるんだけど、来ない?」
ああ、何て魅力的なお誘いだった事でしょう。私は無理と知りつつもJAXAへの就職を夢見る程度には宇宙が好きなのです。そして工学!私の好みを心得ていらっしゃいますね!
無論ほいほいと彼について行き、彼の邸宅に上がりました。
そう、邸宅。彼…華頂 光貴は一人暮らしの癖に東京の一等地の戸建てに住んでやがるのです。そして顔もキラキラしたイケメン、フットワークも頭も軽い、性格もいい。もう一度言いましょう、頭は軽いはずです。たまに違うような気もしますが、気のせいでしょう。学校の成績聞いてもヘラヘラして答えないですし。
なぜそんな非凡な人間が凡庸な私の幼馴染なのか?
簡単です。小学校のクラスが一緒だったのです。我が懐かしの小学校は少子化の煽りを受けて学区が広く、裕福な方々の住む地から私のような庶民の住む地まで幅広く含んでいたのです。
その中で最も庶民なのが私、最も裕福なのが光貴だったと言う事ですね。そのまま中学校も同じでした。
とはいえ相手はあの光貴、同じクラス、学校程度では接点がなくてもおかしくありませんでした。無い方がこちらとしては楽ですし、実際無かったのですが、いきなり彼にお気に入り認定をくらいましたのです。なぜでしょう、私が珍しい毛色の庶民だったからでしょうか。そこは良く分かりません。
おっと、私が嵌められた話でした。
宇宙工学の雑誌に釣られて光貴の家に上がった私は、手渡された冊子に驚愕しました。
まずどーんと載っているのは宇宙船、そしてめくるとドッキング作業中の飛行士。お次は宇宙メリーゴーランドが完成し、重力場が生じる過程。ダークマターの説明らしきものもありました。一言で言えば私のような知識だけのオタク的初心者のハートをがっつり鷲掴みにする冊子です。
しかしたった一つ、重大で決定的な問題がありました。
「読めない…」
「ああ、それドイツ語だから。」
「……。」
「待てって!」
じゃあ見せないで捨てて下さい。ドイツ語私が読めるとでも?庶民舐めんな、という思いを封じ込め、無言でおいとましようとしたら引き止められました。
「俺読めるんだけど。」
これは難解な発言です。たまに光貴は訳の分からない事を言うのです。強いて考えるなら俺は読めるけどなぜお前は読めぬのだ阿呆めという位の思いでしょうか。
「ヨカッタデスネェ」
「遊は読みたくないか?」
読みたいに決まっているでしょう。さっき見た図解詳説にはときめきましたとも。素晴らしく分かりやすい上、今の最先端の研究の姿が垣間見える至高の本でした。でもドイツ語は読めないので残念ですが今はしばしのさようならです。訳本が出るまで待つ位余裕です。
「因みに訳本は出ないぜ。」
「…え!出ないんですか!そんな馬鹿な。」
「ああ、発行者が趣味で書いてるだけだから、翻訳の許可を出したがらないんだってさ。」
つっけんどんに言って目をそらす光貴。まさかの死刑にも等しい宣告に光貴をガン見する私。
「あの、」
「何?」
「訳して頂けませんか?」
光貴はこちらに向き直ってニヤリと笑いました。残念なイケメンです、そんな間抜け面ばかり晒しているからイケメンだと思われないのです。
「いいけど、俺の頼みも聞いてくれない?」
「いいですよ。」
何かをお願いした時にお返しを要求される事はよくあったので、私は簡単に承諾しました。以前はお弁当を作れだったような。一人暮らしの光貴は多分お弁当を作るのが面倒だったのでしょう。
後、俺を呼び捨てにしろとか庶民を気遣うお願いもありましたね。光貴は案外常識人なので、どうせ些細な事でしょう。
しかしこの油断が過ちでした。
「んじゃ、あの高校やめて俺んとこ来いよ。」
このドラ息子は突拍子もない事を言い出しました。光の速度で前言撤回します。
「無理です。」
「無理?何で?」
「何でも何も、ついさっき入学届け出しましたし。それに光貴の所は裕福な方か飛び抜けた才人しか入れないと聞いています。」
「遊は天才だろ?」
「確かに間違っても金持ちではないですが天才でもありません。」
「聖クラウディアの特待枠ゲットしたじゃん。」
「まぐれです。」
「頑固!」
「何とでも言え。私は草壁高校に行くんだ!徒歩5分の好立地が私を呼んでいるんだ!」
「ふーん。そう。」
「ふーんって。どうかしましたか?含みがありますね。」
「うん、遊はそこの入学取り消しになったはずだよ?」
一瞬時が止まりました。今度こそ光貴は狂気に取り憑かれたようです。可哀想に。
塩、塩は何処ですか。酒でもいい、こいつの狂気を祓わねば。
「草壁高校は全寮制だけど知ってる?」
「え?」
「そこの寮費の払い込み期限昨日なんだよね。」
信じられない真実が明らかになりました。
草壁高校がまさかの全寮制だったなんて。しかもです、払い込み期限も過ぎている!
「何ならうちの電話かしてやるからかけてみろよ。」
「あ、いいです。携帯持ってるんで…あれ?私の携帯どこ行った?」
「ほら、いいから俺ん家の使えって。どうせコートの隙間とかに挟まってんだろ?探しといてやるからさ。」
ありがとう光貴。君は紳士だね。という感謝を込めて見上げたら、ふいっと横を向かれてしまいました。
「電話の場所はわかってるよな。電話番号大丈夫か?」
「はい。電話番号は簡単だったので覚えてます。じゃあちょっと借りますね。」
「簡単?ああ、俺の家のとちょっと似て」
「私の家の電話番号に1189足して3で割り、4倍した数ですから。」
「ああ…そう。じゃあ電話してこいよ。」
プルル、プルル、プルッ
“はい、こちら草壁高校事務受付です。ご用件は何でしょうか?”
“今年度入学予定の、空井 遊です。ちょっとお尋ねしたい事がありまして。”
“空井さんですね。少々お待ちください……”
多分入学申し込み済みの名簿から私の名前を探しているんでしょう。和やかなメロディーを聞きながら事務の女性を待っていると、急に曲が途切れました。
“空井遊さんですね。申し訳ないのですが、寮費の払い込み期限を過ぎても連絡がない為、入学の意思がないと見做し入学を取り消しました。”
男性のダミ声が耳に刺さりました。入学取り消しですか。
その後も男性は色々と説明をしてくれていたのですが、もう今年は無理だという事でした。
「どうだった?」
「今年は無理だそうです。これで今年はニートかフリーター決定です。あは、あは、あははは。聖クラウディア?行けるものなら行きますよあははは。」
「よし決定だ。聖クラウディアの入学手続きは済んでるから本人確認に行って来い。」
「あは…え、本当ですか!光貴手回しがいいですね!ありがとうございます!」
この時はやけっぱちになっていたので頭が回っていませんでしたが、どう考えても本人の承諾を得る前に勝手に入学手続きをするというのは変です。手回しがよすぎるでしょう。
当時の私はおっちょこちょいが酷かったので、ニートになる前に光貴に教えてもらって良かったねという認識でした。そう言えば特待枠の入学申込期限は少し遅めだったかなぁなんて気がしていたのです。だから勝手に申し込まれても構わないという訳ではないですが。
まあ、草壁に入れなかった時点で私は行く先が決まったようなものですから、抗う必要はなかったのです。最初に嵌められたと言いましたが、私のミスが原因なので、光貴に感謝するべきなのかも知れません。
…どこか釈然としないのですが。
鋭いのか鈍いのかで言ったら後者なんでしょうね
*色々と言葉足らずなもので、チマチマ自己満足な付けたし改稿していますが内容は殆ど変わりません!ので、お気になさらず。