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三縁望の奪還 ~同時多発転生に巻き込まれ(に行き)ました~  作者: ひねもす
Chapter.6 樫山律の誤想
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103.混乱と究明

 身体に巻き付いた糸は軽く動きを止める程度の拘束だったのだろう。香坂先輩が身を捩ると糸は簡単に緩んで消滅してしまった。

 自由になった瞬間、香坂先輩は弾かれるようにぽかんとする矢吹先輩の前まで駆け寄る。


「アナベル様ッ! 殿下もこの世界におられたのですかッ!?」

「っ、え……?」


 さっきまでからは考えられないほどに畏まった態度に、矢吹先輩も戸惑っているようだ。オレだってこんな香坂先輩を見るのは初めてだ。

 正直何が何だか状態だが、まず最初に確認しておきたいことがある。



「アナベル様って誰だ?」



 さっきのサーシス軍の紹介にもそんな名前一度も出てきていない。

 もしかして渡された資料の中にはあるのか? と思い慌てて資料を確認しようとしたのだが……、


「さ、さあ、僕にもさっぱり……」

「どこかで聞いたような……どこだったかしら……」


 どうやら蓮水先輩にも心当たりがなく、千寿も覚えがあるようだが思い出せないようだ。

 ということはそこまで重要な人物ではないということか……?

 

「姉さんは――姉さん?」


 八千代に訊ねようとした蓮水先輩が、八千代の顔を見た瞬間はっと息を呑む。つられてオレと千寿も見ると――


「……っ」


 そこにはあからさまに顔を青くして矢吹先輩たちの方を見て固まっている八千代の姿があった。

 ……コレ、間違いなく心当たりあるヤツじゃねーか?


「八千……」

「オイ樫山、どういうことだ!?」


 八千代に声をかけようとしたが、香坂先輩の切羽詰まった野太い声によってかき消されてしまった。


 その呼びかけに対し、律は今だ糸に縛られたまま何も言葉を発さない。

 だんまりを決め込む態度に苛立ったのか、険しい顔をした先輩は律の傍まで来るとぐいと胸倉を掴んだ。


「先輩!? 何をしていますの!?」


 千寿が焦った声を出すが、先輩は意に介さない。

 相当力がこもっているのか、胸倉を掴む手は震えて、今にもギリギリと音を立てそうだった。


「コイツはアイリーンの転生者なんじゃねえのか……!?」

「……蜘蛛やこの糸を見れば分かるでしょ」


 ようやく律が口を開く。

 うーん、多分だが、香坂先輩は矢吹先輩をそのアナベル様ってヤツの転生者だと思ってるのか……?

 だがそれはないだろう。律の言う通り、矢吹先輩はアイリーンの記憶と能力を持っていて、今もこうして使って見せているのだから。

 だが先輩は納得がいっていないようで、律の胸倉を掴んだまま矢吹先輩を一瞥した。


「だったら、これは」

「過剰に反応し過ぎじゃないの、別に似ててもおかしくないでしょ。……今世(いま)のおれとは血が繋がってるんだから」

「な、んだと……!」


 ぶっきらぼうに続けられた言葉は、先輩の神経を逆撫でする結果となってしまったらしい。


「オレがあの方の顔を忘れるとでも思ってんのか!? 単に面影がある程度ならここまでツッコんだりしねえんだよ!」


 そう吠える先輩の顔はどこか苦し気に歪んでいた。

 しんと静まり返った室内。律の胸倉を掴んでいた手を突き放すように解くと、少しだけよろめいてやっと律の顔が見える。

 すぐに体勢を整えた律の顔は、先輩と同じだった。


「まずアンタは何も思わねえのか。ここまでオレに会わせまいとしてたんだ、分かってるはずだ」


 細く息を吐く。

 そうすることで少しだけ血の気が引いたのか、幾分か落ち着いた先輩は律に静かに訊ねた。

 目線を下に向けたまま黙り込む相手に「惚けるのは止めとけよ」と続ける。

 

「城にバカでかい肖像画まで飾ってたアンタが、何も覚えてませんなんて嘘は通用しねえからな」

「肖像画……?」


 先輩の台詞に引っかかる言葉があったのか誰に言うわけでもなく小さく呟き、すぐにアッと声を上げて両手を叩いたのは千寿だった。


「思い出しましたわ!」

「何か分かったのか?」

「矢吹さんのお顔、以前からどこかで見たことあるなと思っていましたの! サーシス城の広間に飾られていた肖像画の人にそっくりなんですのよ!」

「サーシス城の肖像画? ……あー……」


 蓮水先輩はすぐに何かを察したようで、苦い顔になったかと思えば片手で顔を覆ってしまった。

 オレはといえばサッパリである。

 律たち二人の修羅場ってる会話も、それを聞かされながら内容を想像するのも正直もう止めにしたかったため、大人しく訊ねることにした。


「先輩、どういうことっすか」

「侑里と似た姿をした女性で、かつサーシス王が肖像画にして飾るような人物なんて簡単に絞れるだろう」

「それって……」


 そう言われればすぐに候補が浮かんでくる。

 顔を引きつらせたオレを見た蓮水先輩は、顔を曇らせている千寿に「その肖像画は誰だったんだ」と答え合わせをするように訊ねた。



「アナベル・フェルデ。サーシス王の、お母様ですわ……」



 静まり返った室内に、千寿の震える声が響く。

 ごくり、と誰かが唾を呑み込む音がした。


「母親……か」

 

 確かサーシス王の母親って――







 サーシス王家の第一子――次期国王として生まれたジュリアスは、王族の血を引いていれば必ず持って生まれてくるはずの異能を持っていなかった。

 王となる者は王家に代々伝わる異能を持っていることが暗黙のルールであったが、その後覚醒する気配もなかったジュリアスは周囲から『出来損ない』の烙印を押された挙句、次期国王になることがあってはならないと王家を破門。さらにジュリアスのような『出来損ない』が生まれたのは母親の血のせいだとし、一緒にジュリアスの母親である王妃や王妃一族も王都を追放されたという。

 その後追放された先でも噂を聞きつけた周囲の人間から迫害と嫌がらせを受け続け、それでも母親や付いて来てくれた数少ない家臣たちとともに質素な生活を送っていたのだが――


 その頃王家では、次期国王を巡る内紛と謀略により王家の血を引く人間が全滅してしまっていたのだった。


 困ったのは政に携わる貴族たちである。

 サーシス王家に代々遺伝する異能、それが及ぼす国政への影響力はそれだけ大きなものであったらしい。王家が途絶え異能を持っている人間がいなくなったと国民に知られれば、国民の不安を煽り国の基盤そのものが不安定になってしまう。

 そこで貴族たちが標的にしたのは国王にしてはならないと追放したはずのジュリアスだった。

 異能はなくとも王家の血を引いた最後の生き残り。その異能だってもしかすれば今後覚醒するかもしれないし、最悪ジュリアスの子が異能を持って生まれてくる可能性はある――と考えたのだった。


 こうしてジュリアスを王都に呼び戻そうとした貴族たちであったが――しかし、その要請を王妃であったジュリアスの母親が却下した。


 最初から分かっていたのだろう、貴族たちの思惑に。王都に戻っても、きっと真っ当な生活は送らせてもらえない。王になっても間違いなく貴族たちの傀儡にされ、異能が覚醒しなければ異能を持った子が生まれるまでひたすらに望まぬ子作りをさせされる未来しか見えないと。


 そして頑なに王都に戻ることを拒否するジュリアス側に貴族たちは強行突破に出た。

 兵を率い、武力を用いてジュリアスを庇う王妃や家臣たちを殺害した後、無理矢理ジュリアスを攫ったのである。


 そんな理不尽な行為の末強引に王都に連れ戻されたジュリアスは、遂にこれまでの鬱憤が爆発した。

 自分の都合で手のひらを返しまくる貴族たちに、迫害してきた国民たちに、そして国に。激しく憎悪し――決意したのだ。


 こんな国、滅んでしまえばいい。

 いいや、願望などでは終わらせずこの手で止めを刺してやる。

 ただ滅ぼすだけじゃない、未来永劫どうあっても再建出来ないよう徹底的に苦しめてやる、と。


 こうしてお飾りの王になったジュリアスは、貴族たちの言いなりな愚王のフリをする裏側で暗躍。有力な貴族を次々と破滅させて実権を握った後は国内外で傍迷惑な行為を繰り返した。そして再建不可能まで国力を落とした後――王手をかけるため魔晶族に戦争を挑んだのだ。


 これが、律や八千代から聞いたサーシス王ことジュリアス・シェルシエールが闇堕ちすることになった経緯である。







 ジュリアスにとって王妃は、出来損ないであった自分を見捨てることもなく最期まで真心をもって接してくれた数少ない人物だろう。城に肖像画を飾るのは理解出来る。

 だが矢吹先輩が王妃と同じ顔か……記憶が戻った時ビビっただろうな……。 

 ちらりと矢吹先輩を見るが俯いたまま動かない。顔に影が出来ていて表情を読み取ることも出来なかった。


「……あの」


 何度目かの張り詰めた空気。その中で小さくもハッキリと呼び声が響く。

 声の主は八千代だった。

 そのいつもと変わらない吸い込まれそうな榛色の瞳に真剣な光を灯して、じっと香坂先輩を見つめている。


「前世の貴方はサーシス王と王太后に何をしたんですか」


 それは前世で香坂先輩が二人に何かしたと分かっているかのような言い方だった。

 まあ律の態度を見ていれば前世で何かあったことくらい簡単に想像出来るのだが、それを八千代がこうもストレートに聞き出そうとしているのはかなり意外だった。


「こうやって乱入して私たちの話し合いを中断させてる時点で、話す必要はあると思うんです。それに……二人のことは魔晶族(こっち)側も無関係じゃないから」

「どういう、こと」


 続けられた八千代の言葉に律が呆然と訊ねる。

 呆然としているのは律だけではない。オレも蓮水先輩も千寿も香坂先輩も――俯いて表情の見えない矢吹先輩と八千代以外の全員の顔が強張っていた。


「先輩、ごめんなさい。でもここで誤魔化しても……この人、きっとどんな手段を使ってでもこのことをはっきりさせようとしてくると思います」


 八千代は矢吹先輩に頭を下げると、すぐに香坂先輩に視線を戻す。

 香坂先輩は先ほどの強張った顔とは一変して今にも八千代に掴みかかりそうな表情に変わっていた。 マズい、と思い椅子から立ち上がろうとするが、八千代はそれを片手で制止する。

 なぜ八千代はこんなことを言うのだろうか。この状況であんなこと言えば香坂先輩が逆上しそうなことくらい分かるだろうに。

 矢吹先輩がアナベルと同じ顔なのは魔晶族が関わっているなんて、一体何を知っているんだ……?


「教えてください、香坂さん。先にお話しいただければ、こちらとしても話しやすいです」


 大男の険しい表情にも怯まず、八千代は極めて冷静にそう続けた。

 八千代のこの肝の据わりようは何なのだろう。オレの誘拐事件の一件から急激に落ち着いた態度を取るようになったと感じる。やはりこれも罪を背負うと決めた影響なのだろうか……?


 そのまま数秒ほどの沈黙の後、香坂先輩ははあ、と深い息を吐き出し、こめかみをぐりぐりと指で回しながら「分かった」と苦々しく了承した。


「前世でもかなり昔の話だ……前世のオレ、ダグラス・アスターはまだ幼かったジュリアス王子に魔法全般を教えていたんだ」

「何ですって!?」


 驚愕に目を見開く千寿に「転生者で知ってるヤツはまずいねえだろうな」と続ける。

 

「ダグラスに王家から課せられたのはジュリアス王子の魔法教育だけじゃねえ――異能を覚醒させることも含まれていたのさ」


 その言葉にハッと息を呑む。

 異能の覚醒――それは、サーシス王の来歴を聞く時に散々出てきたことだったからだ。

 その後の展開が見えてしまい、思わず視線が下を向く。それに気がついたのか香坂先輩は「ご存知の通りだ」と頷いた。


「だが異能を覚醒させることは出来なかった。王子は王家直伝の強い氷属性の魔力を持っちゃあいたが、それ以外は座学実技共に全て並……特別な才能なんて何もありゃしなかったんだ」


 律が魔法を使っているところはまだ見たことがないが、氷属性なのか。だからあの時急に部屋が寒くなったんだな。


「教え方が悪かったんじゃないのか、今はあんな精巧かつ実用的な氷の武器を自在に操れてるじゃないか」

「そう言われると耳が痛いぜ。だが当時を知ってる身からすれば今の練度はありえねえというか……努力でカバー出来る範疇を超えてんだよなあ。一体どんな手段で鍛えたんだか」


 蓮水先輩の手厳しい言葉に自虐的に笑い――だがすぐに律に疑いの籠った眼差しを向ける。律は黙り込んだまま……そこからは何の感情も読み取れなかった。

 何も答えないのが分かっていたのか、すぐに話を続ける。


「結局異能が覚醒しなかった王子は王家を破門、ダグラスも異能を覚醒させられなかった責任を問われて一緒に王都を追放された。だが王妃であるアナベル様には計り知れない恩があってな……一緒に付いて行くことにしたんだ」


 なるほど、ジュリアスや王妃たちと一緒に前世の香坂先輩も追放処分をくらっていたのか。


「それにジュリアス王子をこのまま落ちこぼれのままでいさせるのも学者としてのプライドが許さなくてな。これからはアナベル様に仕えつつ、ジュリアス王子には今まで通り魔法を教えて、空いた時間で魔法の研究をしていけばいいと納得しての決断だった……だがそう上手くいくもんじゃなかったのさ」


 ここまで聞いた時点では忠臣にしか見えないが……香坂先輩を見る律の目つきが心なしか鋭くなった気がした。


「追放先で繰り返される迫害と嫌がらせ。アナベル様は全く気にしていないと明るく振る舞われていたが、ダグラスの方は少しづつ削られていった。なんで何も悪いことはしてねえのにこんな目に遭わなきゃならねえ。王子が異能を持ってなかったからか? じゃあ異能を覚醒させられねえ自分のせいでこうなってんのか?

 ……そんなメンタルで教育なんてするもんだから、次第に王子への当たりがキツくなっていった。どうにかして異能を覚醒させようと躍起になって……王子もオレの心情を察してたのかそれに応えようと健気に努力されてたが、結果は乏しいものだった」


 話しながら先輩の表情が苦し気なものに変わっていく。

 その様子からは、敬愛する者達が自分のせいで酷い目に遭っているのだと、自責の念で追い詰められていくダグラスの様子がありありと伝わってきた。


「それだけじゃなかった。魔法の研究……最初は個人で作った魔法道具を売った金銭でやってたんだが、それだけじゃ金も設備もとても足りねえ。次第に国から予算の下りる王都の研究機関が恋しくなったんだ。

 その時、王家の人間が全員死んで上流階級が混乱してるって話を聞いて、これだと思った」

「まさか……」


 青白い顔で声を上げる八千代に、先輩は薄く笑みを浮かべた。


「王家の人間が誰もいねえなら今回の追放をなかったことにすればいい。王家に復帰させられればアナベル様ももうあんな貧相な生活をさせることもねえ、オレだって王都に戻れるよう取り繕って貰えれば研究室で思う存分魔法の研究が出来る……いいことずくめだ!

 だからオレの考えに賛同した王妃の親族のヤツらと一緒に、貴族らに王子を王家に戻すよう提案したのさ」


 まさか王都の貴族たちがジュリアスを連れ戻す考えを持つきっかけが、前世の香坂先輩の提案だったとは。

 先輩の浮かべていた薄ら笑いが引きつってわなわなと震えだす。


「こんなハズじゃなかったんだ。まさかアナベル様が断るなんて……貴族どもがあんな手段を使って来るなんて……」

「なんで母様に一言でも断りを入れなかったの」

「サプライズにしたかったんだよ。今のクソみてえな生活を終わらせられるのに断るなんて考えもしなかったんだ」


 そう言って首を横に振る先輩に律はちっと舌打ちをする。すると蓮水先輩が「なるほど」と頷き眼鏡のブリッジを上げた。


「貴族が強硬手段に出た原因は前世の君だったのか」

「その顔を見るにこの話はもう知ってんだな。その時オレはアナベル様に頼まれて王子と逃げてたんだが、ある程度まで逃げてそのまま投降したんだ」

「王妃に頼まれていたのにか?」

「オレの本音は『王都に戻りたい』だったからな。それに王子の城での扱いが悪くてもこのまま逃亡生活を続けるよりはずっと幸せになれるだろうと思った。王子にとっちゃ完全な裏切り行為だっただろうがな……恩人の頼みよりも自分のエゴを取った大馬鹿者だよ」


 何というか……スゲーな。本人も自覚しちゃいるが、アナベルとジュリアスのためと言いつつ結局自分のことしか考えてない。アナベルはジュリアスを自ら託すほどに信用していたというのに……そうなるまでにメンタルがやられていたということなんだろうが……。

 


「王都に帰ってからは王子に関する一切の情報を遮断されてな……何も分からないまま数年ぶりに見た王子は――完全にブッ壊れた顔をしてたよ」



 ここでやっとオレは自分の過ちに気づいたってワケさ。

 そう締め括り、香坂先輩は自虐的に笑った。


 話を聞いた周りのヤツらは何とも言えない顔をしている。皆今の話を自分なりに咀嚼しているようだった。

 オレもまだ咀嚼しきれてないが、律が香坂先輩を信用出来ないと言っていた理由は分かった。前世で裏切った人格と今世の人格は違うんじゃねーのと思わなくもないが。まあ、前世と同じ顔だろうし警戒くらいはしてしまうか。


 だが、話を聞いても分からないことがある。


「先輩、結局アナベル様は殺されてしまったんですか」


 肝心のアナベルが前世の香坂先輩――ダグラスにジュリアスと逃げるよう頼んだっきり出て来ていない。

 小さく手を挙げて質問したオレに、すっかり覇気の無くなった先輩は素直に答えた。


「オレに王子と逃げるよう頼んだ後一人兵の足止めに向かわれて……行方不明だ」

「行方不明!?」

「おう、追放されたとはいえ王妃だからな、兵たちも隈なく探したみたいなんだが……」


 結局遺体すら見つからなかったみたいなんだ、とやや虚ろな目で言った。

 そのまま眉間に皺を寄せて何やら考え込んでいる律に声をかける。


「アンタだって実権握ってから途中まではずっと探してたんだろ? アナベル様の肖像画を飾ったのは捜索を打ち切った直後ぐらいじゃねえか?」

「……」


 何も答えず目を伏せる。その態度は、先輩の言葉が事実だと伝えていた。

 しかしアナベルは一体どこに行っちまったんだ? そもそもなんで矢吹先輩がアナベルと同じ顔になって……ん?


 ――二人のことは魔晶族(こっち)側も無関係じゃないから。


 八千代の言葉がフラッシュバックする。

 魔晶族(こっち)側も、無関係じゃない……?

 



「見つかるわけないよね」




 突然割り込んできた冷たい声に、思わず肩がビクリと跳ねる。

 驚いたのは律と香坂先輩も同じだったようで、目を大きく見開いて背後を――今までずっと一言も発さなかった矢吹先輩を振り返る。


 顔を上げた矢吹先輩のその表情を見て、頭から冷水を浴びせられたかのような感覚に陥った。


 顔は血色が消え失せ、瞳には仄暗い光が灯っている。

 わずかに浮かべている口元の笑みは、どう見ても無理矢理作ったものだ。




「だってその人ならあたしが食べちゃったもん」




 長い金髪を後ろに掻き上げて、両手を後ろで組みながら。

 愕然とする二人にそう告げる矢吹先輩は――ゾッとするような、でもどこか諦めたような笑顔を浮かべていた。

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