姫野香織
「叶うなら、俺は南奈たちとも戦いたい」
10年前のように、また3人で一緒にプレイするのではなく、助け合うのでもなく、今度は挑む側へと。
10年という月日がどれだけの変化をもたらしたのか、刃はこの1ヶ月で少しは理解したつもりだった。南奈の言う通り、10年前では味わえないものがあった。その中に、かつての仲間たちがどれだけ強かったのかまで含まれている。
強いプレイヤーと一緒にプレイするのは楽しい。ただ、自分も実力が伴っていなければいけない。刃はアレクサンダーとの戦いで、まだまだ自分には伸びしろがあることを知った。また”千灯籠”の大きすぎる弱点を知った。
俺1人じゃどうにもならない。でも、南奈たちに助けられるより、挑戦する方がずっと楽しそうだ。
変な笑いが漏れる。
その癖を南奈と九頭竜は知っていた。またよからぬこと——常識はずれなことを思いついたに違いない、と呆れた笑いをする。
「よかろう。と言っても、初めから余らが貴様に手を貸すつもりはなかったがな。なにせ立場が立場じゃ。南奈は学長じゃし、余も世界ランキング第5位じゃしな」
「第5位!? いつの間にそんなに強く……」
「当時から先輩は世界ランカーだったよ。あえてお前には言っていなかったがな」
そうだったのか、と驚く刃。その前で胸を張る九頭竜は、どう見ても幼女だった。
最終目標の再設定と、当面の目的ができた。まずは南奈と九頭竜に挑戦できるだけの力をつける。ただ、それは刃ひとりの力ではない。仲間を集めよう、と刃は思う。昔も、今も仲間とのゲームは格別に楽しいものだ。目標が高い分、達成できた時の快感は格別だろう。
そして、刃はすでに2人の人物に目星をつけていた。
「余たちに挑戦するのはいいが、どうせ貴様のことだ、1人でなんて考えておらんのだろう?」
「もちろん。仲間を集めようと思ってるよ。2人くらいとりあえず声をかけてみようと思ってるけど……1人は難しいかな」
「なぜじゃ?」
「いやあ、なあんか敵視……というか拒否されてるんだよなあ」
「……まさか姫野香織のことを言ってるのか?」
刃が目星をつけていた1人の名前を南奈が聞く。
頬を掻きながら刃は笑う。初対面でハレンチなことをしてしまったのだから、敵視されるのはわかる。刃と姫野との間で”アンダーワールド”の価値観が違うのも理解できた。それでも刃が姫野と”アンダーワールド”をプレイしたいのはその実力の高さと、姫野の持つ特殊能力だ。
姫野の特殊能力はレートに左右されるが、ほぼ無条件で行動デバフを撒ける特別なものだ。それをうまく使えば、刃ひとりでは勝てない戦いでも勝機が生まれると考えたのだ。
問題なのは、あまりいい印象を持たれていないと思っている刃は、姫野がこのままパートナーを続けてくれるのか心配だった。
まあ、断られても、何度も声をかけるつもりなんだけどな。
ゲームに関しては諦めが悪い刃は、そんなことを心の中で呟いた。
そんなことを考えていた刃を見て、南奈は吹き出した。
「あっはっはっは!」
「わ、笑うことないだろ……。姫野はすごいんだぜ? 一度真正面で戦ったからわかる。あの特殊能力は化けるぞ。そんな姫野と一緒にゲームがしたいって思うのは普通だろ!?」
「あ、ああ……ははは……いや、何。ついこないだ、同じことを聞いてな」
「同じこと……?」
目の端に涙まで浮かべて南奈は笑っていた。九頭竜も微笑んでいる。何が何やらわからない刃は首を傾げていた。
極東第一学園に刃が初めて来た日のことを思い出す。あの時は姫野が少し遅刻して学長室に入ってきたのだが、今回は時間通りだったようだ。
南奈が学長室の奥にある部屋からラベンダー色のショートカットの少女を呼び出した。
「——もういいぞ。話は少し聞こえていただろう。こいつはやる気らしいが、お前はどうだ?」
現れた姫野に刃は驚く。続け様に先ほどの話を思い出して恥ずかしさを覚えた。
大丈夫だよな!? 変なこと言ってないよな!?
変なことは言っていない。言ってないはずだ。少なくとも本音しか言っていなかったように思える。姫野との出会いは姫野にとって最悪なものだった。今までの概念を全て壊し、新しい世界を強引に見せつけてきた。加えて、出会い頭に破廉恥行為をされたのでは、拒否したい気持ちも少しは理解できる。
至って真面目な顔つきで、姫野は刃の隣に立つ。視線は南奈へと向けられていた。
「勝負は勝負。アタシに勝ったなら、その……い、一緒に”アンダーワールド”を攻略してあげてもいいわ」
刃の考えとは裏腹に、姫野の気持ちはもう決まっている。アレクサンダーとの戦いで言葉にした通り、姫野はすでに刃のことをパートナーと認めていた。ただ、それを自分の口から告げるのが恥ずかしいだけで、素直になれない気持ちを南奈の言葉を介して伝えようとしていたのだ。
しかし、南奈も大人気ない。ここに至ってまだ、お茶目っ気を隠さずに告げた。
「ああ……その勝負なんだが、無効だ」
「「……は?」」
「やれやれ。南奈も大人気ないのじゃ」
ニヤリと笑った南奈が、両者が大切にしていた勝負の行方を無効だと断言した。それを聞いていた九頭竜も、また南奈の悪いところが出たとばかりに軽く息をつく。
「グランドダンジョン”最も古き英雄譚”はそこのゲームバカが”千灯籠”を使って、予定していた期間を約半分にまで短縮されたし、何よりそれぞれのプレイヤーの貢献度がバグを起こしてしまった。これじゃあ、正当な判断が難しいだろう」
加えて。
「そのせいで学徒レートにも支障が出てな。刃はレートが1700に、姫野に関しては2500で第7位に上がってしまった。それに姫野の知りたがっていた刃についてはもう語ることはない。まったく、大変な騒ぎだよ」
うんうん、と頷く九頭竜。会見などは南奈に任せっきりだが、国との交渉の場では九頭竜の名を使うために同伴させられていたため、実質いただけの状態でも疲労は十分にあった。
刃に振り回されたのは何もこの部屋にいる3人だけではない。学徒レート第7位だったアレクサンダーと戦闘に参加していた先鋭たちも”千灯籠”の一撃を受け、レートが平均300ほど減少してしまった。危うく圏外まで弾き出されそうになったアレクサンダーもレート2400でどうにか第8位の席にしがみつくことができた。
勝負を無効にするという言葉は、何も2人に対する仕返しだけではない。本当に刃に関する姫野の知りたかった内容は、何を隠そう刃自身の手で開示してしまった。
これではリスクの釣り合いが取れない、という判断の下で出た答えだった。
それでは困る、と刃が食い下がる。
「いや、じゃあ姫野とパートナーを組むっていう話はどうなるんだよ?」
負けじと姫野それに追随した。
「そうです。少なくとも最終貢献度の差を見れば勝敗は火を見るより明らかではないですか!」
ムキになる2人を見て、南奈と九頭竜は苦笑した。
どうするも何も、と南奈は言う。
「パートナー関係を結ぶのに学長の許可……と言うより誰の許可も必要ないはずなんだよなあ」
ニコニコ、と2人を見つめて口にする。
あっ、と2人は思い出したかのように開いた口が閉じない。
そう。南奈はパートナーを組むな、とは言っていない。ただ、今回の勝負は無効になったと言っただけだった。それを2人が勝手にパートナーを組んではいけないと勘違いしていただけ。
刃と姫野は互いの顔を見やり、恥ずかしそうに笑った。
「姫野……その、なんだ。俺は”アンダーワールド”をクリアしたいと思ってる。そのために姫野の力を貸してくれないか?」
「ふんっ……あんた1人でそんな大偉業を達成できるわけないでしょ? 仕方ないから、アタシの力を貸してあげる」
互いに右手を出して握手を交わす。
正式にパートナーとして契約した瞬間だった。
それにしても、と九頭竜はニヤケ面で2人を見て言った。
「お似合いじゃなあ??」
「——はあ!? ち、ちがっ……違いますから! 別にそういうのじゃないので!」
「……ん? 俺と姫野はパートナーだろ? ……何が違うんだ?」
「と言っておるが? 姫野香織……なあにをそんなに取り乱しておるのじゃあ??」
「————————っ!?」
急激に赤くなる姫野を見て、またしても鈍感を発動した刃は話に置いていかれる。
「なんでわかんないのよ、バカ!」
「——ってえ!? なんで叩かれなくちゃいけないんだ!?」
急に怒り出した姫野に頭を引っ叩かれた刃は、頭をさすりながらスタスタと学長室を出て行こうとする姫野の背を見ていた。
ラベンダー色のショートカットを揺らしながら、まだほんのりと赤い頬をそのままに振り返って。
「行くわよ、刃! ”アンダーワールド”をクリアするなら、やらなきゃいけないことが山ほどあるんだから!」
「——お、おう! なんかわかんないけど、機嫌が直ったなら良かったぜ!」
姫野を追いかけて駆け出した刃の背を見て、南奈と九頭竜は懐かしさを覚えると同時に、切なさを抱いた。
刃はもう止まらない。好奇心が人の皮を被ったようなゲーム狂いの本領は、きっとここから始まるのだから。




