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シャーリー  作者: 古井京魚堂(淡海いさな)
商都の錬金術師たち
9/9

「これからどうしましょう」

 数時間後、わたしたちは工房から何区画か離れた建物の上で、通りを何本か抜けた先に建つ『薔薇の乙女』を眺めていました。

 見晴らしを求めて高いところに登ったわけですが、その必要はなかったかもしれません。古風な石造りの建物が、灰色の粘土のような何かに飲み込まれている姿は、嫌でも目につきました。

 ゴーレムの膨張が、工房を飲み込んだところで止まっていればまだ良かったのですが、二時間、三時間が経過したあとでも勢いは止まず、ついには隣近所の建物をも飲み込みました。

 さらに、それで終わりではありませんでした。

 進行する速度自体は非常にゆっくりとしたものでしたが、そのうちに区画全体が沈むだろうことは、あまりにも明白でした。

「どうするって? あの不法占拠ゴーレムを追い払うのよ」

「速やかな除去ないし封印が必要ですね」

 屋根に腰掛けて途方にくれるわたしの隣で、ネリアさんが力強く宣言しました。フィニアさんも同意する証に首を振ります。

 二人とも、こりたり挫けたりする様子がまるで見えません。

「簡単に言うが、やっこさん、火でも燃えない、斧も利かない、どころか刃をなまくらにしてくれやがるような厄介な化け物だぞ?」

 ルーグンさんが苛立ち気味に言いました。殴りつけて愛用のハルバードを駄目にされたものだから、腹を立てているのです。

「よもや鋼を、合金まで分解するとは流石に予想外でした」

「汚れだけじゃなかったのかよ」

「古代人がどう認識していたかにもよりますが、汚れ即ち夾雑物きょうざつぶつ(余計なまじりもの)と考えるべきなのでしょう」

「それはまあ、合金なんて物は、純金属との対比で見れば、どうしたって純粋とは言いかねるけどさー。ただ単に経年劣化でどっか狂ってるんじゃない?」

「かもしれません。その可能性も当然あります」

「えっと、どっちにしろ怪我もなく逃げられて良かったです」

 そうです。わたしたちは工房から逃げ出して来たのです。

 結論から言ってしまうと、ゴーレムが成長を止めることはありませんでした。多分装置を止めるのが遅すぎたのでしょう。


    ◇  ◇  ◇


 硝子の割れる音は落ち着かない気分にさせます。

 ルーグンさんの振り下ろした金属棒によって、甲高かんだかな音を立てて硝子の容器が打ち砕かれたのと同時に、薬液とともに辺りに飛び散った肉片が、床の上を這い回りました。

 離合集散を繰り返す様は虫の群れのようでした。

「きめえな、おい」

 その呟きが引き金であったのか、爆発的に膨張したゴーレムの欠片が、獲物に飛びかかる蛇のようにルーグンさんに襲い掛かり、あわや飲み込むかと思われたとき、大きな水の壁が立ち上がって肉の波をせき止めました。

 一瞬、あっけにとられましたが、部屋を満たした水の気配に、すぐに高位の水の魔術が使われたのだと分かりました。

 咄嗟に防御魔術を使ったのでしょう、力の発生源はフィニアさんです。

 そして、それで終わりません。

 どこからともなく取り出した細身の剣を、鞘から抜き放ち、縦横に振り回しながら、呪文を唱えます。

 それに呼応して、次々と新しい水壁がそそり立って、ついにはゴーレムを二重三重に包囲して閉じ込める水の檻になってしまいました。

 そして、壁の素材は当のゴーレムが吐き出した水でした。

「もしやと思いましたが、既に吸収し分解して排出を終えた物質をそれ以上取り込むことはできないようですね」

 これで一安心。そう思いました。けれどもそれは早合点でした。

「もっとも、あまり長くは持ちそうにありませんね」

「どうしてですか」

「水壁の組成自体は純粋な水ですから、分解対象として取り込まれることはありません。

 ですが、純粋であればあるほど、不純物を取り込みやすい。ことに水というのは貪欲な物質です。なんでも溶かすし、なんでも飲みこむ。

 大気と接する部分から、埃や汚れをどんどん吸収してしまいます。

 そして、内側に封じ込めたゴーレムは水だけではなく、土と気体も排出しています。となれば、じきに泥水と化してこの壁自体が吸収分解の対象になるはずです」

 それにネリアさんが大真面目な顔で応じました。

「案外、粘土になって、それが熱されて、陶の壁になるかもよ」

 残念ながら、陶器にはなりませんでした。

 フィニアさんの予言した通り、綺麗に澄んでいた水はやがて濁りだして、そのまま崩れるように内側から食い破られてしまいました。

 そこからはすぐでした。ひび割れた水瓶みずがめが水を留めておけないように、内側から穴が開いて、そこからまた這い出てきます。

 それを少しでも遅らせようと、ルーグンさんのハルバードが振り下ろされ、フィニアさんが水壁の魔術を立ち上げました。

 戦闘用の斧が振るわれて魔術が飛び出す状況でしたが、不思議とあまり恐ろしいとは感じませんでした。

 大変な事態であるのは分かるのですが、ゴーレムの歩みは遅く、気をつけさえすれば簡単に避けられましたし、色と質感のせいでパン生地が転がって来るようにしか思えなかったからです。

 けれども、たとえどれほど滑稽に思えても、暴走するゴーレムに対して有効な手段がないのもまた確かでした。

 ゴーレムは、近くにある物を手当たり次第に取り込みながら、ゆっくりと、けれども確実に大きくふくれあがっていきました。

 結局、その場では何も打つ手はなく、わたしたちは押し出されるようにして、工房をあとにするしかありませんでした。


    ◇  ◇  ◇


「時にネリア君は『無限のパン』に関する例の興味深い思考実験は知っていますか? パン以外のバリエーションとして、栗の砂糖漬けやポケットの中のビスケットという場合もあります」

 軽い冗談のような調子で、フィニアさんが言い出しました。

「確か、大元は神話よね。精霊王の地下宮廷にある魔法のパン窯と、そこで焼かれた無限にふくらみ続ける魔法のパンの話。一日で二倍に増えるから、毎日半分ずつ食べていればいつまでもなくならないって奴よね。

 最後のビスケットはちょっと違うと思うけど」

 諸精霊の首座である大地の精霊は死者の王にして豊穣を司るお方です。

 その持ち物として尽きることのない食べ物、無限の食料庫が考えられ、伝説として語られるのは、自然な流れであったでしょう。

「で、それが現実に存在したらどうなるかって話。

 シャーリー、あなただったらどう思う?」

「この世から飢えるということがなくなるんじゃないでしょうか」

「素直でよろしい。これがひねくれだすと、饑餓が消えるのと一緒に、勢い余って世界が滅びるとか考えはじめるわけよ」

「まさか」

 突拍子もない言葉に思わず笑ってしまいました。

 最初、ネリアさんが冗談を言っているんだと思いました。

「笑い話ではあるけどね、同時に大真面目な議論でもあるのよ。

 一個が二個、二個が四個、四個が八個、あら怖い。

 パンの大きさにもよるけれど、等比的に増えていくと、すぐに海を覆い山を越えるほどの数になって、一年を待たずにこの世界がパンに飲み込まれる。

 嘘みたいだけど数学的な事実よ。倍々に増える数の恐ろしさを端的に表す有名なジョーク」

 あくまでも架空の話で、確かに一見すると、言われたように笑い話のようにも聞こえましたが、よく考えるとすごく怖い話でした。

 ましてや、あのゴーレムを見てしまった後ではなおさらです。

「それは大丈夫。あのゴーレムが増殖する性質は、このたとえ話とはちょっと違うから」

 ですが、際限なく増えるのなら、遅かれ早かれ、行き着く先は一緒なのではないでしょうか。そんな風に思いました。

「無限に増えるならね。あ、無限まで行かなくても、世界を飲みつくすまで増えれば大丈夫か」

 けれど、わたしのそんな不安を、ネリアさんは快活に笑い飛ばしました。

 でも大丈夫の使い方がちょっと変だと思います。それはきっと大丈夫な状況ではないはずです。

「でも、幸か不幸かそれはないから大丈夫。

 まず、無から有は生まれない。表立った活動の裏には、常にそれを支える力が存在している。擬似生命体だとなおさら。

 では、生き物が食事を通して生きる力を得ているように、ゴーレムは汚れを吸収することで活動する力を摂取しているのか。答えは否よ。最初の薬液によって与えられた活力を燃やして動いているのに過ぎない」

 ときっぱりと言い切りました。

「だから、放っておいても時間経過で活動力を失って、勝手に停止するわけ。でも、まあ、それまで放っておくわけにもいかないか。世界全てには程遠くとも、パルマの半分くらいは飲み込むまで止まらないだろうし。ああ、大丈夫よ、活動を停止させる方法もちゃんとあるから」

 そう言うとネリアさんは、ゴーレムの活動を停止させる薬品を作りはじめました。けれど、追い出されるように出てきた身ですから、器具や素材を満足に持ち出せたはずもありません。

 わたしに至っては、なぜか炭酸水の材料を後生大事に抱えていた始末です。自分で思っていたよりも慌てていたのでしょう。

 ですが、そこは流石のパルマです。心当たりの薬種商を何軒か回るころには、素材はすっかり揃ってしまいました。

 ただ、それでも不十分な設備での調合は大変だったようです。

 仮の工房に(なかば強引に)定められた宿酒場『幸せカモメの尾羽亭』の一室は酷いありさまでした。

 そこらかしこに素材のくずほどかれた薬の包装が散乱し、打ち捨てられた失敗作が混じり合って異臭を発したかと思うと、しまいには怪しい光と爆発音が起こりました。

 完全な営業妨害です。

「ただでさえ避難してきた人たちに手一杯で、普通のお客さんには余所に回ってもらってるくらいなのに、どうして騒ぎの張本人がのうのうとして、新しい面倒を起こすんですかっ!」

 怒り狂ったクーニャさんから、再三追い出されそうになるのをどうにかなだめすかして、薬品は完成しました。

 完成した薬品を見せびらかすように掲げると、ネリアさんは意気揚々と胸を張って説明をはじめます。

 観客はわたしとルーグンさん、それと文句を言いに来たところを好い機会だとつかまったクーニャさんの三人です。

 フィニアさんは知り合いの魔術使いたちを集めてゴーレムの封じ込めに出ているのでこの場にはいませんでした。

「これを発泡式ロケッタに載せてゴーレム目掛けて打ち込むのよ」

糸巻きの棒(ロケッタ)にですか」

 でも発泡式って何でしょう。言葉の結びつきに違和感を覚えます。首をかしげていると、クーニャさんが血相を変えて叫びました。

「って、ちょっとっ! あなた自分の家に向けて……というか、それ以前に街中で爆発物を飛ばす気ですか!」

「……爆発物?」

 何やら物騒な単語が聞こえたような。

「ロケッタってのは矢とか槍の首に火薬の筒をくっつけて、そいつを燃やした時の勢いで飛ばす兵器のことさ。糸巻き器(ロケッタ)ってのは見た目が似てるってんでついた通称だな」

 ルーグンさんが説明してくれましたが、もしかしなくてもそれはとんでもない物なんじゃないでしょうか。

「まあ、もっとも魔術と比べても準備が面倒、雨だと使えない、命中精度に難点がある、どころかそもそも狙ったところに落ちる方が珍しいって始末だから、実際のところは威嚇や狼煙、祝い事の出し物に使われるくらいだがな。

 この前の夏至祭でも海上目掛けて何百発となく打ち込まれてたんだが、見なかったか」

「そのころはまだ故郷の島にいましたから」

 まるで想像もつきません。それはすごく見てみたかったです。

「そうかい。まあ、来年もあるし、楽しみにしときな、そりゃあ見事なもんだから。その前にも冬至の祭りやなんやとあるからな」

 その言葉に胸が躍ります。一瞬、それが街を焼きうる恐ろしい兵器であることも、ゴーレムの存在も忘れました。

「あー……話が弾むっていうか脱線しているところに期待を裏切るようで悪いけど、燃焼式じゃなくって発泡式だからね」

 珍しく躊躇いがちに聞こえるネリアさんの言葉に我に返ります。

「えっと、発泡式ですか?」

「うん、そう。爆発物の燃焼する勢いじゃなくて、充填した発泡剤を分解させて、その際に発生する泡、正体は水に溶け込んだ気体なんだけど、その圧力で飛ばすわけね」

 だから発泡式なのですね。

「そそ、原理的には炭酸水の泡と同じ物よ。分かりやすいのは振動によって泡が増えること。指で蓋をした炭酸水を十分に振ってから指を離してやると、間欠泉みたいに噴き出すのに気づいてた?」

「乱暴に扱っていると泡が多いかもとは思っていました」

「それを別のやり方で、さらに激しく発生させちゃうわけ。噴出孔を下にしてね、すると見事にこれが飛ぶのよね。面白いでしょう」

 それは面白そうだとは思いますけど……。

「それこそ棒火矢の要領で矢弾に仕込んで弓で打ち込むなり、翼のある種族に渡して真上から落っことしてもらったほうが早くねえか?」

「馬鹿ねー、それだと、面白くないでしょうが」

 ルーグンさんの意見にはわたしも大いに賛成だったのですが、ネリアさんのお気には召さないらしく、間髪いれず却下されました。

 そして、黒髪の錬金術師は、にんまりと笑いながら、持ち出せた炭酸水の材料に目をやりました。

 それから、悪戯いたずらっぽく微笑むと、こちらに向けて左目をつむってみせました。

 最近分かってきたのですが、ネリア・リンベルクという錬金術師は、物事を回りくどいやり方で解決するのが好きな人です。

 それが錬金術師全般に言える性癖なのか、ネリアさん個人の資質に由来するものなのかまではちょっと分かりませんが。


    ◇  ◇  ◇


 発射台が設置されました。

 場所は屋上の平らな所、発射台はフライパンに細工をしてこしらえた物で、ロケッタは錬金術で作った円柱状の氷の塊です。

 まっすぐに飛ぶよう胴体に付けられた羽が、氷の柱を三角帽子のヤジロベエに見せます。

 帽子にあたる先端部分にゴーレムを停止させる薬が収められていて、胴体部分に発泡剤が入っています。

 聞けば、ふくらし粉と乾燥させた柑橘類の粉を混ぜた物だそうです。

 どうもネリアさんは、やれるところは全て錬金術で押し通すことにしたらしく、これらはみんな錬金術で作られた物です。

 あくまでこれは想像ですが、錬金術が原因で起こった騒動を、同じ錬金術で解決することで、帳尻を合わせるというか錬金術の印象を悪くしないようにと考えているのではないでしょうか。

「どこでもいいから命中しさえすれば、あとはロケッタごと向こうから取り込んでくれるわ。的に狙いをつける必要もないくらい」

 もっと言えば、地面に置いておくだけで済むような気もします。

「……それは気づかなかったわね」

「あ、そうなんですか」

 びっくりです。てっきり、わざと選択肢から除外しているものだとばかり、思っていました。

「ま、まあ。最悪外れても勝手に食いついてくれると考えましょう」

 気を取りなおすように言うと、発射の準備を再開しました。

 発射台に鎮座する氷柱の中で、水を加えられた発泡剤が反応するのを待つ間、ネリアさんによる講義が行われました。

 あらゆる物質には固有の属性アトリビュートがあると言います。

「それどころか、属性こそが物質の正体だと言っても良いくらいよ」

 順番が逆なのだと、物質に属性があるのではなく、属性を持つ物が物質なのだと黒髪の錬金術師は語りました。

第一原質マテリア・プリマ

 そう言って人差し指をピンっと立てて空を指します。

「あるいは霊肉未分化体イリアステル。まあ、人によって呼び方は色々あるし、名前なんてなんだって構いやしないんだけれど、この世には法あるいは神と呼ばれる何者かに由来する根源的な一つの力が存在するわ。

 そしてその、ある人にとっては太極であり、質料であり、世界霊魂でもある一つの力ないし超物質は、四種類の理に従って四つに分かれる。

 土・水・火・風。すなわち四大元素ね。

 この理力属性とも呼ばれる四種類の大きな元素がそれぞれ結合することによっていくつかのより小さな元素が生まれ、その小さな元素がまたそれぞれ結合することによって無数の物質ができている。

 つまり、組み合わされた元素の集合体が、ある決まった属性バランスで安定している状態を見て『肉だ、金属だ』と認識しているわけ。

 少なくとも現代の錬金術師たちの多くはそう考えている。

 ならば外から新しい属性を加えてやれば、物質の性質を変えることができるんじゃないか、これが基本的な考え方ね。

 そして、ふくらし粉と柑橘類を合わせた発泡剤、つまり『土と風の結合物である〈苦〉属性』に、『水と火の結合物である〈酸〉属性』が加わることで、土と風の集合体である既存の物質に火の属性が結びつき、土の安定性と破壊的な火の激しさとを濃厚に含んだ気体が新しく生まれてくるって寸法ね」

 ふくらし粉が備える主要な属性は苦く、柑橘類は酸の属性なのだそうです。確かに、それぞれ苦いし酸っぱいですからね。

「でも、それだと、酸の中の水はどこに行くんでしょうか。発泡剤に水を加えたことと、やっぱり何か関係が?」

「良い質問ね。まず前提として、元素あるいは属性は仲間同士で惹かれあい、一箇所に集まってより大きくなろうとする性質を持っているの。

 次に〈調合シンセシス〉と名付けられた錬金術の作業、つまり属性の抽出と対象への付与という一連の工程の結果、新しい属性の構成を持つ物質が完成するわけだけど、逆に言うと何らかの属性を抜き取られた素材もまた新しい物質に変化していると言えるわけ。

 この場合は〈物を腐食し溶解する液体〉である酸から火が取り除かれた結果、あとに水が残るという形で現れる。

 だから、〈純粋な水〉である水――っていうのも変な言い方だけど、浄化された水を発泡剤に加えることで、酸からの水の分離を助けて、より速やかに強い気体すなわちロケッタを飛ばす力を集めることができるってわけ。

――こんな風にね!」

 最後の方はほとんど叫び声でした。と言うのも、ちょうど内部に充満した気体の押す力に耐え切れなくなった栓が外れ、ロケッタが気体と水を噴出しながら、空へと飛び出したからです。

「本当に飛びました!」

 信じていなかった訳ではありません。

 ですが、実際に飛ぶところを見ると、やはり驚くし、興奮もします。撒き散らされた水でびしょ濡れになったことも、まるで気になりませんでした。

 ロケッタは一直線に空を進み、フィニアさんたち魔術師が築いた水の城壁を飛び越えると、ゴーレムの中へと落下しました。

 そこからの展開は、唐突なくらいの勢いで進行しました。

 ネリアさんが打ち込んだ薬がどういった作用をしたのか、正確なところはわたしには分かりませんが、その効果は覿面てきめんでした。

 弾力のある灰色のパン生地のようだったゴーレムの表皮が、色はそのままに、まるで漆喰の塊のように急変したのです。

 あとは力技です。

 まず、荒事はお手の物の兵隊や冒険者たちが、思い思いの得物を持って打ちかかりました。

 先頭に立つのは、半ば鈍器と化したハルバードを振り回すルーグンさんです。積もりに積もったうっぷんをぶつけるように、暴れまわりました。

 それに力自慢の港の男衆が続きます。

 彼らは手に手に持った大槌や鶴嘴つるはし、幅広のくわといった工具を振るって、土石の山と化したゴーレムを打ち壊し、中核への道を開きました。

 彼らが築いた道を、ネリアさんは悠然とした歩みで、女王のように進みました。山の中心で、元に戻って足元に転がるゴーレムの種を拾い上げ、瓶に放り込んで栓をしてしまいました。

 それで終わりです。あっけない幕切れでした。

 むしろ、そのあとの近隣住民や商人連盟への事情説明と謝罪が大変だったみたいです。連日、釈明に飛び回って、流石のネリアさんも疲れたのか、このところ少しぐったりとした様子です。

 そんな時、ヘルメス島から一通の手紙が届きました。

 透明感のある上質なヴェラム紙に、封蝋に鳥の意匠をあしらった手紙で、差出人の名前を見た途端、ネリアさんは顔をひきつらせました。

「読みたくない」

 聞けば師匠に当たる方からの手紙だとか。

「もうすっごく読みたくない。……けどそういうわけにもいかない」

 かなり長い間ぶつぶつ呟いていましたが、意を決して封を開き、一読してネリアさんは頭を抱え、机に向けて倒れこみました。

 それは、事情説明を求める査問会への召喚状でした。


 昔々ではじまったお話ですから、めでたしめでたしと終わりたいところですが、どうやらちょっと難しそうです。

 でも、それでも良いかなと思いはじめています。思い返すと、田舎娘が期待していたような意味で、特別で素晴らしいことはありませんでした。ですが、その代わりに、素敵な日常が待っていました。

 うん、やっぱり、めでたしめでたしで良いのかもしれません。

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