上意下達
ハイソサエティの香り漂う聖クラウディア学園。今日が入学式です。
あれからあれよあれよと言う間に話が進み、特待枠なので学費もほぼ全額免除、入学金も無料という家庭のお財布への好条件に親も納得しておりました。寮費を払い忘れたので草壁高校に入り損ねた事を告げたら、曖昧な顔で微笑んでいました。呆れてものも言えなかったのでしょう、こんな不甲斐ない娘で申し訳ないと思いました。
そしてまた今日もその不甲斐なさが発揮されたのか、私は光貴と連れ立ってやってきたはずなのに迷子になってしまいました。外にある化粧室棟をお借りしただけなのにはぐれたのです。聖クラウディア広すぎます。30分余裕を持って来たのに、既に式の開始時刻を1時間過ぎてしまいました。どこをどう通っても化粧室棟に戻って来てしまうのです。そして未だ早春、とても寒い。
因みにスカートが短くて寒いので、今はパンツタイプの制服です。女性に冷えは大敵だとこれだけ周知しているのに何を以ってしてあのスカートを素足で履くのでしょうか。
スカートはお洒落と命を天秤に掛ける乙女に任せる事にして私はパンツタイプにしましたと光貴に告げると、複雑な表情を見せてくれました。ええ、光貴も短いスカートが女性を危険に晒すと分かってくれたのです。
しかし寒いです。早く入学式の会場に行かなくては。
「ねえ、君ってもしかして新入生かなぁ?」
たまたまやってきた上級生のお兄さんが、私の不審な挙動を見かけて声を掛けて下さいました。整ったお顔にキラリと眼鏡が輝き、そこはかとない知性を感じさせます。そう言えば高校生は全員が講堂に集まっているはずなので、恐らく附属の大学生の方なのでしょう。
「はい。講堂を探しているのですが…。」
「やっぱり。じゃあね、この道まっすぐ行って突き当たりを右に曲がって30m進んだ後左に曲がった左手にある白い建物の渡り廊下を突っ切って行けば裏口に出るよ。」
「分かりました。直進後右折、30m先左折、左側の渡り廊下を通過ですね!ありがとうございました!」
わざわざ私のようなあんぽんたんにまで声を掛けて説明をして下さるなんて、何という親切な方でしょう!
しかし時間は迫っています。もっとお礼を言いたいのですが、親切なお兄さんには軽く頭を下げて講堂へと向かいました。
「なかなかキレるな。面白い子だ。噂の特待ちゃんかな?ふふ」
お兄さんが何かを呟いた気がしたので振り返ると、彼は楽しそうに笑ってこちらに手を振ってくれました。こちらも笑って手を振り返し、一路講堂へ。
一心不乱に駆け続け、講堂に到着した頃にはほぼ完全に入学式は終わっていました。残すは閉会の辞だけ。コッソリと入り込み端の座席に腰掛け、何事もなかったかのように澄ましておりました。だだっ広いということはこのような場面で非常に有利に働くのだと知りました。
5分も経たぬ内に閉会の辞が終わり、あちこちでどっと話し声が起きました。女子達の高い声が良く響きます。
「今日の新入生からの挨拶、読んだ人は首席じゃないんだってさー。本物の首席はギリ滑り込みで入学したから間に合わなかったらしいよ。」
「へえ、そーなんだ。でもさ、超カッコよかったし良くない?」
「あーうんうん、イケメンだったよねー!高校から入学でしょ?首席じゃなくても次席なんだから頭も良いんじゃない?」
私のような間抜けをやらかす首席の方。敢えて見せるフレンドリーさというやつですね。とても仲良くなれる気がします。後はこの流れに乗ってまたコッソリと自教室に向かうだけです。
「空井遊君だね。ちょっといいかな?」
「はい…」
お髭を蓄えた威圧感溢れる紳士に肩を叩かれました。勿論すぐさま観念して返事をしました。
私の振る舞いの何がいけなかったのでしょう。どうしてか名前までばれています。入学式無断欠席を怒られる以外に目に止まりそうな事をした覚えはありませんから、この僅かな時間で名前を調べたのでしょう。とんでもない能力です。
「そんなに緊張しなくていい。すぐ終わる話だ。」
「はい…」
「すぐ仲間がやって来るから少し待ちたまえ。」
仲間。退学仲間でしょうか、全くお近づきになりたいという気が起きません。辺りを見渡すと、確かに2人が帰り際に教師に話しかけられて流れから引き離されています。そして此方に向かって来ているようです。
と言っても私を含め3名なので、周りも気がついた様子はありません。こうして名簿から消されるのかと思うと、社会の闇を知った気分になります。
全員が揃ったところで、何やら怪しげな小部屋に通され、紳士が口を開きました。
「さて、君たちに頼みたい事がある。単刀直入に言おう、裏の生徒会に入って欲しい。」
唖然とする私の横で、何かを得心している2名の方々。早速私だけ仲間外れです。
「我が校の生徒会は学年毎に存在する。その中で事務を分担するのだ。勿論同職の他学年と協力する機会もあるが、基本は自助の精神で自学年の問題は自学年で解決する事になっている。…と、ここまでは“表”から聞いた事だと思う。」
表って誰?とハテナマークを浮かべる私。うんうんと頷く2名の方々。もう嫌になって来ました。
「表向きの生徒会の面々は、まあ、人気を担当だ。実務は君達に行ってもらう事になる。であるから、君達は生徒会として働いている事を内密にして貰いたい。君達の担当を念のため確認しておこう。生徒会長の華頂光貴には空井遊。庶務の加賀恭介には加賀孝介。書記の鷹峯斗真には田中太郎。因みに会計の東雲夜華の裏は未定だ…全く、東雲には早く決定しろと言ったのに。以上だ。何か問題は?」
頭が真っ白で何も考えつきません。光貴の野郎は勝手に“表の生徒会”とやらに入り、更に面倒事を私に押し付けやがったのです。誰か、この理不尽に異論を唱える者はいないのか!空井なぞが会長になるとは烏滸がましいと言ってやってくれ!
と、動く気配に振り向くと、高々と手が挙がっていました。
「何だね?加賀君。」
「はい。会計の代替はどなたが行うのでしょうか?恐らくこの人数では間に合わせは出来ても長期のプランが立ちません。」
「決定し次第速やかに伝えよう。但し本人が見つかったらの話だが。」
的外れな質問をかましたメガネ美形君は頷き、後ろに下がりました。ここまでの会話で分かった事は、私が面倒に巻き込まれた事と、メガネ美形君は加賀孝介君で、消去法で残りの地味爽やか君は田中太郎君だという事。そして東雲さんは脱走中という事でしょう。データが圧倒的に不足しています。知りたいのは面倒事の中身です。
「君は何か言いたそうだが?空井君。」
「内密にする理由は分かりましたが、裏生徒会とは正式に存在を認められていないのですか?辞退させて頂くにはどうしたら良いでしょうか?」
急に名指しされたので思い切って顔をあげて尋ねた所、加賀君の「おい女…」という悲嘆(男だと思われていた事が非常に残念です)と田中君の制止を受けました。
「校長先生、空井はまだ理解していないようなので此方で処理します。もうお話はお済みでしょうか?」
田中君はもう喋るなと目で語りながらにこやかに私の肩を押さえました。器用な人です。さり気なく力が強いのが恐怖を誘います。
「ああ。済まなかったな。では宜しく頼む。」
「「はい!」」
「空井。入学早々悪かったな、頑張ってくれ。」
ギュッと肩が握られました。
「はいぃ!」
痛ぁぁ!の代わりに返事をする健気な私に、自分で同情して涙が出そうになりました。
「では、裏生徒会の方々はこの部屋をそのままお使い下さい。ここが裏生徒会室になります。」
校長先生が立ち去り、付き従っている教師が不吉な事を言い置いて去って行きました。この部屋、講堂棟ですよね?寒いのですが、せめて教室棟の何処かに部屋は貰えないのでしょうか…?
上意下達:上の者の意志や命令が下の者に伝わる事。上の者の意思や命令が下まで徹底される事。
巻き込まれ体質とは不憫ですね。そして裏の方々と表の方々はほとんど名前だけで区別出来ます。無論表生徒会は名前も選考条件です。名前だけ派手でも顔がダメならNGのシビアな会です。




