第2話 再会
両親同士が付き合いのあるとある侯爵家でのダンスパーティー。
流行りのドレスで着飾ったオレリアはパーティー会場である大広間の壁際に佇み、視線を巡らせていた。
ダンスや談笑に興じる大勢を眺めるオレリアの目的は勿論、エヴラールだった。
しかし、如何せん人が多く、彼女はエヴラールらしき人物の姿を見つけられずにいた。
(少しでも早く彼に会いたい。……けれどこの人数から見つけるのは難しいわ。となると、確実に彼に会うには、一度目の出会いに倣った方がいい)
エヴラールと初めて出会った日。
独り身の異性が縁談を目当てに次々と挨拶へやって来る中、気疲れしてしまったオレリアは、息抜きの為に会場を後にした。
そこでうっかり迷ってしまい、入り組んだ廊下を進んでいる内にエントランスへ出て、そこでエヴラールと出会ったのだ。
(エントランスにいれば、エヴラールに会えるはず――)
「……オレリア?」
逸る気持ちを胸に広間を後にしようとしたオレリア。
そこで彼女は背後から呼び止められる。
振り返った先には、驚いたように見開かれた赤い瞳に彼女を映す、シルヴァンの姿があった。
「し、シルヴァン……?」
自分を呼び止めた者の正体を知ると同時に、オレリアは彼が自分と同様に『前回』の記憶を持っている事を悟った。
オレリアがシルヴァンと知り合うのは、エヴラールの親友として紹介されてから。
オレリアとエヴラールに面識がない今、本来ならばオレリアとシルヴァンもまた、必然的に出会っていない事になる。
であるにも拘らずシルヴァンはオレリアの事を知っている様子で、それも異性の令嬢に敬称をつけないという、非常に砕けた呼び方で名を呼んだ。
それこそがシルヴァンに『前回』の記憶があるという証明であった。
「このパーティーに参加していたのか。……よかった、思ったより早くに出会えて」
「シルヴァン。貴方も覚えて……?」
「うん。……黙示録の事を含めてね。あの時、僕も本に触れていたし、君の傍に居たから、もしかしたら一緒に記憶を持ったまま戻って来られたのかも」
「……そっか」
周囲に聞かれないよう、シルヴァンは息を潜めて言う。
見知った人物……何より今の自分の事情を知る者との再会はオレリアに大きな安心感を与えた。
オレリアは、過去を戻ってからというもの、無意識の内に張り詰めていたらしい気持ちが解れていくのを感じる。
「ごめんなさい、貴方も巻き込んでしまって」
「水臭い事言わないでよ。言い出したのは僕だろう? それに、君もエヴラールも、僕の大切な人なんだから」
「……ありがとう」
温かな心に胸を満たされ、オレリアははにかむ。
そんな彼女に優しく微笑みかけてから、シルヴァンはバルコニーへ続く大窓を示した。
「一度、今後の為に状況を整理しておかないかい? 互いに意見を交換しておいた方が、今後の道筋もはっきりするだろうし」
「えっと……」
シルヴァンの提案も一理あった。
だが今のオレリアには別の目的――エヴラールと出会うという目的があった。
オレリアも、エヴラールと出会った時間までは流石に覚えていない。
エントランスへの移動が先回りとなる分には問題ないが、遅れてしまった結果、エヴラールと出会えないという結果だけは避けたかった。
「ごめんなさい。そうしたいのは山々なのだけれど、実は今日が彼と出会った日なの」
「このパーティーが?」
「ええ。だから、先に彼に会いに行かないと」
オレリアが自分の予定を伝えるも、シルヴァンは難しい面持ちになった。
考えるように顎を撫でてから、彼は真剣な表情でオレリアに言う。
「けど、無鉄砲に過去の出来事をなぞるだけでは同じ道を進むだけで、寧ろ危険なんじゃないかな……。エヴラールとの接触なら、話が纏まった後に後日、僕から引き合わせる事も出来るけど」
エヴラールとシルヴァンは既に友人同士。
確かに、シルヴァンのいう方法でエヴラールと出会う事も可能だろう。
効率や合理性を優先するならば、確かにシルヴァンの提案は最善に近かった。
だが、オレリアは素直に頷くことが出来ない。
「……確かにそうかもしれない。けれど私、どうしても、少しでも早くエヴラールに会いたいの」
予期せぬ形で引き離された愛する人。
たとえ彼が自分の事を覚えていないとしても、一刻も早く彼が元気に生きている姿をその目に留め、もう一度言葉を交わしたかった。
エヴラールへの溢れそうな程の愛おしさが胸の奥で広がり、オレリアは笑いながら涙ぐむ。
シルヴァンはそんな彼女の訴えに目を見張り、言葉を失った。
「全く、そんな顔しないでくれよ。僕だって、君に意地悪を言いたい訳じゃない」
「勿論分かってる。ごめんなさい、我儘で」
それから彼は困ったように笑い、オレリアの目元を優しく撫でた。
擽ったい感触が肌に伝わり、オレリアが目を細める。
「……構わないさ。なら、また時間を改めて話し合おう」
「ええ」
「それと、オレリア」
シルヴァンはオレリアの耳元に顔を寄せてから、彼女にだけ聞こえる大きさで囁いた。
「たとえ何が起きても、僕は君の味方だよ。困った時はいつでも相談してくれ」
「……ありがとう、シルヴァン」
オレリアが頷きを返した頃。
二人の方へと駆け寄る貴族がいた。
「『聖者』様!」
声がする方へシルヴァンが振り向く。
シルヴァンもまた、別の者への対応に追われる事になるだろう事を悟ったオレリアは、近づいて来る貴族を見つめながら声を潜める。
「じゃあ、行ってくるね」
「うん。またね」
「ええ、また」
短い別れの挨拶を済ませ、オレリアはシルヴァンの元を離れる。
シルヴァンはすぐに複数人の貴族達に囲まれ、身動きが取れなくなってしまった。
そんな人気者の友人の姿を遠目に見届けてから、オレリアは身を翻し、足早に広間を出る。
向かう先はエントランス。
『今回』は方角や道は網羅している。迷う事もない。
オレリアは周囲に不審がられないよう、しかし出来る限り速く足を進める。
そして、移動から数分が立った頃。
開けた空間にオレリアは躍り出た。
吹き抜けの天井に、上階へ続く階段。
また、エントランスの中央の壁には大きな額縁に収まった青を基調とした絵画が飾られている。
「……クアムルーメ」
自分にとって、特別な意味を持つ花。
それが主役として描かれた絵画をオレリアは静かに見上げる。
皆がパーティーに興じている最中である事もあり、周囲に人は最低限の警備の他に人の姿はない。
息を整えるオレリアの呼吸の音がやけに大きく響き渡っていた。
(エヴラールは、まだ……)
エントランスへ辿り着いてすぐに、エントランスにはパーティー参加者らしき人物が見当たらない事をオレリアは確認した。
だがエヴラールに会いたいという想いと緊張が、彼女の落ち着きを損なわせた。
呼吸が落ち着いて来た頃合い、オレリアは改めてエヴラールの姿を探そうと絵画から視線を外す。
その時だった。
視界の右端。
オレリアが通って来た廊下の方から、足音が一つ響き渡る。
その音に導かれるようにして反射的にそちらへ向いたオレリアの目に初めに留まったのは――金色。
美しい金髪を揺らし、どこか退屈そうに緑の瞳を伏せた美しい容姿の青年がエントランスへと足を踏み入れる瞬間を、オレリアは目の当たりにするのだった。




