2話
ここ、篤山市は江戸時代に栄えた格闘柔術と種子島の密輸がさかんだった事で知られる古い伝統と黒い歴史をかねそなえた場所である。
篤山市内のちょうど真ん中に位置する時乃流高校では12時30分から13時40分までを昼休憩とし、生徒達は堅苦しい授業から開放されると、各自持参してきた弁当や食堂での学食でそれぞれの昼食をすませる。
森下バケツも授業が終わり、にぎやかにもりあがった教室内で。いつもの通りむかい合って楽しくおしゃべりがしやすいように、2人の学友とともに3人で机をかこって。それぞれ持参してきた弁当で昼食タイムを楽しんでいた。
ごく平凡で見慣れた教室の中を見渡すと、ざっと20人くらいの生徒達がそれぞれの席で昼食を食べ始めていた。昼食の内容は人それぞれで、親から作ってもらった弁当を食べる生徒もいれば市販のパンやコンビニ弁当を食べる生徒もいる。
授業中のように席が均等に並列しておらず、好きなもの同士で席を固め、ばらばらに移動した机を見てると、学校という決められた集団生活の中で唯一、昼食こそが縛られない自由な時間なんだろうと感じることができる。
バケツの今日の弁当は真っ白いご飯と、見事なフットボールの形状をした大きなプレーン・オムレツをメインに、ピンポン玉サイズのミニトマトと薄いクリーム色が特徴のカリフラワーが添えられている。
いつもはこうして、友達とわいわい楽しく会話を楽しみながら食事をするのだが、今はそんな気分になれなかった。
なぜなら最近、バケツの頭の中はある男子生徒のことでいっぱいになっており、食事を楽しむ余裕すらなくなっているのだ。
ここ最近のバケツの変化をさとっていた友人は、弁当のウインナーをハシで突っつきながら、
「ねえバケっちゃん、あんたさあ最近変わったよね」
と言ったのはバケツの右側に座っている、ショートカットのボーイッシュな髪方が特徴なバケツの中学からの親友である漫リョウコである。
リョウコは授業中、普段一生懸命黒板を見つめ、先生の話に耳を傾けていたバケツが、なぜか上の空で窓の外をじっと見つめていたのを何回か目撃していた。
リョウコがとっぴょうしもなく話しかけてきたので、完全にうわの空だったバケツは不意をつかれた。
「えっ! そ、そうかなあ? そんなことないよ」
ビックリしたように答えたバケツの顔は真っ赤なスイカ色に染まっていた。
バケツは一瞬、自分がある男の子に思いを寄せていることがばれてしまったんではないかと焦ってしまったのだ。
「バケっちゃ~ん、恋ですな~~」
いや……ばれていた。
バケツの反応をにぞき込むように見ているリョウコは明らかに楽しんでいた。
(私って顔にでちゃうのかな)
バケツはリョウコに自分の心を見透かされていたのかと思うと、気が気でなくなり、とても恥ずかしくなった。
ちなみにバケツとの付き合いの長い彼女は事あるごとにバケツにちょっかいを出して、それに対する様々なリアクションを見て楽しむという邪悪極まりない悪しき心の持ち主である。
そのことを長い付き合いから熟知していたバケツは。どうせ隠そうとしてもかえってリョウコの好奇心に油を注ぐだけなので、無駄な抵抗はよした方が良いな。と観念するように、
「そ、そんなこともないことも……ないかな」
スイカ色に染まったバケツは今にも火が消えそうな小さなロウソクの様な小声で白状した。
(ああ、すっごい恥ずかしい。やっぱ言うんじゃなかったかなあ……)
と少し後悔しながら、バケツはオムレツを口の中に運んだ。
友人の“青春宣言”を聞いたリョウコは、やっぱりそうだったのかと目を輝かしながら、
「えええっっ!! 誰なの? 我らが“純情アイドル”バケっちゃんのハートを射止めた罪深きハレンチ野郎は?」
まるで、修学旅行中に抱き合ってるアベックを発見して興奮する男子生徒のような甲高い声で良子ははしゃぐようにいった。
(正直うざい。リョウちゃんにだけは話すんじゃなかったかなあ)
バケツは心の中で無茶苦茶、後悔してた。
ちなみに、森下バケツは高校2年生の今頃になって初恋をしているだけに「校内きっての純情少女」としてなぜか学校内に名をとどろかしていた。
本人はこれまでTVや雑誌を通じて、恋とか愛といったものに憧れを抱くことはあるにはあったが。実際に私生活ともなると、さすがにドラマの様には進まないわけで、同学年の女子に見られるような衝撃的な恋愛感覚は感じなかった。
そう、彼とであったあの日までは……
「いや~、それにしてもバケっちゃんにもようやく春がやってきたんだね。幼稚園児のおままごとカップルが父兄さん達の目の前でチュッチュ♪しているこの時代で高校2年でやっと初恋とはね~~、やってくれるわね」
「おいやめろよ、バケツちゃん困ってるだろ」
言いたいことを惜しみなく語るリョウコに、もう一人の友人である白浜エダミが無抵抗なバケツのために助けを出した。
高校からバケツ達の友達になった白浜エダミは特徴としてさらさらのロングヘアーと170cmを超える身長をかねそなえており、3人の中で面倒見のある彼女はおもに暴走する良子からバケツを助ける大人的・役割を担っていた。
無抵抗に口撃されまくっていたバケツは、
(ありがとう、エダミちゃん)
と心の中でバケツはエダミに感謝した。
しかし、さすがに邪悪な悪しき心を持ったリョウコはやめろといわれて引き下がるような堅実な性格は持ち合わせていなかったようだ。
リョウコはエダミの忠告を聞き入れないまま遠慮なしにバケツに迫ってゆく、
「で、その罪深き恋泥棒はこの学校のひと?」
「うん」
「学年は?どこのクラス?誰なの?誰なのぉ?」
リョウコは鼻息をあらし、目を輝かせながらバケツに迫っていった。
(もうやめてよ)
とバケツは心の中で助けをうったえながらも仕方なくリョウコのいやあらしい質問にこたえてゆく、長年の付き合いで今のリョウコに何を言っても無駄なんだと知っていたからだ。
それに、この漫リョウコという女。自分だってろくに恋愛などしたことがないくせにやたらと人の恋路にちょっかいを出してくるという非常にいやあらしい野次馬根性の持ち主でもあった。
「学年は一緒で」
「うん、うん」
「クラスはC組」
「うん、うん、うん」
「名前は―――」
「うん、うん、うん、うん」
「高見ヒロウくん」
「―――……!!!」
バケツがその名を語ったとき、3人の間に非常に重い沈黙が訪れた。
ヒロウの名を聞いた二人は、なぜか重い表情で固まってしまい、口を閉ざしてしまった。
(どうしちゃったのかな?)
バケツには何がなんだか分からない。
「え……マジ?」
思わず、エダミの右手に握られていた箸が ポトッ! と落っこちてしまった。
さっきまでやあらしい野次馬根性むき出しではしゃいでいたリョウコですら重い表情で固まってしまってる。
このことこがバケツには不思議に感じた。
「……? そうだけど」
一人取り残されたバケツは何がなんだか分からない状況にいた。
何で二人ともヒロウの名前を聞いたとたんにおかしくなったのか。
その理由がバケツにはさっぱり分からなかった。
「バケっちゃん……いや森下バケツぅっっ!!」
突然、リョウコがさけんだ。
フルネームで名前を叫ぶ所が、妙に緊迫感を感じさせる。
「あいつだけはやめろ、やめるんだ、やめてくれええ!!」
リョウコはそれだけ言うと机の上に顔を伏せてしまった。




