第12話 女神の罰
オレリアはエヴラールの死を回避すべく逆行する選択を取り、シルヴァンはそんな彼女に手を貸した。
運命を変える為に二人が選んだのは女神テスエファの『黙示録』の破壊であった。
この世を生み出した創造神テスエファ。
彼女は自身が生み出した広大な更地のある地点に降り立ち、様々な生命を生み出した。
その時に彼女が降り立った地こそ、オレリア達が生まれ育った国、エメデス帝国だ。
更に女神テスエファが降り立ったとされる地にはテスエファを崇める、大陸一の大神殿が存在する。
そしてこの大神殿の最下層、最深部に厳重な管理と警備のもと保管されているのが『黙示録』。
尽きる事のない無限の頁に永遠と新しい文字を刻み続ける書物だ。
全ての生物はテスエファの手によって生み出されるとされ、彼女がこの世に対して抱いている理想を守る為に役割が割り振られているとされている。
そして彼女の理想を維持する為の役割を担っているのが『黙示録』。
これは女神テスエファの代わりに、彼女が望む世界を維持できるよう、世界そのものに調整を施す神器であるとされている。
『黙示録』には全生物の運命が記されており、後の運命は『現在』から瞬きよりもより短い間隔の未来に定められる。
生物の運命は予め定められているのではなく、その時々の世界の移り変わりに対応する形で柔軟に調整が掛けられる。
そうしてほんの僅か先の運命を女神に変わって自動で記し続けているものこそが『黙示録』であり、これに記された事象は必ず発生するとされている。
「君はこの黙示録のページを破った」
黙示録について、二人は改めて振り返っていた。
シルヴァンの言葉に、オレリアの顔が緊張で強張る。
「君自身が体験した通り、黙示録には女神テスエファ以外――それこそ人間だって干渉できる」
「望んだ時間軸について記された頁を開く事も、白紙の未来に先回りして望んだ未来を書き込む事も、そして……頁を破る事も」
「未来を書き込めばその通りに運命は書き換えられ、過去の頁を破ればその事象は無かった事となり――破られる直前まで時間が遡る」
オレリアの言葉にシルヴァンは頷きを返す。
黙示録の頁に干渉するには膨大な魔力を必要とする。
生命が必ず保有し、魔法という特別な力を用いる為に消費する体内エネルギー『魔力』。
消耗しても体力と同様に回復できるが、体内に保有できる魔力量には個人差がある。
そしてこの魔力を全て消費してしまうと、生命は生き絶える。
オレリアは『前回』、シルヴァンに導かれ、黙示録に干渉した時間からこの魔力を限界まで消耗して触れる事ができた頁までを破った。
結果、過去を遡り、こうしてやり直す事ができるようになったのだ。
「さて。この黙示録は干渉できるからといって、当然勝手に手を加えていいものではない。何故なら黙示録は女神テスエファの所有物なのだから」
「女神テスエファは自分を崇める者には深い慈悲を注ぎ愛す。けれど同時に女神によって生み出され、生かされている事を忘れた愚者をテスエファは許さない。……個の欲の為、神の所有物を傷付けるなんてもっての外」
オレリアの声は普段よりも重く暗い。
再び首を縦に振るシルヴァンを見つめながら、オレリアは続けた。
「女神の怒りを買った者はテスエファから見限られ、罰としてその者にとって最も望まない不幸に見舞われる」
「女神テスエファの罰……。神が直々に罰を与えるというだけでも恐ろしいけれど、何より問題なのは、その罰とやらの詳細が一切わからない事だ。いつどこで、何が起こるのか……」
「きっと、その時になってみないとわからないのでしょうね」
時空に干渉する黙示録が実在し、過去へ戻る事ができたという事実がある以上、女神テスエファの罰についても起こり得るものであると考えるべきであるというのはオレリアとシルヴァンの共通の見解だった。
だが、神話というのは話の誇張されたり無から創造されたりするものだ。
女神テスエファに関する有名な伝承は数えきれないほどもある上に、そのどれが信憑性のある話なのかなど判別もできない。
詳細を知らされていない事象に備えることなどできるわけもなく、オレリアは『女神の罰』については頭の片隅に置いておきつつ、まずは過去へ戻ってきた目的――エヴラールの死を回避する事に重きを置いて動こうと改めて考えた。
「……もし何か困った事があれば、すぐに言ってくれ。どんな時も駆けつけるし、必ず力になるから」
「ありがとう。けれど、貴方も気を付けて。私に手を貸した事や、逆行前の記憶がある事を考えると、女神の罰は貴方にも降り掛かるかもしれないわ。
「そうだね……。ありがとう。僕の方も何かあれば話すよ」
エヴラールの死の運命、そして女神の罰……。
改めて状況を整理した二人は改めて自分達の課題や問題と向き合う事となった。
その時の事だった。
屋内へ続くガラス張りの扉が開き、一人の青年が姿を現す。
「シルヴァン、こんなところに…………オレリア?」
そう言って、エヴラールは不思議そうに目を瞬かせるのだった。




