毬子の計画
美冬は早速毬子にメールを送り都合を確認し、オンライン・ミーティングの日時を設定した。生憎その日は一樹が宇宙での作業日だったので、三か所を結んでの会話になった。
美冬が話し始めた。
「毬子さん、ご無沙汰しております。お元気ですか?こちらの映像見えてますか?」
地球から月まで電波の速さで一秒以上かかるので、返事を待つタイミングに慣れる必要がある。ようやく毬子の声が返ってきた。
「元気ですよ。美冬さんも一樹さんもこちらからは、よく見えてますよ。元気そうね」
一樹が話した。
「お元気で何よりです、毬子さん。月での生活は、どんな感じですか?」
「それがね、実は快適なの。特に私たちのように身体が大きくなった個人にとっては、重力が地球の17%の月では、体への負担が減少して、文字通り身軽に動けるのよ」
「月面都市の人口も増えてきて忙しそうですね?」と美冬。
「やることがあり過ぎて、もう大変。今日もこれから骨密度維持サービス用の人工重力施設建設の打ち合わせがあるのよ」
美冬が言った。
「お忙しい中、時間を取っていただいて有難うございます。こちらでは時間があり過ぎて弊害が生じているので、毬子さんが忙しくされてる姿は、すごく新鮮です」
「個人の寿命が少しくらい伸びても、地質学的時間軸でいったら、私たちがこの世界を見たり感じたりできるのは、ほんの一瞬であることに変わりないわ。それは、ヒトという種、スピーシーズ、にとっても同じことよ」
「今度火星に移住されると聞きましたが、そのことにも関係ありますか?」と一樹。
「Absolutely。生物としての私たちは、どこにでも行ってみることが宿命なのよ。火星の重力は、地球の38%で、月よりも重く感じるけど、巨人化した私たちにとっては丁度いいくらい。人類の今の体格は、地球環境で最適化した結果でしょう?巨人化した私たちの体格は、偶然にも火星で最適化する体格かもしれない。今後地球=月=火星間の交易は盛んになる筈だし、火星の食糧事情が体格に影響を与える程長期間悪くなるとは考え難いから、私たちは、自分たちの体格に合わせて火星を開発しようと考えているの」
美冬が尋ねた。
「火星でも骨密度維持サービスをされるのですか?」
「それは、まだ決めてない。先ず何が必要なのか、私たちに何が出来るのかを見極めることが先決。First things firstよ。決めたら実行計画を作成して行動する。多くの人たちを巻き込むつもり。ここでのリサーチと論理的空想で作った有望事業リストを見せるわ」と言って、毬子はリストを画面に掲げて見せた。
1. 低重力向け人体サービス
・ 骨密度維持サービス
・ 筋力維持ジム
・ 人工重力ホテル
・ 妊娠・出産支援施設
・ 成長期の子供向け医療
2. 建設・不動産
・ ドーム都市/地下都市の居住モジュール販売、内装デザイン
・ 不動産仲介
・ 住民向け保険
3. 食糧産業
・ 垂直農場
・ 培養肉工場
・ 昆虫食生産
・ 高級レストラン
4. 娯楽産業
・ VRテーマパーク
・ 低重力スポーツ
・ 火星探検ツアー
・ 低重力特有のスポーツ(ジャンプ競技、立体サッカー、三次元バスケットボール、等)
5. 宇宙物流
・ 地球=月=火星を結ぶ物流業
6. 資源採掘
・ 採掘機械の保守
7. ロボット産業(一人で十台以上のロボットを管理することになりそう)
・ 採掘ロボット
・ 農業ロボット
・ 警備ロボット
・ 医療ロボット
8. 教育産業
・ 火星史
・ 宇宙工学
・ 惑星間経済
9. 惑星間金融(火星経済圏/月経済圏/地球経済圏)
・ 惑星間銀行
・ 信用保証
・ 保険
・ 為替
10. 重力差調整ビジネス
・ 地球旅行支援、旅行後のリハビリ
・ 骨格、筋力補強器具レンタル
・ 火星訪問者長期滞在施設
11. 文明圏交流ビジネス
・ 地球文明、月文明、火星文明を結ぶビジネス
そして、毬子は付け加えた。
「勿論、私一人が出来ることは限られているから、仲間たちに相談して自分に向いていることから始めるつもり」
圧倒された一樹と美冬は、言葉を失ったが、美冬がやっと話しかけた。
「すごいエネルギーですね。そのエネルギーは、どこから来るんですか?」
毬子はディスプレイの中で微笑み、少し考えてから答えた。
「私ね、ご存じの通り、あなたのお母さんと同じくらいの歳だけど、たまたま運命のいたずらで難病に罹り、その治療の結果巨人化してしまったでしょ。そして、巨人化した人の数は相当数いたのと、その中には経済的、政治的影響力を持つ人が多かったから、都市自体が私たちに合わせて再設計されていった。だから私たちは社会に溶け込んで活動できた。そのことには、感謝しているし、兄弟愛、隣人愛を感じています。でも心のどこかで、自分がアウトサイダーであることを感じ続けていた。だから、躊躇なく月に来られたの。そして、月で生活してみると、月環境が自分に優しいことが分かった。そうすると月のポテンシャルから判断して、あれも出来る、これも出来ると考え始めたわけ。そしたら、今私は、お陰で身体的には全然問題ないので、あとは行動するしかない、となったのよ。そして月での経験を活かして、火星に行くことにしたの。なんかワクワクするでしょ?」
美冬が話しかけた。
「毬子さんは、いつまで経ってもお若いですね。典型的な若者的行動パターンです」
「さすが心理学者の美冬さん。お見通しね」
一樹が話した。
「火星は僕も興味があります。いつかお会いすることがあると思います」
「そのときを楽しみにしてるわ」
美冬が最期に言葉をかけた。
「毬子さん、お話できて楽しかったです。お元気で。Have a nice trip!」
「美冬さん、一樹さん。会話出来て嬉しかったわ。人生楽しんでね。火星からメールします。Good day!」
そして、毬子とのリンクは切れた。美冬と一樹とのリンクは、まだ繋がっていたので、美冬が一樹に話しかけた。
「毬子さんは、社会に対して完全に帰属できていなかったのね」
「それは、俺も気付いた」
「そういう場合、多くの人は、引きこもったり、被害者意識を持ったり、社会への不満を強めるものなのよ。でも毬子さんは違うわね」
「確かに」
「自分の居場所を探すのではなく、自分たちに適した新しい世界を作る方向に向かってる。適応ではなく創造による解決よね。心理的エネルギーを自己への注視ではなく、未来への投資に向けている」
「さすが心理学者だね。毬子さんの言うとおりだ」
美冬は、一樹の言葉を無視して続けた。
「きっと、月へ移住したことで、認知的な新奇性にさらされて、精神が若いままなのだわ。そして、火星への興味が、使命感ではなく探求心でしょ。それは子供の心理に近い」
「俺たちみんな、そうでありたいけどね」
「でもそれは、毬子さんが自分を変えてしまった運命を受け入れた人だからなのよ」
一樹は黙って頷いた。
(続く)




